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side story. 不穏な陰と、消せない甘さ

後日談です。

 ディアがノヴィシムの街を去ってから数日。空山のふもとに何者かが現れていた。


「……小屋の掃除をさせていた魔物まで送り込んだのか? 転移してみれば埃まみれじゃないか」


 小屋の隅にある、隠された転移紋から人影が現れるや否やなにやら文句を言う。その人影はそのまま外の様子を窺い扉を開けた。


「……魔力残滓がすごいな。なるほど、勇者殺しは失敗したわけか」


 その何者かは未だ魔物の死骸が横たわる光景を見てため息を吐く。しかし、逆に考えれば、あの魔物をどうにかできる戦力がノヴィシムにあるという結論に辿り着く。


「……ドミニクか? いや、流石に山の両サイドから魔物の襲撃に遭えばやつとて耐えられまい。……そうなると、そうか、勇者が覚醒したか」


 一人で呟く。しかし、それ以上は考えても仕方がない。せっかく両方の山に転移紋を描いたのに結果はこのザマだ。しかし、その何者かは不気味に笑っていた。


「もし、勇者が覚醒しているのであれば、()()()をどうにかできるかもな。ふっふっふ……それもまた一興よ」


 その何者かは意味深な言葉を吐くと空山へ向けて歩き出すのであった。





     ◇ ◇ ◇





 数日経ち、不思議なことばかりであった。消えた相棒。その存在はどうやらとても大きいらしい。らしいというのは、俺にその記憶がないからだ。


「……はぁ、あの筋肉だるまの説明。絶対何か隠してるよな……。俺の日記も肝心そうなところぼかして書いてあるし……」


 そうなのだ。自分の活動を記録するために始めた日記だが、ここ一ヶ月くらいの内容が全く覚えていない。時間は経っていることから記憶喪失の状態だろう。一ヶ月程度の記憶なら大したことはないと思っていた。だが、どうやらこの一ヶ月の状況はかなり特殊らしい。

 まず、俺が誰かとパーティを組んでいた。ディアとかいう魔法使いらしい。あのオーディーンとかいう神の筋肉だるまの説明によれば、かなり凄腕の魔法使いだったとか。

 次に、冒険者ランクがBに上がっていた。まさかと思って二度見したがやはり自分のギルドカードにBランクの文字が書かれていた。当然ギルドにも確認したが、間違いないらしい。

 そして、気付けば俺はドラゴンスレイヤーとなっていた。ずっと胸の中につっかえていたトラウマ。その元凶となる竜種を、俺が討伐したらしい。確かに気持ちが楽になっている気がする。その事は日記の最後のページに書かれていた。その出来事を最後に日記の更新が途絶えていたことから、きっとその後に何かあったのだろう。聞いたところによれば、その後に祝勝会があり、俺は部屋の壁にかかっている鉄紺のハーフコートを着ていたらしい。こんな高価な服をいったいどうやって手に入れたのか……。一応、ちゃんと買ったようなので俺のものとしておく。考えてもわからないし。


「……考えても仕方ないか。ふらっと散歩でもしよう」


 誰に言うでもなく、部屋で一人声が漏れる。言葉のままに外へ出ることにした。








 ふと歩いていると、目の前にクレープ屋が現れる。店員が一人で頑張って接客しつつクレープを作っていた。

 ……何故かわからない。本当に何故かわからないがクレープを食べたいと思った。そして、足が自然とクレープ屋へと向く。


「いらっしゃいませ! なにを注文しますか?」


 店員が元気いっぱいに注文を聞く。どうしたものか、思った以上にメニューが多い。メニューを見て悩んでいると、店員が声をかけてきた。


「あの、プリンアラモードはいかがですか?」

「プリンアラモード?」


 なんで、そんな甘ったるいものを食べなきゃいけないんだ。そう思った俺ははっきりと答える。


「じゃあ、それを頼む。以上だ」


 …………ん?なんで頼んだ?まるで、()()()()()()()()()()()()()ような気がして言葉が勝手に出てきた。……頼んでしまったものはしょうがない。

 店員を見るとすぐにクレープの調理に取り掛かっていた。流れるような動作、液体の生地を鉄板の上に流しかけ、ヘラでクルクルと素早く生地を伸ばす。そしてすぐに焼かれて固まるので流れるようにヘラでそれを取る。皮を冷やしている間にプリンアラモードの材料を準備し、冷めたであろうタイミングで素早く果物、クリーム、カスタードクリームを乗せて巻く。最後にプリンを上から乗せて、クリームで装飾すれば完成だ。……あまりにも流れるような見事な作業であった為、つい全工程に見入ってしまうほどである。

 出来上がったクレープを持って店員が声をかけてきた。


「お待たせしました!……その、見つかるといいですね!」

「あ、あぁ」


 気のない返事をしてしまった。結構色々な人に言われるがこの店員にも言われたか。どうやら、そのディアという魔法使いとは、親密な関係にあったようで、記憶喪失だけでなく、彼女が行方不明になったことから、色々な方面から励ましの言葉を貰っているのだ。


(別に、記憶がないからなんとも思わないけど……)


 そんなことを思いながらも、胸にどこかぽっかりと穴が空いたような気分にはなっている。それが何かはわからない。……これを食べれば埋まるだろうか?そんなことを思いながら席に座りクレープにかじりつく。


「……クリームが控えめな甘さだ。それとは対照的にカスタードクリームが濃厚……あ、あれ……?」


 なんだ?なんなんだ?クレープを食べただけ。そのはずだった。…………それなのに、何故か目から涙が溢れて止まらない。


「なんだ、これ……? えっ……?」


 その時、目の前の席に誰かが座っているように見えた。一瞬だけ、その長い黒髪に、薄紫の目、よく怒るけど、笑顔が眩しいその人。


「……でぃ、あ……?」


 心に空いた穴の正体がわかった気がした。でも、今はまだ、それを埋める手立てを知らない。俺は一瞬だけ見えたその幻想に想いを馳せながら、残りのクレープを噛み締めるのだった。

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