52.二人の門出と、それぞれのあしあと
「おい、本当にいいのか?」
「いい。もう決めた事だから」
夜更けに道具屋内でオーディーンとディアが話している。オーディーンは考え直すように言うがディアはそれを断っていた。
「ああは言ったが、記憶が上書きされれば衝動もある程度はおさまるだろ。さほど問題はなくなると思うんだがな俺は」
「それは関係ない。……正直、ずっと一緒にいたい。一緒に来てくれたら嬉しいし、どんなに楽しいだろうと思う」
「じゃあ」
オーディーンの言葉にディアは首を振る。
「でも、それはできない。そうしてしまったらきっと……アタシは魔王に戻れない。それに、ヴァルは…………ううん。ヴァラロスは勇者だから。こっちで活躍してヒト族の希望になって欲しい」
「確かに、あいつが魔族領に行ってしまったらバランスは崩れそうだが……しばらく勇者なんていなかったし問題はないと思うぞ?」
「ううん。アタシはそうは思わない。彼の人生を考えた時に、彼はアタシと一緒に来るべきじゃない。……アタシの歩いた道には、アタシの足跡だけでいい。記憶がなくなる選択肢があるのは、そういうことだと思う。…….いつか、竜種を倒して、ヒト族の街を守り、みんなのヒーローになる。それが彼の役割なんだって、それが彼の物語なんだって」
「物語って……やけに拘るな」
「だって……」
ディアはひと呼吸おいてオーディーンに向き直り答えた。
「物語は夢を与えるものでなきゃ」
オーディーンは肩をすくめる。ディアからは何を言っても聞かないという強い意志を感じた。
「ったく。せっかくのチャンスが……」
手を額に当てながらオーディーンの口から思わず言葉が溢れる。しかし、ボソボソと言ったその言葉は誰にも届くことはなかった。
「わかった。今からでいいんだな?」
「お願い」
「時間がかかるからそこに座って待っててくれ」
「うん。……あ、その後でいいから」
「あ?」
「勇者のこと詳しく教えて」
「……わかった。あとで勇者のことを教えてやる。そうだな……勇者の魔法なんてどうだ? 例えばジェミニの魔法とかな」
◇ ◇ ◇
まだ夜が明けない星空の下、全てを終わらせてきたディアが馬小屋に現れた。ひとつ気がかりなことがあったのだ。
「あれ……どこだ……?」
「ヒヒーン」
目的の相手を探していると向こうから反応があった。みんな寝ている時間にも関わらず彼女の魔力に反応して起きたようだ。
彼女はそんな馬に近寄り優しく撫でる。
「よしよし。あんたは元気そうだね。……どう? アタシと一緒に来ない? もう魔物化が結構進んじゃってるから、悪くない話だと思うけど」
「ヒヒーン……ぶるぶる……」
「うん?……あぁ……」
馬を勧誘するディア。その馬はノヴィシムを守るときに一緒に魔物を倒していた。その結果、後に戻れない程魔物化が進んでしまったのだ。きっと寿命も普通の動物とは異なるだろう。力加減も普通の馬のそれとは異なるだろう。それは、もう普通の動物としては生きられない事を意味していた。
もし、魔物とバレれば討伐される恐れもある。それならば一緒に魔族領へ連れ帰ろうと考えたのだ。
しかし、馬は首を横に振り後ろを振り向いた。そこには、もう一頭の馬が寝ている。もう一頭をみるその馬の瞳はとても優しかった。
「そうか……あんたはそっちを選んだんだね。……賢いね」
優しい眼差しで二頭の馬を見るディア。自分の選択を顧みながら空を見上げる。そこには、変わらない星空が広がっていた。
◇ ◇ ◇
朝目覚めると知らない天井が目に入った。今日は何月何日だろう。なにか自分の胸の中からすっぽり抜けたような感覚。だがそれが何かわからない。
「……とりあえず、顔でも洗うか……」
状況が全くわからない。わからないならまずやれそうな事をやろう。そう思い顔を洗い、いつも通りに身仕度をする。何か寂しさを感じながら違和感の原因を探っていた。
「……なんだこれは」
壁にはとても高価そうな服が掛けられている。……これは誰のだろうか。ただ、ここは自分の部屋と思われる為、自分のものに違いない。
「なにがどうなってるんだ……あれ?」
彼はある事に気付いた。毎日宿に泊まった時は必ず机に広げていたのにどこに行ったのだろうか。そう思い、目的のものを目で探すと自分の荷物の中にそれを見つける。
「昨日何してたんだっけ……」
宿に泊まった時は必ず書いていた日記を手に取り、そのページをめくるのだった。
◇ ◇ ◇
「今戻った」
「マオウサマ、ドコニイッテイタノデスカ!? イヤ、ホントウニナニシテタンデスカ!!?」
ディアは約一ヶ月ぶりに魔族領に戻ってきた。戻ってきた矢先にプルートが熱烈に出迎える。
「慌てるな。良いものを拾ってきた。これで魔族領の村の守りを堅牢なものにするぞ」
「ナンデスカ? ソノシロイイシハ」
「魔法石というものだ。これで村の魔物被害を抑えられる」
「…………サクジツデスガ、イエ、ダレモケガハナイノデスガ……ムラノタテモノガホボトウカイシテマシテ」
「はぁ!? なんで!?」
「マ、マオウサマ?」
「んん! 何故そのような事に……いや、魔物か」
「ハイ」
「ふむ、せっかくだ。街並みも綺麗にしようではないか」
意気揚々と新しい街並みを構想する。頭に浮かんだのは彼と過ごした街。きっと一生思い出に残る街並みだ。
「そうだ」
ふと思い出したように確認するディア。
「お前の分体は全員無事か?」
「ナゼソノヨウナコトヲ?」
プロカルでの出来事が脳裏によぎる。もし騒動に加担しているのであれば処遇を検討しなければならない。
「いいから答えよ」
「フム……タシカニ、ヒトリイナクナリマシタ」
「どこで」
「ソラヤマデス」
「空山……」
そこから転移したのだろう。ならば黒なのか?決めかねているとプルートが言葉を続ける。
「モウハントシモマエニ、ツナガリガカンジラレナクナリ、ユクエガワカラナクナッテマシタ」
「は、半年……?」
「ハイ」
どういう事か。半年前に行方不明になっているならプルートの支配下から外れてる可能性がある。もちろんプルートが嘘をついている可能性は否めないが淡々と受け答えをする様子を見るに嘘を言っているようには見えない。
それならば黒幕が別にいるということになる。きっと、オーディーンが探している相手とはそいつの事だろう。そして、ヴァラロスを狙ったという相手も。
(オーディーンはそいつを探してた。身を隠しながら……。あいつが身を隠す必要がある相手……アタシの手に負える相手じゃないって事……?それならひとりじゃ厳しい。あるいは……)
ディアは答えに近づこうとしていた。しかし、目の前にやらなければならないことがある。
(ううん。まずは目の前のことに集中しよう)
「まぁいい。それより村を見に行く」
「ハイ」
ディアは魔王としての役目を果たすべく再びその道を歩み始める。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃい。何をお求めで」
道具屋にひとりの冒険者が現れる。いつも通りのやり取り。ただ店主と客の関係。そのはずだった。しかし、その冒険者は辺りを見回し誰もいないことを確認すると真剣な面持ちで店主に話しかけた。
「……神オーディーン。話がある」
「………….ヴァラロス、おまえ記憶があるのか?」
そんなはずはない。どうやっても記憶は無くなってしまうはずだ。そんな思いから道具屋の店主であるオーディーンは目の前の冒険者、ヴァラロスの言葉に反応した。そう、反応してしまったのだ。
「………驚いた、これは本当だったのか」
「……はぁ?」
ヴァラロスが自分のカバンから一冊の本を取り出す。それを見たオーディーンは顔を引きつらせる。自分の失言に気付いたのだ。しかし気付いても後の祭りである。まさか嵌められるとは思ってもいなかった。
「てめぇ……カマかけやがったな……」
「悪いがこっちは記憶がないもんでね。(性格は悪いが)面倒見がいい頼れる道具屋店主だから(煽ててやれば)助けてくれるって書いてあったぞ? 記憶がすっぽり抜けているところでも世話になったらしいしな。記憶がなくなったこと、その間になにがあったのか説明してもらえると嬉しいんだが」
「……はぁ〜〜」
どうしたものかとうなだれるオーディーン。元からヴァラロスの事は頼まれていた。そもそも最初から導く予定だった為、何も変わりはないのだが……。面倒を見るのは問題ない、問題ないが説明が面倒であった。
「わかった。話せる範囲で説明する」
諦めて要点を絞って説明することに決めたオーディーンはヴァラロスに向かって話し始めるのであった。
「ところで、王都に行く気はないか? 勇者ヴァラロス」
これで本編完結です。この1000年後の話が気になりましたら、是非、「ジェミニ 〜魂の契約者達〜」も読んでいただけたらと思います!
本編完結まで読んでいただきありがとうございました。
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あと少し続きます




