51.星夜の二人と、愛と……
「ちょうど今始まったところか」
「そうだね」
二人が会場に到着すると、ちょうど祝勝会が始まったところであった。一緒に戦っていた冒険者も、街で家族の帰りを待っていた住人も皆仲良く食事を楽しんでいる。
そんな周りの様子を眺めていると法被姿の男に声をかけられた。
「……いや、驚いた。どうしたんだその服? というか、本当にお前らなのか……?」
服のせいであまりにも雰囲気が違っており、ドミニクは困惑していた。二人はそんなドミニクに自分達で間違いない事を告げると感心する素振りを見せる。
「ほぉ……そんな美男美女になりやがって。服もお揃いじゃないか」
「「えっ?」」
ドミニクの発言に二人の声がハモる。それはそうだ。それぞれ別々の店で買ったものだ。結果的にお互いに相手に合う服を選んだことになった為、揃えたつもりは無かったのだ。しかし、ドミニクはそんな二人に指摘する。
「ん? 違うのか? だって、ディアのドレスは夜空の星が散りばめられているようなデザインだろう? そして、ヴァラロス。お前のハーフコートは袖口の装飾が夜空のそれだ。二人して星夜の服を選んだのかと思ったんだが」
言われて気付く二人。確かにドミニクの言う通りであり、服のコンセプトは同じように見えた。二人はその事実にお互い顔を見合わせて笑い、互いに選んだ服がお揃いになる偶然に嬉しくなった。
その様子を見ていたドミニクは、「あとで紹介するから覚悟しとけよ」と言い残してその場を去る。二人の空気を邪魔しないようにと気を使ったのだ。それが分かってしまった二人は気恥ずかしくなりながらも、二人でいることに心地よさを感じていたのだった。
その後、気付けばヴァラロスとディアはたくさんの人から次から次へと挨拶をされ、お礼を言われている状態になっていた。それは何故かと言うと、すこし前に遡る。
最初にドミニクの挨拶から始まったのだが、今回の功労者が呼ばれて昇格などが発表された後で、ヴァラロスとディアが今回の主役だと呼ばれて紹介されたのだ。
急に現れた美男美女の姿にみんな驚き、見惚れてる。普段こんなおめかしするようなことがない為、二人の、洗練された気品溢れる美しさに魅了されているのだ。
そんな中、大勢の前でドミニクが感謝の意を表すと共に頭を下げる。今までのドミニクを知る人から見ればそれは異様な光景であり、それだけの功績であることが誰でも分かるものであった。
それだけにとどまらず、二人ともランクBへの昇格が発表された。二人が宿で休んでいる間に調査隊が空山へ向かいワイバーンの亡骸を複数発見。魔物の脅威がない事が確認出来たとドミニクの挨拶中に伝書鳩で連絡が届いたのだ。最初は書いてある内容をみて、ドミニクは理解が追いつかなかったが、ヴァラロスとディアがその実績を認めたため、もともと昇格を検討していたところをドミニク権限で確定としたのだ。ギルドが認めたものしかBランクになれない事から、実質現時点の最高ランクである。祝いの言葉もたくさん送られるのであった。
ヴァラロスとディアはひと通り挨拶が終わったところでやっとひと息つく事ができた。
「ふぅ……すごい人の数だったな。大丈夫か?」
「なんとかねー。またお姉様言われた時はびっくりしたけど」
「ははは………あの店員な」
他愛もない話。なんでもない話。魔王という役目から見ると無駄な話。だが、ディアの中で確かな物としてその記憶に刻まれている。その一瞬一瞬を噛み締めるように目の前に広がる平和な光景を目に焼き付けていた。
「そういえば、またランク上がったな。あっという間にBランクか。簡単なお昼ご飯くらいしか奢れないけど、またどこか行くか」
ヴァラロスが思い出したように言う。正直、こんなに何回もランクアップするなんて思っていなかった。律儀に約束を守ろうとするヴァラロスにディアは首を横に振り答えた。
「ううん、今日いっぱい貰ったから、もう十分。……今日はね、アタシがやりたいこと全部やりたいと思ったの。思い残す事が無いようにって。やりたいこと沢山できたから、嬉しかった」
「……どうしたんだ? まるで、これでお別れみたいな言い方して……」
本当は分かっていた。彼女を縛るものはもう無い。突然の言葉に不安になるヴァラロス。だが、現実は残酷であった。
「ヴァル」
「……なんだ?」
ディアがヴァラロスの名を呼ぶ。ヴァラロスは不安に押しつぶされそうな表情で次の言葉を待つ。
「アタシさ、明日帰ることにするよ」
「…………そう、なのか」
当然だ。今こうしている間にも魔族の村が魔物に襲われているかもしれない。ディアはもともと魔族の村を救うことを目的としてここにきた。目的を達成してもなおここまでいてくれたのはディアの好意によるものだ。
村を守る術を学び、ヴァラロスとの約束も守り、プロカルとノヴィシムの危機を救った。ディアがここに留まる理由はもう無いのだ。
ヴァラロスが何も言えずに俯いているとディアが空を見上げながら言葉を続けた。
「アタシ、ヴァルには感謝してるんだ」
「俺はなにもしていない。逆にいつも助けてもらってた……」
「ううん。ヴァルがいなかったらきっとアタシ、何も出来なかった。村を守る方法も見つけられなかっただろうし、何よりみんなを守れなかったと思う。それに……アタシも」
ヴァラロスの方へ向き直るディア。その顔はとても澄んだ笑顔であった。
「アタシも救われたんだよ。だから、ありがとう」
「お、おぅ」
その屈託のない笑顔にヴァラロスは気恥ずかしくなり、照れ隠しの生返事をしてしまう。気恥ずかしさのあまり言葉が出てこず、ほんの少しの間周りの喧騒が二人を包み込む。しかし、それではダメだとヴァラロスは思い切って言葉を続けた。
「俺も」
「ん?」
「俺も、ディアがいなかったら、きっと弱いままだった。ディアが叱咤してくれて、俺に魔法を教えてくれて……俺と一緒に居てくれて。だから乗り越えられた。感謝するのは俺の方だ。だから俺の方こそありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
互いに笑い合う二人。この瞬間がずっと続けばいい。そんなことを思えるような空気が流れていた。しかし、無情にも時は待ってはくれない。ヴァラロスはそれを分かっているからか自然と言葉が漏れた。
「……ディアについて行きたい」
「……っ」
ヴァラロスの言葉にディアが息を呑む。複雑な感情が絡まり今どんな表情をしているかわからない。それでもディアはなんとか平静を保とうとしている。
「だめか?」
「……理由は?」
つい聞いてしまった。分かっている。それを聞いたらきっと感情を抑えられない。それでも聞きたかった。
「ディアとずっと一緒にいたいから。ディアが好きなんだ」
「……うん」
思わずうなずく。そしてそのまま俯き顔を上げることが出来ない。今この瞬間は見られてはいけない。なのに、
「……悪い、突然こんなこと言われても困るよな」
「違う!」
ヴァラロスが弱気な事を言う。それを聞いたディアは思わず叫びヴァラロスの胸に飛び込む。
飛び込んできたディアを思わず抱きしめたヴァラロスはディアのその身体が震えるのを感じ取った。どうやらディアは泣いているようだ。
「ディア……?」
「嬉しい! 嬉しいの……! でも!」
ディアは涙を服の袖で拭きあたりを見渡す。辺りには宴会で盛り上がる人であふれている。
「……ここじゃダメ。部屋に行こ」
「あ、おい……」
ディアに手を引かれるがまま歩き出すヴァラロス。一瞬見えたディアの横顔はひどく寂しそうであった。
宿に戻りディアに手を引かれヴァラロスの部屋へ連れて行かれたヴァラロス。ディアは部屋に入るなりベッドに腰掛けると、隣に座るようにヴァラロスを促す。目が少し腫れているもののどうやら歩いている間に少し気持ちが落ち着いたように見える。
ヴァラロスを横に座らせると「よしっ」と言いつつ話し始めた。
「ごめん。あそこだと人がいっぱいいたから……」
「悪い、俺も気が利かなかった」
この話をするには込み入った内容を話す必要がある。そうなると人に聞かれるわけにはいかないのだ。
「もう一度確認するけど、アタシと一緒に来るって事がどんな事か分かってる?」
ディアはヴァラロスの覚悟を問う。並の覚悟では到底受け入れることなんてできない。ディアの中に確固たる意志が見えた。だが、ヴァラロスも負けてはいなかった。
「あぁ、魔族領に行くってことだろ。そして、もうヒト族領には帰って来れない。それに……」
ヴァラロスは一呼吸置いて言葉を続ける。その言葉を言っていいのか迷った。しかし、覚悟を決めたのなら伝えるべきだ。
「俺はディアを愛している」
「っ!!」
「これから、ディアを愛し抜いて……先に死ぬ事になる。ディアを残して逝き、辛い思いをさせてしまうかもしれない。それでも、許してもらえるならそばに居たい」
「…………」
それは、避けては通れない道であった。ヒト族であるヴァラロスには寿命がある。一方でディアのような魔族には寿命がない。どんなに愛しあっていたとしても時が二人を引き裂く運命にあった。
黙って話を聞いていたディアもヴァラロスの話に応える。
「……それだけじゃない。ヴァラロスはこの時代の勇者。勇者が魔王のところに来ていいの? ヒト族の敵になるって事だよ?」
「そうはならないさ」
「っ!」
半ば脅しかけるようにディアは確認を続けた。しかし、その確認は今までのディアを見ていれば意味をなさないことがわかる。
「ディアが魔王なんだから、絶対に敵にはならないよ」
「……何を」
「だって……ディアはこんなに優しい女の子じゃないか」
「ッ!?……ヴァル!」
「うぉ!?」
ヴァラロスの言葉にディアの想いが弾ける。もはや我慢など出来なかった。気付けばヴァラロスを押し倒し口づけをしていたのだ。
「ん……」
「でぃ、ディア?」
唇が離れ困惑するヴァラロス。ディアのとろんとした目を見た途端にディアの覚悟が伝わってきた。今までのおふざけではない。本気の想いからの行動であった。
「ごめん……でも気持ちが抑えられない」
「……あぁ」
ディアは今まで魔王として生きてきた。ずっとそうであり、この先もきっとそうであったはずだった。しかし、ヴァラロスは魔王としての自分ではなく、いち個人のひとりのディアとして扱ってくれたのだ。悠久の時を生きるディアにとって、それはなによりも嬉しかったのだ。
存在を認めてもらえた。初めて自分を見てもらえた。そんな気持ちになったのだ。そして、もともとディアはヴァラロスに好意を持っていた。ヴァラロスから向けられた好意に我慢できず、押さえつけていた感情が爆発してしまったのだ。そう、ずっと押さえつけていたのに。
「ヴァル……!」
「ディア……」
そして、二人はそのまま本能のままに互いを求め愛し合うのだった。
◇ ◇ ◇
夜更けになりベッドから身体を起こす人影がある。寝ているもう一人を起こさないように静かに支度を済ませると、部屋の出口へと向かった。部屋を出ようとした時にふと後ろを振り返る。ベッドで眠るもう一人を名残惜しそうに眺めて、一言だけ、言葉を遺した。
「バイバイ」
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