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50.至福の時間と、星夜のドレス

「ふっふふーん」


 買い物を終えてご機嫌なディア。鼻歌混じりに店を出た。後ろには全身総取り替えされたヴァラロスが付いてくる。元々着ていた服や靴、持っていた剣などの荷物は、店のサービスで宿の部屋に届けてもらえる手筈になっている。その為、今のヴァラロスはとても身軽だった。


「なんか、悪いな……いや、こういう時は違うな。……素敵なプレゼントをありがとう」

「どういたしまして! ヴァルがすごく素敵になってびっくりしちゃった。アタシも気合い入れなきゃ。と、いうことで次はアタシの服買いに行こー」

「ん? ディアも買うのか?」


 素朴な疑問をぶつけるヴァラロス。もともと、ディアのワンピース姿に負けないようにといい服を買いに来たはずだ。それならば目的は達成できたものと考えていたのだ。

 しかし、ディアは少し考えながら質問に答えた。


「うーん……最初はヴァルの服だけでもいいかなって思ったんだけど……その、ヴァルが思った以上に素敵になっちゃったから、アタシも気合い入れなきゃなって思って」


 少しもじもじしながら話すディア。要するに、ヴァラロスの服を選んだら、思ったよりもカッコよくなりすぎて、今度はディアが釣り合わなくなったと考えたのだ。

 あとは、単純に久しぶりのショッピングに財布の紐が緩んでしまったことも原因だろう。ヴァラロスの服を買ったのだから自分の服も買ってもいいだろう。自然とその流れに持っていったのは流石ディアである。


「さ、早く行こ? ほらほらー」


 そんな彼女は待ちきれないとばかりに次の買い物へヴァラロスを誘導する。ヴァラロスは新しい服と靴ができるだけ汚れないように気をつけながらついていく。


 ディアに連れられて着いた場所は、どこか見たことのある服が並んだ女性服専門店だった。


 カランッ


 店の中に入るディアとヴァラロス。店に入るや否や店員が声をかけてきた。


「いらっしゃ……まぁ! お姉様!」

「えっ?」

「よくいらしてくださいました。お姉様は本日はどのようなご用件で?」

「え、えーと……あっ!」


 突然距離を詰められるディア。突然のお姉様呼びに困惑するものの、すぐに何かに気づく。確かに思い当たる節があった。


(この人、あの手紙の人か……!?)


 ドミニクとの昇級試験の後に破れた服を交換してくれた人だろう。よく考えると最初にディアに黒のワンピースを売ってくれた時もこの店員だった気がする。

 そんな店員がディアを見つけるや否やものすごい勢いで距離を詰めてきたのだ。

 驚いたものの、ディアとしては言わなければならないことがある。


「あなた……あの試験の後にこの服を交換してくれた人よね? ありがとう。とても気に入ってるから嬉しかった」

「っ!!? いえいえ! 私が勝手にやったことなので……えへへ……」


 ディアにお礼を言われた店員は顔を緩ませてそう言う。……とても幸せそうに一人でクネクネしている。どうやらディアのファンのようで、交換したことを言われて嬉しかったようだ。

 しかし、クネクネしてた店員はハッとして自分の使命を思い出したようだ。頭を切り替えて接客モードに入る。


「それで、お姉様はどのようなご用件でしたか?」

「あ、うん。この後の祝勝会で、主役とか言われたから、このヴァルと並んでもおかしくないような服が欲しいなーって。何かあるかな?」


 耳と尻尾をぴこぴこと動かしているのが目に見えるような子犬感が出ている店員。まるでご主人からの命令を待っているかのようであった。そんな店員をみて、ディアの口調が自然と砕けたものになる。それは、昔の彼女からは考えられない事だ。舐められたら終わり。そんなことをずっと言っていたディアであったが、ヒト族の領地であるノヴィシムに来て、プロカルに行き、様々な人と交流を持った。だから、今のディアがあるのだ。

 ディアに話しかけられて、なおも喜ぶ店員。主役の服と聞いて比較対象であるヴァラロスのことをやっと見た。


「はぅあっ!?」


 今のヴァラロスはとても上品な格好をしており、それを見た店員がなにかダメージを受けていた。


「こ、これに見合う服……いえ! 不肖このわたくしめが探してみせます! お姉様はこちらに」


 何故かわからないが店員がとても意気込んでいた。すると、どういうことかディアを別室に案内しようとする。


「えっ? ここじゃダメなの?」

「ダメです! お姉様にはもっと可愛くなってもらいます!」


 そう言う店員に逆らうことは出来ず、ディアはそのまま連れて行かれるのであった。


「……嵐のような店員だったな」


 取り残されたヴァラロスは、仕方ないと一人で店を回る。どの服もフリフリが付いていたり、可愛い系統の服であることがすぐにわかる。ディアが着ていた服もここの服ということで納得する。

 少し見て回ると一つだけ系統の異なる服が置かれていた。それは、深い紺色のシフォン生地を重ね、動くたびに銀糸の刺繍が星のように瞬くミモレ丈のドレスであった。


「これは……」


 ヴァラロスも思わず声が漏れる。それは、まるで夜の星空を再現したかのようで、思わず意識が吸い込まれそうになる。それ程にとても美しく見えたのだ。そして、このドレスが似合いそうな女性をヴァラロスは知っていた。

 すると、先ほどの店員がいくつか服を選んでいるのが目に入る。ヴァラロスはそれをみた瞬間、反射的に声をかけた。


「すみません。このドレスは、ディアにどうかなって」


 少し遠くで目をぱちぱちさせる店員。ヴァラロスの言ってる意図がわかると、彼女は近づいて来て申し訳なさそうに言った。


「はい……本当はその服が一番おすすめなのですが、お姉様は前に安さを求めてらしたので、そのことを考慮して考えてました」

「予算は聞いたのか?」

「え? いえ、そこは確認していなかったですが……」


 どうやら店員が前回のディアのことを覚えており、気を回して服を選ぼうとしていたようだ。たった1ヶ月だ。普通はそんなに状況は変わらない。むしろ、よくそこまで気を回して接客できるなとヴァラロスは感心する。しかし、きっと今のディアにとってその気遣いは不要だろう。


「なら、この服を持って聞いてみるといい」

「は、はい!……確かに、試着だけでも着てもらいたいかも……ふへへ……」


 なにやら怪しい笑みを浮かべる店員は、ヴァラロスの助言に素直に従い、星夜のドレスを持ってディアのところへと戻って行った。


 取り残されたヴァラロス。あの服は絶対に似合う。そう確信しながら試着での披露を待っていた。そして、例の如く服が展示されていた場所に小さく価格が表示されている。さて、この服はどうだろうか。


「……ごめん、店員。流石に無理だわ」


 そこには金貨80枚の文字が書いてあった。




 しばらく待っていたがなかなか出てくる様子はない。あの高価なドレスを試着しているところを見たいと思っているが、流石に着替えているところに突撃するわけにはいかない。そう、こういう時、男は待つことしかできないのだ。他にめぼしい服もない為、ヴァラロスは暇になっていた。


 そんな事を思っていると奥から誰かが近づいて来るのが聞こえた。どうやら案内されたディアが出て来るところのようだ。


「やっと来たか。どうだった? 何かいい服は……」


 話している途中でヴァラロス思考が止まった。目の前に現れたディアは例のドレスを身に纏っていた。それだけではなくその顔は化粧をしており、艶やかで美しい。その胸元には控えめなネックレスが飾られていた。一目見ただけでヴァラロスの意識が彼女に吸い込まれる。今の彼女は息をのむほど美しかった。


 目の前に現れたディアは化粧のせいか、店内の灯りのせいか顔を赤らめながらヴァラロスへと話しかける。


「どう……かな?」


 少し上目遣いで聞いてくるその仕草がまた可愛らしくヴァラロスは見惚れてしまう。しかし、何か言わなければならないだろう。ヴァラロスは思った事を素直に言葉にした。


「綺麗だ。すごく。……言葉で言い表せないけど

、とにかくすごく綺麗だよ」

「そ、そうかな……えへへ……ありがと」


 恥ずかしそうにしながらも喜ぶディア。その顔は幸せに満ち溢れていた。


「不肖わたくしめが頑張らせていただきました!」


 後ろから現れた店員がここぞとばかりに現れる。これは、よくやったと認めざるを得ないだろう。ヴァラロスは心の中でそう思いながらもひとつ疑問に思っていたことを確認する。


「支払いは済んだのか?」

「えぇ」

「予算を聞いたので、無理矢理予算内に……げふん、服を特別価格で四割引、端数はメイクとアクセ追加で頑張らせていただきました!」


 こいつ、私利私欲が入ったな。そう思いながらもこの店員の事を高く評価するヴァラロス。この店はさらに流行る。そう確信するのであった。




「お荷物は宿のお部屋までお届けしておきますねー!」


 そのまま出かけられるようにと、ここでも荷物を配送してくれるようだ。至れり尽くせりであったが、ディアが好きな服屋は自由に見ることができなかった。そこだけが唯一の心残りだろう。そう思ってヴァラロスは提案をしようとする。しかし、それは予想外のことで阻まれる。


「今回はあの店あまり見れなかったな」

「うん……そうだね。本当は色々見たかったけど、こんな素敵なドレス選んでくれたから、アタシは満足かな」

「ん?」


 今なんて言った?ヴァラロスが一瞬何を言ってるんだと思ったところで記憶が蘇る。確かに、店員に勧めた気がする。絶対似合うと思って勧めた。しかし、それを……まさか、店員が本人に伝えているなんて誰が思うだろうか!?


「ふふ……。あの店員さん、一つだけやたら豪華なドレスを持って来たと思ったら、あなたのオススメって言ったのよ」

「あ、あぁ……。まぁ、絶対似合うと思ったから……」


 予想外の出来事に照れるヴァラロス。それでも、思った事を素直に伝える。ディアも満面の笑みで改めて「ありがと」と言った。

 そんなディアにヴァラロスは話を続けた。


「その、また遊びに来よう。また二人で」

「え?」

「今度は服屋でいろんなものを見たり、またクレープ屋に行ってクレープを食べたり。また一緒に見て回ろう」

「……そうだね」


 ヴァラロスがまた来ようと言う。突発的に始まったデートではあったが、二人とも十分過ぎるくらい楽しめていた。これからも一緒にいたい。そうヴァラロスが言うのだった。

 それにシンプルに返すディア。ディアも想いは一緒なのだ。


「おっ? もうそろそろ時間か。祝勝会に行こうか」

「うん」


 素敵な時間を過ごせた二人は主役の勤めを果たすべく会場へと向かうのであった。……しかし、ヴァラロスは気付かなかった。短く答えたディアの表情はとても寂しそうであったことに……。

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