49.繋がる心と、鉄紺のハーフコート
ディアがクレープを食べ終わろうとしている中、道を見ていると綺麗な服装の人が目に入った。祝勝会に参加するのだろうか。そんなことを思っているとヴァラロスがハッとする。
「しまった。この後の祝勝会で主役にされたんだっけ?……ちょっとこの服装で行くのはあれかな」
「もぐもぐ……普段はどんな感じなの? 冒険者の集まりなんて服装なんでも良さそうだけど」
ヴァラロスは自身の服装をみて、この後行われるであろう祝勝会にそのまま行くことに難色を示す。ちょうどクレープを食べ終わったディアはそんなヴァラロスに質問をする。ヒト族の習わしなどわからない為、どのような格好が相応しいのか分からない。ドミニクも法被姿であったし、冒険者の集まりなのだから決まったものなどなさそうだが……。そもそも、ディア自身、魔族領でも外見は認識阻害の魔法で済ませていた為、式典用の服など用意したことがないのだ。
ディアの質問にヴァラロスはうーんと悩むそぶりを見せる。
「確かに、なんでもいい。なんでもいいんだが……」
妙に歯切れの悪い回答になるヴァラロス。ディアも首を傾げてヴァラロスをみる。その様子を見てヴァラロスは彼女のことを可愛いと思ってしまうが今はそれどころではない。ヴァラロスは諦めて素直に話した。
「いや、ちょっとボロいし……ディアの今の格好と合わせると釣り合わないなと」
「おぉ……」
思わず感嘆の声を漏らすディア。そうなのだ。今回の主役は誰か?それを考えると自ずと答えは見えてくる。正直、いまのヴァラロスの服装でもなんら問題はない。冒険者は危険なことをしている。服が多少ボロくても実績が伴えば関係ないだろう。むしろ貫禄があるともいえる。しかし、今回はどうだろうか。今回の主役は二人だ。ディアは黒いワンピースを着ており、そのままでも映える。実際にドミニクとの試験でファンが付いた程だ。それに比べて、ヴァラロスはいつも通りの軽装でいる。主役と言われると少し物足りないだろう。ましてや隣にディアがいるのだ。隣に立つものとして少し気が引けてしまうのだった。
ヴァラロスが悩んでいると、悩んでくれていることに嬉しくなるディア。ちゃんと自分を見てくれているんだと思い心が弾む。そんな彼女はヴァラロスのために一肌脱ごうと次のプランへと移る。
「ならさ、服屋に行かない?」
「でも、いいのか? その、折角のデートなのに」
「いいのいいの。むしろ、アタシが行きたいんだから。ねぇ、ヴァルの服なんだけど……アタシが選んでいい?」
「ディアが? 俺は構わないけど……あまり変なものはやめてくれよ」
ディアの提案に警戒するヴァラロス。今まで、このような時は遊ばれてしまうのがオチであった。しかし、それを聞いたディアは、自分の過去の行動を分かっているからか苦笑いしながらそれを否定する。
「違う違う。確かにいろんな服着てるヴァルも見てみたいけど、今回はかっこいいの選んであげるから」
「そうか……それならお願いしようかな」
「うん! 任せて!」
ヴァラロスの服を選ぶ為にどこの店に行こうか考えるディア。あそこはどうか、もう一つはどうかと様々な表情を浮かべる。行く場所を決めたのかキリッとした表情になるディア。ヴァラロスはそんな彼女を見ているだけで楽しくなる気がした。
◇ ◇ ◇
服屋に到着すると、ディアはヴァラロスに手招きをして店に足を踏み入れる。そこは、庶民にはちょっと高級な服屋であった。
「お、おい。ここは高いんじゃないのか?」
「いいからいいから。普段お世話になってる分アタシからプレゼントさせてよ」
「プレゼントって……! いや、だってここ……」
ヴァラロスが言い淀むのも仕方がない。基本的に値段表記が金貨二桁なのだ。ずっと庶民的な生活をしてきたヴァラロスにとって、この店の服は普段手が届かない。
「アタシがどれだけ稼いだか知ってるでしょ?」
「確かにその通りではあるんだが……」
商売の神様の依頼でルームランプを作った代金で大金を手に入れているディアにとってこのくらいどうということはない。だが、それでも遠慮がちなヴァラロス。このままでは一生平行線である。そう思ったディアは説得の仕方を変える。
「分かった。でも、これはアタシのわがままなの。アタシがそうしたいんだから。……言うなればヴァルもクレープをプレゼントしてくれたでしょ? それと同じよ」
少し無理のある言い方ではあったがディアは自分を貫く。ヴァラロスは今でさえプリプリしている彼女を見て観念する。ここは好意に甘えるべきだろう。
「分かった。そういうことなら、お願いします」
「うん! 任された!」
ヴァラロスの返事を聞きご機嫌のディア。満面の笑みで返事をしたあとは鼻歌混じりにヴァラロスの服を見て回る。ヴァラロスも一緒に見て回っているのだが、周りにある服がどれも高級であり、通路を通るのも恐る恐る歩いていた。
そんな時、ヴァラロスはふと山での出来事を思い出す。
(あぁ、そういえば山でもそんな感じだったな。あの時は手を繋いで……)
あの時は命に関わるところであった為、雰囲気も何もなかった。しかし、確かに手を繋いでいたなと、ただそう思っていただけなのだが、無意識に体が動いていた。
「えっ!?」
「……ん?」
ヴァラロスがディアの手を握っていたのだ。
「わ、悪い!」
「待って……」
慌てて手を離そうとするヴァラロス。しかし、ディアがそれを掴み離さない。どうしたのかとディアを見るヴァラロス。自分から手を繋いだ手前、どうしたのかというのもおかしいが、ディアは手を握って離さない為、そう思うのも仕方がないだろう。
ディアに向き直ると、ディアが静かに話しかける。
「……なんか、思い出すね」
「……山の時だろ?」
「そう」
ディアも同じことを考えていたようだ。あの時は手を離してしまうとヴァラロスの命が危ない状況にあった。絶対に離さない。そう強く思って山を登っていた。
しかし、今はそんなことはない。何にも怯えることはなく、手を繋ぐ場面でもない。それでも、無意識に繋がれたその手を、今は絶対に離さない。離したくないと思ったのだ。ヴァラロスは照れくさそうにしているも、ディアの想いが伝わったのか手を離すそぶりは見えない。ヴァラロスが手を離さないとわかるとディアはゆっくりと話を続ける。
「あの時は必死だったからね」
「正直言って生きた心地がしなかったぞ……」
「あはは……アタシも」
ディアはヴァラロスの手を引き、服を探しながらも言葉を紡いだ。
「アタシは、自分が手を離さないか、すごく怖かった。アタシを信用してついてきてくれたヴァルを絶対に守るんだーって。……考えてみればすごいよね。最初の時、ヴァルはアタシのこと知ってたのに……それでも信じてくれた……ねぇ、なんでそんなに信じてくれたの?」
ディアは突然服を選ぶことをやめて、両手でヴァラロスの手を包み向き直る。ヴァラロスはその距離に少し照れていたがしっかりと彼女を見て答えた。
「ディアだからに決まってるだろ。……一生懸命に他人を思いやる姿をずっと見てたんだ。応援したくもなるし、信じたくもなる」
「でも……その、アレだし……」
ヴァラロスの答えにディアが言い淀む。店内であるため誰にも何を聞かれるのかわからないのだ。それはヴァラロスも同じで、明確な表現を避けた結果、答えがぼやけてしまった。
ヴァラロスは仕方ないと、包まれていない左手を優しく動かす。
「へぁっ!?」
突然ヴァラロスの手がディアの長く艶のある髪を優しく払い、頬から耳先までを包む。そして耳先を優しく撫でた。その行動にディアは驚き、真っ赤な顔で変な声を上げてしまうのは仕方のないことだろう。しかし、そんな状態でもヴァラロスは真剣な顔をして話を続けた。
「関係ないんだって。……俺も分かったんだ。こっちでも色んな人がいる。それこそ、ならず者みたいな人もいれば聖人君子みたいな人もいる。ただ、それだけなんだ。言っただろ? ディアはディア。他人を思いやれる優しい女の子だって。俺は、何があってもディアの味方だから」
「っ!? は、恥ずかしいこと言わないでよ……」
「ははは……。俺も恥ずかしくなってきた」
ヴァラロスの素直な想いに顔を赤らめるディア。それは、彼女にとって一番の言葉である。ディアは昂る感情をどうにか自制した。こんな公共の場で二人の世界を作るわけにはいかない。彼の想いは十分に伝わった為、ヴァラロスの服選びを本格的に始めようと頭を切り替える。まず、一言を返してから、繋いだ手はそのままで。
「ありがとね」
「ああ」
その後はすぐに良さそうな服が見つかった。店の奥で展示されていた、鉄紺のハーフコートが目に入る。
そのハーフコートは身体のラインを拾う仕立ての良いチャコールグレーのもので、襟や袖口に、星空をイメージした銀の装飾が施されている。合わせてある黒のパンツや革のブーツはシンプルであり、全体的に洗練された、気品のある印象を受けた。
そして、そのコートはディアの感性をくすぐる。
「っ!!? ねぇ! これがいいんじゃないかな!?」
「確かに……いいな」
「でしょ!? これ試着してみなよ! 店員さーん! これ試着お願いしまーす!」
店員を呼ぶ為大きな声を出すディア。興奮しているからか彼女はいつになくハツラツとしている。ヴァラロスはそんな様子を見て自然と笑みが溢れた。
店員に案内され、試着室へ到着したヴァラロス。ディアに手を振りカーテンを閉める。そして、そのままコートとパンツを試着した。
(これ、いくらするんだろう……カッコイイし、すごく着心地がいい)
上下とも試着すると、とても様になっていた。ヴァラロス自身も整った顔立ちをしているため、上質な仕立てと相まって、端的に言って非常に似合っていた。
「まだー?」
外でディアの声が聞こえる。もうそろそろだろうと思い声をかけてきたようだ。ヴァラロスは覚悟を決めて、返事の代わりにカーテンを開けた。
「お、おぉっ……!」
感嘆の声を漏らすディア。予想以上に似合っていた為、言葉が出ない。
(か、カッコイイッ!! 絶対似合うと思ったけど、思ったけども!!)
心の中で大興奮するディア。その目がキラキラしていることからヴァラロスもこの服がディアの好みに合っていることが分かった。
「どうだ?」
それでも敢えて聞くのは言葉として聞きたかったからであろう。しかし、ディアの思考は色々すっ飛ばしていた。
「買おう!」
「感想はどうした!?……いや、その反応が答えではあるのか……」
釈然としないヴァラロスだったが、ディアが楽しそうでなにより。そう思い諦めようとした時、ディアが言葉を贈った。
「すごく似合ってる! カッコイイよ!」
「っ!? あ、ありがとう……」
全く、いつもペースを乱される。そう感じるヴァラロスだったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「店員さーん。これ買うんでそのまま着て行っていいですかー?」
店内にディアの声が響き渡る。店員がいそいそと寄ってきてディアが会計しに向かった。
後をついていくヴァラロスであったが、何気なくハーフコートが展示されていた場所を見ると値段が書いてあるではないか。どれどれと小さな表示を見てみると驚愕することになる。
「これ……えっ!? き、金貨四十枚!?」
「えっ? 違うよ。それはハーフコート代。パンツも靴もセットで買うから五十枚だよ?」
「えっ!!?」
平然と訂正するディア。その様子はかつて金貨6枚に泣いていた彼女ではない。それこそ一山当てたからか妙な余裕が感じられた。
一方でヴァラロスは高価なプレゼントを貰うことになり冷や汗をかき、いったいどれほどのことをすればこの礼を返せるのかと考えるも、今さら断ることなど出来るはずもなく、ただ、受け入れるしかなかった。
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