47.それぞれの想い、それぞれの決意
特に何をするわけでもなく時間を潰す両者。仮眠をとろうとしても先ほどの話が頭から離れず眠れずにいた。
ヴァラロスにとって記憶がなくなるのはたったの一ヶ月程度。しかし、その一ヶ月はかけがえのないものであり、人生を変えるような一ヶ月である。それがなくなると考えただけで全てを失ってしまうような感覚に陥った。
ディアにとっても同じである。ヴァラロスと過ごした日々は全て新鮮で、楽しく、魔王としての責務を忘れることができた。そんなヴァラロスとの日々を、忘れられてしまうと思うと何も言えなくなってしまった。
魔族領の村や集落を守るための手段を手に入れた為、ディア自身の目的は果たした。ワイバーンを討伐しヴァラロスとの約束も果たす事ができた。もともとヴァラロスとのパーティもお互いの目的を達成する為だけの一時的な関係であったはずだ。その為、何も憂いはないはずなのだ。何もないはずなのに、何もかもがなくなってしまうような錯覚に陥る。ディアにとって、ヴァラロスと過ごした日々は何千年と過ごした日々の中でも一際大切なものとなっていた。
◇ ◇ ◇
ひとつの魂が同じ役割を繰り返す。そんな話なんて初めて聞いた。自分自身に違和感はない。でも、昔から時々、客観的に自分を見返したときにハッとすることがあった。
まずは適応力。小さな頃から何か予想外な事が起こっても機転を利かせて乗り越えられた。魔王に選ばれたときもどうしていいか分からなかったはずなのに、自然と認識阻害の魔法で見た目を誤魔化す事を思いついた。最初はアタシって頭が良いんだ。程度に考えてた。でも、ふとした時に気付いたんだ。なぜその方法を知っていたんだろうって。認識阻害の魔法なんて習った事なんてあったっけ……。
次に話し方。魔王となって話し方を気をつけるようになった。なめられてはいけない。そう思う相手には厳格な態度で挑もうと思った。そう思ったら、最初から思った通りに話せた。おとぎ話で聞いたような魔王を演じられている。そう考えて今までやってきた。そう信じていた。……でも、アイツの話を聞いて気付いてしまった。演じてたのはどっちなんだろう。昔の魔王もアタシと同じ魂が入っていたわけで、もともとそういう振る舞いをしてきた魂だ。アタシみたいに……自分で言うのもなんだけど、自由にしてる魔王はいないんじゃないか。まして女性の魔王なんて聞いた事がない。魔王の魂が、今まで会ったことのある女性像を形どり、今のアタシを演じているんじゃないか……そんなことまで思ってしまう。たまに話し方が定まらないのもその影響かもしれない。
それに……
「アタシって……誰なんだろう」
思わずつぶやいてしまった。それは長い間魔王をやっていたからだと思ってた。でも、本当にそう?もともとそんなもの無かったんじゃ?
「アタシの、本当の名前……もう、わからないよ……」
自然と涙が出てくる。何に対して?悲しくなるなんて今までそんなこと無かったのに?
…………アタシは誰?……だれなの?…………ダレナノ……?
……………………
『ディアはディアなんだって思った』
(!?)
突然、脳裏に彼の言葉が過ぎる。正直、意味がわからなかった言葉。でも妙に安心できた言葉。
(あぁ、そうか)
『他の何者でもないディアなんだって』
(なんで安心できるか、わかった気がする)
それは、側から見たら当たり前のこと。なんの意味もない言葉。それでも、今のアタシには一番欲しかった言葉。
(ヴァルは最初から、アタシを見てくれてたんだ……魔族としてでも、魔王としてでもない本当のアタシを!)
ヴァルの言葉を思い出すだけで認められた気がした。存在を肯定された気がした。それならアタシのやることは決まっている。もう、何も迷うことはない。
◇ ◇ ◇
頭が働かない。正直、最近一ヶ月の記憶が無くなると言われても実感が湧かない。だが、もしそれが本当なら神様はなんて性格が悪いのだろうか。……いや、もともと性格は悪そうだったな。こんな話を俺抜きで話そうとしていたあたり特に。
普段なら長い人生のうちの一ヶ月なんて誤差だ。ちょっと記憶がなくなったところでたいした事はない。誰かに助けてもらえれば空白の一ヶ月なんてすぐに埋められるだろう。でも、それが今なら話は別だ。
この一ヶ月は色々あった。ちょっと会話して仲良くなった道具屋主人の依頼を受けて、帰ってきたらマジギレしてる女の子が怒鳴り込んできた。すごい剣幕で怒った後にパーティを組もうと初対面の俺を誘ってきた。普通あんな人前でキレ散らかす人となんて関わりたくないと思うだろう?実際その通りだし、最初は断った。でも、道具屋の主人……あいつが勧めるからその女の子の魔法を見ることになった。……すごく綺麗だった。魔法もそうだが、魔法のことを嬉しそうに語るその表情はさっきまでの剣幕が嘘のように無邪気で、綺麗でとても可憐だった。魔法がすごかったのもあるがそこで見惚れてしまったのだろう。
パーティを組むことになってからは正直こっちがお荷物状態だ。ひとりでも依頼をこなせるだろうにランクのせいで相応しい依頼が受けられなかったのだろうか。正直、この状況だけ見れば、この女の子はなんなんだ?としか思えなかっただろう。
その後、依頼でワイバーンと鉢合わせしかけた時、俺は動けなくなった。正直情けない。村の惨状を思い出し、太刀打ちできないと思ってしまった。……そんな時にディアは喝を入れてくれた。すごい独特だったけど言われて目が覚めた。あの時の叱咤が無ければ今の俺はないだろう。正直、その時からディアが偉い身分とは思ってたが……。
その後3日は暇だった。ディアが道具作りをすると言うことで自由に過ごせた。いつも通りの日常が数日ぶりに戻ってきただけだったがなぜか寂しく感じる、そんな不思議な感覚。その時はそれがどんな感情かわからなかったな。……途中でディアのことが気になり、差し入れを持って行った時は焦った。あんな無防備な姿を見てしまい、見られたディアは見た目の年相応の女の子の反応をしてきたからだ。多分、その時だろう。無意識にディアは普通の女の子なんだって思うようになったのは。ちなみに、どうにか機嫌を直してもらった後に机を見るとすごい魔道具が出来てて驚いた。もう魔道具を作って生計を立ててもいいんじゃないかな……?
そして、案の定ギルドと揉めてた。そりゃそうだ。道具屋ひとつに対して一件依頼達成だなんて認めたらみんなそっち行くに決まってる。怪しすぎてあの依頼誰も受けなかったから、まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。
ギルドの受付からディアの昇格試験という名の決闘の話を聞いた時は血の気が引いた。ウェポンマスターのあのサブマスが相手なんて、どんな冗談かと。噂ではギルマスより強いって話だ。いくらディアが強いからって無茶がすぎる。どうにかして謝ってもらおうとディア探したら、人の気も知らないで呑気にクレープを食べてやがる……ちょっと多くないか?……気にせず話しかけてみると思ったより冷静に、前向きに考えていた。そんなディアを応援したくなってサブマスの特徴を教えたんだっけか。
結果、勝ってしまった。ディアが負けるイメージがつかなかったのはその通りだがまさか勝つなんて。ただ、その後が大変だった。どう見てもサブマスが虫の息で危ない状態。ヒールを使えるかと聞かれたが、そんなの焼け石に水だ。到底、俺のヒールだと意味があるとは思えない。ディアも分かっていたからか自分でヒールを唱え始めた。正直意味がわからなかった。あれだけ激闘を演じていながら、あの状態のサブマスを回復させるなんて。そして、例の耳が一瞬見えたと思ったらディアが倒れた。慌てて駆け寄って確かめると無事で安心した。過度に魔法を使うと生命力が枯渇して死んでしまう。一般常識だ。そうなってもおかしくない状況で無事だったのは、さすがはディアと言ったところか。
……だけど、まるまる三日間眠り続けるとは思わなかった。言われた通り追加で宿屋に延泊を頼んだが全然起きてこない。焦って道具屋の主人に相談したほどだ。道具屋の主人には休めと言われたが休めるわけがない。とりあえず毎日ヒールをかけるくらいしか出来ないが何もしないよりいいだろう。
ちなみに、ギルドの受付のお姉さんがディアの着替えや肩の傷の応急処置をやったり、ディアの服を取り扱ってる店員が新品に交換して行ったりと色々忙しかった。服屋の店員が言うにはいい宣伝になったとのこと。肩のところが破れたり血で汚れたり使い物にならなくなっていたところを、今後も使って欲しいからと無償で交換したのだとか。
その後、道具屋に寄った時にディアが目覚めた事を聞いた。正直に言って嬉しかった。なんでそう思ったのか、よく分からなかったけどいまなら分かる。帰ってきたディアと軽く話した後、プロカルへ行く事を告げられた。急に胸が苦しくなる。それは、かつて感じた、忘れてしまった感情だった。だからだろう、らしくない反応をしてしまった。ただ一言『手伝うからついていく』。それが言えなかった。それからだろうか、事あるごとに揶揄われるようになったのは……。遊ばれるようになってしまったが、それはそれで……いや、よくない。なんでもない。
プロカルへ行く途中にディアの耳に気付いてしまった。ディアが自分の知らない存在だと思ってしまい恐れ、疑った。でもディアはディアだった。そんなことは当たり前なのに疑ってしまった。それは全て、相手を知らなかったからだろう。だけど、もう迷うことはない。
その後プロカルに行き色々あったがやっとディアの話を聞けた。もう何も驚くものかと思ってはいたが予想を飛び越えて魔王宣言してきた時は流石に言葉が出なかったな。
その後の行動にも驚かされた。自分の考えから真っ直ぐに行動し、ギルドを動かし、ギルドに冒険者を動かさせた。途中考えが足りないところもあったが、俺も手助けしてゴリ押した。あんなディアは珍しかった。ただ、それだけ余裕がなかったんだろう。だけど、そのおかげでみんな今ここにいる。
ディアのおかげでノヴィシムのみんなが、プロカルのみんなが無事でいられた。俺自身もワイバーンを討伐することができた。その事は今となっては大きな自信につながってる。それに、何よりディアのことを忘れたくない。だからこそこの一ヶ月の記憶は失いたくない。
今までの人生の中できっと一番大切な記憶だ。この記憶をなくすなんて出来るはずがない。もし、俺が俺自身を抑えられないとしたら……その時は……。
◇ ◇ ◇
時間が経ち、気付けば夕方になっていた。
(流石にお腹すいたな)
空腹に耐えかねたディアはどこかで食事を取ろうと宿を出る。すると、宿の前にヴァラロスが立っていた。
「よう」
「さっきぶり。ヴァルも夕飯?」
「まぁ、そんなところだ。一緒に行くか?」
「うん」
そんな他愛もない会話をした後に街にあるギルド近くの飲食店へと向かう。
「…………」
「………………」
沈黙が続いていた。しかし、その表情は2人とも先ほどとは違うものだった。
「あのさ、ディア」
「ん? なあに?」
「さっきの話だけど」
「うん……さっきのね」
ヴァラロスが意を決して話しかける。ヴァラロスが何を話そうとしているのかディアはわかっているかのように普通に受け答えをしている。
「俺は……この記憶を失いたくない。衝動に襲われたとしても押さえ込んでみせる」
「うん」
「……反対しないのか? 俺のわがままでディアの身が危なくなるかもしれないのに」
ヴァラロスの歩みが止まる。自分のわがままのせいでディアを危険にさらそうというのだ。対照的にディアはヴァラロスを置いて歩みを続ける。
「ディア……俺は……」
「危険……そうかもね……」
ヴァラロスが再度言葉をかけるとディアもその歩みを止めて話し始める。
「確かにヴァルが記憶を持ったままだと、また過去の勇者の記憶とかに身体を支配されるかもだけど……」
ディアはそう言うと一呼吸置いてから振り返った。
「っ!」
「前も言ったけど、アタシがどうにかしてあげるから、ヴァルは安心して欲しいな。……だからほら、そんな顔をしないの」
ディアは満面の笑みで振り返りヴァラロスの問いに応えた。ヴァラロスはディアの笑顔を見て、ディアの言葉を聞いて思わず感極まってしまい泣きそうな表情をする。
涙を堪えるヴァラロスにディアが歩み寄り優しく抱きしめて言葉を続けた。
「怖いよね。いきなりだもんね。でもなんとかしてあげるから、苦しまなくていいようにするから。だから、安心して」
「くっ……ぅ……」
「よしよし」
ヴァラロスの目から涙が溢れる。ディアはヴァラロスの身体を優しく包み込むのだった。
面白いと思ったら評価・ブックマークをお願いします!




