46.残酷な運命と、避けられない代償
「ったく。近所迷惑だ。静かにしないか」
あまりの衝撃に声が大きくなったヴァラロスはオーディーンに叱られる。だが、腑に落ちないヴァラロスはなおもオーディーンに異を唱えようとする。
「す、すまん。だけど、おかしいだろう」
「何もおかしくはない。勇者は困難を乗り越えた時、または試練に挑む時、その力が目覚める」
「いや、えっ? そうなの?……いやいや、そう言うあんたは誰だよ! 適当なことを言うんじゃない!」
ヴァラロスが混乱してオーディーンに食ってかかる。それを分かっていたのか、またこうなったかと言わんばかりの大きなため息を吐き、言葉を続けた。
「はぁ〜……一応、この星を作ったものだ。……お前らの言うところの神というやつだろう」
「……はぁ?」
何言ってんだコイツとばかりに冷めた表情をするヴァラロス。それもそうだろう。いきなり目の前に神を名乗る不審人物が現れたら誰でもそういった反応をする。しかし、今回ばかりは本当である。
いつもの反応にたじたじのオーディーンを見てディアが仕方ないとばかりに助け舟を出すことにした。
「気持ちはすごくわかるけど、本当。こんなんだけど一応、神様だよ」
「……はぁぁあああああああ!?」
「最初にその反応をしろよ……」
納得のいかない様子のオーディーンだったがとりあえず信じてもらえたようなので細かいことは諦める事にした。
「えっ、じゃあ、俺が勇者ってのも……」
「恐らく、事実でしょうね」
「ま、まじかよ……」
「…………」
「はぁ〜、それで、それがなんで影響するんだ?」
諦めて黙ってしまった神に向けてヴァラロスが問いかける。釈然としないものの話が進まなくなるのでオーディーンは話を続ける事にした。
「……はぁ、その役割ってのは魂ごとに決められてるんだ。だから、勇者は前世でも勇者。その記憶が魂に染み付いてるからたまにこういうことが起きる」
「ち、ちょっと待った! なにそれ知らないんだけど!? それに、そんな気味の悪い声なんて聞いたことないし」
話を聞いていたディアが取り乱す。勇者の魂は勇者。役割は魂ごとに決まっている。それはヴァラロスだけに当てはまる事ではない。つまり、ディアにも当てはまるはずだ。……そう、彼女の魂は魔王としての役割を持っているはずである。
そうなると当然疑問が生まれる。それなら、ディアはなぜ平気なのか?
元来、勇者と魔王は相容れない関係である。一方がもう一方を滅ぼすまで戦うのが定説だ。だからこそヴァラロスは魂に染み付いた感情からか、そのような声が聞こえたのだろう。しかし、ディアはどうか?長らく魔王をしているがそのような声は聞いたことがない。
しかし、ディアの抗議にオーディーンは悪びれた様子もなくただ答えた。
「聞かれなかったし、話したのは初めてだからな。そりゃ知らんだろ」
オーディーンの言葉に歯軋りしそうな勢いで彼を睨むディア。このままでは危ないと感じ、何も見なかったことにして話を続ける。
「声が聞こえないのはいくつか要因はあるが……一番は相反する考えがないからだろう」
「相反する考え……? なにそれ。別に打倒勇者! なんて思わないけど?」
「そう。過去の魔王もそんなことは微塵も考えていない」
「……なるほど? じゃあなに? 昔の魔王みたいに世界征服とか考えてるって? アタシはそんなこと興味な……」
「あぁ、それは俺が昔に考えた嘘だな」
「なにしてくれてんの!!?」
ディアが突然怒り出しオーディーンの胸ぐらを掴んで揺さぶる。過去の魔王は世界征服を目論んでいた。そんな噂話が魔族内でも浸透している。魔族内で浸透するということはどういう事か?それは想像に難くない。ヒト族が魔族を目の敵にするには十分な理由だった。
その元凶が目の前にいると思ったら手が動いていた。それは仕方のない事だろう。しかしオーディーンは、今度も悪びれた様子なく言い訳をする。
「まてまて、俺が考えたのは間違いないが当時の魔王に相談を受けて考えたからな? 発表したのはそいつだし、俺は知恵を貸したまでだ。……こら、ゆさぶるのをやめろおおお」
ガクガクと首を揺さぶられるオーディーン。ディアは納得がいかないといった様子だがよく考えればなんの理由もなしにそのような事を言うわけがない。きっと何か理由があったに違いない。ディアはしぶしぶながら揺さぶる手を止めた。今は優先することがある。
「はぁ……。で、ヴァルの聞いた声が魂の声っていうのが、過去の勇者のものなら、それを止める方法はあるんでしょ?」
「あるにはあるが……」
オーディーンは少し話しにくそうにしている。ヴァラロスの顔色を窺うのは分かるが何故かディアの方も気にしているようであった。
「なに? どうすればいいの? 手伝えることがあれば手伝うから言って」
「……おまえさんから手伝いを申し出るなんて……明日には隕石でも降ってくるか?」
「何わけのわからない事を……それで、なにか手伝える?」
ディアが珍しいことを言い、それを茶化すオーディーン。しかし、いつもなら激昂するであろうディアが真面目に話を返す。それは、真剣にこの問題をどうにかしたいという想いからであった。
オーディーンとディアのやり取りをヴァラロスもじっと見ている。どうにかしたいのは間違いない。ただ、オーディーンの態度が気になるのだ。妙に遠慮するような、伝えるのが憚られるようなそんな様子だった。
オーディーンが何やらヴァラロスの様子をまじまじと見て分析する。しかし、何故か残念そうな表情を浮かべた。オーディーンが告げる事でその理由はすぐに判明する。
「手伝えることはない。俺の力で記憶を封印すればいい」
「なんだ、それなら早くしてよ。結構辛そうなんだから」
「いや、簡単に言うな。……思ったより魂の記憶が複雑に絡みついてやがるみたいでな、副作用で、ヴァラロスの記憶も一部なくなっちまうぞ」
「……っ!?」
「ぇ……?」
それがオーディーンが話す事を躊躇った理由であった。過去の記憶を封印する事で自分の記憶がなくなる。それはヴァラロスだけでなくディアにも衝撃を与えた。
「……具体的に、どのくらいの記憶が無くなりそうか、わかるか?」
ヴァラロスはなんとか声を絞り出し疑問をぶつける。どの程度影響があるかによって今後の生活が危ぶまれるからだ。
「……この記憶は勇者になると発現する。発現した頃の記憶が絡みついてやがるから……恐らくここ一ヶ月くらいだろう」
「一ヶ月……」
それはディアとヴァラロスが出会い、共に過ごした記憶を意味する。両者にとってかけがえの無い記憶となっていた。
それを聞いたディアも考え込んでしまう。あまりに残酷な事実にすぐに声をかける事ができなかった。
「……少し、考えさせてくれ」
「わかった。そんなすぐには再発しないだろうからゆっくり考えてくれ」
オーディーンはヴァラロスだけでなくディアにも言うように話す。事実、二人とも神妙な面持ちで聞いていた。
これ以上話すことはないとオーディーンは二人に宿で休むように促す。夜通しの戦闘による疲労を考慮しての気遣いであろう。二人はその言葉に従い、言葉少なく道具屋を後にするのだった。
そして、その後宿に着くまで会話はなかった。
「……それじゃ、また」
「あ、あぁ……」
ディアはそう言うとそそくさと自分の部屋に戻っていく。ヴァラロスはその姿を見て少し切なくなった。
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