45.おとぎ話の終わり、そして真実の始まり
ノヴィシムの街に帰る頃にはすっかり朝になっていた。ドミニクの計らいでその日は即解散となる。それは、全員夜通しの戦いを考慮した結果であった。正直なところ、すぐにでも宿に帰って休みたいところであったが、ヴァラロスとディアはその前にやらなければならないことがある。その為、二人は疲れた身体を引きずって目的地へと向かった。
コンッコンッ
ディアが扉を叩く。もはや声を発する元気もないのか、はたまた不安と緊張でどう話すかを考えていたからか、あるいはその両方か、ディアは扉を叩いてからも大人しかった。
…………
中からの反応がない。よく見ると扉には本日閉店の札がかかっている。すでにみんなが働き始める時間になっていることから建物の中に人がいないようにも思われた。しかし、ディアは動かない。まるで、今反応がないことを分かっているかのように。
「……なぁ、留守じゃないのか?」
「いや、いる」
「でも反応ないぞ? 札もかかってるし……」
ヴァラロスがディアを説得しようとした矢先、中から声が聞こえた。
「……待ってろ。今開ける」
声が聞こえるとすぐに扉が開かれた。店の中を覗くと少し散らかっている。それは何かを片付けていたようにも見えた。
「邪魔するね」
「お邪魔します……」
ディアに続きヴァラロスが店に入る。その様子を見てオーディーンは何かあったと察し、真剣な面持ちで扉を閉めた。
「座ってくれ」
ディアとヴァラロスはオーディーンに勧められるがままに椅子に座る。すると、すぐ二人の目の前にティーカップが出された。まるで来ることが分かっていたかのような手際だ。
「で、どうした?」
オーディーンは前置きを省き本題に入る。街の動向は把握しているため、昨夜空山で大規模作戦があったことも分かっている。その事もあり出来るだけ余計なことは省いているのだ。
「ヴァル」
「お、おぅ」
ディアに促されヴァラロスは説明を始める。しかし、ヴァラロスもどこまで話していいのか分からず、魔王という言葉は避け、単にディアを殺せという声が聞こえるという情報に留まった。
◇ ◇ ◇
「…………声、ね」
「何か心当たりは?」
期待に満ちたディアとヴァラロス。しかし、オーディーンは何やら悩んでいる様子だった。
「……よりにもよって」
オーディーンがボソッと呟く。そして、何かを決意したかのように話し始めた。
「それはある種の呪いのようなもんだ」
「呪い!? でも、そんな呪いの魔法なんて知らないんだけど? だいたい呪いは……」
「まぁ、待て。焦るんじゃない」
オーディーンの言葉にディアが詰め寄る。呪い。それはディアも考えた。しかし呪いの魔法だと不自然なのだ。
抗議を続けようとしたディアを遮り、オーディーンは説明を続ける。その間ヴァラロスはずっと黙って聞いているのだった。
「呪いのようなものであって魔法じゃない」
「ん? 魔法じゃない……?」
「そう。……そしてここから先は……ヴァラロス。お前は外で待ってろ」
「え? はっ!? なんでだよ!」
突然除け者にされたヴァラロスは抗議する。当然その反応は予想された為オーディーンは言葉を続ける。
「ここから先はお前にはまだ早い」
「まだ早いって……ディアならいいのかよ」
「こいつは当事者だからな」
当事者。そう言われれば魔王関連は明確だ。そうなれば黙っている必要はない。ヴァラロスは覚悟を決め、隠すことをやめた。
「当事者……魔王とか関係してるのか?」
ヴァラロスの言葉にオーディーンは驚く。そして手を額に当てながらディアに話を振る。
「おまえ、話したのか?」
「バレたんだから仕方ないでしょ」
「バレるって、おまえなぁ……」
額に手を当て首を振るオーディーン。何をやってるんだと言わんばかりである。事実その通りだろう。言わば敵地のど真ん中。そして、よりにもよってヴァラロスにバレるとは。オーディーンからすれば稀に見る大失態である。
しかし、様子を見る限り事態はそこまで深刻ではなさそうだ。
「しょうがねぇ。話を聞いたらもう後戻りはできないから覚悟しろよ」
「もちろんだ」
「はやくして」
二人の言葉を聞いてオーディーンも覚悟を決める。ここからは世界の仕組みに関わってくる。
「そうか。まず、ヴァラロスが聞いた声だが、それはヴァラロスの魂の声だ」
「た、たましい……?」
「……どういう事? なんで、それでヴァルが、アタシを殺そうとするの?」
ヴァラロスの魂がディアを殺そうとしていると聞き、勘違いをするディア。まるで、ヴァラロスの本心ではディアを殺そうとするほど憎んでいるようにも聞こえたのだ。不安に押しつぶされそうな顔のディア。物分かりの悪い彼女にオーディーンは諦めたように説明を始めた。
「そうだな……おとぎ話は好きか?」
「なんで急に?」
「いいから答えろ。ヴァラロスもだ」
「お、俺も?」
突然の話に面食らう二人。だが、オーディーンが真面目に話しているのを見て、頭を切り替えて二人も真面目に答えることにした。
「……アタシは好きね。物語は夢がある。覆しようがない現実とは違ってなんでも出来る世界。正直憧れるかな」
「おまえ……そうなのか? なんか、意外だな……」
「ぶん殴るよ!? あんたが聞いたんでしょ!?」
「わ、悪い……で、ヴァラロスはどうだ?」
オーディーンのまさかの返しに顔を真っ赤にするディア。ふーふー言いながら威嚇するが逃げるようにオーディーンはヴァラロスへ問いかける。すると、ヴァラロスは意外な事を言う。
「俺は……嫌いとは違うかもしれないが、苦手だ」
「え? なんで?」
オーディーンを威嚇していたディアも予想外の回答に驚き質問をする。ヴァラロスならば英雄譚が好きかと思ったのだが違うのだろうか。
「もちろん子供の頃は憧れもあったさ。だけど、実際に惨状を目にした後からは、全然違った。……俺はどうして主人公のようになれないんだろうって。そう思うようになった」
ヴァラロスの独白にディアとオーディーンは何も言えない。それを分かってかヴァラロスは言葉を続ける。
「物語ならさ。どんなにピンチになったとしても必ず主人公が勝つんだ。そう決められているかのように。……当然、決まってるんだ。物語なら続く。主人公が負けるはずがない。そう思ったら虚しく感じた。物語に描かれている登場人物は作者によって運命が決められてるんだなって。俺みたいに負ける運命の脇役は、何をやっても負ける運命なんだなって。そう思うようになったんだ」
「ヴァル……それは……ぇ?」
あまりにも悲観した考えについ口を挟もうとするディア。しかし、ヴァラロスの顔を見るとまるで別の顔をしていた。
「……でも、こんな俺でも、変わることができた。勝てるかもわからないワイバーン相手に戦って、守りたいものを守れるようになったんだ」
「……んなぁ!?」
ディアがヴァラロスの言葉を聞き変な声を上げてしまう。声を上げたからかヴァラロスの言葉を受けてなのかディアの顔が赤く染まる。それを笑いながら見るヴァラロスの顔は自信に溢れていた。
「だから、すでに決まっているようなおとぎ話は苦手だ。俺は決められた役割なんか無視して、この足で、自分の物語を歩んでいきたい」
言い切ったヴァラロスは少し気恥ずかしそうだったが自信に溢れていた。何にも縛られない。そんな思いが確かに伝わってきた。
ヴァラロスの回答を受け黙って聞いていたオーディーンが満足そうな顔をしてヴァラロスの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「上出来だ小僧」
「だ、誰が小僧だ!」
「これなら話してもいいだろう」
満足したオーディーンはなんの躊躇いもなくなったように話し出す。
「その通り。役割なんかに縛られなくていい。だが、世界には、ある一定の役割は存在して、役目のようなものがある」
「役目……」
「そうだ。例えば物語の主人公が勇者ならどんな役目がある?」
「…………ち、ちょっと、まさか」
オーディーンの言葉にディアは何かに気付いたようだ。顔色が悪くなるのが見て取れる。一方でヴァラロスは問いに対して真剣に考えていた。
「勇者の役目……物語なら世界の平和を守る……だけど、それは勇者じゃなくても当てはまるか。勇者にしかできないこと……それは……魔王の討……伐……?」
ヴァラロスも言いながらに自身の置かれた状況を理解したようだ。答えるその声が詰まる。
動揺する二人をよそにオーディーンは満足そうに答える。
「正解だ。勇者は魔王を倒し世界を平和にする。それがよくある物語の筋書きだ」
「ち、ちょっと待って! それじゃ……」
違っていて欲しい。そんなディアの思いがひしひしと伝わってくる。オーディーンの顔とヴァラロスの顔を交互に見てどちらかに違うと言って欲しいと思ってしまった。しかし、現実は厳しかった。
「もう分かってるだろう。ヴァラロス。お前が今の時代の勇者だ」
「はっ…………はぁああああああああああ!?」
ヴァラロスの叫び声が辺り一帯にこだまする。思わず大声で叫んでしまうほど衝撃的であった。
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