44.信愛、そして戦友
密かに用意していた転移紋を使って麓へと戻る二人。途中にまだ魔物がいたが、ヴァラロスがディアを護りながら魔物を倒して進む。
そうして、山の麓へと到着すると月明かりの中、戦闘はまだ続いていた。冒険者達に大きな被害はみられないが、山の別の場所からも、まだ魔物がちらほら下りてくるのが見え、まだ、戦闘がしばらく続くことが予見される。しかし、魔物の勢いは確実に弱まっている為、後もう少しといった印象を受けた。
「ディアはここで待っててくれ。この山道はもう魔物が少ないだろ」
ヴァラロスはディアを気遣い、魔物を倒しながら下りてきた山道の入り口付近で待つように言う。
ワイバーンを大量に倒して生命力を大幅に消費したディアにとって、残っている魔物を相手にできるほどの生命力はない。魔法を使えない今のディアにとって、使える武器は短剣しかなく、魔物の中に入って戦うにはリスクが高かった。ディアならどうにか出来そうにも思えるが、無理はさせたくないというのが正直なところである。
そんなヴァラロスの想いがディアに伝わる。だが、ディアの想いは異なっていた。
「ありがと。でも、アタシも戦う。ヴァルと一緒に戦いたい」
そう言うディアはどこか期待しているように見えた。まるで、何があっても守ってくれるんでしょ?と言いたげな表情をしていた。
ディアの意図を汲み取ったヴァラロスは苦笑するも、どこか嬉しそうに笑う。そして、ただ、短く言葉を放った。
「行こう!」
「うん!」
二人は並んで戦火へとその身を投じる為に駆け出すのであった。
目につく魔物を片っ端からヴァラロスとディアが屠る。
「ヴァル! 右から来てる!」
「分かった! そっちも後ろからきてるぞ!」
二人が声を掛け合いお互いの死角を埋め合う。正直、二人の実力であればそれぞれが単独で死角からの攻撃などどうにでもできた。ただ、お互いに見ていてくれている相手がいることに安心でき、目の前の戦いに集中できるのだ。その証拠に二人はかつてないほど速やかに自分たちの道を切り拓く。そして、二人が駆け出してからすぐに冒険者達の戦う場所に合流できた。
「ん? おぉ! お前ら無事だったか!」
遠くから聞こえてきた声は、戦いの前に山へ送り出してくれた声だった。
「戦況は?」
ヴァラロスが短く聞くと、ドミニクも簡潔に答えた。
「見ての通り大きな被害はない。まだしばらくかかりそうだがな……ふんっ!」
大剣を振り回しながら話すドミニク。一振りで何匹もの魔物が吹き飛ぶ。鬼神とはドミニクのことを言うのではないか。そんな考えがヴァラロスの頭に浮かんだ。すると、そんな様子を見ていたディアも横から声をかけた。
「無事ならよかった」
「お? お前さんも心配してくれたのか?」
意外な声にドミニクが茶化す。だがディアの眼は真剣だった。
「当たり前でしょ。アタシも今は魔法を使えないんだから。……とにかく、大きな怪我がなくてよかった」
ディアは素直にドミニクの心配をする。それを聞いたドミニクはバツの悪そうに思いながらも答えた。
「あー……その、まぁ、なんだ。心配してくれてありがとな」
ドミニクの回答に満足げなディア。前にドミニクに言われたことをそのまま返したのだ。仲間の心配をするのは当然なのだと。
「それで、どこに行けばいい?」
ヴァラロスが今向かうべき場所はどこかとドミニクに聞く。ドミニクがこの戦場を取り仕切っていたはずだ。それならば勝手に動くよりもその場の指揮官に従った方が、場を乱さず速やかに魔物も討伐できるだろう。そう考えた上での質問であった。
ドミニクもヴァラロスの意図を理解した。しかし、理解した上で確認を入れる。
「お前ならどこに行く?」
「……あそこ、まだ山から魔物が下りてきてる。俺なら、あそこで魔物の侵入を防いで、他の冒険者が今いる魔物を討伐してくれるのを待つ」
ヴァラロスがそう答えるとドミニクはニンマリと笑いヴァラロスの背中を強く叩く。
「いてっ!?」
「大正解だ。お前、俺がギルマスになったらサブマスやらないか?」
「い、いや……俺は依頼を受けている方が性に合ってるから」
ドミニクの大胆発言に冷や汗をかくヴァラロス。どうやら目をつけられてしまったようだ。しかし、次に向かう場所は決まった。それならば、あとは向かうだけだ。
「そういうのはあと! ヴァル! 行こう!」
「お、おう!」
「あ、まて! こいつ持ってけ」
ドミニクが腰に差していた剣をディアに差し出す。それはドミニクが愛用している剣だった。
「その短剣だと戦いにくいだろ。俺のやつ使え。後で返してもらうからな」
「ありがとう。助かる」
「いいってことよ。ヴァラロスは考えておいてくれよ」
ディアはドミニクの心遣いに感謝し、ヴァラロスはドミニクの言葉を半分無視し、未だ魔物が下りてきている場所へと向かう。そこは、比較的厚めに冒険者が集まって対応しているところだ。それだけ対応に苦戦していることが窺える。
そんな様子に足を早めるヴァラロスとディア。途中にいた魔物をばんばん倒して進む。気付けば、ディアだけでなく、ヴァラロスの剣にも魔力が宿っていた。ヴァラロスも最近の戦いで感覚を掴んだのか自然と自分の魔力を剣に付与しているようであった。その様子を見てディアが苦笑するも、相棒としてはとても頼もしいと思った。
そんな時、二人が魔物が下りてきている場所へ近づくと空気が変わる。
◇ ◇ ◇
「お、おい……」
「嘘だろ……」
目の前に突如大型のイノシシが現れた。どうやらまだ山の方に隠れていたようだ。それは、ドミニクですら苦戦を強いられた強敵である。
「下がれ! アイツの相手はするな!」
ドミニクが必死に叫ぶ。魔物を抑えていたのは腕に自信のある冒険者だったが、ずっと戦っていた為に疲弊していた。そんな中、急に大きな魔物が現れたのだ。まして、ドミニクが相手をして苦戦していた相手だ。全員が見て分かっている。戦うべきではないと。だからこそドミニクが指示を出し、彼らは素直に従ったのだ。
だが、冒険者達は疲れて頭が働かない為か、蜘蛛の子を散らすように逃げる。……それこそ混乱の中にあった。
「はぁ、はぁ、なっ!? うわあああ!」
一人の冒険者が逃げる際にウルフに襲われバランスを崩す。なんとか自力でウルフを処理するが、わずかな時間で周りには何もいなくなっていた。……それは、つまり、迫りくる脅威との間に、何も邪魔者がいないことを表していた。
ブオォォォオオオオ!!
目標を定め急発進するイノシシの魔物。コース上には何も障害物がない。最大加速で速度を上げ続けることができた。
「う、うわあああああああああっ!?」
恐怖で足が竦む冒険者は動くことができない。このままでは、あの大きな牙で貫かれてしまう。
「「とめるよ(ぞ)!」」
どおおおおおおぉぉぉぉぉぉん…………
イノシシが目の前に迫り、冒険者が死を覚悟したその時、左右から二人の冒険者がイノシシの牙に、寸分の狂いなく同時に剣を打ち込む。すると、あんなに勢いのあったイノシシが剣に阻まれ急停止した。
「はやくっ!」
「あ、あぁ! ありがとう!」
命拾いした冒険者はお礼を言うと、勇気を奮い立てて動かした足を酷使し他の冒険者のところへ後退するのであった。
◇ ◇ ◇
「さて、思ったよりも硬いなコイツ」
「多分、これも特殊個体。甘く見ない方がいいかも」
改めて向き直る二人。ヴァラロスとディアは土煙が晴れて未だ健在なイノシシの魔物と対峙する。魔力を纏った剣でもその牙を破壊することはできなかった。その為、ワイバーンとは異なる厄介さがあった。だが、その牙にはしっかりとヒビが入っている。どうやらダメージは入っているようだ。それならどうにか出来るだろう。そう考える二人は止められない。
突進を止められたイノシシの魔物は怒り心頭の様子で二人を見定める。すると、瞬時に加速して、弱そうにみえるディアへと距離を詰めた。
「ディア!」
「っ! 了解!」
イノシシが目前に迫りヴァラロスが声をかける。ディアがヴァラロスをチラッと見るとその顔には焦りは見えない。むしろ、頼んだと言わんばかりの全幅の信頼を感じた。その一瞬でディアは自分の役割を正確に理解した。
ディアに距離を詰めるイノシシの魔物、イノシシの魔物に距離を詰めるヴァラロス。その歩みは似ているようで致命的に違った。
確実に距離を詰め、もう受け身も間に合わないであろう位置。死へのカウントダウンが始まっていた。しかし、それはディアのものではない。
ブフッ!?
その時、ディアが身体を急激に捻った。そして持っていた剣はその勢いでイノシシの目の前に迫る。その距離はもはや秒読みですらない。
ズドオオオオオオォォォォォォン…………
イノシシの頭が地面にめり込む。二回目のイノシシの突進を単騎で止めたディアだったが、それでは終わらない。
「任せた! 相棒!」
「任された!」
別の歩みが迫る。それは信頼の歩み。一人では倒しきれない。ならば二人ならそれが可能であろう。
ディアの剣を頭で受けながらもまだイノシシは倒れない。突進を止められたイノシシは狼狽しその場から逃げようとする。
しかし、ディアがそれを許さない。剣で強く押さえつけられ、頭が地面から抜けられない。その瞬間、横目に迫る脅威を認識する余裕もなくその体はヴァラロスによって貫かれた。
助けに向かうのではなく、最初から相手を信頼してトドメを刺しにいく。以心伝心であるからこそ成せた業であった。
ズドオオオオオオオォォォォン……………
動かなくなった脅威を目の前に拳を突き合わせる二人。それは、まるでお互いの絆を確かめ合うようであった。
「まだ魔物がいるんだ!気ぃぬくんじゃねぇ!」
「「は、はい!」」
ドミニクの掛け声で冒険者達は再度動き出す。二人の戦闘に魅入ってしまい体が止まってしまっていたのだ。かく言うドミニク自身もその一人である。ドミニクは自分が気を抜いていた事実に驚きながらも残りの魔物の討伐に戻るのであった。
◇ ◇ ◇
「ふぅ」
「ヴァル、お疲れ様」
魔物の討伐が終わったと思った時には気付けば空が明るくなってきていた。二人とも疲労が溜まっているはずだが、目的をやり遂げた為、その顔は満足げであった。
「お疲れさん。無事で何より、そして助太刀感謝する」
遅れてドミニクがやってくる。素直に無事を喜び、魔物討伐に貢献したことを感謝するのだった。
「そっちこそ、無事でよかった。もともとはアタシが言い出した事。信じてくれたから食い止めることが出来た。ありがとう」
ディアがお礼を言うとドミニクが驚いた表情を見せる。普段では軽口でも言われるが、今は大戦の後である。ディアの突拍子もない話を信じて準備してくれたおかげで犠牲なく食い止めることが出来たのだ。
それをわかっているからこそドミニクは礼儀を尽くす事にした。
「礼を言うのはこちら側だ。よく魔物の襲撃を事前に伝えてくれた。それがなければ今頃街中が大混乱に陥っていただろう。ありがとう」
ドミニクが頭を下げる。数匹現れた大型のイノシシ。あの魔物の突進を受けたら街の壁なんて簡単に崩壊する。実際にはディアが認識阻害の魔法をかけている為そうはならないが、迂闊に外には出られない状況になっていたのは間違いないだろう。
ディアは気恥ずかしさに少し顔をそむける。その様子を微笑ましげに見るヴァラロスであった。
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