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43.覚醒、そして衝動と愛

「あー、その、そういえば……すぐに意識戻ったんだな。また数日は意識を失うもんかと思ってた」


 星空の下、やっとの思いで落ち着きを取り戻したヴァラロスは話題を変えるべくディアに問いかける。ディアがそのまま意識を取り戻さないものと考えていた為、あんなことを口走ってしまったのだ。

 ディアはヴァラロスの質問に首を傾げ不思議そうな表情をしながら答える。


「え? だって、気絶するけどこの前ほどじゃないって言わなかった?」

「……この前は数日だろう……。丸一日は寝込むと思うじゃんか……」


 ヴァラロスが不満げに言うとディアは笑いながら答える。


「あはは……。まだ山の麓で戦ってる人がいるから、そんな呑気に寝てられないって」

「……そうか」


 ディアの言葉にヴァラロスは思う。あぁ、どこまで行ってもディアはディアなんだと。目の前にいる女の子は他人を思いやれる優しい心の持ち主だ。そんな彼女は現代の魔王である。小さい頃に教え込まれた話は何だったのかと思うほどに印象が乖離していた。


(ディアはディアだ。それでいいじゃないか)


 ヴァラロスはそう考え、ディアに歩み寄ろうとした瞬間、異変が起きた。


「あ?……っく!?」

「えっ、何!? どうしたの!?」


 ヴァラロスが急に頭を抑え苦しそうにうずくまる。ディアが慌てて駆け寄ると、その顔は驚きや苦痛が混ざったようなものに見えた。その目は見開き、焦点が合っていない。




『……ろせ…………魔王を殺せ!!』

「くっ……あぁ…………」


 ヴァラロスの脳内に直接言葉が聞こえてくる。それは、今のヴァラロスの意思に相反する考えであった。


(なんだ……これは!? 頭に声が……?)


 ヴァラロスが困惑する。声と同時に凄まじい怒りが湧き上げてくる。魔王を殺せと。生かしていてはいけないと。そんな感情が湧き上がり、気づけば右手が剣の柄を掴んでいた。


(手が勝手に!?……ダメだっ!)


「ディアっ!」

「きゃっ!」


 咄嗟に左手でディアを突き飛ばす。すると、先程までディアがいた所にはヴァラロスの剣が突きつけられていた。


「ヴァ……ル……?」

「ディ……ア……に、げろ……!!」

「っ!?」


 突き飛ばされ尻餅をついているディアは、突然の出来事にショックを隠せない。信頼しきっていたヴァラロスに剣を突きつけられるなんて思ってもみなかったのだ。しかし、ヴァラロスの様子から、その行動が彼の意思とは異なることが分かった。


 急いで立ちあがり体勢を元に戻すディア。その間ヴァラロスはまだ自由に動かせる左手で右手を下ろさせようとする。しかし、右手はびくともせず、依然ディアに剣を突きつけている。ヴァラロスが時間を稼いでいる間にディアは少しでも距離を取る。まずは様子を見てヴァラロスをどうやって元に戻すかを考えようとしていたのだ。


(なに!? 急に何があったの!? 身体が乗っ取られてるように見えるけど……どうしたら元に戻せるの……っ!!? いや、絶対元に戻す!!)


 しかし、とうとうヴァラロスの意思とは無関係に身体が動き出し、剣を構える。それは戦闘開始を意味するものであった。


「っ!? 逃げろ!」

「くっ!!」


 突然、飛ぶように距離を詰めるヴァラロス。ディアが作った距離はあっという間に詰められた。しかし、ディアもやられるわけにはいかない。ヴァラロスが横に一閃するのをしゃがんで避ける。その際に自身の足に両手を忍ばせ何かを出した。その間にヴァラロスはディアの脳天目掛けて剣を振り下ろす。


「ディアあああああっ!?」

「ふっ!」


キンッ!


 ヴァラロスはディアを殺してしまうと思い、その名を呼び叫ぶ。ディアは振り下ろされた剣を両手に持った短剣で弾くのだった。


(あっっっぶな!? ドミニクとの戦いでヒントをもらった暗器、真似して仕込んでなかったら今頃真っ二つよ……!?)


 間一髪で剣を弾いたディア、ヴァラロスはその反動で体勢を崩す。だが、それだけでは終わらなかった。


「なっ!?」


 突然横から迫る剣。ヴァラロスの身体は体勢を崩しているにも関わらずディアに向けて剣を振るった。それは、まるで身体が倒れようとも関係なく、ただ、ディアを殺せさえすれば後はどうでもいいという強い意志があるかのようであった。


ガキンッ!


 その剣を間一髪で防ぐディア。しかし、ディアとしても限界が来ていた。


(っ……う!? 手が……)


 ヴァラロスの重い剣戟を防いだことでディアの手が痺れてしまったのだ。本来、短剣で受けれるものではない。それを二度も防いだのはディアの意地であった。絶対になんとかする。そう心に誓った彼女は負けるわけにはいかない。そう思い痺れる手をどうにか動かしていた。

 そこで転機は起きる。無茶な体勢で剣を振るったからか、バランスを崩して倒れ込んだ。その際に右手から剣が離れる。その隙を見逃さずディアは剣を蹴り飛ばし、ヴァラロスの上に馬乗りとなる。それは、ヴァラロスの自由を奪うためであった。


「ヴァル! しっかりして!」

「ダメだ! 身体がいうことを聞かない!」


 ディアはヴァラロスの自由を奪う。この白くて細い腕にどうしてそんな力があるのかと不思議ではあるが、ディアはしっかりとヴァラロスを抑えていた。それでも、ヴァラロスは自身の身体をコントロールできないという。


 そのまま、十数分が過ぎた。依然、ヴァラロスの身体は彼に主導権を渡していない。そんな時、ヴァラロスは覚悟を決めた。


「……ディア」

「なに!? なんか思いついた!?」


 しばらく唸ってばかりであったヴァラロスからはっきりと名前を呼ばれたディアはヴァラロスの答えに期待する。……だが、それは期待した答えとは程遠いものであった。


「俺を……殺してくれ」

「ぇ……なに……いってる……の?」


 ディアの顔が絶望に染まる。ヴァラロスは目を閉じてそう言った。その彼の目には涙が浮かぶ。


「もう、身体がいうことを聞かないんだ……。ずっと頭に声も響いてる……このままだと、俺、ディアを殺してしまう。そんなのは嫌なんだ。ディアを殺すくらいなら……俺が死ぬ。だから、俺を殺して欲しい。ディアの手で」


 ヴァラロスは泣きながら懇願する。せっかく対等になれた。これからだった。でも、どうしようもない。それならば終わらせて欲しいと、そう頼んだのだ。

 だが、ディアの答えは決まっている。


「馬鹿! ばかばかばか!? なんで、自分の命を粗末にするの!? 前に言ったよね? ヴァルには生きてて欲しいって!……諦めないでよ」


 ディアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。それは、悲しみ、悔しさ、自分ではどうすることもできない無念さなど、複雑に絡み合った感情からくるものであった。ディアとて分かっている。今現状で打てる手がないのだ。……自分が生き残るためには、ヴァラロスを殺すしかない。そう、考え始めてしまった自分を許せなかった。

 だが、ヴァラロスは申し訳なさそうに話し始めた。それは、とても残酷な言葉。ある種呪いのような言葉。


「いいんだ、もう。俺はディアと会えて嬉しかった。やっと対等な関係になれたことがすごく嬉しかった。……そして、俺は、ディアのことが好きだ」

「っ!? な、なに言ってるのよ……」


 突然の告白に戸惑うディア。しかし、ヴァラロスは笑いながら話を続ける。


「ごめん、卑怯だってわかってる。でも、自分の気持ちに、嘘はつけないんだ。だから、最愛の相手に、終わらせて欲しい」

「…………ばか」

「っ!?」


 ヴァラロスが一方的に話しきる。それを聞いてディアは一言だけ呟いてヴァラロスの唇を塞いだ。それは、ヴァラロスを拘束している手ではなく、今ディアが唯一自由のきく、ディアの唇で。


「ディ……ア……?」

「アタシだって……負けないんだから」


 ディアはそう言うと、再び唇を重ねる。もう、ディアも自分の気持ちを抑えられないのだ。


「アタシも、ヴァルが好き。……愛してる」


 ディアはそう言うとガバッとヴァラロスに抱きつく。もう、そのまま殺されてもいい。想いを届けることができたのだから。そう思い拘束を解いたのだ。

 すると、不思議なことが起きる。


「……ディア」


 ディアの背中が優しく包まれた。それは、ヴァラロスの意地で身体を動かせていることを意味する。実は、ヴァラロスはディアに口づけされた瞬間から頭の声がスッと消えて聞こえなくなっていた。強い復讐心よりも、強い感情が生まれた為だろうか。そこからは身体の自由が利くようになったのだ。

 ヴァラロスが自分の身体を取り戻したと気付いたディアは微笑みながら話し始める。


「大丈夫。アタシ、簡単には死なないから」

「っ!? あぁ……」


 お互いに強く抱きしめ合う二人。今この瞬間が永遠に続けばいい。そんなことを思ってしまうのであった。






「落ち着いた?」


 改めて確認するディア。もう、大丈夫だと信じていたが念のため聞いたのだ。


「あぁ……ありがとう……」

「ヴァル、何があったの?」


 真面目な顔になりヴァラロスに問いかけるディア。ヴァラロスは今起こったことをありのままに話した。


「急に……頭に声が響いてきたんだ。そしたら身体の自由が利かなくなって、剣に手が伸びて……」

「なんて言ってた?」

「え」

「声よ」


 ヴァラロスは聞こえた声に関して答えるべきか迷った。自分を殺せなんて言われたらどう思うだろうか。しかし、ディアに相談すれば解決の糸口が見つかるかもしれない。それならば伝えるに越したことはないだろう。ヴァラロスは意を決してディアに伝える。


「……魔王を殺せ、と」

「!?」

「どす黒い感情も流れ込んできた。まるで肉親を殺されたかのような……」

「…………そう」


 驚きはしたものの冷静に考えるディア。原因と思われる現象を一つずつ考えていく。


「まず考えられるのは洗脳。これは術者が近くにいないと成立しないはず。辺りに不審な気配はないから多分違う」

「…………」

「次に考えられるのは呪い。呪いならかけた相手が離れてても効果は発揮する。……でも、呪いは基本相手に直接害を与えるもの。傀儡にするような効果はないはず」

「そうなのか?」

「ええ。原理的に相手の生命力に干渉するから行動には影響を与えない……と思う。未知のものがあるかもしれないからちょっと気になっただけ」

「…………」


 ヴァラロスはディアの説明を真剣に聞く。ヴァラロスとしても解決しておかなければならない。場合によってはディアと一緒にいるのは危険である。しかし、ディアは期待を裏切る。


「……あとは、これが有力だけど本当に未知の原因」

「……ん? 原因がわからないってことか?」

「ええ。精神干渉や乗っ取りなんて魔法では限界が…………いや、待って」


 ディアが何か思いついたように考え込む。少し考えていたようだがすぐに顔を上げてヴァラロスに結論を伝えた。


「道具屋に行こう」

「道具屋……」

「うん。あいつならきっと何か知ってる」

「……わかった」


 道具屋の主人。ヴァラロスにとって未知の存在。ディアも神なら知っているのではないかと考えた。

 それならやることは明確になった。あとは邪魔なものを排除すればいい。


「それなら、早く下の魔物をどうにかしなくちゃ」

「あぁ。行こう!……ただ、一緒にいるとまたディアに迷惑がかかるかもしれない」

「何言ってんの」


 ディアはやれやれと言った表情でヴァラロスを諭す。


「そん時は、……その、なんとかしてあげるから安心して」

「ぷっ、あははははははは」

「なによ」


 ディアの自信満々な言葉を言うも、その仕草は、もじもじしており、実に愛おしかった。そんな彼女を見たヴァラロスは思わず笑ってしまった。突然笑い出したヴァラロスにディアがちょっと不機嫌そうになる。しかし、ヴァラロスは笑いながら言葉を続ける。


「わるいわるい。いや、ディアはディアだなって。魔族だとか魔王だとか関係なく、ディアはディアなんだって思った。妙に自信に溢れてて、たまに危なっかしいのにすごく頼りになる。他の何者でもない。普通の女の子。それがディアなんだって」

「な、なによそれ……」


 ヴァラロスのよくわからない話を聞きそっぽを向くディア。その顔は満更でもない様子であった。

 だが、ヴァラロスは再度真剣な顔になり質問する。


「でも、もし再発したら、その時は終わらせて欲しい」


 だがディアの答えは明確で素早かった。


「嫌、絶対にどうにかしてみせる。……その、さっきみたいに……」

「い、いや! それは……」


 実際にそれで落ち着いたのは事実のため言葉に詰まるヴァラロス。だが、毎度口づけをされ、抱きしめられるのは精神衛生上よろしくない。自制が効かなくなってしまう。そんな事を考えたヴァラロスは逃げるように言う。


「ま、まずは道具屋の主人に相談だろ? また声が聞こえる前に急げばいいから! はやく麓の魔物をなんとかしに行こう!」

「えぇ! 早く行きましょう!」


 なんとか話題を逸らす事ができたヴァラロス。そのままふたりは全てを有耶無耶にして山を下ることにしたのであった。

三話同日更新でした。ここは一気に読んでもらいたかったのでまとめてます。また明日から通常更新です。


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