4.予感
(まずは、落ち着いて、状況を整理しよう……)
ひとまず宿で一泊と夕食付きの銀貨4枚を払ったディアは部屋の中で何か有効な手立てはないか考えていた。
(今の手持ちが金貨8枚と銀貨6枚。朝昼晩と食べたとしたら、あと14日しかもたない。つまり、予定の半分で資金が底をつくわけだ。朝ごはん抜いてもあと17日……ほんとになにやってんのアタシ!?……こうなったら無理矢理にでも服を返品して……いや、返品しない条件って言われてたし、ここでいざこざを起こすべきじゃない……。となると、稼ぐしかないかぁ……いやいやいや、なにずっとここにいるつもりになってるんだろう。プロカルなら安い宿があるかも!……って期待して、もしここと同じ値段だったら今度こそ詰む……! 山越えの道中での食料とか、馬車とか足の確保も考えるとさらに出費がかさむ……!! なんでヒト族領はこんなに物価が高いのよっ!?)
ディアは山をひとつ越えただけなのにこれだけ価格が違うことに驚愕していた。
……もともと近所付き合いの延長である魔族領の売買はほとんどない。基本的に物々交換で成り立つのだ。
稀にヒト族の商人が立ち入る町ではヒト族の通貨が手に入る。その為、金貨、銀貨、銅貨を使える町は限られる。宿の値段設定も昔にふらっと訪れた商人から聞いた話を元にしており、それをそのまま受け継いでいたがために現代と物価がズレているのだ。つまり、ディアの知る物価はヒト族でいうおじいちゃん、おばあちゃん世代の物価である。
……ちなみにディアが遭遇した服屋やディアが泊まっている宿もヒト族一般では高い方である。服は一般層〜富裕層まで利用する俗に言うオシャレな店のものであり、宿も他の小さな町の宿に比べれば、安くても大きな街の宿の方が高い。
そういった情報が皆無である現状では、今知るディアの知識が彼女にとっての全てであった。
「……はぁ〜〜」
思わずため息の出るディア。宿のベッドにぱたんと仰向けに倒れ、明日からどう生活しようか、一度帰るべきか、何も収穫なく帰ったらプルートに何を言われるか、そんな事を思い頭を悩ませていた。
(いっそ、頑張って大きな囲いを町に作る? いや、それは前にやったけどイノシシの魔物が思いっきり穴開けて入ってきたっけ……逆にどこから魔物が来るかわからなくて恐怖しかないって言われたなぁ……。うーん……もっと強固な壁を作……ろうとして時間かかりすぎたっけ。そもそもその強固な壁もイノシシが何度も体当たりしてすぐ壊れるし……いや、どうしろっての)
少しの間そのまま考えていたが、結局のところ上手い考えが浮かばない。やはりプロカルの町でどのような対策をしているのか見に行く必要がある。そのためには路銀を稼ぐしかないと判断し、少しでも早く情報を得ようと夕食を食べた後に再度ギルドへ向かうことにした。
夕食を食べた後、ディアがギルドにつく頃には辺りは暗くなっていた。夕食に出てきたシチューとパンが美味しくて少しだけ元気になっていたディアは、まず依頼を全部確認しようと意気込んでギルドの扉を開く。
流石に辺りが暗くなる時間である為、ギルドにいる人は少ない。それでもギルドが開いているのは、万が一夜間に緊急事態が起きた際にすぐに動けるようにと考えてのことだろう。
ディアは夜間も働くギルド職員と冒険者達を見てちょっと感心していた。自分も頑張ろうと気合を入れたところで依頼が掲示されている場所へと向かう。
(さてと、依頼は……と)
【薬草採集依頼(常設)E】
説明: 薬草を採集して納品して欲しい
報酬: 薬草を100g毎に銅貨1枚
備考: 納品に適した品質の薬草が対象
【ウルフ討伐C】
説明: 近郊で確認されたウルフの群れの討伐
報酬: ウルフ1匹あたり銀貨1枚
備考: 討伐確認部位として尻尾の提出が必要
【まぼろし茸採集D】
説明: 空山の中腹に自生するといわれるまぼろし茸の採集
報酬: ひとつにつき金貨1枚
備考: 周辺に魔物が出るとの情報あり
【山菜・きのこ採集E】
説明: 山に自生する山菜やきのこの採集
報酬: 山菜100gあたり銅貨5枚、きのこ1つあたり銅貨3枚
備考: 毒のある野草やきのこは対象外
【竜種討伐B】
説明: 近郊で竜種の目撃情報があった。街や村が襲われる前に討伐したい
報酬: 金貨100枚
備考: 複数パーティでの受注を強く推奨
【自作道具の委託販売してみませんか?(常設)E】
説明: 自分で作った道具を当店に置いて販売しませんか?ひとつからでも大丈夫!まずはご相談ください!
報酬: 銅貨1枚
備考: 価格は都度相談とします
ディアがざっと目を通す。野草採りから魔物の討伐、自作道具の委託販売まで幅広い依頼があった。……最後のは胡散臭いことこの上ないが。
ディアは仕事モードに頭を切り替え、ひとまず依頼をどう受けるか、その方針を考えることにした。考えなしに闇雲に依頼を受けるのは非効率的であり、初心者がやることである。今のディアにとって時間は貴重であり、ただ浪費するわけにはいかないのだ。
……ヒト族の領地へ来たばかりの行き当たりばったり感はひとまず置いておく。
(まず、道具販売以外はどれもひとりで受けるのは効率が悪い。まず、まぼろし茸のひとつにつき金貨1枚はとても魅力的だけど、空山の中腹まで行くのに時間がかかるし、そもそもまぼろしって言ってる時点で見つけられるか怪しい。やるとしても複数人で探すべき。一人で受けるべきじゃない。次に山菜やきのこ、薬草は少量だと大した稼ぎにならないから……荷台を借りるべき。そうなるとどうしても1人の力では限界がある……。あと、ウルフ討伐も最低限ふたりいれば、倒す係と尻尾を回収する係に分担できて効率的。……うん。誰か探そう。竜種は相手にしたくないから、やるとしたらウルフ討伐。その受注も考えるとCランクで、かつ、ひとりで活動してる冒険者を仲間にするのが理想。そうなると……)
ディアはすぐに受付へと駆け寄る。冒険者のことはギルド職員に聞くのが1番である。昼間にいたおじさんは交代したのか、若い女性の職員が暇そうにしていた。
「聞きたいことがある」
「あら、どうしました? 依頼の申請ならあそこにある用紙を記入して持ってきてください」
未だ町娘風な格好をしているディア。受付に冒険者と思われないのも無理はない。どこかの村から依頼をしに来たとでも思われたのか冒険者派遣依頼書の記入ブースを指さされて説明された。
ディアは若干の苛立ちを感じたが、致し方ないと思いグッと堪えることにした。
「違う。一緒にパーティを組めそうなCランクの冒険者を探している。ひとりで活動してる人がいい」
ディアはそう言うと自分のギルドカードを職員に見せる。
「え?……あ、失礼しました。冒険者の方でしたか。少々お待ちください。少し調べてみます……」
受付はそう言うと受付裏手にある部屋へと入っていった。なにやらゴソゴソする音が聞こえたと思ったら、分厚いファイルを抱えて戻ってきた。
「それは?」
「現在登録されている冒険者の記録が一人ひとり書かれたものになります。名前、ランク、今までの依頼達成状況、パーティの登録有無などが記載されてます」
「そこからすぐに分かるの?」
「少しお待ちいただければ。……単独で活動している冒険者さんってパーティを組む冒険者さんに比べて命を落としやすいんです。なので、ディアさんのようにパーティを組んでくれる人がいれば積極的に斡旋することにしています。その為、このように単独活動している冒険者をはじめにファイルしてランク毎にまとめているんです。ちなみにディアさんも本日登録されてますよ。ほら」
「……達成記録が白紙」
「まだ依頼を受けてないですからね。ちなみに、パーティで活動するようになれば依頼達成状況にもその旨記録されます。パーティでの実力か単独での実力かがわからなくなってしまいますからね」
「なるほど……」
受付の淀みない説明と手際で感心するディア。確かにパーティを組むメリットは大きい。片方が戦闘不能になった際に助けることができる。魔物と戦う時もひとりで戦うよりも、複数人で戦う事で攻撃のターゲットから外れることができる。ひとりだと常に攻撃のターゲットになるからだ。つまり、単純にリスクが減るのだ。
ギルドとしてはできるだけ冒険者には無事でいてほしい。その為にギルドとしては出来るだけパーティを組んで依頼に臨んでほしいと考えている。それは、今のディアにとっても望ましい状況である。
「今お調べしていますので少々お待ちください」
受付がパーティを組んでいない人のリストからCランクの項目をめくる。Eが一番手前に来ており、次にDランク、その次がCランクとなる。受付がCランクの場所を示す目印に手をかけた時に後ろの方をめくっていたことから、パーティを組んでいないEランク、Dランクの冒険者がかなりの数いることが分かる。ただ、それは逆に単独で活躍しているCランク以上の冒険者が少ないことを意味していた。
「えっと……今この街にいるCランク冒険者は……あっ、ひとりだけ本日帰ってくる予定の冒険者がいます。本日中に道具屋に依頼の完了報告をしに行くはずなので、道具屋の主人に事情を話して待たせて貰ったらどうでしょうか?」
意外にも1人しかいないとのこと。確かに掲示板を見に行った際に、どのランクも数日間かけるような依頼のものがあった。Cランクの依頼には魔物の素材採集が多くあった。ただ、どれも魔物の場所まで時間がかかることからディアは対象から除外していたのだ。
受付から居場所を聞けたディアだったが少し疑問に思い質問をする。
「その人ここには来ない?」
「本日完了報告にくるかが分からないです。報告は明日でも構わないんですが、道具屋への報告は本日期限なので、道具屋で待っている方が確実かと」
「もう道具屋に報告してる可能性は?」
「さっき道具屋さんからまだかと催促が来たばかりなので、その心配はないと思います」
受付は自信満々に話すがディアは腑に落ちないといった表情を浮かべる。それは冒険者ならではの心配であった。
「……もし、依頼に失敗していたら? 本日帰ってこないかもしれない」
ディアの言葉を聞いた受付は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑みを浮かべて話し始める。それこそ、確実なんて言葉はないはずなのに自信満々に。
「大丈夫ですよ。あの人なら確実に帰ってきます。その方は今までの依頼は全て納期内に終える方なんですから」
「……それなのに催促された?」
「今回は依頼の方に無理があったんです。誰も受けないだろう依頼を受けてくれたのがその方です。……他の方を探しても構わないですが、他の方々はいつ帰ってくるか分からないですよ?」
「……わかった。行ってみる」
ディアの職業柄、いつものように慎重になってしまい色々聞いてしまった。魔王という立場では間違った選択はしてはいけない。どんな些細なことでも間違えた途端に大きな問題に繋がりかねない。人からの情報を確認する際は細かく確認することにしているのだ。
自分だけの情報で行動を起こした場合はお察しの通りである。
情報を確認し道具屋へ向かう事にしたディア。ディアが受付から離れようとした時にふと忘れている事に気づいた。
「そうだ」
「まだ何かありますか?」
「情報ありがとう。助かった」
受付の人が一瞬ぽかんとしている間にディアは去って行ってしまった。受付の女性は冒険者相手ということもあり舐められてしまうこともある。要件だけ聞いてさっさと出発することもよくある事で受付のみんなは上長から気にしないように言われている。
ディアも時間がない為すぐに出発するかと思われたが、ふとお礼を言ってきたのだ。もちろん礼儀の正しい冒険者もいる。そういった冒険者はギルドからの信頼も比較的厚い。今回のディアの態度は淡々と余計な事は喋らない印象を与えるものであった。その為、受付としてはお礼を言われたことが意外で驚いてしまったのだ。
(ディアさんか……案外いい人なのかも? あの人と相性いいかもしれませんね)
ふと未来のパーティに思いを巡らせる受付嬢。そのパーティがすぐ活躍することなどこの時の受付嬢は知る由もなかった。
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