36.希望、そして絶望
二人と一頭が門に近づくと門扉が開いた。入り口を見るとそこには門番が立っていた。
「嬢ちゃん! あと、ヴァラロスさん? 外は魔物だらけなはずだが、大丈夫だったのか?」
「どうも、まぁ大丈夫かと言われれば大丈夫だが、少々骨が折れたな……」
「早く休みたい」
「ぶるる……」
門番に見つけられるや否や声をかけられるヴァラロス達。ついでに後ろからついて来た馬も門番の言葉に応える。すると、門番の後ろからさらに声が聞こえて来た。
「疲れてるところすまないが、ギルドまで来てくれないか?」
後ろから現れたのはドミニクである。外で魔物と戦っていたのを分かっているのだろう。しかし、入り口は炎で塞がれ、中からも外に出られない状態であった為、ヴァラロス達を助けにも行けなかったものと思われる。そんな彼が状況を知る為にヴァラロス達を呼び出すのは仕方のないことであった。
「……今じゃなきゃダメか?」
ヴァラロスには珍しくドミニクの言葉に反論する。ヴァラロスもずっと戦いっぱなしで疲れているのだ。いつもと比べて塩対応になるのも仕方のないことである。
ヴァラロス自身気付いていないが、以前にウルフを討伐した時は、ウルフへの反応が遅れていたが、今回は何度も背後から魔物が襲いかかっていたにも関わらず、まるで後ろに目があるかのように確実に反応ができていた。以前にディアの剣舞に合わせて戦ったことで、この短期間に成長できた。……それはヴァラロスの潜在能力が故である。
ドミニクはヴァラロスが断ろうとするのを聞き、少し考えた後に話し始める。
「……緊急事態宣言を出した後に原因が取り除かれたんだ。すぐに状況を把握するのがギルドの責務だろう? それに、冒険者はギルドに報告する義務がある。……というのが理由だが、とりあえず、危険は去ったということでいいか?」
ドミニクは責任者としてやるべき事をしている。そういった態度で義務だの言っていたが、突然ざっくりとした質問を投げかけて来た。それは恐らくドミニクなりの気遣いである。もしついて来てくれるなら儲けもん程度に思っていたのだろう。流石にあの数の魔物を討伐した後に呼び出すのはドミニクとしても気が引けたとみえる。
「今のところは、としか言えないな。まだ原因を取り除いたわけじゃない。魔物もまだ残っているはずだ」
到着を優先した為に道中の魔物を放置してしまった。それが今となっては脅威として残っている。それでも、街の周りに蔓延っていた魔物はほとんどいなくなった為、いつも通り門扉を堅く閉ざせば問題ない程度には魔物を減らせているはずだった。それをドミニクも分かっているのか、話を聞いたドミニクからは焦りの色は見えない。
「そうか、まだ終わってないんだな……。まぁ、なんだ。二人とも無事でよかった。来てくれと言った手前なんだが、今日は休んで明日報告に来てくれ。……おい! ここの門を閉めるぞ!」
ドミニクがそういうと門番が門扉を閉める。周りで見ていた住民も、ヴァラロスとディアの活躍を聞き顔色が明るくなっていくのがわかる。魔物が町を取り囲み住民は死を覚悟していただろう。正直どうしようもないところに現れた救世主である。住民が期待するのも無理はない。どうにか窮地を脱したノヴィシムの街に少し希望が見えた瞬間であった。
「じゃあ宿に向かうか。ディアは前と同じところに泊まるのか?」
「考え中。ヴァルは?」
「俺はいつものところだな。少し外れにある……そうだな、ディアが分かるように言うと道具屋の近くだ」
「アタシもそこ行く」
ヴァラロスはディアに分かるように宿の場所を説明する。そういえば前回は場所を教えていなかった気がする。そう思いディアもわかる道具屋の名前を出した。すると間髪入れずにディアが答える。もともと借りていた宿屋であれば、勝手も分かる為安心ではあるが、ヴァラロスの宿と近いところにしようとは思っていたのだ。
同じ宿屋とまでは考えていなかったが、ヴァラロスの一言で考えが変わる。この街に帰ってきたのなら寄るところがあるだろう。そう考えて即答したのだ。
「お、おう。じゃあ行くか。部屋が空いてるかまず確認だ」
ディアの即答ぶりにヴァラロスが少し驚いていたが、すぐに頭を切り替えて宿屋に行く事にした。
この街がヒト族の街の最果てにあるからか宿は問題なく確保できた。そのまま食事も終わらせ、二人ともまた明日と部屋の前で別れる。
ディアはヴァラロスと別れるや否や目的の場所へと向かうのであった。
ドンドンドンドン
「たのもー」
暗い建物の前にディアの声が響き渡る。そう、文字通り辺りは暗くなっている。それは家主が不在か就寝しているであろう事を意味していそうだ。
ドンドンドンドン
「はーやーくー」
それでも容赦なく扉を叩くのはそこにいると信じているからである。
ドンドンドンドン
ガチャ
ほらいた。
「今何時だと思ってる……」
「スタンピードに転移紋が関わってる。心当たりはない?」
「…………入れ」
寝巻き姿のオーディーンが文句を言いながら出てくる。しかし、ディアはそんなことは無視して確認部分を手短に伝えた。それを聞いたオーディーンは真剣な顔つきになって考え込み、ディアを店内へと招くのだった。
「茶も出せなくてすまんな。なにぶん夜遅くてな」
「構わない。アタシも用が済んだら帰るから」
「……嫌味を言ったつもりなんだが」
オーディーンが些細な反抗を試みるが無意味に終わる。ディアも疲れているのだ。本当ならさっさと湯浴みして寝たい。だが、そうもいかない為わざわざ足を運んだのだ。オーディーンもそれ以上は言わずに真剣な顔つきに戻り話を続ける。
「で、何があった?」
「プロカルへ向かう途中にスタンピードが起きた」
「プロカルだぁ? 魔物が増えてるのは魔族領だろ? そっちの話じゃないのか?」
「違う。今回確認したのはプロカル側。あっちの山に転移紋が書かれた岩があって、そこから魔物が溢れ出てた」
「なんでまた……」
オーディーンがそう呟くとディアが怪訝そうな顔をする。それもそのはずだ。この騒ぎで何か調べているであろうオーディーンが何も知らなさそうな反応をしているのだ。散々使えない神とは言っていたものの神は神。重要な局面では頼りになる。だからこそこのオーディーンの反応は想定外であった。
(こいつが分からないとなると誰がわかるんだ……。いや、プルートもどきがいた事を考えると……)
ディアは思わず顔を引き攣らせた。それは、自分の部下を疑う行為。だが、状況的に不利なのは間違いない。そういう発想に至るのはごく自然で仕方のないことであった。そして、その僅かな表情の変化をオーディーンは見逃さない。
「おい、何か心当たりあるだろう」
「!?……ななな、なんのことか分からないな」
「わかりやすく動揺してるんじゃねぇ!」
ディアも疲れているのか明らかに狼狽している。オーディーンに突っ込まれ仕方なく白状することにする。出来る限り情報は共有した方が良いだろう。
「うぅ……プルートの予備体がいた」
「あ? あの理に反してる部下の猿か?」
「その予備体ね。本人じゃない」
「おいおい、それじゃあ身内の尻を拭ったってことか?」
「ぅっ……でも、おかしいところがある」
追い詰められてきたディアは考えていた不審な点を挙げる。
「まず、なぜアタシに知らせないのか。こう言った活動は必ずアタシに報告するはず」
「おまえさんがここにいるから報告できなかったんだろ」
「…………」
なるほど。一理ある。そう思ってしまったディアはもう負けかも知れない。
「で、でも! ヒト族を襲うメリットがない。それに、プルートは予備体のことはとても大切にしてる。何かの作戦に参加させるようなことは今までしてこなかった」
「む……なるほど。それなら少しはおかしいか」
ディアの必死の言い訳にオーディーンは少し納得してくれた様だ。その場しのぎで言った感は否めないがあながち間違いではない。プルートにとって予備体は転生先そのものである。今の身体がダメになった時に魂を乗り換える先となる為、健康体にしておく必要がある。乗り換えた先の身体が弱っていては元も子もない。その為、今までもプルートの予備体は危険を伴う作戦に参加した事はない。
ディアが一安心していると今度はオーディーンが黙り込む。その表情は悩むというよりかは合点がいった表情である。
「何か気になる事でも?」
ディアもそれに気付き、オーディーンに話しかける。オーディーンは急に棚から地図を取り出してテーブルに広がる。そして、オーディーンは憶測だが……と話し始めた。
「多分、その魔物の出所は空山だ」
「空山?……まさか」
「それで察するのは流石だな。ヒト族側に魔物が降りてこないのは意図的に魔物を転移させてるからと考えた方が自然だろう」
「……もし、魔物の放出を止めた場合、空山からも魔物が降りてくる可能性がある」
「プロカル側にも魔物を放ったのはノヴィシムを孤立させる目的だろうな。あの山を越えなければここには来れない」
「なんでそんな事を……アタシがここにいることがバレた?」
「いや、おまえさんは気まぐれにここにきただけだろ。俺ですら予想出来なかったぞ」
「じゃあ、誰が狙われて……まさか……」
ディアがオーディーンをみて疑いの眼を向ける。ディアでないならばここに居る重要そうな人物はオーディーンくらいであろう。しかし、オーディーンは首を振る。
「何万年生きてると思ってるんだ。そんな居場所がバレる様な事はしねぇよ」
「でしょうね!!」
オーディーンの言葉に半ギレで反応するディア。ディアも昔に探したことがあるのだ。ありとあらゆる情報網を形成し、少しでも手掛かりを掴もうとしたがひとつも手掛かりを見つけることができなかった。実績が伴っている分タチが悪く理不尽にも怒気を込めた反応となってしまったのは仕方のないことであろう。
オーディーンがディアの怒りを宥めているとディアが元の話題に戻して考え始める。
「じゃあ、いったい誰が、何のためにノヴィシムを襲おうと思ったの……?」
「誰が、は知らんがノヴィシムにいるやつを消そうとしたのは間違い無いだろうな」
「そんなに狙われる様な人がノヴィシムにいる……? いたら目立ちそうだけど」
「……いや、え? 気付いてなかったのか?」
「ん? なんのこと?」
オーディーンがディアに呆れる様な仕草をする。もともとオーディーンが先にコンタクトを取っていた。そこに偶然にもディアが現れたのだ。最初はオーディーンもディアが承知の上で話を進めているものと考えていたが、何故それを知っているのかについては分からずにいた。それが今納得できた。最初から何も知らなかっただけだと。
「はぁ……おまえさんは鋭いのか鈍いのかわからんな」
「なに? もしかして喧嘩売ってる?」
ディアが「よし、こい」とばかりにファイティングポーズを取る中、オーディーンはどうしたものかと考えていた。その理由は自分でたどり着いて欲しい。その上で、考えて欲しいのだ。だからこそ答えだけを伝えることにした。
「ヴァラロスだ」
「シュッシュッ!…………え?」
シャドーボクシングをしていたディアの動きが突然止まる。予想外の名前。その瞬間、刻がディアだけを取り残して去っていくかの様であった。
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