35.帰還、たちのぼる煙
翌日、町長に別れを告げプロカルの町を出るディアとヴァラロス。二人が町を出る頃にはカスースから冒険者が何人も到着していた。この調子であれば多少魔物が現れても対応できるだろう。
二人は町の物見櫓からも見えなくなる位置で転移紋を地面に描く。ノヴィシム近くの山の麓に転移紋の石を転がしておいた為、そこに跳ぼうというのだ。転移紋を書き終えると、転移紋を消す為に水球を頭上に浮かべ、転移紋に魔力を流す。するとたちまち二人の姿はその場から消え、残された水球が地面の転移紋をかき消すのだった。
ドコッ!
「いっっったぁぁぁ…………」
「いてて……これどうにかならないのか?」
次の瞬間、目の前に地面が見えた。文字通り目の前に。どうやら転移紋が書かれた石が横を向いていたようだ。
2回目である為に非難の目を向けるヴァラロス。ディアも流石に辛いのか考える素振りを見せる。
「……硬貨みたく薄っぺらく作るとか?」
「割れないか?」
「割れないくらいには丈夫にして」
「裏返ることは?」
「…………」
ちょっと考えただけだと厳しそうだ。もともと遠くに転がせる様に丸くした。その事が敗因となり、どの向きに向くかわからないという状況となったのだ。
「そのうち考える……」
「そのうちって……」
ディアは考えることをやめた。ヴァラロスが再び糾弾しようとしたところで何やら異変に気付いた。
「……おい」
「あれって……煙? ノヴィシムの方角から上がってる」
何やらイヤな予感がする。プロカル方面の魔物は駆逐できた。だが、反対はどうだ?本当に全ての魔物がプロカル方面に向かっていたのか?そもそも、魔物の発生源はひとつだったのか?
少し考えればわかることだ。誰かが転移紋を仕掛けた。その目的がヒト族の町を襲うことであったとしたら。
(最悪だ。仕掛けるなら同時に両方面に魔物を放つはず。何故プロカルだけだと思った……!)
ディアは自分の甘い考えに怒りを覚える。ここのところ気が緩んでいる実感はあったがここまで緩んでいると自覚した途端自分を許せなくなったのだ。
その様子を見ていたヴァラロスはその怒気を察して声をかける。
「落ち着けディア。ノヴィシムにはギルドがある。最低限の守りは出来ているはずだ。逆に俺たちがプロカルに居なかったらどうなってた?……手が打てたんじゃないかと思うのはわかるが、今はプロカルのみんなを守れたことを誇れ」
「っ!……そう、だね」
そう、ノヴィシムにはドミニクがいる。あのタフさを考えれば例えひとりで戦ったとしてもどうにか出来てしまえるだろう。
逆にそのドミニクがいてノヴィシムから煙が上がっている方が問題である。すぐにでも街に行き、状況を確認しなくてはならない。
そう思い直していると街の方から何かが近づいて来た。
「魔物か?」
「あれは……あながち間違いではないけど、渡りに船だね」
どんどん近づいてくるそれは、いつぞやの馬であった。
「ヒヒーン!」
「あの馬は?」
「あの子だね。迎えに来てくれたのかも」
「はぁ!? 馬だぞ? なんでくるのがわかるんだよ」
「あの子、魔物化してるから、アタシの魔力が近付いてるのが分かったのかも」
「っ!?……そういえば、魔物も元は動物なんだっけか。あいつも人を襲うのか……?」
「あの子次第だけど……今のところは大丈夫じゃない? 賢いし」
そんなことを言っているといつの間にか馬が目の前まで来ていた。
「ヒヒーン!」
「乗れってことか?」
「そうみたい。よく頑張ったね。ヒール」
よく見ると体に傷がチラホラ見える。魔物の攻撃にでも遭ったのだろう。それでもここまで駆けつけるということは街に危機が迫っているということである。
「ブルブル……」
傷が癒えた馬が来た道の方へ向き直り振り返る。あたかも早く乗れと言わんばかりである。
「ごめん。疲れはヒールではとれないのに」
「今度は俺たちを乗せて戻るけど、大丈夫か?」
ディアだけでなくヴァラロスも馬の心配をする。二人の心配を他所に馬は首をブンブン振っており、いいから早くしろと言っているようであった。
「ヴァル! 行くよ!」
「分かった。お前の事は守ってやるからな」
「ヒヒーン!」
ヴァラロスが馬に声をかけて乗ると、馬は元気よく返事を返す。その後にディアを乗せるとすぐに馬は街に向けて駆け出すのであった。
◇ ◇ ◇
馬が駆け出してから三十分くらいした頃に魔物が現れた。この道は魔物が少なくなっていた筈なのにも関わらずすぐに遭遇した。つまりスタンピードが起きていることは間違いなさそうである。
「ディア! 頼めるか?」
「遠距離なら任せて! サンダー!」
ディアが手を前に出して叫ぶと、指先から電流が放たれる。その電流は目にも止まらない速さで魔物へと到達すると一瞬で魔物を気絶させ無力化した。二人はその魔物達の横を颯爽とすり抜けていく。
(仕留めるのは後。何があるか分からないから出来るだけ生命力を温存しないと……。あの化け物サブマスがいてこの状態って事はそういう事)
その後も繰り返し魔物と遭遇するがディアの魔法で無力化しどんどん街へと近づく。気づけば街の入り口が見えて来た。
「あれは……入り口が燃えてる?」
「……なるほど、あれで防いでる」
魔物といえど元は動物。火は忌避する対象である。魔物でも好き好んで炎の中に飛び込むものはいない。だからこそ入り口を塞ぐように火をつけたのだ。案の定、入り口付近には魔物が群がっている。だが、それがまた問題であった。
(なぜ入り口に集まっている? なぜ諦めない? 普通なら中に入れないと分かったら諦めて次の獲物を探しに行くはず……何か明確な意思がある? あの魔物達に?)
ディアが考えても答えは出ない。今やる事は決まっている。前のヴァラロスを窺うとヴァラロスもやる気になっているようである。ディアは後で考えることにし、馬から飛び降り目の前の問題に対処するのであった。
あらかた片付いた時には夕暮れになっていた。どうしても魔物の数が多くずっと戦いっぱなしだったのだ。途中、馬も後ろ蹴りで魔物を蹴り飛ばしているのをみている。その威力は通常の馬のそれとは違う。本格的に魔物化が進んでいるようだ。
(……行き場がなくなるようならスカウトしようかな)
この馬はどうすればこの状況を対処できるか考えられる程には賢く思える。それでなければディアが近づいて来たのを感じ取り迎えには来ないだろう。ただ、その根本にあるものがなんなのかは馬本人にしか分からない。馬屋の主人を守るためなのか、ただ自分の身の安全を守るためなのか。万が一魔物化が進んで居場所が無くなるようであれば連れて帰る気満々のディアである。
そんなことを考えていたディアであったが、ヴァラロスが近づいてくるのを確認し、次の行動を考えることにした。
「一旦片付いたか?……それにしてもすごい数だったな」
「ヴァルもお疲れ様。よくそんなに動けるなと感心するよ」
「それはお互い様だろ。で、これはどうしたもんかね」
二人の目の前には依然燃え盛る炎が入り口を塞いでいる。とてもじゃないが炎の中を潜り抜けて街に入る事はできないだろう。
ディアはうーんと考える。
(これ、ただ燃やしてるだけか……? それなら一回鎮火すればよさそうだけど……まぁ、入ってから考えればいいや)
ディアは疲れているからかすぐに考えることを放棄して手を前に出す。
「ウォーターボール」
ディアが魔法を使った途端に巨大な水球が現れる。その瞬間街の入り口を塞いでいた炎が水に押し潰されるように消えるのだった。
「お、おぉ。消してよかったのか?」
「消さないと入れないし、疲れたから早く休みたい。ほら、入ろう」
疲れでヴァラロスへの応答も素っ気なくなるディア。それ程に疲れているのだ。
「ほら、行くよ?」
「ヒヒーン……」
後ろに控えていた馬も疲れたのか動きたくなさそうである。だが、ディアが促すと馬は仕方なくと言った様子でディア達について歩き始めるのであった。
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