29.ドキドキ、それは命綱
西の物見櫓に到着すると町長が見張り番と話しているところが見える。どうやら今の状況を確認しているようだ。だが、その様子を見るに事態は深刻そうである。
「どうなってんだ? 認識阻害の魔法で魔物は町には来れないんだろ?」
「そのはず……でも、一度町に来たことがある魔物がいたらこれちゃうかも。それでも、町を知ってる魔物しか辿り着けない。その魔物が意識して他の魔物を連れて行こうとしない限り他の魔物は辿り着けないはずだけど、魔物が他の魔物を案内するなんてこと……」
そこでふとディアが思い返す。
(待って、あそこにプルートの予備体がいた……もし、あいつがそれ程の知能を持っていたら……。でも、あいつにそんな知能あるの?)
昨日戦った場面を思い出す。確かに戦い方は考えているように見えたが、戦略的なものは感じられなかった。つまり、他の魔物を率いて町へ向かうなんてことは出来そうにない。
「考えすぎか」
「どうした?」
「ううん。なんでもない。大丈夫だと思う。町長さんに話を聞いてみよう」
そう言うと二人は町長のところへ駆け寄るのだった。
「町長さん!」
「おぉ! おふたりともよく来てくれました」
「何があったの?」
ヴァラロス達が来たことがわかると安堵する町長。これでどうにかなる。そんな考えが表情から見て取れる。二人が到着するや否や、横にいた見張り番が説明を始めた。
「それが……先程までは何もいなかったのですが、急に山頂の辺りに蠢くものが現れまして……。その蠢くものをよく見ると魔物のようで、どんどん増えているんです……!」
「なんだって!?」
「魔物は!? こっちにきてる!?」
見張りに詰め寄る二人。昨日倒したばかりなのに魔物が現れたとなれば焦るのも当然である。
「い、いえ。まだ山頂辺りで数を増やしているだけで、こっちに来るような動きは見られなかったです。ただ、このままだといずれはこちらにも溢れ出してくるものかと……」
「ちょっと物見櫓登らせてくれ」
「どうぞ……こちらになります」
そういうと物見櫓の梯子を登るヴァラロス。物見台に到着し山を見ると確かに黒い物体が蠢いている。すでに溢れ出して来ており山のふもとに到達するのも時間の問題に見えた。
「っ! 魔物だ! もう溢れてきてる!」
「ヴァル!」
「分かってる。行くぞ!」
ヴァラロスは物見台から急ぎ降り、そのままディアと共に山へ向かうため町の外へと急ぐ。
その道中、ディアは人気の少ない路地を見つけた。
(一応、ここにも置いておくか……)
ディアは走りながらカバンに手を入れ、何かを路地に投げ入れる。そして、そのまま門を出て山へ向かうのであった。
◇ ◇ ◇
町を出て山へ向かうと異様な光景が目に入った。
「なんだあれ……」
「いったいどこからあれだけの魔物が……?」
山頂部分が黒く染まり魔物で蠢くその様は見ているだけで気持ち悪くなるものであった。しかも、その魔物はいまだに増えているように見える。
「なぁ、認識阻害の魔法はまだ効いてるんだよな?」
「効いてる。効いてはいるんだけど……」
歯切れの悪いディア。なにやら気になることがあるようだ。
「なにかまずい事があるのか?」
「認識阻害の魔法をかける時、漠然とプロカルへ向かう事を邪魔するイメージでかけちゃったから、このままだとプロカルを迂回して他の町に向かっちゃう」
「なんだって! あの量の魔物が……えっ、ちょっと待って。とりあえず向かってるけど、これ俺たちでどうにかなるのか?」
勢いで飛び出たもののこの数を相手にするのはかなり無理がある。辿り着く前に数で押し返されるように思えた。
「正直言ってあの魔物達全部を相手にするのは難しいと思う……でも、発生源を潰さないと増え続けちゃうから、まずはそこを潰さないと」
「増えなければ倒すのみってことか……問題はどうやって発生源まで辿り着くかだな」
移動しながら打開策を考える。魔物の侵攻を許可すると隣町に被害が出ることも考えられる。しかし、魔物の侵攻を防ごうとするとどれだけの魔物が増えるか分からない。
対処するにもどちらかのように思えた。
(やっぱり、魔物を無視してでもどうにか山頂に辿り着かないと手の打ちようがない……。でも、そうすると隣町に被害が……ん?)
ディアがそう思ったところでふと気づく。プロカルの隣町。そこは確か……。
「ねぇ」
「何か思いついたか?」
「そういうわけじゃないんだけど、プロカルの隣町ってどんな町なの?」
「……隣町はカスースの町だな。ノヴィシム程ではないが立派な冒険者ギルドがある……ん? まさか……」
そこまで説明してヴァラロスはディアの言わんとしていることが分かった。
「よし、じゃあ魔物の討伐は後回し。何人か逃げようとしている人いたからカスースにも情報が伝わるでしょう。そうなればあとは向こうの冒険者がどうにかしてくれる。……問題は魔物の発生源だけど……」
そこまで言ってディアはチラッとヴァラロスを見る。正直、思い当たる節はある。でも、それを知られた時に今までの関係性が壊れるかもしれない。そんな不安に襲われるディアはつい彼を見てしまった。ヴァラロスも見られたことに気付き、何事かとディアを見るがすぐに顔を逸らされた。その表情はヴァラロスからは見えない。しかし、ディアは何事もなかったかのように話を続ける。
「考えがある。もうちょっと近づいたらやるからヴァラロスも協力お願い」
それでも、今は進むしかない。
「わかった。出来ることならなんでも言ってくれ」
ヴァラロスの言葉に頷くディア。この後のことを考えると少し憂鬱になるが、今はそれどころではない。今出来ることを全力でやろう。今のディアにはそれしか考えられなかった。
しばらく進むと次第に騒がしくなってきた。この先に魔物がいるようだ。
「そろそろだね」
「どうするんだ?」
ディアの言葉にヴァラロスが質問する。ここまで何の説明もなく走ってきたヴァラロス。それはディアを信じているが故であった。ディアの考えなら信用できる。信じるに値する。プロカルへ入る前にヴァラロスが心に決めたことだ。何があってもディアを信じると。
そんな想いを知らないディアは淡々とやることを話し出した。
「やる事は単純。認識阻害の魔法をアタシにかける。それだけ」
「ん? それだけでいいのか?」
拍子抜けするヴァラロス。だが、ディアは真剣な顔をして説明を続ける。
「それだけ。でも、それが重要。この認識阻害はすごく強くかけるから条件を厳しくする。それこそ、アタシが持っているものだけを認識できなくするように」
「……ん? 待ってくれ。俺はどうなる。その条件だと俺が条件から外れないか……?」
話を聞いて冷や汗を流すヴァラロス。今の話だとひとり魔物の中に取り残されるに等しい。流石にあの数の魔物を相手に戦う事は不可能である。
想像してしまったのかどんどん青ざめるヴァラロス。自分は嵌められたのかと思っても仕方がない状況である。それを察したのかディアが慌てて補足する。
「大丈夫。ヴァルも助けるから安心して。そういう条件だから、常に手を繋いで欲しい。アタシが持っているものとして認識阻害に含めるから」
「なるほど……手を繋げばいいのか。それなら簡単だ」
ディアの言葉に安堵するヴァラロス。ちょっと気恥ずかしい気持ちはあったが手を繋げば良いだけと分かり気が楽になった。だが、そう簡単ではないことがすぐにわかる。
「そう。本来なら簡単。……でもよく考えて、魔物は足を踏み入れることが出来ないほど溢れ出てきてる。そんな中に入っていく事がどれだけ大変か。……そして、手を離したが最後。魔物の群れの中でひとり押しつぶされて終わる。……だから絶対に手を離しちゃダメ」
「…………」
「気をつけてね」
前言撤回。全然簡単じゃなかった。気恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。手を離した瞬間命に関わる。その手はまさに命綱であり、死に物狂いで捕まるべきものである。ヴァラロスがそう思い直した時、何かが近づいてくる音が聞こえた。
「っ! 早く!」
「お、おぅ……」
ディアは咄嗟にヴァラロスの手を取る。その慌てぶりにヴァラロスは少し驚いたが、ディアの仲間を想う気持ちの現れだと分かり不謹慎にも少し嬉しくなった。
ヴァラロスとディアが手を繋いだ後すぐに魔物がチラホラと現れた。
「魔も……っ!」
(しーっ! 喋らない! 音は聞こえちゃうんだから黙って付いてきて!)
(わ、分かった……)
声をあげそうになるヴァラロスの口をディアが塞ぎ、耳元で囁きながら注意する。幸い魔物達の音が騒がしいのと、イノシシの魔物の知性が低いからか気付かれなかったようだ。
ディアが注意する際に身体を密着させた状態となり、魔物が来ていることからそのまま動けずにいた。ヴァラロスは終始ドキドキしていたが、それが何に対してのドキドキかもはや分からない。もう視界一面が魔物の群れの中なのだ。
そのまま様子見をしていると、見事に二人を避けるように魔物が通過していく。その様子にディアは満足げであったが額には冷や汗を浮かべる。ディアとて上手くいくかは賭けであった。自分に認識阻害の魔法をかけて魔物の中を突き進むなど危険が大きすぎるため普通は実行に移さないだろう。だからこそぶっつけ本番で成功させられたのは流石は魔王としかいえない。そして、その不安を微塵にも出さずにいられたディアも流石であろう。
ディアが手招きをしヴァラロスの注意を引く。その後に山頂を指差した事からもう移動するということだろう。その意図を汲んだヴァラロスはただ頷き、ディアの後をついて行くのだった。
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