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28.悪戯、からの反省

 翌日、ヴァラロスはとても不機嫌であった。


「ねーねー。ヴァルー?」

「…………」

「調子に乗ったのは悪かったからさー機嫌直してよー」

「…………」

「ねー、ごめんってばー」

「…………」


 黙りである。ヴァラロスが沈黙を貫いていると、ディアが必死に謝る。ディアは昨日の失態を思い起こし、少し、そう、少しだけやりすぎてしまったと思ったのだ。

 …………出来事は、昨日の夕刻に、ユシアに連れられて宿に着いたところまで遡る。




 ユシアに連れられておすすめの宿に来た二人は、言われるがままに宿に入っていった。


「いらっしゃい!……お? この町の英雄さん達じゃないか」

「夜遅くにすまないね。この二人の部屋を用意して欲しいんだ。一番いい部屋で頼むよ」

「ユシアさんの頼みなら断れないな。もっとも、言われなくても一番いい部屋を用意させてもらったがね」


 宿屋の主人は笑いながらそう言う。一番いい部屋と聞いてディアがいくらするのだろうと思ったのは秘密である。


「おふたりさん、部屋はどうする?」

「何聞いてんだい! 野暮だねぇ……大きいひと部屋にしてあげな」

「……は? はぁああ!!?」


 宿の主人とユシアとのやりとりを聞いたヴァラロスの雄叫びが部屋に響き渡る。


「ちょ、ちょっとちょっと! 他のお客さんも居るんだから大声はやめてくれ」

「あ……す、すまない……じゃなくて! なんでひと部屋なんだよ!」


 ヴァラロスがユシアの提案に抗議する。ヴァラロスは山小屋での出来事を思い出していた。あの時と同じく、ずっと揶揄われることを懸念したのだ。


「あら、そういう関係じゃないの?」

「違うから! 普通にふた部屋で頼む!」

「そう? ならそれで」

「あいよ」


 無事、意見が通ったことに胸を撫で下ろすヴァラロス。これで一安心だと。……しかし、その場は乱される。やりとりがここで終われば平和だったのだが、ディアが狼狽するヴァラロスを見てニンマリと笑っていた。イタズラしたくなってしまったのだ。そして余計な一言を発する。


「……アタシはひと部屋でもいいよ? 一夜を同じ屋根の下で過ごした仲でしょ?」

「なっ……!?」

「お?」

「あらあら!」


 ディアはもじもじしながらそんなことを言い放つ。裏でニシシと笑うディアはヴァラロスの反応を見て楽しんでいた。一方で、ヴァラロスは案の定、顔を真っ赤にして震えている。


「ご……」

「ご?」

「誤解を招く言い方をするなああああ!!!」

「……すみません。静かにしてください。ふた部屋で用意するんで……」


 宿の主人が根負けした。




 そして、その日の夕食。目の前には宿が用意した様々な料理が並んでいた。目の前にある肉はとても厚切りで香草とニンニクの焦げた匂いが食欲をそそる。野菜は発色が良く、とても新鮮であることがうかがえた。


「わぁ! 豪華! お肉がたくさんある! いっただっきまーす!」

「ヨハンさんとユシアさんが普段から狩りをしてるんだろう。この町は肉が安定して手に入るんだと思う」

「もぐもぐ……ん。この町は幸せだねー。あ、飲み物もある! ちょっと取ってくるねー」


 ディアは肉を頬張りながら相槌を打つ。その肉はひと口食べただけで肉汁が溢れ、口の中を香ばしい香りで包み込む。添えられていた野菜もシャキシャキしており、その鮮度は申し分なかった。そして、宿のもてなしに大満足のディアはうきうきしながら店の中を闊歩する。


(なるほど、害獣の脅威がないから畑も荒らされずに安定して野菜も栽培できてるのか。天候に左右されそうだけど、そこも何か工夫してるのかな)


 ヴァラロスは食事をしながら、ひとり町の食事情を考えているとなにやら異変に気付く。


「ん?」

「えへへ〜」

「な、なんだ? だらしない顔をして……って。これは酒か?」

「そう〜。もってっていいっていうからもらったの〜。ヴァルものむー? これおいしいよー?」

「いや、俺は最初の一杯だけでいいよ。いつも潰れたやつがいたら助けてるんだ……ってディア、飲み過ぎじゃない?」

「へーきへーき。こんなのよゆーだよー。これでもヴァルよりながくいきてるんだからねー」

「そ、そうか……」


 ヴァラロスはディアが自分よりも年上であることに驚きつつも納得していた。道具屋の店主とも昔から知り合いといった具合で話していたため、見た目はとても若いが実は思った以上に年上なのではないか……?そんな疑問がヴァラロスの頭に浮かぶ。その考えは正解なのだが鼻にツンとくるアルコールの匂いにかき消された。


「というか、匂い的にこの酒強くないか?」

「このくらい、らいじょうぶよー」

「ほんとか……?」


 そして1時間後


「うぷっ……」

「お、おい……どうした?」


 先ほどまで大口を叩いていたディアであったが、その顔がみるみる青ざめていく。手で口を押さえながら俯き始めた。これは危ないかもしれない。そう考え、ヴァラロスは席を立ちディアのそばに寄る。


「き、きゅうにきもちわるく……うぷっ……」

「ま、まて! もうちょっと我慢しろよ! すみませーん! ちょっと外に連れ出しまーす!」


 案の定、ダメだったようだ。





「うぷっ……お、おろろろろ…………」

「お前、何やってんだ……」


 近くの茂みに連れて行くとディアは見事に戻していた。不思議なことに派手に戻している割に服は汚れていない。服だけは執念で汚さないようにしているように見える。


「うっ……う、うぉーたーぼーる……うぷ」


 まるで瀕死かと思われる状態で魔法を唱えるディア。目の前に現れた水球を使って口をゆすぎ、ついでに戻した場所を清掃する。一応まだ理性は保っているようだ。


「そのまま水を飲んだらどうだ? 休みなしに、あんな飲むからそうなるんだ」

「はぁ……はぁ……だってー……おいしいのがいけない……うぷっ」

「『酒は飲んでも飲まれるな』だ。酒のせいにしない」

「うぅ……」


 恨めしそうにヴァラロスを見上げるディア。見上げた拍子に気持ち悪くなったのか再度下を向きうなり始める。その様子を見ていたヴァラロスは額に手を当ててどう介抱するべきか考えるのだった。






 結局、30分程介抱を続けたヴァラロス。背中をさすっていると、ある程度落ち着いたのかディアのうなり声は止まった。すると、急に態度が変わる。


「ばるー、だっこしてー」

「はぁ!?」

「ねーねー、だっこー」

「お前な……歳を考えろ」


 ヴァラロスの言葉に頬を膨らませるディア。どうやら程よく酒が回ると甘えてくるようだ。


「やだやだー。もうあるきたくないー。ばるくんはおねえさんのいうことをきくべきだとおもう」

「お姉さんって……ディア、お前歳いくつだよ」

「としー? あたしのとしはねー…………」


 酔っ払いながらも急に冷静になるディア。流石にそのまま答えるわけにはいかない。魔族は寿命がない為、圧倒的にディアの方が年上である。そもそもヒト族の寿命がどれくらいかも覚えてない。つまり、ヴァラロスくらいの歳がいくつなのかもよくわからないのだ。今の状態では答えられない。そう判断したディアはめんどくさい返しをする。


「…………女の子に歳の話をするのは、どうかと思います」

「お前が先に言ったんだろ!!?」

「それよりはやくー。ベッドまでつれてってよ」

「ちゃんと立って自分で行きなさい」

「むぅ……」


 再び頬を膨らますディア。言う事を聞いてもらえないならとイタズラをすることにした。


「ベッドまで運んでくれたらいいことしてあげるよ?」

「な、なんだよ……」

「いいのかなー、いまならしてあげてもいいんだけどなー」

「ち、ちょっとまて……急にどうした? だいたい、万が一があったらどうするんだ……そういうのはもっと慎重にだな……」

「今なら肩揉みくらいならしてあげるのにー」

「…………」


 ポカンとするヴァラロス。ニシシと笑うディアはここぞとばかりに追撃する。


「あれ? 何か変なこと考えてた?」

「〜〜!?……もう知らん!!」


 ヴァラロスは怒って宿へ戻って行ってしまった。



     ◇ ◇ ◇



 そして今に至る。


「ねー……本当にごめんってばー……」


 しつこく謝り続けるディア。その表情をみるに反省の色が見える。もっといえば泣きそうな顔をしていた。それを見てしまったヴァラロスは仕方ないと声をかける。


「……反省してるか?」

「してるしてる。もうからかったりしないから」

「……絶対だからな? それなら今回は水に流そう」

「ありがとう!」


 ヴァラロスの言葉を聞いて、不安そうな顔から笑顔に変わるディア。我ながら甘いと思いつつもヴァラロスはディアを許してしまうのであった。




「で、これからどうするんだ?」


 ヴァラロスが方針を聞く。もともとディアが町の防衛について確認したい為プロカルへきた。しかし、大したことはしていないようで町の平和はヨハンとユシアの力によるものだった。つまり、これ以上の収穫は望み薄なのだ。

 それをわかっているのかディアも複雑な表情を浮かべながら答える。


「一応、ここまで来たんだからもう少しくらい町を見て回りたい。少しでもヒントが欲しい」

「了解。じゃあ町の外壁を一周してみるか」


 そう言って二人は町を壁沿いに歩き始めるのであった。



     ◇ ◇ ◇



 小一時間ほど町の壁を内側と外側で確認し、特に目立ったものがないことがわかった。それこそ、壁に関しては至って普通であり、どこにでもあるようなものである。普通に魔物の襲撃があれば壊れるし、壊れれば修復する。その証拠に壁のあちこちに修復した跡が見られた。


「やっぱりなにもないかぁ……」

「普通の壁だよな。町を囲う普通の壁だ。崩れているところを見たけどなんら変哲のない壁だった」

「だよねぇ……」


 八方塞がり。もう出来ることはないだろう。


(とにかく分厚い壁でも作るしかないかぁ……いっそ町全体を覆う建物でも作る?……ヒト族の町に来てないでさっさと作ればよかったか……)


 自身の行動に半ば呆れていると少し虚しくなってくる。気分が沈み始めた時ディアは考えを改めることにした。


(……そう、これはただの休暇。……もう無断で居なくなってから二週間近く経つけど、休んだ分頑張ればいいよね)


 そう考えたディアはそれ以上考える事をやめた。思考を放棄したのだ。今はなにも考えず遊ぼう。

 魔王としてあるまじき行為であるが今のディアにとって今この瞬間が()()であった。


「何か食べるか?」

「へ?」


 突然ヴァラロスが食事を提案して来た。昼食には少し早い。そんな時間だがヴァラロスは何か食べようと言ってきた。


「いや、煮詰まって考えが浮かばない時は何か食べながら気分を切り替えるといいかなって。ほら、Cランクになったお祝い。まだしてなかっただろ?」

「そう……だね。うん、ありがとう!」


 ディアはヴァラロスの心遣いに感謝しながら飲食店を探し始めた。







「ここのお肉美味しい」

「豚か? 柔らかくて口の中でとろけるぞ……!?」


 早速目についた店に入ると、二人は店員のおすすめを注文していた。ヴァラロスから遠慮せず好きなものを頼んでいいと言われたディアは、それならばと店員におすすめを聞いてみたのである。おすすめを聞いてヴァラロスも便乗する。その結果、とても満足できる内容であった。

 長時間煮込んだであろう豚肉にコッテリとしたタレを絡ませていたり、炒めたお米がパラパラしており一粒一粒がしっかりとした食感を生み出していたり、スープもとても澄んだ黄金色をしていることから見た目からも美味しいことがわかった。


「炒めたお米も美味しい!」

「スープもいい塩加減で美味しいな」


 食べ始めて間もなかったが、あっという間に食べ終わってしまった。


「……ふぅ。まんぞくまんぞく」

「こんなに美味しい料理は初めてかもな」

「同じく!」


 ヴァラロスの感想に思わずディアも片手を天に伸ばして同意する。つい身体で気持ちが表れてしまう。それ程までに美味しかったのだ。

 満足したところで次はどうしようか。そう思った時事件が起こった。


カンッ!カンッ!


「これは!?」

「なになに!?」


 突然の事態に慌てる二人。どう考えても非常事態である。何が起こったのかと立ち上がると店員が叫び出した。


「魔物の襲撃を知らせる鐘です! 皆さん避難して下さい!」


 店の2階へと避難していく客たち。ヴァラロスとディアはその流れに逆らい店の外へと出る。


「西の物見櫓から音が鳴ってる!」

「いくぞ!」


 二人は店を後にし鐘の音が鳴っている方へと走り出すのであった。

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