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25.戯言、からの信頼

 濃い霧の中を進むヴァラロスとディア。辺りが暗くなっていることもあり、もはやどこを歩いているのか分からない。そんな状況の中2人は迷うことなくまっすぐとその歩みを進める。


「……ねぇ、山からプロカルまでは普段どのくらいかかるか分かる?」

「そうだな……、だいたい10分くらい。そんなもんだと思う」

「そう……」


 もうかれこれ30分は歩いているだろう。それでも辿り着けないのはやはり目的地のイメージが足りていないからだろうか。

 ただ、ずっと霧の中を歩き続けているのも気になる。普通であればすぐに他の場所に出てもおかしくはない。それが霧の中をずっと歩き続けている。きっと、()()()()()()()()()()()()()為、周囲をぐるぐる回っているものと考えられた。


「……ごめん、ヴァル。もうプロカルは諦めて戻ろう。今戻ると魔物がいるだろうから少し休んでからになると思うけど」

「そう……だな。諦めはしないが、少し休むか」


 ディアがそう言うとヴァラロスが足を止めて答える。その表情は何やら迷っているように見えた。


「……アタシったら何やってんだろな。プロカルに町を守るヒントを探しに行くっていいながら、焦って自分を辿り着けなくするなんて……」


 落ち込んだ様子で話すディア。ヴァラロスはその様子を黙って見ていた。


「でも、あそこで魔法使っとかないとプロカルに抜けてきちゃう魔物もいたと思うんだ。魔物って視力いいから、遠目で見た外観とかを頼りに認識阻害の魔法意味なくなっちゃうから」

「……その、認識阻害の魔法ってどうやったら効果が無くなるんだ?」


 ヴァラロスはなにやら神妙な面持ちで問いかけた。今の彼には、その確認が必要だった。


「さっきも言った通り、目的地を強くイメージする事。結構強めに魔法かけちゃったから確信を持って()()()()()()()()って思わないと辿り着けない」

「確信を持って……か」

「そうそう」


 ヴァラロスは何やら考えた後、ディアに問いかける。


「その……、ディアはなんで自分が迷うのにこの魔法を使ったんだ?」

「うん……ごめん、頭がまわらなかった」

「あぁ、違う違う。そうじゃない」

「え?」


 不思議な顔をするディア。ヴァラロスの質問の意図が分からない。何を言っているんだろう。そう思い、ヴァラロスの言葉を待った。

 一方のヴァラロスは本当に聞きたい事を聞けずにいた。別の質問をして結論を先延ばしにしている。単純にヴァラロスは迷っていたのだ。


「いや、ディアの目的は……どうやって魔物からプロカルの町を守るか、だろ? それならこの状況はそれを確認する絶好のチャンスじゃないのか?」


 ヴァラロスはそんなことを言う。今、まさにこの状況がディアの望んでいたことだと。確かに、そのままプロカルへ向かえば町に入れて、どのように町を守っているかが分かるだろう。たとえ、それが防ぎきれない量だとしても。

 それを聞いたディアは、一瞬、ヴァラロスが何を言っているのか分からなかった。しかし、彼の意図を理解したディアは拳を震わせて答える。


「…………流石に、それはヴァルでも怒るよ? こんなの、この世界のどんな集落でも耐えられるわけない。プロカルの人が犠牲になるのを黙って見てろって言うの? そんなこと、できるわけない」


 ヴァラロスの質問にディアは怒気を含んだ声色で答える。頑張って怒りを抑えているからかその声は震えており、顔は真剣そのもので偽りがないことがわかった。

 その顔を見たヴァラロスはハッとする。


「そう……だな。悪い。当たり前なことだった」

「そうだよ。当たり前。人の命よりも大切な事なんてない。でも、アタシの心配してくれての質問だろうから許す」


 ヴァラロスは素直に謝った。ディアの言う通り当たり前なのだ。目の前に助けられる人がいるなら助ける他ない。今までの行動からそれが当たり前であったのに疑問に思ってしまった。

 一方で謝られたディアは今あったことは水に流そうと、まるでなにも無かったかのような表情に戻る。それはヴァラロスへの気遣いもあるが、今の関係性を壊したくないディア自身の想いもあった。




(俺はなんで疑ったんだろうな……。どんな理由があるにしろディアはディアだ。たった数日間だが、人となりは理解したつもりだ)


 ヴァラロスは自問自答している。


(人が困っていたら助ける。……道具屋の主人相手みたいに変に突っかかることはあったけど、あの人もディアのことを信用しているようだった)


 ディアを肯定する理由を探していた。最初は自分を言い聞かせるために。だが、今は違う。ディアという人物は根っこから素直なのだ。愚直に正しいと思ったことをやる。そして、他人の命を助けることを正しいと思っている。

 ヴァラロスは、そんな当たり前のことに気付き、まるで目の前の霧が晴れたかのような気分でいる。


(そう、俺も信用するべきなんだ。例え、ディアが、……ディアがヒトの敵といわれている魔族であったとしても!)


 始まりはドミニクとの戦闘だった。ドミニクを回復させるためにディアは自分の生命力が無くなるギリギリまで使って回復魔法を唱えた。その結果、ディアの魔力が一瞬だけ途切れた。それの意味するところは分かるだろう。認識阻害の魔法も解けたのだ。しかし、腐っても魔王。気絶していようが少しでも生命力が回復したら自動的に認識阻害の魔法をかけ直せるように計算して生命力を使っていた。ディアの計算では認識阻害の魔法は切れない予定だったのだ。それが瞬きをしたくらいのわずかな時間だけ魔法が切れてしまった。……そこをヴァラロスに見られたのだ。

 初めは気のせいかと思っていたヴァラロスもディアの規格外の戦闘能力、得体の知れない出自を考えると疑わざるを得なくなった。そして決定的な事実。……よく考えれば分かることだったのだ。いや、よく考えなくても分かる。ただ、考えたくは無かったのだろう。最果ての地ノヴィシムにいながら、プロカルに行った事がないというその意味を。それは空山の向こう、魔族領から来たことに他ならないのだから。

 何度も聞こうと思った。嘘だと言って欲しかった。だが聞けずにそのままでいたのだ。……そして決定的だったのが、ひとつ目の山を下りた時の出来事である。ディアから認識阻害の魔法について聞いた時、確信を持って対象を見れば見破る事ができると聞いた。その時にディアのことを魔族だと思い耳を見た。そう思い見てしまった。……そこには尖った耳があり、今まで見せられていた幻は二度と現れてはくれなかった。

 そこからはずっと疑って見ていた。魔物のスタンピートもディアが操っているのではないかとすら思うほどであった。だが、ディアは言ったのだ。誤魔化すでもなく、本気でプロカルの人を心配し、ふざけたことを言ったヴァラロスを怒り、ただ、人を助ける為に行動するのだと。その姿を見てヴァラロスは自分がちっぽけなことでディアを疑ってしまったことを悔いていた。


 そして、迷いは晴れた。何かが足りなくて辿り着かなかったその何か。このままディアをプロカルに案内して良いかの迷いが。


「さて、行こうか」

「ん? まだそんなに休んでないよ?」

「喋ってたらプロカルの門の形とか思い出してきた」

「ほんとに!?」

「あぁ」


 今はただ、このまっすぐな女の子を信じてみよう。ヴァラロスはそう思い、濃い霧の中をふたたび歩き出した。今度はディアの歩みに合わせるように。



     ◇ ◇ ◇



 そこから5分ほど歩くと霧が晴れてきて目の前に木でできた門が現れる。いつの間にか林を抜けてきたようだ。


「おーい! 大丈夫かー!」


 物見櫓からヒトの声が聞こえる。どうやらプロカルに到着したようだ。

 その声を聞いてヴァラロスとディアは顔を見合わせる。その顔は両者笑顔であった。


「お疲れさん。まずは中に入れてもらうか」

「そうだね。……ありがとね」


 ディアのお礼にバツの悪そうな顔をするヴァラロス。彼は「さぁ、行こう」とだけ言いディアの手を取る。二人は物見櫓に手を振りながら町の門扉へとその歩みを続けるのであった。

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