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2.魔法使いディア

 ピンチに陥っている中、魔王は自身が昔、部下の前で演説した時のことを思い出していた。


     ◇ ◇ ◇


『皆の者、多種族の住処で問題だけは起こしてくれるなよ。相手から襲ってきた場合、やむを得ず、相手と揉めてしまうこともあるだろう。その場合は仕方がない。……だが、方針としてこちらから争わないことを命ずる……いいな? 絶対だぞ?』


     ◇ ◇ ◇


(あの時は部下が原住魔物の集落で小競り合いを起こしたんだっけ…………プルートが居てくれたからどうにか落ち着いたけど、向こうが戦争とか言ってきたら大変なことになってたよ……)


 人知れず気苦労の絶えない魔王である。


(っと、今はそれどころじゃない。悔しいけど冒険者登録は諦めて別の方法を考えましょうか……といっても、徒歩でプロカルへ向かうのも厳しいし。そもそも食べ物もないし………………一回帰るか。あーもー! 今帰ったら絶対プルートに抜け出したことバレてるだろうし何か言われそうだなー……)


 魔王は悲しそうな表情をしながらも諦める決意をした。とりあえず門番に言い訳をして去ろう。そう思い口を開く。


「ちょっと落としたお金と身分証探してくる……」


 魔王は悲しそうな顔でそう言い残し門を立ち去ろうとする。すると、それを見かねた門番が慌ててディアを引き留めた。


「ま、待った待った! ちくしょう! しょーがねぇなぁ!! 今回だけは特別だぞ?! こんなボロボロの町娘1人追い返して魔物にでも襲われたら寝覚めが悪い。その代わり、身分証が用意できたら見せに来ること。いいな?」

「わ、分かった……」


 断れなかった。ルールを捻じ曲げて街に入れてくれるというのだ。その親切心に驚き、つい了承してしまったのだ。ここまでしてもらって、やっぱり帰ります。とは言えない為、素直に街に入ることにした。


「あ、身分証の再発行は役所に行けよ? まっすぐ進んで街の中央部に建物があるから。冒険者ギルドの隣だからすぐわかる」

「……冒険者ギルド?」


 なにやら気になる言葉が出てきた為、つい聞き返す魔王。そして、その行動は正解であった。


「ギルドも知らないのか。ほら、あそこに見えるこの街で一番大きい建物だ。冒険者になりたいやつがあそこで冒険者登録して、仕事の依頼を受けて生活している」

「なりたい」

「…………へ?」

「なりたい」

「…………なりたいって……まさか冒険者に?」

「うん」

「……嬢ちゃんが?」

「うん」


 今度は門番が混乱する番であった。どう見ても田舎の町娘のような格好をしており、魔物と戦えるとは思えない。だが、見たところ薄汚れており、無一文のようだ。それなら手に職をつけるためにまずは冒険者として日銭を稼ぐこともあるだろう。確か、薬草の採集依頼は常時出ていたはずだ。……あぁ、だからか。門番は勝手に理由をつけて納得するのだった。


「なるほど。分かった。それならギルドに行くといい。一応、冒険者になると貰えるギルドカードも身分証として使えるからそっちで登録するのもありだ。ちゃんとギルドの人の話を聞くんだぞ」

「分かった。……あの」

「ん?まだなんかあるのか?」

「ありがとう」

「…………おぅ!頑張れよ!」


 魔王はお辞儀をして冒険者ギルドへと歩き始める。第一ヒト族との遭遇は思ったよりも心温まるものであった。




     ◇ ◇ ◇




 街に入り辺りを見回しながら歩く。街の中の建物が綺麗に並んでおり、街の入り口から中央のギルドまで道がまっすぐ伸びていた。その道には、様々な店が並び、服屋や道具屋、武器屋は当然のこと食事処に家を売っているような店まであった。


(なるほど……家は自分で作るんじゃなくて、専門の人が作ったものを買ってるのか。……確かに家って作る人によって良し悪しがかなり違うからね……魔族でも得意な人にお願いしてる人もいたっけ。あ、あれは……!)


 魔王の目線の先には服屋があった。それも若い女性が好むような店である。魔王が着たことも無いようなフリフリした服が並んでいる。


(か……か、かわいいっ!!! こんな服、魔族領じゃ売ってないし!……そもそもあっちだと可愛い服なんて着て行く場所ないもん…………いいなぁ〜。あ、値札がある。いくらだろ……えぁっ?!)


 魔王がディスプレイに張り付いて服を眺めていると、服に付けられている値札が目に入った。……そこには金貨5枚の文字が書いてあった。


(たっっっか!? そんなに高いの!? なにそれ! 確かに可愛いけど! 可愛いけど!!)


 魔王は底知れぬ敗北を感じつつその場を後にする。あまりの値段の高さにしばらくの間その事で頭がいっぱいになるのだった。






「あれ?」


 気付いたら目の前に大きな建物が建っている。どうやら考え事をしながら歩いているうちに目的地へ到着したらしい。歩いている途中、歩く先に人がいたが、魔王は無意識にぶつからないように歩いていたようで特に問題もなく目的地へと辿り着くことができたのだった。


(大きいな……よし!)


 その建物の大きさに圧倒されながらも、まずは冒険者として登録するべく、気持ちを切り替えて目の前の扉に入ることにした。


カランッカランッ


「…………」


 こういう時なんて言うんだっけ?ふと頭が真っ白になる魔王。今まで見知った場所ばかり訪れていた為、いざ初めての場所に入る際に何を言っていいのか分からなくなってしまった。……俗にいうコミュ障のような状態である。


「……おい。そんなところに突っ立ってると邪魔だろう。用があるなら受付はここだ」


 そんな魔王の様子を案じてか、受付にいる男が声をかける。


「あ、はい」


 ただそれだけの言葉を発し魔王は言われるがまま受付へと向かう。……少しだけイラっとした。


「それで、何か用か?」


 受付の男は襟を正し改めて受付っぽく振る舞う。見た目は白髪混じりのガタイの良いおじさんである。受付とは程遠い印象を受ける。……いつまでもおじさんを観察しても仕方がないので用件を伝えることにした。


「冒険者登録をしたい」

「ん?お前さんがか?」

「いかにも」

「…………」

「なにか問題でも?」

「…………」

「問題があるならはっきりと言うがいい。その問題とやらに答えてやろう」

「…………」


 なんとも言えない空気が流れた。受付にいるのはガタイの良いおじさんであり、威圧感がある。普通の町娘なら萎縮していただろう。当然、この受付のおじさんもそうなるだろうと思っていた。過去の経験からいつも怖がられているのだ。しかし、目の前の女性は物怖じしないどころか、まさかの冒険者希望とのこと。ちょっと予想外の展開に固まってしまっていたところを逆に威圧される始末である。受付のおじさんは目の前の女性をどう扱えばいいのか正直困っていた。


 魔王は魔王で何故か舐められるわけにはいかないと変な対抗心を燃やしてしまい、少しだけいつもの威厳のある風な話し方になってしまっていた。

 肝の据わった町娘と、威圧感抜群のおじさんが対峙するような図となりその場にはなんともいえない空気が流れていた。


 「……はぁ、問題はない。この用紙に必要事項を記入してくれ」

「わかった」


 勝った。何故か魔王はそんな錯覚を覚えつつ、ニヤリと笑いながら渡された用紙の記入を進めようとする。


「……!!?」


 ……そんな魔王が最初から詰んだ。


(え……あれ? 名前?? 久しく名乗ってないし……なんだったかな……って、なんだったかなってなんだ!? なんで忘れる!?…………まぁ、魔王になるってそう言う事なのかな……というか、これやっぱりなんか出生管理されてたりする? そうなると詰むよ?……ぁあああ! こんな簡単な制度で間者を引っ掛けられるのか! くそっ! 帰ったら絶対導入してやる!)


 魔王がひとり奮闘してる中、名前を書くのに時間をかけている様子を見ていた受付のおじさんは少し困った顔で話し始める。


「あー……文字は読めるよな? 一番上は名前だ。その次は職業。それだけでいい。それだけでいいんだが……」


 そう。それだけなのだ。なのにも関わらず時間をかけている魔王におじさんは困惑している。


(分かってる。分かってるよ! それが書けないんだから困ってるんだろ!? どうすればいい……どうすれば……)


「あ、あと、別に名前は本名じゃなくても大丈夫だ。事情があって名乗れないやつもいるからな。その代わり、何か問題を起こしたらすぐに資格を剥奪するから注意しろよ」


 その言葉を聞いてポカーンとした表情を浮かべる魔王。


(そ れ を 早く言えええええええええええ!!! じゃあ名前考えればいいんだな!? そうだよな!!? あぁん!!!?)



 心の声が表情に出ていたのかおじさんの顔が引き攣ってるのが見えた。いかんいかん。心の中でそう思い、怒りを鎮める。

 さて、どうしたものか。そう考えていた時に近くで冒険者の話し声が聞こえた。




『御伽話の勇者みたいに強くなれねぇかなー』

『でも、勇者になったら魔王と戦わなきゃいけないんだろ?……というか魔王ってどんなやつなんだろうな』

『昔からいるって噂は聞くけど所詮噂だよな。実際いるかもわからん』

『だよなー。でも、いたとしたら特に攻め込んでもこないし、案外優しかったりして』

『いや、魔王だろ? いたら悪魔みたいな顔してるんじゃないか?』

『そりゃそうか』

『…………はい。査定結果出ました。合わせて金貨3枚となります……が、この前依頼者宅を魔物から守れなかった時の修繕費分、支給依頼されてた回復薬の費用分を今回から差し引かせてもらって……銀貨3枚です』

『……なぁ、悪魔がここにいる』

『それな……』

『だれが悪魔ですって?!』




 買取カウンターでなにやら騒ぎが起きている。冒険者の報酬受け取りで一悶着あり、受付の女の人が暴れているようだ。


「騒ぐんじゃねぇ!……おまえら後でこっちに来い」


 それを見た受付のおじさんがキレた。どうやら役職的に上の方らしい。女の人の血の気が引いてるのが見てわかる。かわいそうに。……ちなみに、おじさんの怒鳴り声にちょっとびびったのは秘密。


(どう考えてもアイツらの自業自得な気がするけど……というか人のこと悪魔とか言わないでほしい。こちとら魔族領管理で手一杯だっての……。ん? そうか……悪魔、か)


 ふと魔王の中に考えが浮かんだ。


(敢えて名乗ってみるのも一興。確か……原初の悪魔の名前はディアボロ……とかだっけ?……なんか堅苦しいかな。それなら……ディア? うん。ディアにしよう!)


 そうと決まればあとは容易い。


「ディア……と」


名前にディアと書き、職業を書き進める。魔王の職業といえば当然……


「魔…………」


(……はっ!?)


 勢いで"魔"と書いていた。


(やっっっっば!? 勢いで魔王って馬鹿正直に書くところだった!? えっ? どうすればいい? 魔、魔、魔……魔物? 誰が魔物じゃ!!……いっそ、記入欄的にバランス悪いけど悪魔にする……? いやいや、なんだよ職業悪魔って。あとは……魔が差した人? 盗人猛々しい!!)


 ひとり混乱している魔王改めディア。簡単な解決方法がある事に冷静でない人は気付けない。

 そんな中ひとしきり騒ぎを起こした連中を睨んでいたおじさんが用紙に目を移した。


「ったく……お、やっと書いたか。へぇ、その身なりで()()使()()とはねぇ。魔法を自在に使える存在は貴重だから即戦力になるな」

「!!?」


(そ、それだああああああああああ! 魔法なら得意だし、武器を買わなくても冒険者を始められる!)


 ぱぁっと嬉しそうな表情をするディア。人知れず受付のおじさんに感謝しながら残りを書き終える。晴れて魔法使いディアが誕生するのだった。

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