19.未来への想い、彼と共に
「ん?Bランクになりたくないのか?」
「別のお願いを聞いてもらえるなら、Cランクでいい」
ドミニクに別の要求をしようとするディア。どんな要求をされるかと思ったドミニクだが、逆に肩の力が抜け、安堵したように見えた。
「ほぅ……。まぁ、こっちとしても無理なBランク昇格の申請をしなくて済むから楽ではあるんだが……。で、何が望みだ?」
…………そこ、やっぱり無理があったのか。ディアはつい心の中でツッコミを入れてしまう。実は、この取引自体こじつけであった。ディアの本当の目的はBランクにならないことである。
もし、Bランクになったらどうだ?……周りの冒険者はどう思うか?経験浅い小娘がもうBランクになったと思うかもしれない。ドミニクとの戦いを見ていたなら、あるいは納得することもあるだろう。しかし、ランクを上げようと必死に努力している冒険者にとって、いきなり自分たちを超えてくる新人が現れたらどうだろうか。……やるせなくならないだろうか、心が痛まないだろうか。そんな事を考えてしまったのだ。
Bランクに上がってしまえば、実力が上下関係の全てである冒険者にとって格上の存在。憧れの的になる。ぽっと出の新人がその対象になっていいのか?ディアの中の答えは否である。魔族という組織の中で長をしている彼女は、集団の中に生まれる歪みを気にするのだ。
(組織は歯車の集まりだ。突然大きすぎる歯車が割り込んできたらどうなるか、きっと、すぐにその歯車は噛み合わなくなる。その組織はいずれ崩壊してしまうだろう)
ディアはそう自分に言い聞かせていた。…………だが、集団の為、それすらも建前である事にディア自身も気付いてはいなかった。本当は、無意識に彼のことを考えていたのだ。……彼がどう思うか。
ちなみに、別の条件を出したのはドミニクの好意を無碍にしないためである。ここまでしてくれたのだ。ただ単に断るのは流石に失礼だろう。それならば、他の希望を叶えてもらえば好意を無駄にしなくて済む。人によっては出された条件を変えられるのを良しとしない人もいるが、ドミニクは受け入れてくれるだろう。ディアの中でドミニクという人がどういう人なのか、少し分かったような気がした。
だが、代わりに要求しようと考えていた事も正直無理な話ではある。それを受け入れてもらえるかは賭けであった。
「アタシの預金口座を作るから、それを権利のある人なら誰でも引き出せるようにしてほしい」
「……ん? そんな事でいいのか?」
ドミニクはどんな無茶な依頼が来るかと思いきや、誰でも引き出せる口座が欲しいと言われ拍子抜けであった。しかし、ディアの要求はここからである。
「うん。ただし、アタシが死んでもその口座はずっと残してほしい。それこそ100年でも、1000年でも……」
「…………誰も引き出しに来なかったら?」
「来るまで待ってほしい。未来永劫……」
とんでもない要求なのは分かってる。だが、ここで稼いだお金は将来、魔族領の為に使える状態にしてほしいのだ。幸い大きな取引口がある今、稼げるだけ稼いで未来に遺したい。
「…………はぁ、無茶苦茶言いやがる」
ドミニクは頭を抱えた。そんな誰がいつ取りに来るかわからない口座など作れるわけがない。そんな表情を浮かべている。
それを見たディアは流石にダメだったかと落胆の表情を浮かべる。突然大きなお金が流通している場から消えたら不審に思われる。逆に管理出来ていればそこにあるお金という考えが先行し、不審に思われにくい。例え何年も引き出していない口座であっても。
そもそも、魔族領で管理しようにも貨幣制度が整ってない中に大量の貨幣を持ち込むとその貨幣の価値が崩壊する恐れがある。だからヒト族の中で管理して貰いたかったのだ。
だが、見たところ厳しそうにみえる。ここは無理を言ってしまった事を謝るべきだろうか。そう思い口を開いた。
「……ごめん、無理なら諦める」
「誰が無理って言った?」
「えっ……?」
ドミニクが食い気味に言葉を被せてきた。呆気に取られるディアはドミニクの方を向き、ドミニクは真剣な顔で答えた。
「ヴァラロスから話は聞いてる。お前さん、故郷を守る為に何か調べてるんだってな」
「う、うん……」
何やら不穏な流れである。
「……正直見た目で騙されてたぜ。お忍びで来ているお姫様だとか」
「…………えっ? はぁ?! いや、違うから! ただの町娘で……」
「ただの町娘が俺に勝てるわけないだろう……。自慢じゃないが世界中回って強いやつと戦ってきた。この俺に勝てるやつなんて数えるほどしかいない。どこかの姫様とかなら訓練されててもおかしくはないだろう」
ヴァラロスのやつは何を吹き込んだんだ。必死に否定しようとするも虚しく、話を聞いてもらえない。
そもそもなんだその理屈。なんで姫様が訓練してギルドのサブマスよりも強くなるのか?……というか勝ったのミスだったんじゃないか?ディアはそう思えてきた。だが、この勘違いが大きく影響する事になる。
「結論を言うと出来るぜ」
「マジで!?」
混乱していたディアはつい驚き、素の反応を返してしてしまう。自分から聞いておいて出来ると言われて驚くなど冷静な彼女だったらあり得ない反応である。
そんな反応を見たドミニクは笑みを浮かべ話しを続ける。
「マジもマジ。おおマジだ。預金口座には個人のものだけじゃなく、実は集団のものもある。これは国や一部の組織に認められているものだが、それをギルドの承認でも作ることが出来る。もともと個人の口座はギルド管理だしな。ついでだついで。んで、今回はお前の個人口座ではなく、集団組織の口座として作ってやろう。引き出す時に口座証を持って登録した合言葉を書いて提示する必要があるが、合言葉を伝えれば口座証を持った人なら自由に引き出せる」
まさかの法人口座。魔族領用の口座がヒト族の管理下で出来てしまうらしい。合言葉を何にしようか考えているとドミニクが少し悲しそうな顔をして続ける。
「……だが、保管期間は気を付けろ。あまり疑いたくないが、この口座は王都のギルドで集中管理されている。どのギルドでも引き出す事は可能だが、長期で引き出されない口座があった場合に王都のギルドで誤魔化される可能性もある」
「それって制度として信用を無くすんじゃ?」
「あくまで可能性だ。普通は起こらないと信じてるが管理するのも人だ。働く人の中には事情を抱えて悪に走るやつもいる。何年も引き出されていない口座があったら尚のこと誤魔化してもバレないって思われるだろう。定期的に出し入れする事をお勧めする」
正直驚いた。それは考えていた事だった。ヒト族は私利私欲に走る傾向にある。それが本質なのだと思っていた。だが、そうでない人も一定数いる。上に立つものはだいたいが奢り、身の破滅を呼び寄せる。だが、目の前にいる男は真剣にディアのことを考えて心配してくれたのだ。その稀有な存在にディアは驚いたのだった。
そして、ディアもずっと思っていたことをそのまま返した。
「まぁ、その時はヒトってそういうものなんだと諦めるしかないかな」
「そうだな……。そう思われないように努力するのが組織ってもんだ。100年後、1000年後にも真面目な組織でいられるように努力はする。が、期待はするなよ」
「どっちよ」
期待を持たせときながら期待するなと矛盾したことを言うドミニク。それを聞いてディアは笑いながらツッコミを入れる。だが、不思議と悪い気はしない。もしかしたら期待していいのか?そんな気になっていた。
「さ、前置きはこれくらいにしておいて、これに必要事項を記入してくれ」
ドミニクが机の引き出しから紙とペンを持ってきた。そこにはノヴィシム8と書かれた番号と空欄になっている組織名、代表者、合言葉の欄があった。この3か所を埋めれば法人口座を作れるようだ。
組織名とかないので代表者と同じようにディアにする。あとは合言葉だが……
(合言葉どうしようかな……。魔族領のみんなも覚えられるやつがいいよね。……というか、今更だけど、なんでアタシがこんなことやってるんだろう……すべてはあいつが元凶なんだよな。……なんかイライラしてきた。本当になんでこんなに苦労しないといけないんだか……)
無性にイライラしたディアは思わず考えていたことを書いていた。そして、その文字を見てハッとした時には書類が燃え上がり赤い金属プレートが手元に残る。そのプレートにはノヴィシム8番:ディアの文字が書かれていた。
「そいつが鍵だ。ギルドの金庫で鍵をかざして合言葉を入力すると預けた金が引き出せる」
「……ちなみに合言葉を変える事は?」
「出来ないから忘れるんじゃ無いぞ。代表者の変更も合言葉がないと出来ないからな」
やってしまった。だが不思議と後悔はない。その言葉を後世まで伝えることが出来るならそれでもいいだろう。そう思い割り切る事にした。……口座の作り直しを考えたのは秘密である。
その後、ドミニクと別れたあとに冒険者ギルドの受付でCランクに上げてもらいディアのギルドカードが更新された。
ランク:C
名前:ディア
職業:魔法使い
ランクがしっかりと更新されているのが確認できる。これでヴァラロスとの約束を果たすことが出来るようになった。だが、その前にディアの目的を果たす必要がある。このままではプルートに怒られて終わる。それこそ村をいくつか放棄する未来まで見えてくる。そうなったら領民のピンチに突然姿を眩まし遊び呆けていた愚王として名を残す事になるだろう。
それだけは避けねばならない。なんとしてもヒントを得る為にプロカルへ向かわなくては。そう心に決めたのであった。
その為には行かなくてはならないところがある。ディアはギルドから出て足早に、次の目的地へと向かった。
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