18.不安と安堵、そして取引
「ん……ぁ……?」
気がつくとベッドの上に横たわっていた。ここは自分が借りている宿の部屋だ。まだこの部屋にいるということはヴァラロスが約束を守ってくれたのだろう。そんなことを思いながら身体を起こそうとする。
「っ!? いっ……」
右肩に走る激痛により身体を起こすことを断念する。痛みの根元である肩を見ると包帯が巻かれているのが見えた。ドミニクの斧投擲で負った怪我である。正直、あの時の攻撃は見事であった。暗黒球の中では視覚が使い物にならない。そんな中、正確にこちらを狙って斧を投げたのだ。軌道を逸さなかったらと思うとゾッとする。もし、お伽話のように魔王討伐なんてことが起きてしまったとして、ドミニクがそれに参加してしまうと魔族領の戦力では抑えることが出来ないだろう。魔王であるディア自身も一歩間違えれば命を落としていたのだから。
(……というか! 昇格試験っていうくらいなんだから、あんなに殺す勢いで来なくてもいいじゃない!?…………あー……いや、殺す気で来いって言ったのアタシだぁ……)
調子に乗って挑発したことを思い出す。これは自業自得。そう、ドミニクはディアの言葉に従ったに過ぎない。この痛みはその代償。そう思う事にした。
(生命力は……まだ厳しいか)
肩の傷を完全に治すほどの生命力が残っていない。意識を失っている間に少しは回復できたが魔法を行使するほどには回復できていなかった。
(あれからどれくらい時間が経ったんだろ)
窓からさす陽の光を見るに昼過ぎくらいと思われる。生命力をギリギリまで使ったことを考えると最低丸一日は意識が戻らないはずだ。連日魔道具作りで夜更かししていたことも考えると2〜3日経っていてもおかしくはない。それを裏付けるかのようにディアの身体から悲鳴が聞こえてくる。
ぐぅ〜〜
……空腹によるお腹からの悲鳴が。
(流石にお腹すいた……。どこか食べに行こう)
ディアは肩の痛みに耐えつつ身体を起こし出かける準備をする。
(ん? あれ?)
特に気にしてなかったが、よく考えれば寝巻きに着替えてある。どうやら誰かが肩を治療し、着替えさせてくれたらしい。
(えっ……、ヴァル……じゃ、ないよね……?)
ディアの顔が引き攣る。一抹の不安を感じながらも、まずは情報が欲しいと着替えを探す。すると、壁にかけてある黒のワンピースがとても綺麗になっていた。誰か洗濯でもしてくれたのだろうか。
(怪我の治療もしてくれてるし、ありがたいけど……ん? 何かワンピースに手紙が付いてる……?)
ワンピースに付いた手紙を手に取り開く。そこには、あの店の店員からのメッセージが書かれていた。
『お姉様。先日の試合お見事でした。優雅に舞うその姿はとても気高く、とても可憐で、同性ながら見惚れてしまいました。服が破れてしまっていたので、サービスで新しいものと交換しておきます。機会がありましたら、他の服のご用意もございますので、お気軽に当店へ足をお運びください。今後ともご贔屓にしていただけると嬉しいです』
「お、お姉様って……」
どうやら、あの時の戦いは話題になっているらしい。だが、店員が無償で交換してくれるほどとは驚いた。黒いワンピースはお気に入りであった為、見つけた時に破けていたらショックを受けていただろう。店員の善意に感謝しつつ、お金が貯まったらまた買いに行こうと心に決めるディアであった。
ワンピースの件はわかった。しかし、未だに、誰が着替えさせたのか問題は残っている。もし、ヴァラロスがやったのなら色々見られているはずだ。普段ならそんな事を気にしないディアであったが、なぜかヴァラロス相手だと恥ずかしくなる。
「……やめよう」
思わず口にしてしまったがその言葉の通り考える事をやめた。どうしてもヴァラロスのことを考えると調子が狂ってしまう。
モヤモヤする気持ちを落ち着かせるためにもどこかでご飯を食べようと外に出る事にした。
◇ ◇ ◇
部屋を出てロビーに着くと宿の店員が声をかけてきた。
「あ! ディアさん! 目が覚めたんですね!」
「心配かけてすみません」
「ほんとですよ! もう丸3日も寝たままだったんで、みなさんも心配してましたよ。あ、目が覚めたならギルドに行くようにと伝言を預かってます!」
元気な店員は伝言を伝えると「ディアさん目が覚めたよー」と奥の部屋へと入っていった。このままだとさらに足止めを食らいそうと考えたディアは足早に宿を後にする。まだ、昼食券があったはずだが、今はここで食べる気分ではない。伝言の通り、まずギルドに行こうかとも思ったが、空腹であったため、まずは食事を取ろうと外へ食べ物を探しに行くのだった。
(何がいいかな……。ラーメンは重いし、定食って気分じゃない。……ヴァルが持ってきてくれたクレープ美味しかったなぁ)
食べたいものを考えた時に、頭の中に差し入れのクレープが思い浮かぶ。あの味が忘れられず、またクレープ屋に行ってしまうのであった。実は、あの時大量に食べたクレープの中でプリンアラモードが気に入り、今回はプリンアラモードとイチゴ生クリームの二つを注文することにした。ディアは、3日間も飲まず食わずだった事を考慮して少し少なめにしたつもりであったが、普通の人と比べると十分に多く見える。
胃の調子などお構いなしに、二つのクレープをぺろりと平らげたディアは、満足した様子でギルドへと足を運んだ。
◇ ◇ ◇
カランッ
扉を開けるといつものようにベルが鳴る。その音を聞いてギルドの職員がディアを見つけた。
「ディアさん! 意識が戻ったんですね! 治療しましたが、肩の調子はどうですか?」
あのヴァラロスの事を気にかけている女性職員が話しかけてきた。彼女の話によると治療をしたのはギルド側のように聞こえた。
「おかげさまで……。あなたが治療と着替えを?」
「はい。部屋まで行ってさせていただきました」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
気持ちが晴れたディア。そうか、彼女がやってくれたのか!ならヴァラロスは関係ないんだと。すっきりしたディアは大袈裟にお礼を言う。その様子を見た職員は「どういたしまして」と笑いながら答えるのであった。
「そうだ、起きたらギルドに来いって言われたから来たんだけど」
「はい。少々お待ち下さい。サブマス呼んできます」
その職員はそう言い残すと、急いで建物の奥へと消えた。あの様子ならドミニクはすぐに意識を取り戻したのだろう。ヒールをかけてドミニクの傷が回復したのを見届けたところまでは記憶がある。あの様子なら翌日には目が覚めていただろう。
少し待っていると、奥からドミニクが顔を出した。そして、そのままこっちに来いと言わんばかりに手招きをする。特に断る理由もない為、ディアは誘われるまま部屋の奥へと入っていった。
「おぅ、意識戻ったって? まさか3日も眠り続けるとはな。一部の冒険者なんて、お前さんのこと眠り姫って呼んでたぜ?」
「誰のせいだ。誰の」
「ははは……。正直、あの時回復してくれなかったら、俺は今ここにはいなかったかもしれん。ありがとう」
ドミニクはディアに向かって深々と頭を下げる。どうやら本当に危なかった事を分かっているようだ。ディアとしてもその場の雰囲気に乗ってしまい、つい力を出してしまったのだ。ただ、あそこであの魔法、ライトニングを使わなければディアの方が危なかったかもしれない。それ程までにドミニクは規格外であった。
「別に……。それで? 呼んだのはどんな要件? ランクアップについて?」
「あぁ、そうだ。約束通りBランクに……」
「ちょっと待って」
ディアがドミニクの話を遮る。話を遮られたドミニクは不思議そうにディアを見て続きを待った。
「まず、怒ったフリをしてこんな回りくどい事をしたのはなんで?」
ディアはずっと思っていた事を聞いた。キッカケはディアの一言だったが、サブマスをするような人があんな軽い挑発で激昂するはずがない。多少はお互いに苛ついていたがそれだけであんな事にはならないだろう。
ドミニクは少し驚いた表情をしていたが、すぐに納得したような顔をし答え始める。
「やっぱり気付いてたか。まぁ、だからあんな見え透いた挑発をしたんだろうからな」
いや、あれは本心が漏れ……げふんげふん。とくに訂正する必要はない為、そのまま話しを聞く。
「分かってると思うが、さすがにあの依頼だけ通してCランクに上げるのはギルドとして不味いんだわ。だから、なんか条件つけれないかと考えたときに直々の昇格試験がとっさに思い浮かんだわけだ」
……あれは咄嗟に思いついたのか。そして、全力で戦い、瀕死になったと。
「いや、まさかこんなに強いとは思わなくてな。久々に血が騒いでしまった。……まるでお伽話の魔王と対峙しているかのようだったぞ?」
……はい。合ってます。あなたの目の前にいる現役の魔王が、結構マジで戦ってました。
ドミニクが気持ちよさそうに喋っていると目的を思い出したのか話を元に戻した。
「そういうこった。ランクを上げるための条件を作るために一芝居打ったってわけだ。お前さんもなかなかの役者だったぜ? というわけで俺に勝った実力を認めてBランクに上げてやろう」
ディアは、特に芝居を打ったわけではなく、ほぼほぼ本心での発言であったが、その事実は黙っておこうと心に誓う。
しかし、話を聞いてディアは考える。このままだとBランクに上がれるだろう。冒険者としてBランクとはかなりの上級者に当たる。というか、ギルドの権限で昇級できる最上位ランクである。もちろん、受けられる依頼の幅も広がり、ロッカーの使用権などの特典もある。そう考えた時に何も断る理由などなかった。……ないはずだった。
「…………Cランクでいいから、別のお願い聞いてもらえる?」
ディアはBランク昇級に引き換え、別の条件を要求するのだった。
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