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11.深傷と再起

 空山に入り、登り始めた頃はまるで森の中を進むように木々が生い茂り、山菜やきのこがすぐに手に入った。ヴァラロスが出発前にギルドから借りた籠に見つけた山菜ときのこを入れて機嫌良さそうに歩く。

 途中、真っ赤なきのこと遭遇して、ディアがそれを拾おうとするのをヴァラロスが必死で止めたり、蜘蛛の魔物と遭遇するも、ディアが一瞬で氷漬けにするなど、トラブルはあったものの順調に進むことができ、数時間かけて山の中腹にまでたどり着くことができた。そこは、岩肌が目立ち、ふもととは異なる光景であった。


「情報によると、ここら辺に……あった。まぼろし茸だ」

「えっ! こんなにたくさん!?」


 大きな岩のある地面にそれは生えていた。運が良かったのか群生している場所を見つけることができたのだ。それは白い見た目で傘の部分が丸く膨らんでいる形状をしている。傘が開けばまたそこに胞子が撒かれ、次のきのこが群生するというわけだ。ただし、傘が開くと風味が落ち、まぼろし茸本来の美味しさとはかけ離れてしまうらしい。その為、胞子が出ていないであろう傘が開いていないものを選び、10本程度を籠に詰め込む。


「大量大量」

「これなら十分だね。…………ん!? ヴァル!!」


 ヴァラロスが相好を崩していると、ディアが何かを感じとり、焦ったようにヴァラロスの手を掴んで引っ張った。


「うおっ!? なんだよ?」

「しっ! 隠れて! 来る!」


 ディアがそういうとヴァラロスの手を引き、比較的大きな岩場の影に隠れた。すると、隠れてすぐに上空を大きなものが何体も通り過ぎて行くのが見える。

 それは、ワイバーンの群れであった。……ヴァラロスが目標としている竜種そのものである。


「っ!!」


 ワイバーンの群れを見て冷や汗をかくヴァラロス。この数を一気に相手にするのは自殺行為である。ドラゴンを複数体相手にした事があるディアであればワイバーン程度何体いても問題ないのかもしれないが、ヴァラロスを守りながらだと厳しいかもしれない。ヴァラロスは自分が足手纏いになる事を理解していた。そして、万が一足を引っ張ってしまったら、ヴァラロスだけでなくディアも死ぬかもしれない。自分のせいで。その考えがヴァラロスの頭の中を支配していた。


 そのまま隠れること数分。ワイバーンの群れが遠ざかるのを見届けるとディアが岩陰から出てくる。


「……もう大丈夫。……ん? ヴァル? 大丈夫?」


 俯いたまま握った拳に力を込め悔しさを露わにするヴァラロス。正直に言うとヴァラロスは怖気付いてしまったのだ。竜種を撲滅すると言っておきながらこのザマである。ヴァラロスは自分を許せないでいた。

 それを見ていたディアは、どうにかヴァラロスを元気付けようと語り始めた。


「……そのままでいいから聞いて。……怖いのは悪い事じゃない。逆に恐怖を感じずに突っ込む方が問題」

「……それだけ自分に自信があるって事だろ?」


 ヴァラロスが俯きながら反論する。けれどもディアは首を横に振り、答えた。


「それはただの馬鹿だよ。どんな相手でも侮っちゃダメ。実力を隠してる場合もあるし、……なにか起きてからじゃ遅いんだよ。常に最悪を想定しなきゃ」

「ディアはどうなんだ?」

「アタシ?……アタシだって戦うのは怖いよ? 本当はぬくぬくと平凡に生きていたいし。……アタシは、どうすれば怖さを減らせるかを考えてる」

「怖さ?」

「そう、怖さ。ウルフの時は場所さえわかれば襲って来た瞬間の怖さだけで済む。場所が分からないと何処から襲って来るのか常に警戒しないといけないから、そんなのは耐えられない。だから、自分が耐えられるだけの怖さにするように努力するんだよ」

「耐えられるだけの怖さ……」


 ディアの話を聞いてヴァラロスは考える。自分は何が怖いのか。ワイバーンの群れか?違うだろう。なら、単体ならどうだ?単体でもダメか?それなら何が恐怖の原因となっている?答えが出せないままヴァラロスは頭の中で考え、考えすぎて行き詰まりつつあった。

 そんな様子をしばらく見ていたディアはため息をつき、優しく語りかける。自分でも気付かないうちに、徐々に砕けた口調となっていた。


「はぁ……何があったの?アタシでよければ話くらい聞くよ?」


 ディアの申し出に戸惑うヴァラロス。ヴァラロスは少し考えてから静かに語り始めることにした。


「昔の話だ。俺がまだガキだった頃。……俺の故郷が……ワイバーンの群れに襲われた」

「……それで?」

「俺は狩りに出掛けてたから難を逃れたけど……村のほとんどの住人が殺された。仲が良かった俺の幼馴染の女の子も含めてな。あいつ、俺とずっと一緒にいるって約束したのに……俺がそばに居てやれれば良かったのに…………」

「…………そう」


 ディアはそれしか言えなかった。文字通り話を聞くことしか出来なかった。どんなに辛かったか。どんなに悔しかったか。部下の嘆きを受け止めてきたディアでさえ、言葉を失うしかなかった。だが、例えヴァラロスがその場にいたとしても何も状況は変わらなかっただろう。しかし、それでも、そばに居れば最期まで一緒にいることは出来た。約束を守る事が出来た。きっとヴァラロスはその幼馴染を死なせてしまった事だけではなく、ひとりで逝かせてしまったことも気にしているのだろう。それだけ想える相手だったのだと分かり、ディアは胸が苦しくなり、無意識に自分の胸元に手をやった。


 暫く静寂が続いた後、ヴァラロスが落ち着き、言葉を続けた。


「…………あいつも、俺のことをヴァルって呼んでたんだ」

「えっ?」

「おかしいよな。呼びにくいからって勝手に人の名前短くして」

「…………」

「でも、その距離感が心地良かった。ずっと守ってやろうって思ってたんだ」

「……ごめんなさい」


 ディアは人の思い出に土足で踏み入ったような気がして謝った。同じ理由ではあるものの、ヴァラロスの思い出に踏み込む行為には違いなかった。それも、とても辛い記憶。恐らくヴァラロスが生きた中で一番辛い記憶に繋がる。それを考えると自然と謝罪の言葉が漏れ出た。

 ディアが謝るとヴァラロスは首を横に振り、ディアの方を向いて答える。


「謝らないでくれ。ディアは悪くない。正直言って、最初にヴァルって呼んだ時は驚いたけど、あいつはもう居ない。……ヴァルって呼んでくれるのは、もうディアしか居ないんだ。……ただ、昔の記憶が今、起こされただけなんだよ」

「…………」


 赤裸々に語るヴァラロス。ヴァラロスは話しているうちに頭の整理がついてきたのを感じた。そして、自身が何を恐れていたのかを知る。


「そうか……俺が怖かったものがなんなのか、なんとなく分かってきた」

「それは、なに?」


 ディアが思わず聞く。聞かずにはいられなかったのだ。ヴァラロスはそれを受けて空を見上げながら語り始める。


「怖かったのは親しい人の死だ。なんとなく気が楽だと思ってひとりで活動してきたけど、本当はそうじゃない。自分の目の前で親しい人が死ぬのがとてつもなく怖いんだ。……冷たくなったあいつの顔。今でも忘れることなんてできない。あんな寂しそうな顔をして生き絶えるなんて。……悪い。一緒にワイバーンを討伐して欲しいとか頼んどきながら、いざという時になってあいつの顔を思い出しちまった。そうしたら、ディアもそうなるんじゃないかって思って、急に恐ろしくなって、怖くて、身体が言うことを聞かなくて……。これじゃ冒険者失格だな……。復讐しようと考えるだけ考えて、行動に移せないチキン野郎だ」

「烏滸がましい!!」

「っ!?」


 ヴァラロスがそんなことを言い自棄になるのを聞いていると、ディアの中で怒りが湧いた。ヴァラロスはいつも前向きに話をして、とても心地よかった。だが、今のヴァラロスを見ていると、今までのヴァラロスはなんだったのかと怒りが込み上げてきたのだ。そんなディアが喝を入れる。その瞬間、辺りの空気が震え、まるで言葉の力で吹き飛ばされるような錯覚を覚えた。ディアは、怒りのあまり自分が魔王モードで話をしている事に気付かず、その言葉は止まらなかった。


「貴様如きが私の心配をするなど烏滸がましいと言ってるんだ! だいたいなんだ! 自分も死ねば良かったかのようなことを言いおって!」

「えっと……ディア……さん?」

「この世は残酷だ。どんな強者でも死ぬ時は死ぬ。そして、その蓄えられた命を次に繋げるんだ! 村のみんなが無駄死にしたような言い方は死者への冒涜だと思え!!」

「っ!! んなこと、なんでお前が言うんだよ! 人の気も知らないで!」

「分かるんだよ!……痛いほど分かる。お前が村の人々を、幼馴染を失ったように、私も幾千幾万の同胞を失った。だが、皆無駄死にだとは思わない。……そんな事言ったら、いなくなったみんなが可哀想だろう……」

「っ!?」


 最後に悲しそうな表情を浮かべるディアを見て激昂していたヴァラロスも言葉を失う。自分は村のみんなの死をどう考えていたのか、それを考えてしまったからだ。今までのヴァラロスの考えを振り返ると、やはり村のみんなを、幼馴染のことを無駄死にと考えていた事に気づく。何も成せなかった。死んでも歴史に何も影響なんてない。ただ、生まれて、ただ、死ぬ。この世界で回っている外れても問題のない歯車のよう。そんな考えであった事に気付いた。


 ハッとした表情のまま固まるヴァラロスにディアは追撃をする。


「……皆が無駄死にかどうかは貴様次第だ」

「お、俺……?」

「皆の無念を晴らそうと努力をしてきたのであろう?……ならその努力。実るまで続けて見せよ! 皆の無念を意味のあるものにせよ!!」

「なっ!?」


 ヴァラロスの頭の中に稲妻が走る。悲しい出来事は悪い事だ。そう考えていた。しかし、そう考えたらそこまでである。その悲しい出来事を乗り越えた先に何も成すか。そう考える事で悲しい出来事であろうと意味を見出せる。無駄では終わらせない。そんな考え方がヴァラロスの中に生まれた。


 ヴァラロスの顔つきが変わった事でディアもホッとした表情を浮かべる。これで大丈夫。ヴァラロスは走り続けられる。そう思ったのだ。そして、同時に自身が魔王モードで話していたことに気付き顔が引き攣る。


「…………えっと、……あ、安心して! アタシは簡単には、死なないから! あ、あとあと、さっきのは違うから! さっきのは……えっと……」

「ぷっ!」


 急に焦り出すディアを見てヴァラロスは吹き出した。


「な、なにかな?」

「いや、喝が入ったなと。……ありがとうディア。今までみんなの事可哀想としか思えなかった。でも、それじゃダメなんだな。みんなの事、意味を持たせないと。……あいつも浮かばれないよな」


 ヴァラロスは空を見上げ遥か彼方に行ってしまった思い人を想う。それはヴァラロスにとって決別を意味していた。


「……それにしても、すごい演説だったな。まるで王族のようだった」

「………………ただの町娘です」


 合ってる。魔族領の王様やってます。そんな事口が裂けても言えないディアは苦し紛れの言葉を発する。だが、それは逆に肯定しているように捉えられてしまう。


「分かったって。お忍びで来てるんだろ? 領地の村の防衛方法を探るためにこんな辺鄙なところに来るなんてすごい行動力だな」

「………………タダノ町娘ダヨ?」


 魔族とバレなかっただけマシと思おう。心の中で諦めるディアであった。

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