表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

闇しぃ太郎

俺が英雄じゃなくなった日

作者: しぃ太郎

※本作は、いわゆる「俺TUEEE」や成り上がりを主軸とした物語ではありません。

静かな喪失と、その後の日常を描いた短編です。


 戦闘中。

 俺は、ある違和感に気づいた。

 ――剣が、いつもより重い?


「ヒロ!避けて!」


 咄嗟に飛び退こうとしたが、身体が思うように動かなかった。


 剣を振る。

 ――全然遅い!

 そして浅い。

 あまりにも斬撃が浅すぎる。


 いつもなら、一瞬で片付く雑魚モンスター。

 俺達は、日が傾く頃になってようやく倒せたのだった。


 ◇◇◇


 ある日突然、この世界に転移させられた。

 薄っすらと残る記憶を探ると、どうやら神様がチートをくれたらしい。


「ステータスオープン」


 そこには、ほぼ最大値に近い数字が並んでいた。

 この力を使って街を襲ってきたモンスターを退治した。

 俺は一躍有名になったのだった。



 それが一年前の事だった。



 パーティーメンバーが今日の反省会をする。

 いつものことだ。

 部屋で盛り上がり、「ここが凄い」、「あの場面では」とよく呑みながら話し合った。

 前衛の俺、後衛の女性三人で上手く回っていたパーティーだった。


 しかし、ここ数日の苦戦のせいで、沈黙が続いた。


 誰もが俺から目を背ける。

 身じろぎ一つしない。


 ――この場から、今すぐに居なくなりたかった。


 回復職のルナが口を開いた。

 静かな部屋に、彼女の硬い声音が響く。


「……ヒロさん。暫くおやすみしてはどうでしょうか?」


 俺を含め、全員が異議を唱えなかった。



 ◇◇◇


「ステータスオープン」


 暗闇の中、俺はベッドに座って唱えてみた。

 何も起こらなかった。

 この世界に来て、なんとかやってこれたのはこの力のお陰だった。


「ステータスオープン……」


 何度も繰り返す。

 何度も。

 素早く。

 ゆっくりと。


 しかし。


 それは既に何の意味も持たなくなった、ただの単語だった。


 段々と声が掠れ、部屋の中へ消えていく。


 視線を泳がせた。

 剣が目に入った。


 壁に立てかけてあったそれを握ってみる。

 ずっしりとした重量感。

 こんなに重いものを俺は今まで軽々と振っていたのか?


 自分の手のひらを見る。

 剣ダコすら出来ていない。

 その違和感に今まで気づかなかった。


 一人放り出された、こんな異世界で。


 荷物に何かないだろうか。

 何か、役に立つものは。


 手が小刻みに震えてくる。

 それが腕にまで広がった。


 物音一つしない、闇に沈む部屋に俺はただ座り込む。

 もう何も見えなかった。






 深夜、何かから逃げ出すように外に出る。

 冷たい夜風が少しだけ頭を冷やしてくれた。

 あてもなく歩くが、前は平気だった物音に肩が跳ねる。

 そのまま街を彷徨った。

 

 

  そして。


 目の前には酒場があった。

 賑やかな空気に吸い寄せられるように入っていった。


 フードを目深に被り、ビールを頼む。

 そっと奥の席に座った。


「あいつ逃げやがったらしいぞ」

「とんだ間抜けに成り下がった」


 それを聞いて、グッと目元を隠す。

 聞いていられない。街中この話ばかりだった。


 店の喧騒が全部、自分の話題に思える。

 無意識に手が震えた。


「彼女たちが新しいメンバーを見つけたらしいぞ」

「へぇ。女ってやつは身代わりが早いなぁ」

「なんでも、かなりの実力者だってさ」

 

 それを聞いて、何かが胸をよぎる。

 心に蓋をして目を逸らし続けた。


「あっ……!」


 そんな無為な事を考えていたせいか、グラスを床に零してしまった。

 じわりと広がっていく染み。


 店員が布巾を持って床を拭き始めた。


「……すみません」

「ははは!何言ってんだよ、兄ちゃん。ゲロったわけでもねぇのに。追加でビール頼んでくれるなら全部チャラだ」


 陽気なその声に、思わず瞳が揺れる。

 目を合わせられなかった。

 更に顔を隠すために視線を下げて注文した。


「……じゃあ、ビール追加で」

「あいよ!」


 縮こまっていた肩が、少しだけ解れた。

 そして、酒場の喧騒が遠くなった気がした。


 しかし、この優しさもきっと他人だからだ。

 誰も、俺を知らない場所に行こう。 

 そこでなら――。

 

 でも、少しだけこの余韻に酔っていたかった。





 隣街に着き、すぐに仕事を探した。

 しかし。


「お願いします。ここで働かせてください。基本的なマナーはわかっているはずです」


 貴族の家の門を叩いたが、一瞥されただけだった。


「うちは信頼出来る筋からしか雇いませんので。お引き取りください」


 貴族は無理か。文化も違う。そう諦めて自分を納得させる。

 次に向かったのは商会だった。


「俺は計算が出来ます!効率のいい方法だって知っています!」


 こちらに顔すら向けずに、投げやりに質問される。


「それで、あなたは何者ですか」

「……働きたいだけです」

「正体不明の人物を雇う余裕はないので。では」

 

 手を振って、投げやりに追い出された。

 ――何も通じなかった。話すら聞いてもらえなかった。



 手持ちの金を数える。だが、数えるほども無かった。

 今日の寝床と食事の事を考える。


 街の路地裏に座り込む人影が視界に入り込んだ。

 すぐさま目を逸らす。

 暴れる心臓を拳で抑えた。


 気がつくと、随分と時間が経っていた。

 空腹で目が回ってくる。

 街の中で倒れるとどうなるんだ?

 きっと誰も助けてくれないだろう。


 道の端まで移動しなければ……。


 ――そこで意識が途切れてしまった。


 ◇◇◇


 どこかから、食欲をくすぐる香りが漂ってきた。

 風邪で寝込んだ時に、母がよく作ってくれた卵がゆ。


 布団の感触も、懐かしい。

 夢でも見ているのだろうか……。


「あ、気がついた?」


 俺に話しかけてきたのは、ごく普通の少女だった。

 手には、いい香りのする皿を持っている。


「君は……。ここは?」

「うちの食堂。そして、私はマリ。悪いけど、スープくらいしか用意出来なくてさ」


 よくよく自分の状態を確認する。

 テーブルが並ぶ床に雑に転がされ、上から布団を掛けられていたようだ。

 ゆっくりと、上体を起こす。


「……ありがとう」

「まぁ、余り物だから遠慮しないで食べて」


 そう言った彼女の笑顔が眩しく見えた。


「それで、あなたの名前は?」

「……ヒロ、です」


 出来たてのスープを口に運ぶ。

 じんわりと体の芯から暖かくなった。


「店の前で行き倒れてるんだもん。いっぱい食べて貰わないと、うちの看板に傷がつくわ」


 夢中で食べた。

 うまい。

 暖かい。


 ポタリ、と零れて止まらない何か。

 頬から滑り落ちる感触がする。


 それでも無言でスープの味を噛み締めた。

 外は、どんどんと日が落ちていった。


 マリはいつの間にか、新しい皿に追加でスープを入れてくれていた。

 それを、夢中で飲み干した。






 朝から食堂は騒がしかった。

 ほぼ一人で材料を切り、仕込みをするマリ。


「あ、起きた?あなた、包丁くらい使える?出来なかったら、そっちの鍋を焦がさないようにかき混ぜてて」


 言われた通りに鍋に向かう。

 ――しかし、この量を一人で?


「昨日はありがとう。本当に助かったよ」

「いいえー。食堂の前で餓死者が出るほうが困るから気にしないで」


 俺はチラリと厨房を見る。


「これを、君が一人で?」

「うん。両親から受け継いだお店だからね。でも従業員が足りなくてさ〜。ヒロ、だっけ?ウチで働く?」


 何気ない言葉だった。

 ただ、働くか聞かれただけだったのに。

 初めて、この世界で地に足が付いた感覚がした。


「あぁ、働きたい……!」

「でも、役立たずだと追い出すからね。ちゃんと根性見せてよね」


 マリはそう言って笑った。




 そしてある日。


「ヒロー!鍋の煮込み具合は?」

「後少しかな。鶏肉の下処理やっとく?」

「うん、お願い」


 俺達はいつも通りに食堂で働いていた。


 今日は街中が大騒ぎだった。


 隣街の新しい英雄がこの街を訪れる。

 昔の仲間は、その英雄にぴったりと体を寄せていた。

 豪奢な服を着て、街道の人々に手を振っている。


 街の住人の歓声と、舞う花びら。



 ――店の窓からそれを見て、隣に視線を移す。


 いつもの光景。いつもの空気。


「今日は、お客が多そうだから早めに仕込みをしようか」

「そうね。でも、いいなぁ。私もあんな服を一度でも着てみたいな」

「そうかな……。マリのエプロンの方が格好いいけど」



  後日。



「なぁ、マリちゃん。あの男って一時期有名になったやつに似てねぇ?」

「え〜、ヒロが?あり得ないわ!ただのお人好しの頑張りやよ!」

 マリの朗らかな声と男性客の会話。


 俺はそれを聞きながら、いつも通りに鍋をかき混ぜていた。

 もう少し、塩を足したほうが美味しいかもしれない。

 暖かいスープを飲んで、そっと目を閉じた。


 騒がしくて忙しい、いつもと変わらない食堂だった。




 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

もし物語を楽しんでいただけましたら、

評価やブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ