俺が英雄じゃなくなった日
※本作は、いわゆる「俺TUEEE」や成り上がりを主軸とした物語ではありません。
静かな喪失と、その後の日常を描いた短編です。
戦闘中。
俺は、ある違和感に気づいた。
――剣が、いつもより重い?
「ヒロ!避けて!」
咄嗟に飛び退こうとしたが、身体が思うように動かなかった。
剣を振る。
――全然遅い!
そして浅い。
あまりにも斬撃が浅すぎる。
いつもなら、一瞬で片付く雑魚モンスター。
俺達は、日が傾く頃になってようやく倒せたのだった。
◇◇◇
ある日突然、この世界に転移させられた。
薄っすらと残る記憶を探ると、どうやら神様がチートをくれたらしい。
「ステータスオープン」
そこには、ほぼ最大値に近い数字が並んでいた。
この力を使って街を襲ってきたモンスターを退治した。
俺は一躍有名になったのだった。
それが一年前の事だった。
パーティーメンバーが今日の反省会をする。
いつものことだ。
部屋で盛り上がり、「ここが凄い」、「あの場面では」とよく呑みながら話し合った。
前衛の俺、後衛の女性三人で上手く回っていたパーティーだった。
しかし、ここ数日の苦戦のせいで、沈黙が続いた。
誰もが俺から目を背ける。
身じろぎ一つしない。
――この場から、今すぐに居なくなりたかった。
回復職のルナが口を開いた。
静かな部屋に、彼女の硬い声音が響く。
「……ヒロさん。暫くおやすみしてはどうでしょうか?」
俺を含め、全員が異議を唱えなかった。
◇◇◇
「ステータスオープン」
暗闇の中、俺はベッドに座って唱えてみた。
何も起こらなかった。
この世界に来て、なんとかやってこれたのはこの力のお陰だった。
「ステータスオープン……」
何度も繰り返す。
何度も。
素早く。
ゆっくりと。
しかし。
それは既に何の意味も持たなくなった、ただの単語だった。
段々と声が掠れ、部屋の中へ消えていく。
視線を泳がせた。
剣が目に入った。
壁に立てかけてあったそれを握ってみる。
ずっしりとした重量感。
こんなに重いものを俺は今まで軽々と振っていたのか?
自分の手のひらを見る。
剣ダコすら出来ていない。
その違和感に今まで気づかなかった。
一人放り出された、こんな異世界で。
荷物に何かないだろうか。
何か、役に立つものは。
手が小刻みに震えてくる。
それが腕にまで広がった。
物音一つしない、闇に沈む部屋に俺はただ座り込む。
もう何も見えなかった。
深夜、何かから逃げ出すように外に出る。
冷たい夜風が少しだけ頭を冷やしてくれた。
あてもなく歩くが、前は平気だった物音に肩が跳ねる。
そのまま街を彷徨った。
そして。
目の前には酒場があった。
賑やかな空気に吸い寄せられるように入っていった。
フードを目深に被り、ビールを頼む。
そっと奥の席に座った。
「あいつ逃げやがったらしいぞ」
「とんだ間抜けに成り下がった」
それを聞いて、グッと目元を隠す。
聞いていられない。街中この話ばかりだった。
店の喧騒が全部、自分の話題に思える。
無意識に手が震えた。
「彼女たちが新しいメンバーを見つけたらしいぞ」
「へぇ。女ってやつは身代わりが早いなぁ」
「なんでも、かなりの実力者だってさ」
それを聞いて、何かが胸をよぎる。
心に蓋をして目を逸らし続けた。
「あっ……!」
そんな無為な事を考えていたせいか、グラスを床に零してしまった。
じわりと広がっていく染み。
店員が布巾を持って床を拭き始めた。
「……すみません」
「ははは!何言ってんだよ、兄ちゃん。ゲロったわけでもねぇのに。追加でビール頼んでくれるなら全部チャラだ」
陽気なその声に、思わず瞳が揺れる。
目を合わせられなかった。
更に顔を隠すために視線を下げて注文した。
「……じゃあ、ビール追加で」
「あいよ!」
縮こまっていた肩が、少しだけ解れた。
そして、酒場の喧騒が遠くなった気がした。
しかし、この優しさもきっと他人だからだ。
誰も、俺を知らない場所に行こう。
そこでなら――。
でも、少しだけこの余韻に酔っていたかった。
隣街に着き、すぐに仕事を探した。
しかし。
「お願いします。ここで働かせてください。基本的なマナーはわかっているはずです」
貴族の家の門を叩いたが、一瞥されただけだった。
「うちは信頼出来る筋からしか雇いませんので。お引き取りください」
貴族は無理か。文化も違う。そう諦めて自分を納得させる。
次に向かったのは商会だった。
「俺は計算が出来ます!効率のいい方法だって知っています!」
こちらに顔すら向けずに、投げやりに質問される。
「それで、あなたは何者ですか」
「……働きたいだけです」
「正体不明の人物を雇う余裕はないので。では」
手を振って、投げやりに追い出された。
――何も通じなかった。話すら聞いてもらえなかった。
手持ちの金を数える。だが、数えるほども無かった。
今日の寝床と食事の事を考える。
街の路地裏に座り込む人影が視界に入り込んだ。
すぐさま目を逸らす。
暴れる心臓を拳で抑えた。
気がつくと、随分と時間が経っていた。
空腹で目が回ってくる。
街の中で倒れるとどうなるんだ?
きっと誰も助けてくれないだろう。
道の端まで移動しなければ……。
――そこで意識が途切れてしまった。
◇◇◇
どこかから、食欲をくすぐる香りが漂ってきた。
風邪で寝込んだ時に、母がよく作ってくれた卵がゆ。
布団の感触も、懐かしい。
夢でも見ているのだろうか……。
「あ、気がついた?」
俺に話しかけてきたのは、ごく普通の少女だった。
手には、いい香りのする皿を持っている。
「君は……。ここは?」
「うちの食堂。そして、私はマリ。悪いけど、スープくらいしか用意出来なくてさ」
よくよく自分の状態を確認する。
テーブルが並ぶ床に雑に転がされ、上から布団を掛けられていたようだ。
ゆっくりと、上体を起こす。
「……ありがとう」
「まぁ、余り物だから遠慮しないで食べて」
そう言った彼女の笑顔が眩しく見えた。
「それで、あなたの名前は?」
「……ヒロ、です」
出来たてのスープを口に運ぶ。
じんわりと体の芯から暖かくなった。
「店の前で行き倒れてるんだもん。いっぱい食べて貰わないと、うちの看板に傷がつくわ」
夢中で食べた。
うまい。
暖かい。
ポタリ、と零れて止まらない何か。
頬から滑り落ちる感触がする。
それでも無言でスープの味を噛み締めた。
外は、どんどんと日が落ちていった。
マリはいつの間にか、新しい皿に追加でスープを入れてくれていた。
それを、夢中で飲み干した。
朝から食堂は騒がしかった。
ほぼ一人で材料を切り、仕込みをするマリ。
「あ、起きた?あなた、包丁くらい使える?出来なかったら、そっちの鍋を焦がさないようにかき混ぜてて」
言われた通りに鍋に向かう。
――しかし、この量を一人で?
「昨日はありがとう。本当に助かったよ」
「いいえー。食堂の前で餓死者が出るほうが困るから気にしないで」
俺はチラリと厨房を見る。
「これを、君が一人で?」
「うん。両親から受け継いだお店だからね。でも従業員が足りなくてさ〜。ヒロ、だっけ?ウチで働く?」
何気ない言葉だった。
ただ、働くか聞かれただけだったのに。
初めて、この世界で地に足が付いた感覚がした。
「あぁ、働きたい……!」
「でも、役立たずだと追い出すからね。ちゃんと根性見せてよね」
マリはそう言って笑った。
そしてある日。
「ヒロー!鍋の煮込み具合は?」
「後少しかな。鶏肉の下処理やっとく?」
「うん、お願い」
俺達はいつも通りに食堂で働いていた。
今日は街中が大騒ぎだった。
隣街の新しい英雄がこの街を訪れる。
昔の仲間は、その英雄にぴったりと体を寄せていた。
豪奢な服を着て、街道の人々に手を振っている。
街の住人の歓声と、舞う花びら。
――店の窓からそれを見て、隣に視線を移す。
いつもの光景。いつもの空気。
「今日は、お客が多そうだから早めに仕込みをしようか」
「そうね。でも、いいなぁ。私もあんな服を一度でも着てみたいな」
「そうかな……。マリのエプロンの方が格好いいけど」
後日。
「なぁ、マリちゃん。あの男って一時期有名になったやつに似てねぇ?」
「え〜、ヒロが?あり得ないわ!ただのお人好しの頑張りやよ!」
マリの朗らかな声と男性客の会話。
俺はそれを聞きながら、いつも通りに鍋をかき混ぜていた。
もう少し、塩を足したほうが美味しいかもしれない。
暖かいスープを飲んで、そっと目を閉じた。
騒がしくて忙しい、いつもと変わらない食堂だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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