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25話

 翌日、夕立は見本のような音で来た。

 何故、出かける時に限って雨が降っているような気がするのだろうか。

 退社のタイムカードを押す頃、空調の風に雨の匂いが混ざる。

 「緊急の相合い傘は――」「ありがとうで会計処理」

 半歩ずつ、傘の下で距離を合わせる。ビル前の段差は、もう覚えた。


 会場下見の帰りに目星をつけていた喫茶店へ入る。

 木のテーブルは低めで、背もたれがやわらかい。

 僕は席に受験票のコピーを置き、桐原は交通系カードの残額を見せた。

 予行演習。一生懸命頑張ってきたからこそ、できることだ。

 “当日の持ち物”を当日仕訳で並べて、角を合わせる。


「十秒は、ここでも使えますか」

「どこでも使えます」

「じゃあ、今、予習の十秒を」

 彼女は目を閉じ、十を数えて、ゆっくり目を開いた。

 視線の位置が、正しい高さに戻るのが分かる。


 ブレンドが届いた。

 カップの縁に薄い影ができる。

 桐原がふっと笑って、スプーンで影を割る。

 「“影の手すり”ですね」

 「止まり方の練習」

 「うん」


「麻生さん、今日は?」

「在宅。二重保存の音、夜に来ます」

「背もたれがあるって、“告白しない勇気”の練習にもなるんですね」

「言葉の濃度を当日に合わせられます」

「わかる」


 店を出る頃、雨は細くなっていた。

 会場周辺の路地をもう一度歩く。

 左寄りで、内開きのドア。十秒の場所。

 付箋の文言を指先でなぞりながら、僕らは同じ歩幅を覚えた。


 駅で解散する前、桐原が言う。

 「“受験票の箱”、今夜だけ私の机の上に移します」

 「管理者変更ですね」

 「当日受領って書いて猫を貼っておきます」

 「お願いします」


 夜、チャットが鳴る。

 『二重保存、押した。背もたれ低め』(麻生)

 『受験票、受領。コピーも受領。』(桐原)

 付箋の猫が、遠隔で一つ増えた気がした。


 寝る前、僕は机の右上に“未投函”の封筒を置いた。

 『会場の風が吹いたら開封』。

 角を二度、押しておく。


 自宅の机でも、二重保存の音は同じ。

 恋ではないけれど、いないと寂しい人たちの夜を、倒れない距離で支える。

 背もたれは、低めでいい。

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