19話
月曜。ホワイトボードの隅に、“隣人ルール ver.4”が増えていた。
- 助けは呼ばれたら一回だけ(据え置き)
- 緊急はノーカウント(据え置き)
- “ありがとう”は当日仕訳。翌日持越不可(据え置き)
- “?”は付箋へ(据え置き)
- 早口は安心の合図(据え置き)
- 相合い傘はありがとうで会計処理(据え置き)
- “赤字”は箱に落として、学びを隣に貼る(据え置き)
- 写真は各自の端末、共有は一枚(新規)
- 祈りは各自、共有は団子でも(新規)
最後の行で斉藤が吹き出した。「団子!?」
「甘いものは、当日仕訳がよく効きます」
「名言出た」
午前の90、午後の90。新しいことは増やさない。
桐原は「“理由は長く”の長さを減らす練習もしたい」と言った。
「合格ラインの長さに合わせる」
「必要なだけ長く。余白は明日に」
「はい」
夕方、麻生さんから最終版。
『風鈴の駅、いいね』
驚いて、桐原を見る。
「優香さんにラムネの王冠、見せちゃいました」
「背もたれに、ちょっと報告」
『続く音がする。二重保存、押しとくね』
絵文字が並ぶ。恋ではなく、信号は今日も正確。
夜、会議室の窓を少しだけ開けて、風を入れた。
桐原が付箋を一枚、新しい色で貼る。
『“六月の青”を、机の右上へ』
角を二度押す。
「直前期って、静かに嬉しいですね」
「嬉しい?なんで?」
「“まだ途中”に、“ここまで来れた”が混ざるから」
「勉強が進んでるから言えることです。凄い。」
帰りのエレベーター。非常灯の緑は、止まらないための色。
扉が開く直前、桐原が言った。
「今日のありがとう、ラムネの王冠に貼りました」
「受け取りました。濃かったです」
「よかった」
廊下の先に、所長の声。
「川は急に広くならない。でも、潮の匂いは早めに届く」
僕らは顔を見合わせた。
潮の匂いは、八月のほうから、もう少しだけ近づいている。
*
六月の青を、一枚ぶん机に置いた。
“共有は一枚”の写真は、余白が多い。
余白が多いほど、明日の私が入りやすい。




