17話
本日2話目の更新です。
一時的とはいえ、日間ランキングに入ることができました。読んだくださっている方のおかけです。ありがとうございます!
土曜は事務所の会議室で合宿をした。
机をコの字に組み、時計を真ん中に置く。90/10を三セット。
「一付箋一仕訳」
「定義は短く、理由は長く」
「“なぜ”は薄く」
それだけで、部屋にひとつ空気の手すりができる。
一セット目の終わり、受付の優香が麦茶を運んできた。氷の音が、季節の方から私たちへ近づく。
「差し入れ、所長から。釣りの帰り、寄ってました」
紙コップの側面に、所長の字で「深呼吸は無料」と書いてある。
「名言だ……」と桐原が笑った。
二セット目。桐原は財表の定義を目で言えるように整えていく。
『包括利益とは』『その他の包括利益とは』『費用収益対応の原則』
声に出さない声で、短く、正しい順番で。
僕は横で、“理由は長く”を箇条書きにして隣へ置く。
並ぶことで、続く。
三セット目の10分休憩、所長がひょいと顔を出した。
「魚は、流れのゆるむ影で息をつぐ。人も同じ。取れない流れでは釣らない」
「取れるところから、ですね」
「そう。欲張ると、針が絡む」
「“新しいことを増やさない”に貼っておきます」
夕方、麻生さんからチャット。
『今日の版、二重保存。背もたれの麦茶をどうぞ』
優香が玄関で受け取っていたペットボトルを、そっと差し出す。ラベルの裏に、細い字で「続くときの水」。
桐原が「恋じゃないのに、やさしいって、長持ちしますね」と言って、一本を僕に渡した。
「長持ちは、強いです」
「はい」
片付けの時間、会議室の角を合わせて、机を元に戻す。
角を合わせて、押すだけ。
動作に名前があると、疲れない。
日曜は図書館。90/10を二セット。
帰り際、駅のホームでアナウンスが流れた。「次の列車は遅延」。
ホームの風が、予定の時間を一歩だけずらす。
「行き先を変えるの、どうですか」
「新しいことは増やさないのルールが」
「“勉強”は増やさないで、“場所”を少しだけ」
「“たまに”は強い」
「はい」
僕らは一駅先で降りた。
改札の外に、風鈴の小さな売り場が出ていた。短冊の白が揺れる。
桐原が一つ手に取って、音の薄さを確かめる。
鳴りすぎない音は、続く音だ。
*
在宅の日の二重保存。
背もたれは、声を出さない。かわりに、水の温度で合図する。
続くための水は、冷たすぎないほうがいい。




