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13/19

13話

 翌日、予報は午後から強い雨。

 十一時、窓ガラスに斜めの線が走り、十三時には音になった。

 夕方、帰り支度の時間だけ、雨脚が少しだけやさしくなる。


「相合い傘、未使用にしたいんですが」

「はい」

「今日はルール更新してもいいですか」

「ver.3ですね」

「“緊急の相合い傘は、ありがとうで会計処理”」

「経常でなく特別損益にする感じですね」

「無理矢理専門用語で会話するのやめてください」

「失礼しました」


 一本の傘の中、半歩ずつ距離を調整する。

 このビルの前の段差は雨の日に滑る。僕は知らないふりで半歩左へ寄り、彼女の足が段差から外れる動線を作った。

 「ありがとう」と聞こえるくらいの小ささで言う。


 コンビニに寄って、温かいスープを二つ。

 桐原はレジ横の小さな棚を見て、「今日はプリン未使用」と自分に言い聞かせていた。

「習慣にしないのが仕組みです」

「はい。……たまには、したいですけど」

「たまには、強いです」


 傘の下で、歩幅が合う。

 信号待ち。彼女がふいに言う。

「麻生さんって、背もたれみたいな人ですね」

「そうですね」

「いないと寂しい。でも、隣の席ではない」

「そうです」


 合図のない会話が、雨粒の間に落ちて、すぐ溶けた。

 事務所に戻り、スープのふたを開ける。

 湯気の向こうで、桐原が付箋に**『相合い傘=ありがとうで会計処理』と書いて、ホワイトボードの片隅に貼った。

 角を二度押して、猫を重ねる。


「続くためのルールは、やさしいほうがいいですね」

「やさしいのに甘やかさないのが、いちばんいいです」


 夜、雨がやんだ。

 外に出ると、アスファルトの匂いが一段明るい。

 傘を閉じる動作だけで、今日の距離が一度、確かになった。


 相合い傘を、ありがとうで会計処理した。

 仕訳の横に猫を貼るのは、私なりのやさしい監査なのだ。

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