10話
日曜の朝、空は水を多めに溶いた青だった。
別々の会場で、同じ時間に簿記論の模試。
始めの合図の直前、窓の外を一度だけ見る。どこかで桐原も、同じ青を見上げている気がした。
配点の薄いところは後回し。取れるところから。
解答用紙の隅に、小さな四角を描く。そこに十秒を入れる。
箱は使わなかった。使う前に、次の問いが来た。
時間は、いつも正確に速い。
終わって水を飲む。喉の奥の紙の粉みたいなものが、少し溶ける。
外に出ると、ビル風がページをめくる音に似ていた。
《終わりました。水、飲みました》
《僕も》
《十秒だけ泣きました》
《九分五十秒は?》
《階段で使いました。降りながら》
《賢い》
午後は財務諸表論の模試。
定義は短く、理由は長く。
最後の一問だけ、理由が足りなかった。
できない文字ほど、筆圧は低い。
夕方、駅前で合流する。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」
疲れた日ほど、軽い言葉がちょうどいい。
それぞれの家へ。
夜、僕はマンションの廊下を歩いて、玄関前に小さな袋を置いた。
はちみつレモンとビタミンのタブレット。差出人は書かない。
“続く”の邪魔にならない親切は、匿名と相性がいい。
数分後。
《匿名さん、ありがとう。明日、濃いめで返します》
既読の横に、猫が一つ。
*
今日の空は青い水。
十秒泣いて、九分五十秒歩いた。
自宅の玄関の飾り付けが、“ありがとう”の予告みたいに明るかった