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その神社には古い神とその神を守る獣神が住んでいた。
獣神は狛犬として人々に慕われている。
神にも狛犬にも名前は無く、人々が好きなように呼んでいた。
そのことについて不満はない。
人のために生まれたのだから、人の良いようにすればいい。
神にそう言われ、狛犬もその通りだと思った。
神は狛犬に、人間の生活について教えた。人間が困ったときはすぐ助けられるように。
だが、最近は神社を訪れる者も少なくなる一方。
それでも狛犬は人間のために、たくさんのことが出来るようになった。
神は勿論、狛犬も人間が大好きだから。
ある日、神が翡翠色の玉を差し出した。
神の力が込められた、生玉と呼ばれる物だ。
「我を信ずる者は随分と減った。消えてしまう前に、これを」
狛犬が受け取ると、生玉はとても温かい。どれほどの力を込めたのだろう。
「これがあれば千年は生きられる」
人々の信仰によって生まれた神は、信仰する人がいなくなれば消える。
そして神が消えれば、神の力で生きている狛犬も消える。
それを案じて、残りの力を生玉へと変えて託すことにより、狛犬だけでも生かそうとしているのだ。
「好きに生きろ」
優しく笑って狛犬の頭を撫でた。
その瞬間、神は光る粒となり、それもまた生玉へと吸い込まれる。
残った力も余すことなく込めたのだ。
狛犬は突然の出来事に理解が追いつかず、ぼうっと生玉を見ていた。
どれくらい経ったのか。
ふと、足音がした。
いつものように宮司が来たのだろう。
玉を抱きしめたまま、狛犬は表に出た。
だが宮司は狛犬を見ずに神へ呼びかける。
返事はない。
宮司は本殿に上がり、再び神に呼びかけた。
それでも神の返事がないことに気づき、慌てて探し回る。狛犬のことも何度も呼んだ。
実際、彼は何度も狛犬の横を通り過ぎていた。
信仰心がなくなっていたからか、神が消えたからか。
彼はもう狛犬すら見えなくなってしまったのだ。
誰の目にも映らなくなった狛犬は、抱いていた生玉を強く抱きしめた。
心に開いた穴を、生玉で埋めるかのように。




