04:神楽坂蓮の告白「不毛なる会議」
再び、神楽坂蓮がマイクを手にして立った。
彼は、凪が作り出した重い空気を引き継ぎ、淡々と語り始める。
「月島さんの言う通り、我々は多大な実害を被りました。そこで、双方の所属事務所は、今後の対応を協議するため、何度も会議の場を設けました」
蓮は、当時のことを思い出すように、少しだけ遠い目をした。
「会議室には、各事務所の役員、法務部の担当者、マネージャー陣がずらりと並びます。議題はただ一つ。『事実ではない熱愛報道を、いかにして鎮静化させるか』。皆様、これがどれほど難しいことか、お分かりになりますか?」
彼は、会場に問いかける。
もちろん、なにか答えを期待したものではない。
「『ないこと』の証明。いわゆる、悪魔の証明です。我々がいくら『付き合っていない』と叫んでも、『いや、隠しているだけだ』と言われればそれまで。アリバイを提示しても、『それは偽装工作だ』と書かれる。言葉は分かるのに、話が通じない。まさに泥仕合でした」
会議の様子が、蓮の脳裏に蘇る。ホワイトボードに書き出されたのは、マスコミ各社の名前と、彼らが垂れ流したデマの一覧。対策案として挙げられるのは「法的措置も辞さないという強硬な声明を出す」「沈黙を貫き、嵐が過ぎ去るのを待つ」といった、どれも決め手に欠けるものばかり。
「本来であれば、我々はその時間、新しい楽曲のレコーディングをしたり、ダンスの練習をしたり、ファンの皆様に最高のパフォーマンスを届けるための準備をしているべきでした。しかし、現実はどうでしょう。我々の仕事はストップし、大人たちは来る日も来る日も、何の実りもない会議を繰り返している。その光景は、ひどく滑稽で、そして、ひどく虚しいものでした」
蓮は、自嘲気味に笑った。
「そんな日々が、一週間、二週間と続きました。僕も、そしておそらく月島さんも、心身共に疲弊しきっていました。苛立ち、不快感、無力感。あらゆるネガティブな感情が、僕たちを蝕んでいきました」
そして、転機が訪れる。
ある日の深夜まで続いた会議の帰り道だった。
「もう、何もかもが、どうでもよくなってしまったんです」
蓮は、ぽつりと呟いた。
「その日、私はマネージャーのスマートフォンを借りて、月島さんのマネージャー宛に、一通のメッセージを送りました。内容は、ごく短いものです」
会場の全員が、固唾をのんで彼の言葉を待つ。
「『月島さん。もう、面倒くさくないですか?』と」
その言葉が、すべての始まりだった。
-つづく-
※第5話は、本日19時に更新します。