02:神楽坂蓮の宣誓「虚構の証明」
「本日はお忙しい中、お集まりいただき、誠にありがとうございます。また、この度の報道に関しまして、ファンの皆様、関係者の皆様に多大なるご心配とご迷惑をおかけしましたことを、心よりお詫び申し上げます」
司会者の紋切り型の挨拶が終わり、最初にマイクを握ったのは神楽坂蓮だった。
彼はゆっくりと立ち上がり、会場全体を見渡してから、深々と一礼した。その完璧な所作に、記者たちからゴクリと息をのむ音が聞こえる。
「『Stardust Mirage』の神楽坂蓮です」
凛とした声が、会場の隅々まで響き渡る。
「本日は、先月より世間をお騒がせしております、私と、『Lunar Symphony』の月島凪さんとの関係について、我々の口から直接ご説明するために、この場を設けさせていただきました」
会場が静まり返る。誰もが蓮の次の言葉を待っていた。
否定か、肯定か。
その一言で、明日の各種ニュースの見出しが決まる。
「結論から、申し上げます」
蓮は一拍置き、言い放った。
「先月、週刊誌に掲載された、いわゆる『熱愛スクープ』の記事。この記事が世に出た時点において、私と月島さんの間に、男女の交際という事実は一切ございませんでした」
瞬間、会場は爆発したような喧騒に包まれた。
「じゃあなぜ!」
「どういうことだ!」
「写真は嘘だったのか!」
記者たちの質問が怒号となって飛び交う。
生配信のコメント欄も、
『やっぱり!』
『ほら見たことか!』
『じゃあこの会見なんなの?』
といった文字で埋め尽くされる。
蓮は、騒ぎが少し収まるのを待ってから、冷静に続けた。
「もちろん、仕事仲間として、月島さんとは良好な関係を築いておりました。歌番組で何度か共演させていただき、そのプロ意識の高さ、パフォーマンスの素晴らしさには、同じ表現者として尊敬の念を抱いておりました。しかし、それはあくまで仕事上の関係です。事実、我々はこの騒動が起きるまで、プライベートな連絡先すら交換しておりませんでした」
彼は、事務所が即座に否定声明を出したことにも触れる。
「我々は噂の当事者、いわば"一次情報源"です。その我々が『事実無根です』と公式に発表しました。しかし、皆様、特に一部メディアの方々は、我々の言葉を信じてはくださらなかった」
蓮の口調に、初めて微かな皮肉の色が滲んだ。
「皆様は二次情報、いや、三次、四次情報でしかないはずの、出所不明な『匿名の関係者』の証言を元に、次々と記事を量産なさいました。『事務所は否定しているが、水面下では着々と愛を育んでいる』。まるで見てきたかのような筆致でしたね。感心いたしました」
記者席の前列に座るのは、例のスクープを放った週刊誌の記者。
もちろん、その席は指定席である。蓮はわざと、その記者と視線を合わせた。
「ひとつ、お伺いしたい。一次情報源である我々の言葉よりも、どこの誰とも知れない、自分の名前すら出していない人間の曖昧な言葉を優先する。それはジャーナリズムとして正しい姿勢なのでしょうか。それとも、単にその方が『ウケる』からですか? 皆様の報道者としての矜持とは、一体どこにあるのでしょう」
冷ややかな問いかけ。
先ほどまでの怒号の嵐が嘘のように、会場は静まり返る。
蓮は静かに着席し、隣の凪に視線で合図を送った。さあ、君の番だ、と。
-つづく-
※第3話は、本日19時に更新します。