笑顔の練習です
─────海上基地ポイントL 作業区域 廃棄物処理場
【本日の廃棄物回収量を報告。
先週に比べ、約2割ほど廃棄物の減少が見られる。
回収作業中に、商業区域の店舗で廃棄物の回収日時を誤り、
トラブルが発生。エリア長の仲裁により、解決済み。
廃棄物処理班 班長 エルノ・クライフ】
「今日も怒られてしまいました」
「やはり無愛想なイメージを抱かれやすいからでしょうか?
顔面マッサージだけでなく、ユーモアな会話術も取り込んで行く必要がありそうです」
時刻は既に日付を回る直前。
自分のトレードマークである学ラン服と学生帽に付着した煤を手でパッパッと払い、朝から数十往復して商業区域から回収してきた廃棄物の残骸を、選別の為に一度床に広げていきます。
…うわっ、今度は埃が自分の髪に付着してしまいました。
この無駄に真っ白な髪、処理作業をしていると汚れやすく目立ってしまうので、正直困っています。
こんな事なら煤と同じ暗い色の髪が良かったのですが……。
度重なる小さな災難と、失敗による叱責、十数時間以上に及ぶ仕事で終わった一日を振り返り、フウ…と小さな溜め息が思わず出てしまいます。
ポイントLの最下層であるこの廃棄物処理場には、基本的に自分一人しかいません。
人が来るとすれば、回収作業でうっかり回収を忘れ、怒りながら持ち込んで来られる時くらいでしょうか。
その為、このように自分の独り言が処理場を反響していても、誰からも注意されることはありません。
それでも仕事は仕事。
今日も回収を終えた廃棄物の分別を開始します。
…これは溶鉱炉で溶けるので燃えるゴミですね。
こっちは…ガラス片の山でしょうか?
とりあえず溶かしてしまえば問題ないでしょう。
溶鉱炉行きです。
…ふむ、これはガス缶ですね。
前回溶鉱炉に放り込んだ際、爆発を起こして上層部にお呼び出しを受けたことがありました。
その時の反省を踏まえ、しっかりとガスを抜いた後、溶鉱炉行きです。
……そういえば今日は、キョウドさんが新しく起動したアントの方を案内していました。
あの女性の方で1001体目のアントとも言っていましたね。
つまり、いよいよその時が来たという事でしょうか。
……………バァン!
おっと、ガスが抜けきれていないのが混ざっていたようです。警報機は…鳴っていませんね。問題ないでしょう。
「…あの」
「…!」
…驚きました。こんな時間に処理場に人が来るなんて。
振り返ると、白いマリンセーラー服を着た、淡い茶髪の女性がゴミ袋を持って立っていました。
チェリーピンクの瞳がこちらを捉えているのに気付いた時、いよいよポイントLでも亡霊が出てきたのかと、肝が冷えてしまう所でしたよ。
普段、リアカーごと廃棄物を搬送する時に使っている大型エレベーターは作動した様子はありません。
もしや非常階段で降りてきたのでしょうか?結構な段数があるのに?非常に珍しいケースです。
それにあの方、確か今朝キョウドさんが案内していたアントだったはず…。
「えっと…ごめんなさい。
居住スペースの片付けやってたら結構なゴミが出ちゃって。
他の人に聞いたら処理場はまだ動いてるって言ってて、それで持ち込んできたんだけ…ど」
「居住区域の廃棄物収集は昨日ですが、臨時の廃棄という事で宜しいでしょうか?」
「うん。それで。…ハァ…さすがにこの量であの階段はキツ…」
「作業区域の1Fに大型エレベーターが備えられています。
次回からはそちらを使ってください」
「ええ!あのデッカいエレベーター使ってよかったの!?
てっきり作業用の奴だと思ってやめたんだけど…!」
随分律儀な方ですね。
まあ、今日起動したばかりで右も左もわからない状態なら、無理もないでしょう。
彼女からパンパンに詰まった2つのゴミ袋を受け取ります。
どうやら、2つとも可燃ごみのようですね。
なら分別の必要はありません。
受け取ったゴミ袋をノールックで背後にある溶鉱炉に投げ込みます。…ナイスシュート。
「うわっ!…コレ危なくないの?」
「ここでは有機物無機物関わらず、この溶鉱炉で廃棄物を溶かしています。このポイントLの主な業務は、『海に落ちた人工衛星の回収と処理』です。
人工衛星に搭載されていたレゾナクオーツを回収し、エネルギー源として再利用。そして余った残骸をこの溶鉱炉で溶かし、潮風で劣化した箇所の修復資材として使用しています」
「へえ…人工衛星…エルノさんはずっとそれをやってきてた感じなんだね」
「はい。…自分の名前、ご存知なんですね」
「今朝、キョウドさんに教えてもらってね。
…そういえば自己紹介してなかったね。
セフィア・フローライト。気軽にセフィアって呼んでもらっていいよ」
「セフィアさん、ですね。
よろしくお願いします、セフィアさん」
それから、あの女性…いえ、セフィアさんは毎日この処理場に訪れるようになりました。
「おはよー…ってうわっ!何この煙!」
「換気扇の調子が悪いのか、うまく煙が排出されていないんです。先程掃除したばかりなのですが…」
「プロペラが跡形もなくなってるんだけど…」
本職であるエンジニアの仕事の合間に、自分の様子を見に来ているようです。
「何その背負った機械!?それ重量いくつなの!?」
「1トンです。人工衛星のスラスター部分ですが、
流石にリアカーに載せられないのでこうして背負って運んでいます」
「エルノ……とんでもない怪力の持ち主なんだね…凄いよ」
「顔が引き攣っていますよ、セフィアさん」
……どうして自分なんかに構いにくるのでしょう。
不思議な人です。
「ねえエルノ。さっきから何してるの?」
「笑顔の練習です。
よく『お前は笑わない奴だな』と皆さん仰っているので、こうやって毎日鏡に向かって特訓しています。…出来ていますか?」
「フフっ…全然…でも、ちょっとだけ頑張ってるのは伝わるよ」
自分がもういなくなるという事を知っているんでしょうか?
「お疲れ様、セフィアちゃん。
それで、話って言うのはなんだい?」
「お疲れ様です。エリア長。
実は…現場の転向を考えていまして」
ここで目覚めてから約3週間が経った頃。
私は作業区域の休憩スペースで、キョウドさんに自分の考えを切り出していた。
このプラットフォーム全体の電力削減や、効率的なプログラムの作成に協力し、他のメンバー達に可愛がって頂いてる身だったけど、どうしても気になる事があった。
エルノが担当している廃棄物処理場の負担の大きさ。
単純な作業で人間よりタフなアントとはいえ、たった一人でこのプラットフォーム全体の廃棄物を毎日処分するには、明らかに過重労働だった。
いくらエルノの適正能力が低いからと、こんな過酷な現場にたった1人置いて放置するなんて、私としては納得がいかない。
それにエルノは、確かに不器用で、突拍子もなくて、
何考えてるのかよくわかんないけど……
それでも私達の事を思って行動してくれている心優しい人物なのだ。
だから、そんな彼を1人で働かせるくらいなら、私も手伝ってあげたい。
彼もこのポイントLの大切な仲間の一員だと、皆によく知ってもらいたかった。
「…配備されてまだ3週間の身でありながら、突然の転向だなんて、自分でも我儘だということは重々承知しています」
「でも…私はそれでも、エルノを支えてあげたいんです」
……キョウドさんは嫌な顔ひとつせず、最後まで私の考えを黙って聞いてくれた。
正直ドヤされるんじゃないか、と不安に思っていたし、今も手汗が止まらない。
それでも、私は自分の思いをしっかり伝える事に全神経を集中させる。
長い沈黙の後、キョウドさんは小さく息をついた。
「……すまないね、セフィアちゃん」
「…それは、私の転向は認められない、という意味でしょうか」
「いや、違うんだ。そうじゃない。…ずっと黙っていた俺が悪かったんだ」
「セフィアちゃん、エルノはね……
来週にはもういなくなるんだ」
「…………え?」
いなくなる?どういう事?エルノは仕事を辞める…って事?
「【1000の契約】というのがあってね。去年ポイントLの上層部が、度々問題を起こすエルノと結んだ契約だったんだ」
「このポイントLでは知っている通り、海底ケーブルが切断されて十分なエネルギーも、外部への連絡手段もない。
プラットフォームの地下でレゾナクオーツを使った発電機で、電力とエネルギーを賄っている」
「本来なら最大3000人のアントが住めるここでは、
必要以上のエネルギー消費を抑える為にアントの活動制限数を〝1000人まで〟と設けているんだ」
活動制限数…
確かに、今でも1000人という時点でプラットフォームでは大規模な人数だけど、それでも随分スペースに余裕があるとは思っていた。
…そういえば初日にエルノがトラブルを起こしていた時、
1001体目という言葉が出てきていたような…
「つまり…エルノはここを辞めて本土に帰る、という事ですか?でも確かこのプラットフォームにはヘリや船なんて無いはず…」
「そうだな、帰ることは出来ない。
…だから、眠ってもらうことになる」
「【1001体目のアントが起動し、その活動が正式に認められた場合、契約者は1ヶ月後にスーパースリープモードに移行し、その活動を停止する】…これがエルノの契約内容だ」
………ッッ!!
「ちょ、ちょっと待ってください!スーパースリープモードって…確かあれはただの休止状態じゃないはずです!
人格保管庫に意識を封じて、その素体を完全に放棄する…いわば〝仮死状態〟って事ですよね!?」
エルノが…死ぬ?そんな…そんなの絶対おかしい!
それに、どうしてそんな大事な事を今まで黙っていたの!?キョウドさんも…エルノも…!
そう思った瞬間、考えるよりも先に足が動いていた。
行先は決まっている。……こんなふざけた契約書を作った上層部以外に場所は無い。
「おい待てセフィアちゃん!どこに行くんだ!」
「上層部です!こんなの絶対認められない!
仕事が出来ないから死んでもらうなんて、コンプライアンス以前の問題でしょ!?」
キョウドの制止の声も聞かず、私はポイントLの階段へ駆け出した。ごめんなさい、キョウドさん。
始末書は後でちゃんと書きますから。
……上層部への怒りで埋まった頭の片隅で、エリア長に謝罪する僅かな理性が顔を覗かせる。
でも...もしも今ここで冷静になって、何もせず踏みとどまっていたら、私はきっと後悔する。この時はそう思っていた。
「セフィアちゃん!
…嗚呼くそっ、俺がしっかりしていれば…」
ビーーーーーーー!!!
ビーーーーーーー!!!
「……なんだ?非常サイレン?」
「…………!!誰かいるのか!?……な、なんだコイツは…」
「ッ…!やめろ!近付くな!!だっ誰か………」
「うわああああああああああああああああああ!!!」
…………結局、私は後悔したのだ。
親しき人を失うという、残酷な現実を前にして。