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<スカスカ>  作者: 連星霊
第1章【Opening Act】
9/75

第9話【表現者(アーティスト)】

緋たちは、手元のチケットを売り切り、最後に1曲披露してその日の路上ライブを終わりにした。


「お店の開店準備があるから、午後3時くらいに来てくださいって言ってたっけ」

路上ライブの後片付けをしながら、この後の予定について話す。現在午前9時前。

「ええ。まだ結構時間があるわね」

「どんな所なのかな、そのライブハウス」

「紫音は知ってるのよね」

「ああ。オシャレで良い所だぜ。そんなに広くはないけど、押し込めば200人のキャパはあるし、音響設備は結構良いやつ使ってるから臨場感はかなり凄い。あとはドリンクメニューが結構豊富だな。店長さんはちょっとひねくれてるけど、良い奴だよ」

「へぇ」

「どんなバンドがよくライブするの?」

「そうだな…最近は全く行ってないし分かんねーけど、私が行ってた頃は、ほぼロックバンドばっかりだったな。結構面白い奴らばっかりでさ。まだオリ曲も3曲しかないくせに有名な音楽レーベルに片っ端からそのデモCD送り付けまくる奴とか、逆にレーベルからの誘いを全部蹴るやつとか。バンド内で色恋沙汰になっててライブ直前に揉める奴とか。演奏は上手いのにクソ寒いMCで全部台無しにする奴とか。元気にしてんのかな。もし知ってるやつがいたら紹介するよ」

「ん。でも、そういえばインディーズバンドってあんまり調べてなかったかも」

「確かに。私たちの音楽で精一杯だったっていうのもあると思うけれど、これからは、それも意識して行かないといけないわね」

「それぞれ良さはあるけど、音楽を“売る”事になれば、そいつらもライバルになる訳だからな。嫌でも意識せざるを得ないぜ。特に、自分たちと同格だと思ってたバンドが一気に売れていくのを見るのはキツイんだ。SKYSHIPSだって、他のバンドから意識されまくりだったからな」

「…SKYSHIPS…って、最近ショート動画でやたら使われてるあの?」

「…あれ、言ってなかったっけ。私SKYSHIPSにいたんだよ」

「!?」

「ちょっと待ってよ。SKYSHIPSって、テレビにも取り上げられて………」

「………そうだな」

「………本当に、ロックが好きだったんだね、紫音は」

「……まあな。……私はロックで売れたかったんだけどな。マンネリ化したバンドの気分転換に1回だけポップやったのが売れて、それに味をしめてどんどんバズり重視の曲ばっかりになって……それが嫌だった。事務所の意見だって、ポップが売れたからこの調子でポップをバズらせる路線で行こうって。その“大人の意見に従う姿勢”に腹が立った。音楽より先に、あいつら自身に“ロック”が無くなっちまったんだって思ったら、もう、さ……。…私は、あいつの…結衣の作る曲は叩けなくなった。……子供っぽいだろ。私」

「ううん。それでもいいよ。自分の中に曲げられない芯があるから、紫音のドラムは力強くてかっこいいんだと思う」

「そうよ。誰かに決められた人生を歩みたくないから……自分を偽るのが嫌だから、貴女は音楽をやるんでしょ」

「……優しいな、お前ら」

「ロックは弱き者の味方なの。私も蒼も、ロックに救われてきたんだよ。紫音もそうでしょ」

「…ああ。そうだな。だから、私もロックに生きたい。私たちのロックで、誰かの傷を少しでも楽にできるなら、それだけで私はいいんだ。富も名声も……要らねーわけじゃないけど、それは私がやりたいことをやって手に入れたい」

「ん。そうだよね、紫音」

「……。ったく、あー、私らしくねぇ。しんみりはやめだ!さっさと片付けて、昼食いに行こうぜ」

「賛成」




◇◇◇




東京都世田谷区、ロックバンドの聖地とも言える下北沢の街に、緋たちはやってきた。

下北沢駅から5分程歩き、目的の場所に到着する。

「ここだ。ついたぞ」

小さなビルの前で立ち止まる。入口がガラス張りになっており、一見ライブハウスっぽく見えないが、外にはボードが立っており、今日のライブのスケジュールが書かれている。

「カフェっぽく見えるけど、ホールは地下にあるんだ。入るぞ」

「う、うん」

ガラス張りの扉を開けて中へ入る。

「いらっしゃいませ!…あ、もしかしてScarletNightさんですか!?」

中へはいると、カウンターにいた女性スタッフが出迎えてくれた。黒髪のポニーテールで、元気そうな印象を受ける。

「はい、ScarletNightです」

「おぉ…」

彼女は緋に寄ると、舐め回すように緋をじっくり見る。

「君が緋ちゃんか。実物はよりいっそう可愛いねぇ…」

「あ…あの……」

「夏姫さん、そのへんにしといてくれ。あんまり人馴れしてねーんだ」

「そうなの?路上ライブの映像みたけど、活発な子じゃないの?」

「ギター持つと性格変わるんだ。いや、逆だな。ギター持ってない時はだいぶ臆病みたいだ」

「へぇ。ごめんね、緋ちゃん。あと紫音は久しぶり。バンドやめたって聞いて心配してたけど、元気そうで良かった。そして、君が蒼ちゃんね。君も緋ちゃんに負けず劣らず美人さんだねぇ」

「ど…どうも……」

「こんな子たちよく見つけてきたね。Good」

「2人を使ってこの箱の顔面偏差値でも上げようってか?」

「いやいや。私は真面目だよ。こんなに最高のロックンローラーをアイドル事務所のスカウトに取られる前に、よくやった!と褒めて遣わす」

「そりゃどーも」

「おっと、自己紹介遅れたね。私は夏姫。ここのフロント担当だよ、よろしくね」

「緋です、よろしくお願いします」

「あ、蒼です、よろしくお願いします…」

「さくなちゃんと店長は下だよ。あと雪麗さんも下かな。行っといで」

「あいよ。行くぞ」

「ん」

外からも見えていたバーカウンターと物販コーナーを通り過ぎ、階段へ。

初めての雰囲気にドキドキが止まらない。

狭い階段の左右の壁には、様々なアーティストたちのフライヤーが一面にびっしりと貼ってある。

一段一段、慎重に降りていくと、ホールの白い床が見えてきた。

「…結構広い……天井が高いからかな」

フロアの面積自体は広くないが、天井が少し高めで圧迫感は無い。

「あ、来てくれたんですね!時間通りです!!」

「あ、さくなさん」

嬉しそうな表情を浮かべるさくな。そして、その向こうにいる長い黒髪の女性が店長か。

「待ってたぞ、ScarletNight」

「店長さん…。久しぶり」

「ああ。久しぶりだな紫音。お前がまた来てくれるなんて思ってもみなかったから嬉しいよ」

「え……てっきり馬鹿なヤツだなって思われてるもんかと……」

「馬鹿なヤツだとは思ってるよ」

「…やっぱそうだよな」

「けど、私にはお前の選択にどうこう言う資格は無い。ただ、お前のやりたい音楽をやって欲しいって、それだけ」

「店長さん……」

「……さて、紫音はいいとして、お2人さんだ。初めまして。私は矢野雨美。このライブハウスの店長だ。よろしく」

「終緋です。紫音と一緒にScarletNightってバンドやってます。よろしくお願いします」

「同じく、霜夜蒼です。よろしくお願いします」

「…うん。あとは、雪麗さん……あれ、雪麗さん?」

「あー、寝てるのかも。もう暫くしたら起きると思うし、そっとしておいてやってくれないかな」

「分かりました」

「あ、雪麗ってのはここのPAだ。また今度紹介するよ」

「あ、はい」

「……じゃあ、とりあえず挨拶も済んだし……一応の確認だ。来週の日曜日、18時からの、『LEORGER Live Tour「この夜に走り出す」』のオープニングアクト、やってくれるでいいんだよな?」

「はい」

「そうか、ありがとう。話が早くて助かるよ。LEVORGERには、代わりのバンドにはScarletNightでどうかって先に提案してOKを貰ってある。あとは私から出演決定したことを連絡しておくよ」

「はい。ありがとうございます」

「ところで、アー写って無いのか?」

「アー写?………………あっ」

店長さんに聞かれ、緋は一瞬考えるも思い出したかのようにハッとなって答えた。

「ないです…」

「やっぱりか…。動画サイトのアイコンが緋のギターの写真だったからもしかしてと思ったけど…。うちの箱は、ホームページに出演アーティスト乗せるようにしてるんだけど…スカナイだけ無いのも違和感なんだよな。適当なのでもいいから無いのか?」

「そういえば、バンド組んで2ヶ月以上経つのに3人で写真撮ったことないや……」

「おいおい……」

「勿体ないですよ!!緋ちゃんも蒼ちゃんもこんなに可愛いのに!!……あ、緋さんと蒼さんですね、はい失礼しました……」

「好きに呼んでくれていいんですよ」

「え、いいんですか!?」

「だってさくなさんの方が歳上ですよね」

「あ……いや…うん。まあそうなんですけど。推しとの距離感って難しくて……」

「ほんと、無理せずに呼びやすい方で大丈夫ですから」

「……はい。分かりました。では緋ちゃん、蒼ちゃんと呼ばせていただきます。…あと、敬語無くて大丈夫です。私に無理に気を使う必要は無しですよ」

「ん。わかった。…ありがとう、さくな」

「ウッ……推しに呼びすてにされてしまった……今日私は死ぬかもしれない……ッ」

「おい…こいつ大丈夫かよ」

「…大丈夫です。紫音さんは紫音さんのままで良いですか?昔からそうなので」

「呼びやすいように呼んでくれ」

「ありがとうございます。……そういえば、おふたりが衝撃的すぎて良く見えていませんでしたが、紫音さんもかなり整ったお顔をしてらっしゃいますよね」

「そ、そりゃどーも」

「3人とも美人さんなんですから、絶対アー写はあった方が良いですよ。アー写見て興味持ってくれる人は絶対います」

「そうだぞ。音楽で勝負するのは当たり前だけど、音の乗らない時間にも人目を惹くってのは大切なことだ」

「よし。…ってことで、ScarletNightのアーティスト写真、私に撮らせてくださいよ!」

「え、さくなが撮るの?」

「任せてくださいよ。趣味が音楽鑑賞だけだと思いました?私、写真撮影、映像撮影もやってるんです。二等ですけどドローンの資格も取りました」

「ドローンに資格なんてあったのか」

「超便利ですよ。申請の手間が省けるので自由に飛ばせますし、資格と言うよりは技能証明って感じなので優越感あります」

「へぇ…」

「……だから任せてくださいよ。撮ることには自信があります。それで、いつかは……」

「…いつかは?」

「……いえ。今はとにかくアー写です。アー写、私に撮らせて下さいませんか?」

「…うん。じゃあお願いする」

「他にアテも無いしな」

「ありがとうございます!最高の1枚にしてみせます!」

「じゃ、明日にでも撮りに行ってきな。今日はこの後ライブの予定があるから、スタッフを1人失う訳には行かないんだ」

「分かりました」

「あと、連絡先教えろ。何かあった時に困る」

「はい」

緋は雨美に携帯の番号を教え、自分も雨美の番号を登録する。

「さくなも」

「あ、はい!」

さくなとも番号を交換。

「今どきラインじゃないんですか?」

「ごめん私ラインの使い方分かんなくて…」

「緋ちゃん!?嘘ですよね!?」

「いやほんと……」

「……まあ、今日はいいや。明日また教えてあげます」

「ん。ありがと」

「あと、フライヤーも作っておけよ。階段の壁見てきただろ。アーティスト応援の一環として、うちは出演アーティスト個々のフライヤー貼るって決めてるんだ」

「はい」

「あと、ドリンク1本選んでおいてくれ。出演アーティストのオススメってボードに書いておくから」

「あ、はい」

「あと、が多すぎないか?」

「これで全部だ。もうないよ」

「そうか」

「それじゃ、今日はもう解散?」

「そうなるかな。さくな、明日はどうするの?」

「そうですね。何か希望はありますか?こんな所で撮りたい、とか」

「うーん……いまいち想像できないんだよね……」

「じゃあ、完全私プロデュースでも良いって事ですか?」

「……まあ、節度ある範囲で…」

「やった!!じゃあ明日の朝10時、下北沢駅に集合でいいですか?」

「ん。わかった」




◇◇◇




翌日。

4人は合流し、駅から歩き出す。


「まずは、古着屋に行こうと思ってます。それでも構いませんか?」

「いいけど、今の服装じゃダメなのか?」

「ダメ…という訳ではありません。3人とも素材がいいので、どんな服でも似合います。立っているだけで絵になる、そんな人たちです。でも、私はきっとそれじゃ満足できないんです。……大袈裟かもしれませんが、私はこの1枚にも、本気で向き合いたいんです」

「さくな…」

「一晩……いえ、あの後からずっと、色々考えてました。ScarletNightの魅力を、どう1枚の写真に収めるか。どんな場所で、どんな御三方を、どんな風にして撮れば、良い写真になるかを、必死に考えていました」

「……」

「…私だって、“アーティスト”なんです」

「…!!」

「ひとつの作品に、何を込めるのか。それは、きっと、写真も、映像も……音楽や、小説、漫画でも同じなんです。私は、ScarletNightというタイトルを付けるに相応しい1枚を撮りたいんです。…何言ってるんだって感じですよね、すみません。生意気でした」

「………ううん。ありがとう、さくな。私たちも協力するよ。さくなの撮りたい1枚になるように」

「…ありがとうございます。私も、ScarletNightのみなさんをしっかり表現できる、良い写真にしてみせます」



◇◇◇



3人とも全体的にカジュアルな雰囲気に決めつつ、それぞれの個性が出るようなものを選んだ。


「緋ちゃんは、ダメージの入ったデニムスカートと、上はロゴの入ったものでアメカジな感じに決めました。キャップも超重要アイテムです」

「緋、超かっこいいじゃん。如何にもロックバンドって感じ」

「蒼ちゃんは、ブラックのカーゴパンツでメンズライクな感じです」

「蒼もかっこいい!」

「紫音さんはオーバーサイズのシャツとショートパンツでスポーティな感じに」

「紫音って感じがして良いわね」

「さくなってもしかしてコーディネーター志望?」

「……まあ、その道も無くはないですけど、私のこれは、本当にやりたいことのうちのパーツのひとつでしかありません」

「そうなの?」

「はい。…私、コスプレもたまにやってるんですけど、それも私の夢へ向かう途中の寄り道…というか、通り道でしかないんです」

「何か、目指してるものがあるんだね」

「はい。……ちょっとだけ自分語りいいですか?」

「いいよ」

「……私、演出家…映像作家になりたいんです」

「映像作家…」

「最初は趣味でした。もともと写真や動画を撮るのが好きで……本当に、趣味の領域だったんですけど、それがどんどん……なんていうか、強くなっていって、これをやって生きていきたい、って思うようになって。……でも……ある時からです。私、何かを撮りたいって想いはあるのに、撮りたい何かが見つからないんです。嫌でもやらなきゃいけない、って、それに縛られてしまっていたんです。…それで私は、撮影を生業にするのは諦めて、趣味に戻そうとしたんです。でも、大学には入っちゃいましたし、最後までやり抜かないとな、って、頭の中でグルグルグルグル回って、自分が何でこんなことしてて、何がやりたかったのかも、思い出せないでいたんです。……そんな私を、ScarletNightの曲が救ってくれたんです」

「もしかしてその曲って……」

「…はい。『渇望』です。…本当に、衝撃だったんです。やりたいと思っていた事が、本当にやりたかったことなのか分からなくなって、途方に暮れていました。やりたいことの中身って何なんだろう、って。何で私は、映像作家を目指そうとしてたのか。その答えを思い出すヒントに…キッカケになってくれたのは、緋ちゃんの歌…ScarletNightの渇望でした。そして、他の曲も、私に、“意味”を思い出させてくれました。…緋ちゃんがどんな想いで曲を書いたかまでは私には分からないですけど、それでも、私には私なりの解釈が出来て、それが心にズドンと刺さったんです」

「…そっか」

「……あれ、緋……」

紫音は、緋の顔を見て目を見開いた。

口元が緩んでいた。彼女が初めて見せた表情だった。

「緋……笑えてんじゃねぇか」

楽しそうな彼女の表情なら、スタジオや路上ライブで何度も見てきた。しかし、嬉しそうな表情だけは未だ見ることができていなかった。

さくなの言葉が、緋に欠けていた感情の最後の1ピースをはめた。

「嬉しいな……。こんなに嬉しいんだ。自分の音楽が、誰かに届いてるって」

「そうね…」

「そうだな」

涙が出る程。笑い慣れてない彼女は不器用に笑い、それを2人が囲む。

「……!今だ……最高のシャッターチャンス!!!」


さくなは3人にカメラを向けシャッターを切る。


辛いことを“乗り越える”とは少し違う。“振り切って”、その先へ行く。ScarletNight最初の曲、『Shake it all off』を頭の中に思い浮かべ、さくなは3人を1枚の写真に収めた。


「……うん。最高の被写体です、ScarletNight。……私の撮りたいもの。…私の作りたい作品。…それが何なのか。…私、確信しました」




……To be continued

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