第78話【才禍結衣】
「………嘘……でしょ……!?」
───現代の音楽好きなら、絶対に分かるその顔。艶のある長い黒髪と、見るものを圧倒する赤みを帯びた紫色の瞳。バズりにバズった、J-POPの最前線に立っていたガールズユニットのギターボーカル。
「───SKYSHIPSの……才禍結衣………!?」
「はい。本人ですがなにか?」
「いや……いやいやいや…!!おかしいでしょ。どういうことですか!?」
3人はだいぶ驚いた様子で、結衣に詰め寄る。
「SKYSHIPSのギターボーカルが、ガールズバンドのメンバー募集とか、ありえないでしょ…」
「なんでこんなこと……SKYSHIPSが活動休止だからですか?」
「…そうですね。…まあ、バンドを組むメンバーなんですから、話しておきます」
結衣は目を閉じながら口を開く。
「───知りたいんです。『SKYSHIPSじゃないバンド』をやる感覚を」
「知りたい……?」
「はい。………SKYSHIPSのドラマー、曇紫音はご存知ですか?」
「え、はい…まあ。去年脱た───」
「“脱 退 な ん て し て な い !”」
結衣は低く唸るような威圧的な声で、オレンジ髪の少女の言葉を遮った。
「っ………」
3人ともたじろぐ。結衣の開かれた瞼の隙間に見える赤紫色の瞳は、まるで煮えたぎる地獄の釜の炎の様な、決して綺麗とは言えない歪んだ酷く淀んだ質感だった。
「私が、“SKYSHIPSじゃないバンド”を経験して、何を感じたか。その結果を知るまでは、脱退なんて私は絶対に言わない。認めない。分かる?」
「………でも、脱退って」
「《《私は》》認めないの。大人の世界では、商品は意志を持っちゃいけないの。大人が勝手に言ってるだけ」
聞くだけで寒気がする程の声で、結衣は続ける。
「このバンドの音楽性は募集した時の通り、売れるとか考えない『自分のための音楽』に振り切ったオルタナティブロック。バンド名は『災禍』。あなたたちにやってもらうことは5つ。ひとつは私が作ってきたオリジナル曲をライブまでに演奏できるようになること。ふたつ、ライブに出演すること。みっつ、私をSKYSHIPSの才禍結衣ではなく『ユイ』として、普通に接すること。よっつ、私の正体を誰にも明かさないこと。最後いつつめ、ライブをして私が欲しい答えを知ることができれば、私はこのバンドから脱退する、もしくはバンドを解散する。それを了承すること」
「………ボーカルが抜けんなし…」
「そう思うなら解散にすればいい。ライブハウスのステージに立たせてあげるんだから、良い経験でしょ」
「……まあ、SKYSHIPSの才禍結衣とライブできるって考えたら、得な話か」
「そういうこと。わかってもらえて何より。…それじゃ、今から敬語は禁止。ライブは2週間後、『ワールドサイズ』ってライブハウスで18時30分からのアクト。毎日練習する。合わせで」
「ちょ、無茶苦茶でしょ」
「大丈夫。そんなに難しい曲にはしてないから。ギターは基本パワーコード、ベースはルート弾き、ドラムはリズムさえ取れればいい。間奏のギターソロは私がやるから」
「………」
無茶苦茶だと思うが、断るよりは『SKYSHIPSの才禍結衣とバンド』という経験ができる方が貴重だという結論に至り、3人は結衣とバンド『災禍』を組むことになった。
◇◇◇
茶髪ボブのベースと、オレンジ髪のショートカットのギターと、水色の髪のロングヘアのドラム。
この3人と、SKYSHIPSじゃないバンド『災禍』を組み、結衣はライブハウス『新宿World Size』へ乗り込んだ。ワールドサイズという名前だが、フロアキャパシティは150人くらいの小さな箱だ。
「…ねぇ、お客さんほんとに来るの?」
「あーもううっさい。黙ってて」
開店前のステージ。サングラスで顔を隠した結衣は先日買ったばかりのホワイトのFender製ヴィンテージジャガーをスタンドに置きながら、オレンジ髪のギターの子の問いかけを払い除ける。
「ある程度は来る。たとえ来なくても私が出す。あなたたちが損をすることは無い」
「……」
───開店。
狭いフロアに続々と人が流れてくる音が鳴る。
「……何をしたの?」
「これ」
結衣はスマホの画面を見せる。今回のライブ会場である『新宿World Size』の公式アカウントの、今日のライブ告知ツイート。「謎のガールズバンド『災禍』に注目!」と一言添えられている。
アー写に映る黒髪ロングの少女の後ろ姿は、普通なら全く分からないだろうが、本当に分かる人なら分かる人物。
「…それだけで……?」
「これSKYSHIPSの才禍結衣じゃない?って思った人間が、ほんのひと握りだけいた。まあ、普通は見間違いだ、で終わるけど、本当に熱心なファンだけは気付いた。オタクって怖い」
他人事みたいに言って、結衣は背伸びをする。
「……さ、そろそろ時間だ。ステージ行くよ」
結衣は3人を引き連れて、ステージへ進む。
フロアにいるのは30人程。予想していたよりは少し多い。
この場にいる人は、黒髪ロングの少女を見た瞬間に確信し、声を上げる。
「結衣ー!!」
「結衣さーん!!」
結衣はジャガーを拾いストラップを肩にかけると、ステージ中央に立ち、フロアへと語りかける。
「皆様にひとつお願い申し上げます。今日ここで起こったこと、見た事、聞いたことは他言無用でお願いします。私は誰でもない『ユイ』。いいですね?」
「はい!」
「よろしい。それじゃぁ────」
───すぅっと息を吸って、フロアを睨みつける。
「───ッ行くぞ新宿~~~~ッ!!!」
頭を振り下ろす。長い黒髪が舞い上がる。何かが爆発したように、4人の楽器の音が鳴り響く。
演奏を進める。歌い進める。自分のために作った曲を。
───。
───いや。
単調なドラムだ。全てを引っ張って突き進んでいく力強さも勢いも無い。
ベースもだ。刺激も柔らかさも、なんの個性も感じない。
ギター。熱さもエモさも優雅さも中途半端。
────ああ。
やっぱり───。
────SKYSHIPSじゃないと、楽しくないな。
そうでしょ。紫音。
私とバンドやりたいよね。
SKYSHIPSじゃないバンドでロックやっても、楽しくないよね?
私と、同じこと、思うよね?
────ジャガーをぶっぱなして弾き散らかして、曲を〆る。
フロアから拍手が飛ぶが、私は大きく息を吐いた。
『ほっ』というものではなく、『はぁ…』という、『ため息』を吐いた。
「ありがとうございました。もう一度、釘を刺すようで申し訳ないですが、ここで起きたことは他言無用。《《絶対に》》、私とあなたたちだけのヒミツに。できるよね?」
◇◇◇
家に帰ってきた。一人暮らしするにはあまりにも広すぎる高級住宅。ギターケースを下ろし、スマホを適当にリビングのソファの上に放り投げると、まず真っ先に風呂場に向かう。服を脱ぎ捨てて、無駄に広い浴室に進む。
資源の無駄なんて知ったこっちゃない、出しっぱなしのお湯が湯船に張られていた。
ざぶんと浸かって、息を吐く。
人生で初めて、 SKYSHIPSじゃないバンドをやってみた。
「つまんな」
出てきた感想は、それだった。
あの3人が下手くそだったわけではないのだ。ちゃんとスコア通りに演奏はしていた。…けれど、それだけだ。
体温が上がらない。それだけが全てだった。
私は『災禍』を抜けた。いや、あの3人を捨てた。
可哀想なことをしたとは思うが、彼女らも『才禍結衣という人間と2週間タダでバンド体験』という風に割り切ってくれていただけ、そこまで酷い扱いはしてないと思う。まあ、知ったこっちゃないが。
風呂上がり。これでもかという程のスキンケアをして、疲労回復効果のある錠剤を水で喉に流し込む。その流れで歯磨きもして、寝室に向かう。ベッドで充電器刺さりっぱなしのまま置きっぱなしにしていたスマホを手に取る。
「……春から?」
春からの着信が数え切れないほど来ていた。
「……ごめんって……」
そう言いながら、春からの着信にかけ直す。5コールくらいで出た。
「結衣?」
「うん。私だよ。ごめん春、携帯ベッドのうえに置きっぱなしでさ」
「もう~~っ。もしかしたら死んでるんじゃないかって、凄く心配してたんだからね?」
「ごめんね。……私なら大丈夫だよ。仕事しないでいいってだけでだいぶ楽になってるから」
「そっか、よかった」
「で、生存確認が要件?」
「ううん。明日、もしよかったら“SKYSHIPSで”お昼一緒に食べに行きたいなって思って」
「……うん、分かった、いいよ。場所は?」
「とりあえず11時くらいに駅で待ち合わせて、みんなでぶらぶらとお店探そう?」
「分かった。それじゃ、また明日ね」
「うん。また明日」
春との通話を切り、スマホを放り投げて横になる。
「………SKYSHIPSで……か……」
毛布を手繰り寄せて、目を瞑る。
「………会いたいな……紫音………」
毛布を抱きしめても、感じられるのは自分の体温だけ。
紫音に会えないうちに、どんどん自分がおかしくなっていくのはきっと、仕事が辛いからとか、そういうことよりも、大切な仲間が一人欠けているという喪失感と、それに伴う、紫音が大切だったんだという自覚の増幅が原因なのだと思っている。
「紫音《SK》と私《YS》と春《HI》と楓花《FS》。この4人じゃないと…SKYSHIPSじゃないんだよ……」
◇◇◇
───私、佐倉楓花は、待ち合わせ場所で、ずっと待ち望んでいた少女の姿を見た。
毛先にかけて少しうねる癖のある、紫色の髪のショートカット。凄く中性的で整った顔立ち。女子の平均より少し高めの身長も相まって、男とは見間違わないけれど女でも好きになってしまいそうなイケメン系女子。服のセンスはオシャレとは言えないが、着心地と動きやすさを重視したダボッとした抜け感のあるカジュアルスタイルで、いかにも彼女らしい。
「………紫音……?」
「………ぁ、楓花…?」
目が合った。キラリと光を反射するアメジストのような瞳と。
「………」
踏み出せなかった。
踏み出せなくて、突っ立ったまま、目を逸らして───。
「───じゃーん。ね、びっくりした?」
「!」
春。春が、私の前にいた。彼女の桜色の長い髪が視界いっぱいに広がる。
「言ったでしょ。SKYSHIPSで、って」
「………まさか……ほんとに紫音がいるだなんて思わなくて」
「私、頑張ったでしょ」
「…うん」
私は紫音に向き直る。
「…久しぶり。紫音。1年ぶりだね」
「ああ。………久しぶり、楓花」
お互い、ぎこちなく会話をしてみる。
「…元気してた?」
「ああ。まあ、ぼちぼち」
「そっか。私も、体は大丈夫」
「……」
「心配しないで。SKYSHIPSの中では、私が1番メンタル強いって自負してる。春と結衣は相当きてたみたいだから」
「春から聞いたぞ、楓花も病んでたって」
「周りが病んでたからね。私もどうしたらいいかわからなくなって。…春は紫音に会いたいってばっかりだし、結衣は作曲に追われて塞ぎ込んで。2人と比べたら、私なんて薄情だよ」
「楓花が薄情なんてことねぇだろ」
「…ありがと」
私たちは3人で柱によりかかって、最後の一人を待つ。
「…結衣、来るの?」
「来るよ。結衣は」
「………」
紫音は黙りこくってしまう。そりゃそうか。傷付けた張本人なのだから。
「…大丈夫」
春が紫音の手を握る。
「…結衣も紫音のこと大好きだから」
「………おう」
───しばらく時間が過ぎ、約束の11時ジャスト。
黒髪ロングの美少女が、紫音の前に現れた。
「───!」
サングラスを外す。彼女の赤紫色の瞳に吸い込まれる。
「結衣………」
綺麗だ。そんなことを思う程の心の余裕は無いはずだが、私は結衣に見惚れていた。
「ほんとに……春は……連れて帰ってきたんだ…」
「うん。この4人じゃないとSKYSHIPSじゃないでしょ?」
「……うん。ありがとう春」
「ん」
春にお礼の言葉を言って、結衣は紫音に向き直る。
「…私たちを選んでくれた理由、聞いてもいいかな」
紫音はほんの少しだけ憂いを纏った顔をして、答える。
「………私はやっぱりお前らのことが大切で、どうしてももう一度、一緒にいたいって思った。結衣も春も楓花も、みんな頑張ってた。努力してた。こんな私を受け入れてくれて、支えてくれて、めんどくさいことも、全部やって貰ってた。…何も…何の感謝も伝えられてない。…気付いたんだよ…私がお前らにどれだけ救われていたか。だからお前らを傷付けたままじゃいられない。いたくない。ずっと見て見ぬふりしてた。私には関係ないって。けど、大切なんだ。こんなことになってからで本当にごめん。けど、私───」
「───いいよ…紫音が戻ってきてくれるならなんでも。もう十分伝わった」
「結衣……」
「おかえり。紫音」
結衣は紫音を抱き締める。
「……ただいま」
……To be continued




