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<スカスカ>  作者: 連星霊
第7章【Violet】
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第76話【紫色の音】

 桜の花も徐々に散り、春はもう終わると告げられる4月末。

 中学1年生になった私『飯野いいのはる』は、部活選びにしくじっていた。

 運動部に入るような熱気も、文化部を選ぶようなセンスも持ち合わせていない私は多分、どの部活に入ったところで何の役にも立たない邪魔者になる。しかし、この中学校では、生徒全員が何かしら部活に所属しなければならないルールがある。やる気のない人間は、やる気のある人間にとっては本当に邪魔に思われるだろう。私はやる部活ではなく、どの部活に迷惑をかけるかを選ばなければならなかった。

「………」

 けれど、どうしたらいいのかも分からなかった。


 放課後。同級生が部活体験に走る中、私は1年教室棟のすぐ横の階段近くの廊下に突っ立っていた。


「───ねぇ君」


 男子の声に、ハッとなって顔を上げる。茶髪の、チャラそうな感じの男で、雰囲気からして恐らく先輩だ。

「1年生っしょ。部活決まってる?」

「いえ…」

「お、ならさ、サッカー部入らない?スポーツできなくてもいいからさ、マネージャー、やってくんない?」

「え……いや……」

 サッカー部?マネージャー?絶対無理だ。サッカーなんてルールもよく知らないしマネージャーなんて言葉も聞いたことがある程度で何をする役割なのかも全く分からない。

「考えてみてくんない?君可愛いから、マジ向いてると思うなぁ」

「ひ……っ…」

 体格のいい男子に詰め寄られるとどうしても怖い。

「頼むよぉ。君みたいな可愛い子がマネージャーやってくれれば士気も上がっしさ?ね、ここに突っ立ってるってことは、どうせ他に行くとこもなくてどうしようって感じっしょ?サッカー部入ろうぜ?な?」

「いや……遠慮します…」

「なぁんで。楽だよ?マジ居てくれるだけでいいからさ」

「嫌です……」

「なんで嫌なの?」

「嫌なんです…っ」

「だからなんでさ」

 なんでと言われても、嫌だからでしかない。生理的に無理、なんて、先輩に言うのは失礼でしかないだろう。けれど、他になにか言えることがある訳でもなく、ただ、私は何も言えず、ただ、先輩に詰め寄られて、恐怖を感じていた。

「怖い……っ」

 少しずつ後退りをする。

「怖くなんかないよ。楽しいよサッカー部。俺含めイケメン多いし!」

「そういうの興味無いので……」

「えぇ~っ。そう言わずにさぁ。先っぽだけでいいからさぁ」

「やめてくださいっ…」

 廊下の壁に背中が当たる。

「ね?君可愛いからさ、凄く可愛がって貰えると思うけどなぁ」

 怖い。こんな、何考えているのか分からない、人間らしい感情を感じられない男に詰め寄られるのは怖くて怖くて仕方がない。


いや………誰か助けて……」


 そう、助けを求めた時だった。



「────おい」


「!!」

 低いが、女子の声だ。


「嫌がってんだろ。見て分かんねぇのかよケダモノがよ。気色悪きしょくわりぃ」

「………!」

「悪いとも思っちゃいねぇが、うちの部員に手ぇださないで貰えるか?先輩センパイ


 そう言って、癖のある紫色のショートカットの少女は、しつこく勧誘してきたサッカー部の先輩の手を払って、私の手をとった。

「………!」

 温かい手。凄くドキドキする。

 凄く整った綺麗な顔をしている。キリッとした目元が特に。

 私よりほんの少し高めの身長も、かっこよく感じた。

 彼女は私の手を引いて、先輩を置き去りにして、階段を上る。


「……っと。悪いな。咄嗟にうちの部員とか嘘ついて」

「ううん…いい…」

 紫色のくせっ毛を揺らして振り返った彼女の顔を見て、私の意識は彼女の宝石のような紫色の瞳に吸い寄せられた。

「私はくもり紫音しおん。お前は?」

「…飯野いいのはる


 ───これが、私とくもり紫音しおんとの出会いだった。



 最上階の廊下で、空いた窓から流れてくる爽やかな風を浴びながら、私は紫音の横に並んで立っていた。まだ、先輩の勧誘から助けてもらい、簡単な自己紹介をしただけだが、私の心はもうドキドキが止まらなかった。この、私が思い描く感情の中で例えるなら『こい』というのが1番しっくりくるような胸の高鳴りの正体を特定できずに、私は内心悶え苦しんでいた。恋とは男女で落ちるもので、普通女同士でするものじゃない。しかし、友達になりたいという言葉では、この感情はあまりにも表現しきれない。ただ、紫音にほんの少しでも近づきたいという想いは本当で、どうしてもまた彼女の手に触れたいという願望だけが頭の中をぐるぐる回る。けれど、急に距離を詰めるとそれはそれで私がさっきあのチャラい先輩にやられたような行為そのものなわけで、紫音に気持ち悪いだなんて思われたらと思うと怖くて自分の心に素直になれない。2つの本音が脳内で戦争を起こした結果、私はバレないように少しずつ、ミリ単位で足を寄せていくことにした。


「春は部活選び迷ってんのか」

「迷ってるというか、やりたいの無くて」

「そっか。……あんな勧誘の後で勧誘されんのも嫌かも知んねぇけどさ。私、友達と一緒に新しい部活作ろうとしてんだよ。軽音部って言ってさ、ロックバンドやるんだけど、もし他にアテが無いならうち来ないか?楽器未経験でも大丈夫。私も楽器触ったことないし。多分誰かが教えてくれると思う」

 紫音からの誘い。私はノータイムで返答した。

「やる。軽音部」

「え、いいのか?」

「うん。…紫音と一緒なら……頑張れると思う」

「……。そうか、ありがとう、はる

「っ…!」

 名前を呼ばれただけで心臓がうるさくなった。

 一緒にいればドキドキして、けれど嫌な気分じゃない。凄く温かくて、楽しいドキドキだった。


 紫音は隣のクラスだったが、私は毎日休み時間の度に紫音の所へ通いつめた。

「春、いつも私のとこ来るよなぁ」

「ん?…紫音と少しでも仲良くなりたくて…」

「そっか」

「…迷惑だった……?」

「いや。ありがとな、私なんかと仲良くなりたいとか思ってくれて」

「なんかじゃないよ。…私にとって紫音は……」

「…なんなんだよ?」

「ごめん、わかんない、けど……凄く……かっこよくて…」

「なんだそりゃ」

「ほんとごめん、上手く言葉にできなくて…でも、本当に、紫音のそばにいたいの」

「そ…そうか。ありがとう」


 こんな気持ちになるのは初めてだった。

 恋愛経験ゼロの私でも自覚してしまうほどに、私の紫音への想いは強かった。

 これは恋。私は彼女を好きになってしまったのだと、思わざるを得なかった。




 ──かくして軽音部は無事部として認められ、私は紫音がドラムを選ぶのに合わせてベースを選んだ。そして、軽音部にて2バンドに別れようとなった時、私はまず一番に紫音に付いた。紫音と特別な関係になりたい。そんな下心とも言える理由だが、私は紫音と共にリズム隊をできる事が嬉しくて、幸せだった。


 アルバイトも、路上ライブも、練習もライブも、バンドメンバー4人で集まって過ごすなんでもない時間も、全てが私にとってかけがえのないものだった。



 ─────。



「────行くぞ東京~~~~ッ!!!」


「────わぁぁぁあああ───ッ!!!」


 ───Zepp ダイバーシティ東京、フロアから放たれる2000人以上のオーディエンスの歓声。

 前代未聞。高校1年生のガールズロックバンドによるZeppワンマンライブ。


 長く伸びた黒髪を揺らして、SKYSHIPSギター&ボーカル『才禍さいか結衣ゆい』の赤紫色の瞳はメンバー4人の準備を確認した後、ファンで埋め尽くされた広いフロアを視界に入れる。

 ストラップをかけて構えた、白色のGibson・レスポールカスタム。ぐちゃぐちゃに貼り付けたエフェクターボードの中、1番踏みやすい位置に鎮座するメタルゾーンを踏みつけ、結衣はマイクに口を近付ける。

「手上げて…歌って…騒いで…空まで連れてってあげる!!!」

 4人。体の動きと共に全員が音を出す。



 ───ギター&ボーカル『才禍さいか結衣ゆい』。

 SKYSHIPSのリーダーであり作詞作曲も担当する。結成当時はミディアムだった黒髪は今はロングとなっており、ほんの少しは大人っぽさが出てきている。シャツの上にジャージ、その上にさらに上着を重ねて着崩している。甲高く響く透き通る声が音を纏って、言葉を伝えていく。


 ───ドラムス『くもり紫音しおん』。

 紫色の髪はショートカットは癖があり毛先が少しうねっている。身長161cmと少し高めで、ボーイッシュな雰囲気から女性人気も高い。圧倒的な手数と力強さと勢いを持ったドラム裁きは、男性のプロドラマーも顔負けのもの。


 ───ベース『飯野いいのはる』。

 桜色の長い髪と、濃いピンク色の瞳、ふわふわした柔らかい雰囲気の上着にスタイル抜群の体を包み、萌え袖でバリバリと歪んだ毒々しいサウンドの高速スラップを、ドラムと完璧な連携を取りながら繰り出す。


 ───キーボード『佐倉さくら楓花ふうか

 朱色のミディアムボブで長いまつ毛と優しい笑顔、服装は落ち着いた色のワンピースで、メンバーの中では1番雰囲気が大人っぽい少女だ。様々なサウンドとメロディで楽曲に色を付ける、まさに一輪の花のような存在。



 圧倒的なチームワークで、4人で目を合わせて、そして2000人強のオーディエンスを巻き込んで、ノせていく。


「──デビュー曲!『フリーダムロッカー』!!歌って、遊んでいこうぜ東京~~~ッ!!!」

 結衣に続いて、みんなが手を挙げて声を上げる。



 紫音のドラムが、とにかく圧倒的なのだ。常にドラムソロをやっているかのような、まさに怒涛のドラムサウンド。そして春のベースはその超高速で走り続けるドラムと完璧な連携でリズムを取りながら、結衣のギターサウンドに割り込んでいく。裏から添えられる楓花のキーボードによる柔らかい旋律。しかしそれでも誰もを魅了する、結衣ボーカル



 みんな、笑顔だった。最高の時間。最高の日々。


 ────全部、この4人だったから。紫音がいたから楽しかったのに…………。




「────私は、SKYSHIPSを辞める」




◇◇◇




 ───私はSKYSHIPSを辞める。


 そんな勝手なことを言っておいて、私は。


「……」


「───紫音しおん


「!!」


 顔を上げる。

 ふわりと舞い上がる長い桜色の髪と、星雲のようなピンク色の瞳が綺麗で、私の意識は吸い込まれるように彼女の目を見てしまう。

はる……」

 飯野いいのはる。私が今日、このショッピングモールで待ち合わせていた少女だ。

「ブロック解除してくれてありがとう。紫音」

 春は私が座っているベンチに座る。肩が触れる。そんな近い距離に。

「いや、別に礼を貰うようなことは何も…」

「ブロック解除してくれたってことは、“そういうこと”なんでしょ?」

 ───そういうこと。

「……まぁ………そうだな」

 そう。私はScarletNightを脱退した。そして、元鞘…SKYSHIPSに戻ろうとしている。

「…紫音のことだからさ。多分、円満な別れ方してないんでしょ」

「……まぁな。 酷いこと言ったよ。…絶交された」

「後悔してる?」

「……分かんねぇ。けど、私は私がクズだって知ってるんだ。自分を責めるだけで、後悔とか、そんなんじゃない。……どうしようも無い人間なんだ私は。だから、全部受け入れるしかないんだ…」

「…私は紫音のことクズだとか思わないから」

 春は私の手を握る。

「私は知ってるよ。紫音が優しい人だってこと」

「………そうか?」

「私にとって紫音は正義の味方だから」

「…そんな大層なもんかな」

「大層なもんなの。もちろん、私だけじゃない。結衣ゆい楓花ふうかも、みんな紫音が味方だと思ってるし、紫音の味方だよ。…でも、今日は私が紫音を独り占めしちゃう」

 ふんわりと柔らかく温かい感触が身体を包む。体温が一気に上がる。

「……っ…公衆の面前でそういうことはやめとけ」

「いいの」

「メジャーバンドだろ。スクープもんだろこんなの」

「いいよ別に」

「………春……」

 仕方なく………いや、多分本心だ。私は春を抱き返した。

「…迷惑かけた。私がいない間、きっと辛かったんだろ」

「うん」

「…もう壊さないから」

「うん」

「…こんな私だけど…また一緒にバンドやらせてくれ」

「ん。喜んで」




……To be continued

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