第75話【<Chandelier Supernova>】
4月19日、日曜日。ライブハウス『RAIN OF BOW』の店前には、『<Chandelier>デビュー!&デビューEPレコ発ライブ「<Chandelier Supernova>」』のプレートが掲げられていた。
「──チケット確認させて頂きます。ドリンク代600円になります。お好きなタイミングで引き換え下さい。チケット確認させて頂きます───」
キャパシティ200人弱のフロアはどんどん埋まっていく。
人の話し声と、<Chandelier>のCD音源だけが今このフロアで流れている。
暗がりの中、僅かな照明に照らされながら、純白のFender・ストラトキャスターがステージ中央に鎮座している。その脇にアナログシンセ、KONG・モノローグが佇む。
下手にはナチュラルのFender・ジャズベース。上手には漆黒のGibson・ES-335。後ろには、ありえないくらいの高さのクラッシュシンバルを携えたTAMAのドラムセットが構えられている。
フロアでは、がやがやとそれぞれがライブへの期待を言葉にしたり、世間話をしたりして時間を進めている。
──そんな中、緋はそろりとステージに足を進めた。それに気づいた人から順番に黄色い悲鳴を上げて手を振る。そんなみんなに思わず笑顔が溢れるが、そのままマイクに手をかけた。
「皆様、本日は<Chandelier>デビューEP『<Chandelier Supernova>』レコ発ライブ『<Chandelier Supernova>』にお越し頂き誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、禁止事項についてご説明させて頂きます。お客様の安全確保のため、フロアでのモッシュ、ダイブは禁止とさせて頂きます。予めご了承ください。ライブの撮影、録音につきましても、原則禁止とさせて頂いております。また、演出の妨げとなりますので、サイリウム、ペンライト等のご使用はお控え下さいますようお願いします。…っと!今日は全員心の底から楽しませますので暴れる準備だけしておいて下さい!あ、体調悪くなったら無理せず座るなり誰かに知らせるなりしてください!あと、後ろの人も、端っこの人も。ちゃんと見えてますからね!…それでは、今しばらくお待ちくださいっ!」
そこまでを言い切って、緋はまたステージ裏に戻る。そこでは碧が苦笑いしていた。
「あんなので良かったの?」
「まあ、<Chandelier>クオリティの注意事項ってことで」
「どういうクオリティなわけ……?」
碧のツッコミをスルーして、緋は背伸びをする。シャツの胸元のボタンが吹き飛びそうで碧はヒヤヒヤしていたがギリギリ大丈夫だった。
───。
───時刻は18時30分。
フロアの照明が落とされ、流れ始める入場SEは『IGNITION』。デビューEP『<Chandelier Supernova>』の1曲目に収録されている、約1分半のインスト曲。『Opening Act』は軽快なギターサウンドが特徴であったが、こちらは重ためな低音がまず響く。そして徐々に徐々にと火をつけるように2本のギターとドラムでテンションを上げていく。
まずは碧からステージへと進む。続いて黎。その次に蒼。最後に緋。
「Are you Ready!!?」
歓声を曲の一部として、楽器に手を伸ばす。
目を合わせ、体を揺らして───着火。SEから生演奏に切り替わる。
『IGNITION』のアウトロから一瞬だけ『Opening Act』のリフを交えて、凄まじい衝撃を伴う爆発的な『Shake it all off』のイントロへと繋げる。ライブの度に前回を超えて超えて超えてきた、今できる最高を繰り出し続けて、今回もまた前回を超える『Shake it all off』を吐き出す。
「いくぞ下北ぁぁああああああ~~ッ!!!」
シャウト&コール。最初から全力の1曲で熱を高める。Shake it all offアウトロから繋ぎの演奏へ。
「初めましてェッ<Chandelier>と申しまァす!!初のワンマンにして歴代最長の1時間半!!嫌なことも辛いことも全部ぶっ飛ばす!最ッッ高の夜にします!思いっきり暴れていって下さい!!」
そこから『Aggressive Attack』へ。敵は音楽で黙らせる。文句のつけようもないロックサウンド。
「No Limiter!!」
続けて『No Limiter』へと繋げる。限界をとっぱらい、フロアも更に熱気を増していく。
「Yeah Yeah Yeah!!声出せ下北ァ!!!」
バンドもオーディエンスも、全員で一緒に歌って、一緒にライブを作り上げる。
「最高のノーリミでしたありがとう!!」
No Limiterを〆て緋はピックをフロアへ投げ入れる。一瞬の間を置いてすかさず『Crap& Jump!!』の演奏を始める。ドラムで畳み掛け、黎のギターストロークと鮮やかなアルペジオでメロディを繋げる。ストラトキャスターをギタースタンドに下ろした緋は髪をかきあげ、マイクを通してフロアに語りかける。
「手拍子行けますか下北!!Crap!Crap!Crap came on!」
手拍子と共に、歌い始める。
「いいね下北!!」
一体感が物凄い。今までの対バンとは全然違う。それもそのはずで、今回は<Chandelier>のワンマンライブである。今このフロアにいるお客さんたちは全員が<Chandelier>を見に来ているのだ。
マイクスタンドからマイクを取り外し、体全身を使って歌い踊り狂う。
「Everybody!Jump!Jump!Jump!Jump!!」
音楽が、心の底から好きだから。テンションは上がるし、体温も上がる。
「──もっと、自分を、あなたの中にある音楽が好きな気持ちを解放して、それに身を任せて、思いっきり跳んでください!もちろん周りへの配慮は必要ですが、遠慮はいりません!どうぞ暴れ狂ってください!!それがライブってもんです!!」
精一杯踊り狂ってから『Wiper Dance』に繋げる。
「ワイパー!!」
あげた手を左右に振る。ステージから見えるフロアの一体感は圧巻だった。
「最高だね下北!!」
本当に楽しい。まだまだやり足りないが、少し体を休めるためにここまでノンストップで繋げてきた音をWiper Danceのアウトロで一旦切ることにする。
「ありがとうっ!」
熱気と歓声を受け止めて、ペットボトルを拾って水を喉に流し込む。消えた照明がステージを再び照らすのと同時にMCへと移行する。
「改めましてこんばんは<Chandelier>と申します!!」
緋の挨拶に続くベースとギターとドラムに合わせ、ノリとテンションに任せて発せられる歓声。
「本日は、我々のデビューEP『<Chandelier Supernova>』のリリースと、デビューを記念したライブで、初のワンマンライブ!…最っ高ですねワンマン!!私はもう心の底から楽しんでます!皆さんはどうでしょうか!?」
緋が聞くと、フロアは200人弱がそれぞれ思い思いの「楽しい」という旨の言葉を吐き出す。
「今このフロアにいる人は、みんな<Chandelier>を良いなって、カッコいいなって、そう思ってくれた人だと思います。そんな皆さんのために。私も精一杯の感謝とエールを、贈りたいと思います。『愛されていい』という曲です」
──スタッフからCPX1000を受け取り、演奏に入る。『愛されていい - Chill Out Version.』と銘打ったバラードアレンジバージョン。緩やかに切り替わる赤と青の照明に照らされながら弾き語る。碧のドラム捌きはジャズのエッセンスを感じるバーようなチルい雰囲気だが、このフロアの熱が下がることはなく、むしろ上がっている。
「このまま続けて何曲か」
サビ部分だけの『スターゲイザー』、『Accomplice』、『Shake it all off』を連続で弾き語る。
「デビューEPから『渇望 - Acoustic Version.』をやりたいと思いますっ」
──優しくも激しいアコースティックギターのサウンド。心の意味を叩きつける。熱く、熱く、感情のままに、自分をさらけ出すような歌。
アウトロの余韻、CPX1000を下ろしてスタッフに預け、モノローグに手を伸ばす。
「そろそろ踊りたいよね下北!!」
低音が心臓を揺さぶる。体が「動きたい」と脳が言うより先に勝手に暴れ始める。低音激推しアレンジの『桜錯乱』と『Sky Burst』で踊る。そして。
「お待ちかねの『Nadeshiko』!!」
<Chandelier>のライブでは定番曲の『Nadeshiko』。全面的にグルーヴに特化した低音が体の芯を突き動かす3曲を繰り出して、緋はストラトキャスターに手を伸ばす。
「今日はレア曲もめちゃくちゃやりますから!!ここまでやった曲を初めて聴いたって人も、これからやる曲を初めて聴くって人もいると思う!けど、初めてでも何回目でも関係ないから!全員満遍なく、脳に心に体に、私たちの音を浸透させて、魂、概念にまで<Chandelier>を刻んで行きますよろしく!!」
軽快なロックサウンドが熱にまた火をつける。『Farewell to the shitty band』、そして『This is self-talk!』、『Evolution』を続けて演奏。更に音を絶やさず、『悪意無き悪へ』に繋げる。怒涛のハードロック祭りで殴り掛かる。そして『Trying to fly with a tailwind』を繰り出して、アウトロへ。今回は繋がずに〆る。
「…心苦しいですが……あと2曲で最後になります!!最後まで、全力で暴れ散らかして下さい!!『どうか、天空の星まで』ッ!!」
ジャラジャラとストラトキャスターをかき鳴らして、黎のタッピングの波へと繋げる。
会えなくても何かを届けたい誰かに、届けたい想いを天まで届く爆音を、衝動に身を任せて掲げた右手に乗せて空へと飛ばす。
「最後の曲です!We are <Chandelier>!!『四匹狼 』」
そして、最後は最新曲の『四匹狼』。由緒正しき邦ロックの系譜を受け継ぐ曲であるが、今回のライブのバージョンは更にメロディック・ハードコアに寄せたアレンジを組み込んだバージョン。
蒼と、黎と、碧と、目を合わせ、体を揺らし、バンドとしてひとつに。<Chandelier>というひとつの生き物として、観客も全部飲み込んで吸収して、一体となる。
「ありがとうございましたぁぁぁアッ!!!!!」
鬱憤も何もかもを破壊する勢いで叫んで、ストラトキャスターの弦を全部引きちぎる勢いで力を込めてかき鳴らして、最後渾身の一振をもって〆。
楽器から手を離した4人は拍手喝采を浴びながらステージ裏へと進む。
「……はぁぁ……はぁ……」
1時間強、ノンストップで駆け抜けた。水分補給をしても心地良い目眩が収まらない。
「頭くらくらする……」
緋は背伸びをしたり首を回したりしながら呟く。
「大丈夫?かくいう私もだけど」
「蒼大丈夫?」
「大丈夫よ。本当にライブって楽しい」
「ね」
───誰もいなくなったステージの前で、オーディエンスは拍手から手拍子に切り替えていた。
「──アンコール!!」
「アンコール!!!」
「アンコール!!!」
───<Chandelier>メンバーは思わずニヤケてしまう。
「思えば初めてだ、アンコールなんて」
「確かに」
「……よし、まだ終わってない。最高のアンコールにしてやろうっ!!!」
緋たちはステージへと進む。
「アンコールありがとうっ!!!」
ストラトキャスターに手を伸ばす。チューニングを確認しながらマイクに口を近づける。
「『Lighting City』」
エモーショナルなアルペジオから始まるイントロ。光る夜の街で、ただひたすらに路上ライブを繰り返していたあの日々を歌う。熱く、激しく、誰かに聞いて欲しかった想いをメロディに乗せて吐き出す。みんな手を挙げて体を揺らしながらも、その中に紛れるかなりの古参ファンは感涙もののライブ版Lighting City。冷たさがありつつも熱くなるロックサウンド。そんなアンコール一発目の1曲を〆る。
「…改めまして<Chandelier>です!アンコールありがとうございます!!」
全力で歌いっぱなしだったせいで凄く疲れている。けれど、気持ちのいい疲れだ。肩で息をしながら語る。
「…いやぁ………最高の気持ちで今……ここに立ってます……!……私は…話すのとか……言葉で伝えるのがすごく苦手なので……いつも音にして……みなさんに私の気持ちとか……想いとかを……伝えようとしてるんですけど………えっと……だから、MCとかよく分かんなくて……なんか、上手く言えないんです。ですけど、今日、ここでライブができて……本当に嬉しいです!…。……それで、今日は私たち<Chandelier>のデビューと、デビューEPのレコ発を記念したワンマンライブということなんですけどっ!デビューEP、聴いてくれましたでしょうか!!」
「買いました!!」
「聴いた!!」
「ありがとうございます。CDを買ってくれた人も、サブスクで聴いてくれた人も、本当にありがとうございます!最高のデビューEPになってるので、沢山聴いてください!!…っと、せっかくだし蒼も何か喋っとく?」
「私?…そうね……今日はワンマンだから、この場にいるみんなは、全員私たちの曲を聴きに来てくれてるんだって思うと、凄く温かい…熱い気持ちになったわね」
「そうだ。もうほんとに凄いことですよ?200人キャパのレイボーが満員でさ。来ていただいて本当にありがとうございます!私たちはこの先、もっともっと大きなバンドになります!みなさんにずっと応援してもらえるような、応援したいと思えるような、これからもずっとずっとついて行きたいと思えるバンドでいたいと思ってます!!」
───そして、人生で初めて作ったオリジナル曲『スカイブルー』を歌い出す。
優しく温かいサウンドでゆったりと流れる、寒い日に見上げた青空の情景。会いたいと願う大切な人に向けて歌った1曲は、ロックバンドのサウンドで寂しい想いをじんと心に焼き入れる。
心臓と涙腺を刺激する。気持ちの高まりは最高潮を迎えて、消えていく『スカイブルー』のアウトロから、次の曲のイントロとなるアルペジオに繋げる。
「───最後の曲です。<Chandelier>、舐めんじゃねぇぞ~~~ッ!!!!」
叫び散らかしてギターを掻き鳴らして、メンバーと目を合わせる。
全員、準備は出来ている。
「───This one's called 『Scar』!!!」
全力の高速ストロークを経て、自分が今思う最高のカッコ良さをこの世界に押し付ける。
傷ついて傷ついて傷だらけになって、その度に折れそうになって諦めもするけど、それでもやっぱり諦めきれなくて、傷を抱えてでも、とにかく自分自身を信じて突き進む。消えない傷跡に誓う。絶対に見返してやると。自分のために生きると。自分自身だけは自分自身を裏切らないと。泣いていい。笑っていい。好きに生きていい。他人にどれだけ嫌われても関係ない。例えどんな逆境にぶち込まれても、誰がなんと言おうと、自分の信念を、どんなにしょうもない信念でも、たった一つ、自分が間違ってないと信じたものだけを胸に、進むだけ。
ここには、<Chandelier>が、音楽がある。
だから────。
────自分に誇れる自分でいることだけが、この傷を振り切る唯一の方法なんだ。
歌え。歌え。歌え。
誰も聴いてくれなくても歌ってきた。
いつか立ち止まって聞いてくれる人…傷を抱えたあなたを、笑わせることができるなら。
光り輝いて、誰かを照らす光になれたなら。
優しく、温かく、煌びやかに。
「───Drums!“KOMURA MIDORI”!!」
アウトロへ。引き伸ばして引き伸ばしたアウトロはメンバー紹介へと繋がる。
「───Guitar!“KURAKI REI”!!」
激しくドラムを叩きまくった碧から黎へとバトンタッチ。熱くエモーショナルなストロークが響き渡る。
「───Bass & Chorus!“SHIMOYO AOI”!!」
ズンと心に来る低音。
「────Vocal!!“TSUI HIIRO”!!!」
ストラトキャスターを掻き鳴らして、更に更に、もっともっともっと音量を上げていく。
「今日は皆さんのおかげで最ッッッッ高の夜になりました!!本当に!!本当に本当に!!本ッッ当にありがとうございましたぁぁあッ!!!!…私たちが『<Chandelier>』だ覚えとけぇええええッ!!!!!」
めちゃくちゃに掻き鳴らして、最後は全員で息を揃えて爆音を〆る。
「ありがとうございましたッ!!!!」
最後にピックを放り投げて、<Chandelier>のデビュー&デビューEPレコ発ライブは大成功で幕を閉じた。
……To be continued




