第72話【What is professionalism?】
ストラトキャスターをケースに入れ、荷物を抱えて蒼と共に家を出る。
曇天。雨雲は今にも泣き出しそうな灰色をしている。
晴天が良い天気なのは常識だが、雨も雨で嫌いじゃない。冷たい雨に降られれば、いつでも心の奥に隠した棘が剥き出しになるような、そんな気分になれる。ロックバンドである以上、尖ってなんぼ。だからこそたまには刺激が欲しいと思う。なんだかんだで、傷付いた記憶や悔しい思いをしてきた過去が大切で、それによって良い歌詞が書けたりもする。あんな思いはしたくなかったとは思うが、しない方がよかったとは思わない。そうやって生きてきたからこそ今の私がある。だから、なんというか、別に晴れてなくても構わない。酸いも甘いも全部が必要で、怒りも悲しみも、決して良くない感情というわけではないということを言いたい。
電車に乗って、降りた駅で黎、碧と合流し、『クラブ9』というライブハウスを目指す。何度か世話になったことのあるライブハウスだ。
これがデビュー前最後のライブになるだろう。そして、過去1番の感動を届けるライブでもある。
SNSには、今日のライブで重大発表があることをツイートしてある。チケットの取り置きは30人ほど。後はウェブ予約と当日客、そして他の出演者目当ての人がどれだけいるか。そしてこのライブハウスではストリーミング配信もしており、配信で見てくれる人もいるだろう。昔のクソバンド時代から見ると、応援してくれるファンも増えて本当にありがたい限りだ。
「お疲れ様です」
ライブハウスに入り、店長さんたちと挨拶を交わす。
「お疲れ様。<Chandelier>は相変わらず早いな」
「リハは時間取れれば取れるだけいいので」
「勘弁してくれ」
冗談抜きで。とでも言いたそうな顔だが、店長の顔は笑っていた。
今日の出演バンドは<Chandelier>を含め3組。そして<Chandelier>はトリ。最後のアクトだ。
「えと、この時は……はい。ここからバチバチなので…はい。よろしくお願いします」
PAさんと打ち合わせし、ステージへ。
「それじゃ、Opening Actから!」
◇◇◇
ライブハウスがオープンし、だんだんと人が増えていく。
フロア入口からフロアを挟んで1番奥側にある物販コーナーでは、緋と蒼が身を寄せ合って座っている。
「ね見てあれ。<Chandelier>の緋ちゃんと蒼ちゃんだよ」
「ほんとだ。2人とも超可愛いしやばい。仲良いんだね」
緋は蒼の肩にもたれかかって髪を撫でられている。
「ね。緋ちゃんね。ライブでは物凄いカッコイイんだけど、あのギャップが良いよね~。蒼ちゃんには心許してる感じがして良い」
「てぇてぇだね」
「てぇてぇだ」
そんな2人の少女の会話をフロアで聴いていた碧は苦笑いする。
「確かに尊いけど、うちのツートップのイチャつきは別に見世物じゃないでしょ」
「まあ……見せつけてるのはあの2人の方なので……」
「…まあ確かに」
黎の言葉に納得しておく。
「…あのさ」
「はい?」
「……黎ちゃんに少し、聞いて欲しいことがあってさ」
「私ですか?」
「うん。…ちょっと悩んでるというか……相談」
「なんですか?私でよければ聞きますけど」
「…<Chandelier>はさ。事務所と契約して、デビューが決まってる訳だけどさ。私はほら。このバンドが力を付けてからのタイミングで入ったわけでさ。1番大変な序盤を知らない。1人で歌ってきた緋も、1人で緋を支えてた蒼も知らない。黎ちゃんみたいに、元々応援してた訳でもない。こんな話、今更になるけどさ。私、まだ8ヶ月しかバンドやってないのに、胸張っていいのかなって」
「何言ってるんですか。碧さんが入って<Chandelier>になってから、このバンドは間違いなく変わりましたよ。理想に向かって突き進む一体感がまず違いますし、私も勢いあるなって実感がありました。碧さんのおかげで、このバンドはここまで来れたと思います」
「ほんとにそうなのかな」
「そうですよ。事細かに説明してあげましょうか?碧さんがどれだけこのバンドに貢献したか」
「ふっ、何、説明できんの?」
「できますよ。…私、このバンドが大好きなので」
「…大好き、か」
「はい。なのでお世辞抜きに言いますが、碧さんは凄いことしてるんですよ。序盤を知らないと言いましたが、改名した<Chandelier>をここまで伸ばしてくれたのは間違いなく碧さんのドラムなんです。…覚えてますか?改名のライブを経て、初めて<Chandelier>としてやったライブのこと」
「覚えてる」
「あの時、<Chandelier>のライブを見に来てくれた人の数、ScarletNightの時の半分もいなかったんです。改名の影響は多少あると思いますが、それ以上に、SKYSHIPSの曇紫音が目的だった人達にとって、聞く理由のないバンドになったからです。でもそこから、少しずつ少しずつ、ライブに来てくれる人の数は増えていきました。碧さんが入ってから、このバンドは本当の意味で<Chandelier>というバンドとして評価されるようになったんです。碧さんのドラムは、他の人にはできない魅力があります。テクニックもそうですし、ドラムがボーカルのリズムに合わせにいくというスタイルが、緋さんの曲の作り方と噛み合って、曲のクオリティが上がって、ライブのクオリティが上がって、そうやって、バンドが成長してるって実感は、物凄く気持ちのいいものでした。…だからですね。碧さん。それは愚問というものです」
「あはは、愚問か」
「愚問ですよ。碧さんは自己肯定感低すぎです。もっと自分の頑張りを褒めてあげてください」
「……そうかも。私自分のこと可愛く思ってる割に自分のこと褒めないし」
毎朝鏡に向かって「可愛い」とは言っているものの、内面に関してはほぼそんなもんだ。
「碧さんの病み方は緋さんによく似てます。頑張ってるのに、もっと頑張らないと、って思うところが特に」
「緋に比べたら私なんて全然」
「はい。そういうところです」
「えぇ……」
「…まあ、悪いことでは無いと思いますよ。向上心が絶えないのはむしろ良いことですし、頑張りすぎて自滅しなければなんでもいいと思います」
「そうだね。緋もこの間は熱出して寝込んでたみたいだし、緋のことは反面教師にして頑張らないとね」
「はい」
話しているうちに、1組目のバンドの演奏が始まった。
まだ人はまばら。けれど、今この場にいる人に向けて、確かにその歌声は届いている。泥臭くロックを歌う彼らを見ていると、嫌でも自分が調子に乗っていることを思い知らされる。複雑な気持ちだ。
フロアの後ろ側をそっと通って、緋と蒼のいる物販コーナーまで移動する。
「2人で何話してたの?」
「黎ちゃんに怒られてた。自己肯定感低いのはよくないってさ」
「なにそれ」
「別に怒ってなんかないですからね」
「まあよく分からないけど……自信もってこうね。私たち、プロなんだから」
緋にも喝を入れられたが、多分それは自身を含むメンバー全員に向けた喝だろう。
……いや、違う。考え方の問題か。
今この瞬間、この人口密度の低いフロアの前で音を出すバンドの前で、私は調子に乗っている、と、そんなふうにも思っていた。そうではないのだ。積み重ねてきた努力、確かな自信と、業界関係者に認められた事実がある。私たちはプロ、言ってしまえば商品なわけだ。「つまらないものですが…」なんて気持ちで売れるわけがない。「あのGRプロお墨付き、最高にオシャレでクールなロックバンド!」と自分の価値を自覚してそう売り出せるだけの実力は持ち合わせているというだけの話。
「緋って凄いわ」
「緋は凄いわよ。何を今更」
「そうだね。今更って感じ。……ちなみに蒼はプロ意識とか、その辺どうなの?何か考え方変わったりした?」
「私?私は……そうね。特に変わりは無いわね」
「無いの?」
「私は緋と一緒にいられれば幸せ。ライブができれば楽しいし、ファンが増えれば嬉しい。自分より売れてるバンドを見れば羨ましいし悔しい。哀しいことがあって辛い時は音楽に逃げて、怒りも音楽にぶつけて。それで自分を吐き出して、ふと自分を見つめ直したら、音楽やってて良かった、って思う。私にあるのはこれだけよ。プロ意識についてはそうね、強いて言うなら、お金もらうんだからそれ相応の働きはしないと、ってくらいよ。勿論、働きに対して報酬が少ないと思えば訴える気でいるわ」
「ちょっとアレだけど、プロ意識はある…の…かな…?」
「蒼の言ってることも、言い換えれば自分の価値をちゃんと理解しておこうってことだから」
「まあ確かに」
「そんな綺麗な理由じゃないわよ。…悪いことしてるのにたくさんお金貰ってるクズに負けたくないだけ」
「急に物騒すぎる」
「例えば、高いお金を払って学校に通ってるのに、そこで教員に嫌な思いさせられたとするわ。私は、それを値段に見合うサービスではないと思う。逆にお金を貰ってもあんな思いはしたくない。…人からお金を貰うってそういうことだと思うの」
「私怨混じってないですか?」
「更に言うとね。例えば国を良くしたいだとかそんなことは微塵も思ってない、ペコペコ頭を下げてコネだけで政治家になった人がいたとして、その人はどう国民から税金をむしり取ってやろうかと考えるだけで、税金を給料として貰っている。私はそれをプロのやる仕事だとは絶対認めないってこと」
「おぉぉうロックすぎる」
「私、悪いことをした人は全員裁かれるべきだと思うの。誰かを不快にしたり傷つけたりした人も全員痛い目に遭うべきだと思ってるし、犯罪者は全員死んだ方がいいと思ってるの。だからデスノートはこの世界に必要だしキラは間違ってないしシビュラシステムでもドミネーターでもなんでもとっとと開発するべきだと思うのよ」
「なんか話の趣旨変わってない??」
「……そうね。なんの話だったかしら」
「プロ意識の話ですよね?」
「まあいいわ。緋は可愛いってことでこの話は終わりにしましょう」
「終わりにされた……」
……To be continued




