第71話【契約】
緋たち<Chandelier>は、世田谷区某所、GR.PROJECTの事務所のあるビル訪れた。
「…ここが……」
大きな会社なだけあってかなり大きなビル。中に入れば階段すら綺麗で、こんな所に社会不適合者のロックンローラーが来てしまって良いのだろうかとも思ってしまう。
「とりあえず、2階まで行きましょ」
「うん」
GR.PROJECTの事務所はこのビルの2階と3階。
2階まで上がると、菫が受付のすぐ横で待ってくれていた。
「<Chandelier>さん。お待ちしておりました。こちらに」
「は、はい!」
緋たちは菫に案内されるまま進み、会議室…もとい応対室へと入る。
「どうぞおかけください」
相変わらず丁寧な人だなと思いながら、社会人ならこんなもんかと勝手に納得する。
机には4人分のお茶と、用紙が用意されている。こんなもてなされても良いのだろうかと気が引けるのは、自分が小心者だからだろうか。
「本日は御足労感謝します。早速本題ですが、こちらが契約内容、そして、後は活動方針について話し合い、双方合意となれば、晴れて契約成立となります。今は私は貴女方にお願いをする立場です。遠慮せず、自分の気持ちを大切に、決めていただければと思います」
「はい」
契約内容に関しては、要約すると、あなたはこの会社で働きます、悪いことをした場合は契約解除します。のようなことがわざわざ難しい言葉で書かれていた。それと、1人あたり最低月約5万の給料が貰え、活躍次第でその額は上がると。スタジオ代や収録にかかる費用も会社が負担、ライブの運営やミュージックビデオの制作等にも協力してくれること。もちろん収益の何割かは事務所に吸われるが、それでも至れり尽くせりすぎて、詐欺にあっているのではないかとさえ思えてくる。
「断る理由は今のところないです」
「ありがとうございます。…では…活動方針について、話し合いをさせてください。これが1番大切かもしれない話ですので。これで双方合意となれば、契約成立とさせていただきます」
「…はい」
「…まず、デビューにあたってですが、<Chandelier>さんには、GRプロ傘下のインディーズレーベル、『WR-RECORDS』からシングルもしくはアルバムと、ミュージックビデオを出してデビューして頂くことになると思います。そして、そのレコ発ライブ。初動としてはこんなところです」
早速すぎる。それに、タダでアルバムを作らせて貰えるなんて控えめに言って神すぎる。
「今のところ、会場は200人前後の規模のライブハウスを想定していますが、反響次第で変わるとお思い下さい。その後も、収入源としてはライブ活動が主になると思います。同事務所所属アーティストの前座の他にも動画サイトやSNSを活用して知名度を上げ、フェス参戦も視野に入れています。…と、あまり未来の話をしすぎると規模がどんどん大きくなってしまいますが……まあ、我々もしっかりサポート致しますので、どうぞ存分に音楽活動を謳歌して頂ければと思っています」
「……」
そこまで聞いて思う。遠くまで来たものだと。
あの日、名前も知らないバンドの路上ライブに心を突き動かされてギターを始め、作曲を始め、路上ライブを始め、バンドを始めたあの時の自分たちが、遠い過去にいるような気持ちになる。
プロのアーティストへの道。その道のゴールにたどり着き、次からはプロのアーティストとしての道を歩むことになる。
そして、ここへ来る時、ひとつ心に刻んでおいたことがある。レーベルは売れるアーティストが欲しい。アーティストは資金が欲しい。私たち<Chandelier>とGRプロは、お互いにお互いを利用し合う関係にある訳だ。だからこそ、自分の価値をちゃんと理解しておくことが重要だと。
私たち<Chandelier>は、期待されているのだと思う。この期待に必ず応えなければならず、そしてその期待を超えていくことが絶対だ。
デビュー。レコ発ライブ。フェス。やってやろうじゃないか。
「…ひとつだけ、確認したいことがあります」
「何でしょうか」
「…私がこのバンドのリーダーであること……プロデューサーであることは譲れません。方向性を変えろと言われても、その逆で私が変えたいと思ったところに変えないでと言われても、私はそれらの意見は恐らく聞けません。それでも構いませんか?」
「……。はい。構いません。任せます」
「…蒼、黎、碧。いいよね」
「ええ」
「はい」
「うん」
「……契約内容、了承しました。御社でデビューさせて下さい!」
「…ふふっ、分かりました。契約、ありがとうございます!」
メンバー4人で書類にサインをした後、順番に菫と握手を交わして今日は解散となった。
◇◇◇
「遂にプロデビュー決定かぁ。正直まだ実感は無い」
少し公園に寄り道して、ベンチで蒼空を見上げる<Chandelier>一行。
デビューが決まったとしても、そこから売れない限りは活動は大きくは変わらない。プロになったんだという自覚はありつつ、まだそれを実感できるほどの変化はない。
「そのうち実感しますよ。CDが店舗に並んだり、大きなライブができたりしたら、きっと」
「…そうだね。それは分かりやすく実感できる」
そんな日を叶えられるように、頑張るしかない。結局のところ、頑張るしかないというのは変わらないみたいだ。
隣の蒼の肩にもたれかかって、目を閉じる。
聴こえてくる環境音、そして幾多の夢見るアーティストたちの路上ライブ。この公園内には、今まさに路上ライブから這い上がろうとしているアーティストたちがひしめいている。
「変わったな……私」
「そう?」
「2年前まではさ、ただ無我夢中で歌ってた。なんでもいいから私の音を聞け、って。自分の曲は最高だって勘違いして思い上がって。聴いて貰えなくても、そのうち誰かが見つけてくれるって。でも今はさ。もっといい曲作ろう、皆を巻き込んで盛り上がる曲を、もっと楽しませられる曲を、もっともっと、ってさ。自分を吐き出すだけだったのが、今は聴いてくれる人がいて、その人たちのためにもっといいものを届けたい、ってさ。…なんて言うか、見違えたと思う。自分で言うのもなんだけど」
「アレだ。プロ意識ってやつかな」
「多分そうかな」
「<Chandelier>の本質はそこだと思いますよ。毎回毎回アレンジし続けてるのも、もっともっと良い音楽を届けたいからってことじゃないですか。…私はこのバンドが、緋さんのそのやり方が大好きですし、それが認められる時が来るとずっと信じてましたよ」
「ありがと」
「まあ、私はソロ時代から応援してたわけですが」
「いらないマウントとらないの」
「…でも本当に、3人ともありがとう。多分私一人じゃ、ここまで来れなかったと思う。蒼がいて、黎がいて、碧がいたからデビューまで来れた。本当に、ありがとう」
「いいって」
「そういうのは武道館とか行ってからでいいです」
「黎は理想高いね」
「悪いですか?」
「全然」
「けど、武道館は必ず行きたいわよね」
「だね」
「それで、いつか必ず、ZOZOマリンスタジアムでワンマンライブをやろう。この先、何年かかっても」
「ええ」
……To be continued




