第68話【ラブレター】
歌う。
ただ、歌う。
不安を、焦燥を、恐怖を、希望を、期待を、夢を、何もかも、全身全霊を、ストラトキャスターの音色に乗せて、ただ、ただただ歌う。
モノローグの鍵盤を指先で叩く。
長い前髪の向こう側に見える、約100人のオーディエンス。
確実にバンドサウンドを支えるベース。全員を引っ張るボーカルとギター、乗せられるメロディ、全体の流れに追い上げをかける怒涛のドラム。4人とこの場の全員が織り成す、圧倒的なグルーヴ感。
インディーズデビューを目指すロックバンド『<Chandelier>』は、送れるだけのラブレターをレコード会社に送り散らし、その待ち時間を塗り潰すように「とにかくライブ」としてライブ出演を続けていた。
───2月2日、日曜日、午後19時過ぎ、町田、とある小さなライブハウス。
「ほんと応援してます!」
「ありがとう。期待に応えられるように頑張るから」
アクト終わりの少しの時間。物販でのファンとの交流の時間。
毎度、毎度。誰に対しても、私たちはただ「期待に応えられるように頑張る」と言い続けた。
────そして、真っ暗闇の中で家に帰ってきた緋と蒼は、郵便受けに入れられた封筒に気付く。
「これ……!」
緋は、衝動に駆られたように、その封筒に手を伸ばす。
玄関前のランプの淡い光に照らされた封筒の送り主の名前を読み上げる。
「……『GR.PROJECT』……?」
その名前に覚えは、あるような、ないような。覚えていないが恐らく、無我夢中で送りまくった音楽事務所の何処かだ。
「………蒼」
「……ええ」
2人とも、寒さも何もかも吹き飛んでいた。ただ、この封筒の事だけが、頭の中にあった。内容は何だ。どっちだ。
心拍数が上がって、別に逃げたりはしないと分かっていながら焦燥感のようなものに支配された心は体を突き動かして、その封を今ここで開ける。
ライブ中以上に高鳴った鼓動。冷たい風も今はどうだっていい。求めていた1文を、探して、読み上げる。
「───是非とも一緒に仕事をしたいと思いました。よろしければ次のライブの日程を教えてください」
「…………来た……」
来た。来た。来た。来た。来た来た来た来た来た。
一番乗りの返事。しかしながら、完全に浮かれてしまっている訳では無い。興奮はしているが、冷静さを欠いている訳では無く、どちらかと言えばかなり冷静だった。手当たり次第にデモCDを送り付けたはいいが、返事をくれた事務所が果たして信用に足る事務所かどうかは分からない。どうせなら1番良い事務所、言ってしまえば大手に所属してやりたいというのも本音。
「GR.PROJECT…!どんな事務所だっけ!?」
「ちょっと待って、調べるわ」
蒼は携帯で事務所を調べる。そして、その概要は。
「………まさか、ね……」
───調べた結果は、言ってしまえば、大手中の大手。名だたる有名アーティストも多く所属する事務所だった。
「……これ本当?」
「まあ、企業ページに嘘は書かないと思うけれど」
「じゃあ、本当に………」
「………緋?」
───嬉しいのだが、事務所が強力すぎて現実味がない。そのせいで、こんな有名アーティストが名を連ねる事務所から返事が来るか?と疑心暗鬼になってしまう。これは現実か。現実であったとして、これは本当の本当なのか。
「……一旦、明日皆で集まって会議にしよう」
「ええ、そうね」
◇◇◇
「──うちは喫茶店じゃないんだが」
ライブハウス『RAIN OF BOW』。<Chandelier>の4人とさくなの集合場所にされたここの店長、雨美はため息を零す。
「まあいいじゃないですか店長。未来の超有名バンドの会議室としてうちが選ばれるなんて光栄だと思いましょうよ」
「ここ使って良いですかって言ったのお前だよな」
「いいって言ったのも店長ですっ」
「まさかマジだとは思わなかったんだ。バイトのくせに」
そう言いながら、雨美は「入れば?」とフロアへ進ませてくれる。
「…ほんとに良かったの?」
緋は少し申し訳なさそうにさくなに聞く。
「店長はツンデレなので大丈夫ですよ」
「ツンデレ……」
それが大丈夫な理由の答えにはなっていないが、まあいいならいいということでこの話は終わりにする。
フロアに降り、テーブルに例の返事の封筒を広げる。
「これが一番最初の返事よ」
「GR.PROJECT……待って、確かめちゃくちゃデカいところじゃなかったっけ」
「うん。凄いとこだよ」
「凄いとこ……」
蒼は碧と黎、そしてさくなに携帯の画面を見せる。
「……嘘でしょ、こんなとこから!?」
「超王手……こんなことあります!?」
「凄いじゃないですか!!」
3人のテンションが上がる。それに釣られて、店長、雨美も気になったのか顔を覗かせる。
「何だ?何処から………って、は!?GRプロから返事ってマジで言ってんのか!?」
「サイトの住所とか見た感じマジっぽいです」
「お前ら今すぐ返事出せバカ!!」
「は、はい!!?」
……To be continued




