第66話【親愛なる敵たちへ】
「───大好きなんだから」
───真優は立ち上がりながらそう言い放った。
「……は…?」
意味が分からない。そう皆が思う中、緋は1人の人物と彼女を重ねていた。
「…ずっと不思議だったんだよねぇ……大っ嫌いなはずなのにさぁ……緋といると心が安らぐんだよね。ドキドキして、それでいて心地良いんだ。……ずっと、嫌いなんだって思ってた。嫌いだから傷付けたいんだって。でも違う。逆なんだよ。緋のこと……好きで好きでたまらないから……私は緋を傷付けたいんだよ!!!」
「……お父さんと一緒だ。真優は。自分のことしか考えてない」
「私の人生だ。私は私が幸せならそれでいい。だから緋。あんたを手に入れるんだよ。痛めつけて、ぐちゃぐちゃに壊して、私の言うことしか聞けなくしたい。…分かるでしょ?大好きな人と一緒にいたいって私の気持ち」
「…そうだね。大好きな人と一緒にいたいって気持ちはね。痛いほど分かる」
「だったら私のために───」
「───私の人生だ。私は私が幸せならそれでいい。だから私は蒼と一緒にバンドをやる。真優の人生なんて知ったこっちゃない」
真優の言葉をそのまま引用して返す。
「………」
「フラれたわね、真優」
「………」
姲璃が声をかけるが、真優は下を向いて動かない。
「真優───」
───真優は泣いて崩れ落ちた。
「…ッ……仕方ないじゃん!!愛なんて知らないし!!緋が可愛すぎるのがいけないんじゃん!!ちょっとちょっかいかけて!落ち込んだ緋が可愛すぎたから!!緋が私をおかしくしたってのに!!狂わせた責任取れよクソが!!!」
「………」
───知らなかったのか。愛なんて。
緋は真優の近くへ歩いていく。
「緋…」
「いい」
心配する蒼を置いて、真優へ近付く。
「……真優」
「んだよ緋ぉ…」
「………ライブ見てよ」
「……は…?」
「音楽ってさ。凄いんだよ。自分が分かんなくなって、何もかもぐちゃぐちゃになってどうしようもなくなった時でも、音楽はきっと心の奥に眠ってた本当の感情に気付かせてくれるから。私のバンドのライブ、見てよ」
「緋……ッゴミカスの癖に何分かったような口聞いて───」
「───口答えは私の音楽聴いてからにして欲しいな」
「っ……」
顔を近づけて一言だけ告げた。
「……一段落しましたか」
「うん。ごめんね、さくな。ありがとう、そばにいてくれて」
「いえ。私はただ付いてきただけですから」
「蒼と碧もありがとう。二人がいなかったら立ち向かえなかった」
「礼なんていいよ。私は何もしてない」
「頑張ったのは緋よ。自分を褒めなさい」
「…黎も。ありがとう。かっこよかった」
「えへへ、もっと褒めてください」
「体小さいのに凄かっ……あっ…」
「………う、嬉しいですよ!嬉しい!褒められて嬉しい!」
「……ふっ…!ふふっ…」
「笑わないでください!」
「ごめんごめん…!……さ、時間あんまり無いけど、ちょっとだけ見て回ってこようよ」
「そうね。今のやりとりもだけど、黎のクラスでもだいぶ時間使っちゃったし」
「でしたら、2年3組はどうですか?」
「黎の2つ隣のクラス?」
「なにやってるんだっけ」
「お化け屋敷ですね」
「おお、いいじゃん。蒼、一緒に行く?」
「………」
「蒼?」
「…え?ええ。そうね。一緒に行きましょうか」
「あれ、蒼乗り気じゃない?」
「…だ、大丈夫よ。所詮は学校の文化祭の演し物。……余裕よ」
「……。ふふっ、じゃあ行ってみよっか」
いたずらっぽく笑い、緋は蒼の手を引く。
駆け足気味で去っていく2人を見て、黎は思い出したかのように残った2人に伝える。
「ちなみに、1組以外も、2年生はほぼ全員が<Chandelier>のファンなので、クラス関係なく2年生の演し物ははっきり言って凄くクオリティが高いんですよ」
「あの感じだと蒼って怖いの苦手っぽいよね…」
「ですね」
「緋ちゃんのあの顔は確信犯です。蒼ちゃんの無事を祈ります…」
───その後、2年の教室棟に蒼の悲鳴が鳴り響いた。
◇◇◇
「ごめんね蒼。本当に怖いなら断ってくれても良かったのに」
「……いいえ……いいのよ。緋のいる所に私在り。緋が行きたいところが私の行きたいところだから……」
廊下に出てきた緋と蒼。
蒼は緋に抱きついたまま離れなかった。
「………で、いつ離れるの?」
「死んでも離れない」
「この後ライブだよ」
「くっついたままやるわ」
「ギターもベースも弾けないじゃん」
「黎と碧がなんとかしてくれるわ」
「こら。蒼のベースが<Chandelier>の要なんだから」
「……そうよね。私がベース弾かないとだめよね」
「そ」
「…でもライブまでは許して……」
「……まあいっか。なかなかこんな蒼見れないし」
◇◇◇
───降りた幕の裏。<Chandelier>は各自のセッティングに取り掛かる。
そびえ立つ城壁のようなクラッシュシンバルが特徴的なドラムセット。
床に広げたエフェクターボード。漆黒のES-335にシールドを刺す。
ナチュラルのジャズベースの弦を弾く。チューニングは完璧。アンプの音も良好。
サンバーストのジャズマスターの4フレットにカポタストを嵌める。
4人で『Opening Act』を合わせ、全体のバランスを整える。
手を上げ、ステージ裏の生徒会の子に合図を送る。
「───お待たせいたしました!本日の《《メインイベント》》!<Chandelier>によるバンド演奏です!!」
「───!!!」
第2体育館に集まった、500人を優に超える数の観衆から歓声が湧き上がる。
ステージの幕が上がり始めるのと同時に、緋が演奏を開始。
優しい音色の単音が響き、そこへ3人が合流。最後にジャズマスターを掻き鳴らす。
「行くぞ~~~~~っ!!!」
歓声を巻き起こし、<Chandelier>の4人は一瞬のうちに目を合わせる。
碧が4回シンバルを叩く。
緋と黎が同時に同じフレーズを掻き鳴らす。『Shake it all off』の爆裂的なイントロが第2体育館のテンションをブチ上げていく。
イントロから静かなAメロへ移行するも、黎の煽りで体育館全体が手拍子を加え、フロアは熱を失わない。手拍子が纏まると、黎もメロディを足していく。
徐々に盛り上げて、一瞬時が止まったかのような静寂を経てサビでぶち上げていく。
何度も演奏を重ねて進化し続けたShake it all off。演奏のクオリティもアレンジも、緋の歌唱力も蒼のハモリも、この曲ができた頃とは比べ物にならないくらい上がっている。
「──ッ最高!!」
サビ後に感謝を付け加えて、イントロと同じフレーズの間奏へ。勢いを保ったまま2番を走り切り、続く間奏の後半は黎のギターソロ。目指す場所を夢に見て我武者羅に足掻くようなフレーズが、高速のピッキングで放たれる。
「黎ちゃーん!!!」
同級生の声にドヤ顔で応え、ラスサビへ。過去を振り切ったその先、未来に望むものに渇いて渇いて仕方がない、そんな最後のフレーズを解き放って、Shake it all offはアウトロへ差し掛かる。緋以外の音が止み、ジャズマスターの音色が響いたところで、蒼が息を大きく吸ってマイクに口を近づけ叫ぶ。
「行くぞ文化祭~~~ッ!!!」
「──!!!」
全員の掛け声を切り裂くように、緋と黎が交互にギターソロを織り成す。そして合流して、イントロと同じフレーズを繰り出す。
4人、タイミングを合わせて、体を揺らして、アウトロを〆る。
ジャズマスターを掻き鳴らした右手は抱えていたものを振り切るように大きく振り払い、その勢いで体も回る。
「───!!」
大きな歓声を浴びて、緋はステージから第2体育館を見渡す。
「…1曲目、Shake it all offでした!!初っ端から飛ばして行きましたがまだまだついてこれますかEverybody!!」
「───!!!」
まるでフェスのような熱気。普段のライブハウスより何倍も多い人の声が、ライブをかつてない程に盛り上げてくれる。
「一緒に盛り上がって下さい!渇望!」
演奏に入る。この一瞬の度に、みんなの声も演奏のうちだと思う。
黎の的確なアルペジオから渇望の演奏がスタート。
基本的に英語の歌詞の中に日本語が織り交ざって、目まぐるしく変わっていく心情と感情を歌っていく。夢を追い求める熱さ、しかし何か物足りないような寂しさ、とにかく溢れ出る想いを表すようなメロディ。
Shake it all offと同じく、演奏に演奏を重ねて進化してきた渇望。1度として同じ演奏は無い。
「っ──!」
渇望のアウトロから、繋ぎの演奏へ。碧のドラムソロが鳴り止まないまま続けられる。ジャズマスターを下ろして、緋はスタンドからマイクを抜き取る。
「初めまして<Chandelier>と申します!今日はこの体育館でライブができて本当に嬉しいです!メンバー紹介!Drums!故村碧!」
シンバル多めのソロから、蒼にバトンタッチ。
「Bass!霜夜蒼!」
ベースの高低差の激しいスラップを魅せる。
「Vocal!終緋!」
両手を高く掲げる。
「そして!Guitar!昏木黎!」
タッピングを交えた高速のピッキングを魅せる黎。
「今日は、黎のおかげでここでライブできています!黎、本当にありがとう!」
喝采を受け止めながら、次の曲に移る。
碧のドラム、蒼のベースに加え、緋は新兵器シンセサイザー『KORG MONOLOGUE』に手をかける。
重低音が響く。体の奥底から込み上げてくる、体を動かしたくなる、どうしようもない衝動。原曲の面影が無いくらいのアレンジを加えたNadeshikoを披露する。
「音に身を任せて、酔いしれて、踊ろうぜ文化祭!!」
最高にオシャレなロックを体現するかのように。激しかった最初の2曲と打って変わって、ゆったりとしたリズムでありつつ、熱は冷めることを知らない。音に酔う。そんな気持ちのいい瞬間をオーディエンスと共有し、Nadeshikoの演奏が〆られる。
「改めましてこんにちは<Chandelier>と申します!」
演奏の手が止まっても、拍手と喝采が、この場の音を絶やさない。
「私たち<Chandelier>のメンバー、私と蒼と碧の3人はこの学校の生徒ではありませんが、ギターの黎がこの学校の2年1組ということで。それで、みんなでライブやりたいと言って誘ってくれたので、ここでライブさせて頂いてます。黎も、盛り上がってくれたみんなも、本当にありがとう!!」
感謝を述べ、緋は黎に振る。
「黎、何か喋る?」
「私はいいです。ここで特に言うこともないので」
「そう?せっかく黎の文化祭なのに」
「私が喋るなら武道館クラスですかね」
「おお」
「なかなか言うわね」
「じゃ、武道館行ったら黎にMCしてもらうからね」
「はい。なので私がMCやれるように武道館目指して頑張りましょう」
「うん。…ということで、ちょっとシャイなところある黎ですが、いい子なので、皆さんどうか仲良くしてあげてください!」
「そういうのはいいです…!」
「…じゃあ、早いもので、次が最後の曲になります!私たち<Chandelier>のライブ、もっと見たいって思ってくれたら是非ライブハウスにも足運んでください!最高の時間を分かち合いましょう!!」
喝采を浴びながら、黎、蒼、碧は演奏を始め、緋はジャズマスターを担ぎ直す。
「今日は最高の時間をありがとうございました!<Chandelier>でした!!」
緋もギターを鳴らす。
「───This one's called “Scar”!!!」
繋ぎの演奏がフェードアウトしていくのに代わり、緋のソロからイントロが始まる。アルペジオから、破裂音のようなアップストロークで弦を切り刻む。そして3人が合流し、<Chandelier>が織り成す最高にオシャレでクールな世界へオーディエンスを引き込んでいく。
スカーとは傷痕の意。傷付いてきた想いや、それに立ち向かう勇気、耐えられずに折れた心も、乗り越えた先に手にする強さも、表裏一体、正反対な感情も、似ているようでどこかズレる想いも、全部を音と歌にして送り出す。知らなかった愛も、気付けなかった好意も、触れられなかった温もりも、何もかもを知ったその瞬間のカタルシスも、全部歌にして吐き出していく。叶えたい願いを込めて、生きるための想いをジャズマスターの音色に託す。
この曲に込めたのは緋の人生そのもの。偶然か必然か、“Scarlet”から取った“Scar”というタイトルを世界に投げつけていく。
感情に訴えかけるメロディを散らして、Scarはアウトロに差し掛かる。
「みなさん今日は本当に!本当にありがとうございました!<Chandelier>でしたァっ!!」
満足いくまで掻き鳴らして、打ち鳴らして、<Chandelier>のアクトは幕を閉じた。
「ありがとうっ!!!」
……To be continued




