第65話【歪んだ愛】
高校。ここからやり直すんだ。
そう誓いながら、私『終緋』は高校の入学式へ臨んだ。
小学も中学も、虐められて終わった。
同じ中学出身の人間の割合は少ない。せっかく殆どの人間関係がリセットされるのだから、ここで幸せを掴まなければいつ掴むというのだ。
私はいつかスターになるんだ。私に生きる意味をくれた、あまりにもかっこいいロックバンドのように。だからこんなところで嫌われていたくないんだ。
───
クラス分けの結果は控えめに言って神だった。同じ中学出身の子は1人もおらず、ゼロから始めるには最高すぎる状況だった。別に好かれたいとも思っていないが、嫌われるのだけは嫌だ。そう思いながら、失敗しないような自己紹介文を考えていた。
「次、えっと……終緋さん」
「は、はい」
順番が回ってきた。緊張を落ち着けようと深呼吸する。
大丈夫だ。誰も私を知らない。みんなにとって私は虐めの対象なんかじゃないんだ。
そう自分に言い聞かせるが、勝手に頭に思い浮かぶのはマイナスな未来ばかり。
ここで失敗したら終わる。ダメな奴だと思われて、また除け者にされて、最終的には虐められる。自分のことしか考えてないスカスカな奴らの快感のための生贄になってしまう。
「……ぁ……ぇ…っ…と……終緋…です。音楽…が好きで……ミュージシャンになるのが夢です…よろしくお願いします…」
なんとか絞り出した言葉は、自信の無い弱そうな音として教室にフェードアウトしていった。
「………」
「次──」
まあ、大丈夫だろう。目立ったりしなければいい。好かれずとも、なんとも思われないくらいでいい。人と関わるとロクな事にならないのだから。無理に取り繕うのは面倒だし、そうまでして人とつるみたいとは思わない。私には音楽があるから。それでいい。
───
「……ねぇ、あの子……なんだっけ名前……終さん?めっちゃ可愛いよね」
「ね。私も思った。おどおどしてて表情も暗いけどめっちゃ可愛い。まつげ長くて目が超綺麗だし、腕も脚もウエストも細いのにおっぱいおっきいしビジュアル最強じゃない?間違いなくこの学年ナンバーワンだよね」
「分かる。一応全クラスの顔見てきたけど、終さんがマジで最強」
「声かけてみる?話しかけないで~みたいなオーラ出してるけど」
「ん~…一応声掛けてみよっか。うちらのグループの顔面偏差値上げてこうよ」
「おっけ~」
──1年2組の女子3人は、休み時間もずっと席に座りっぱなしのクラスメイト『終緋』に声をかけてみた。
「──ねえ、終さん。ちょっといい?」
「ふぇ…?」
クラスメイトに話しかけられたことに驚いて、変な声で返事をしてしまう。
女子3人。見上げた3人の顔は少し怖いような気がした。絶対に気のせいなのだが、私は本能的に他人を拒絶していたのだ。
「……ぇ……ぁ……」
「……あー、なんかごめんね。突然。ひとりでいる方が好きな感じ?」
「ぇ……ぁ」
なんて言えばいいのか分からない。こういう時、なんて言えば嫌われずに済むのかが分からない。せっかく初対面なのに。せっかく私がダメ人間だってことを知らない人が相手なのに、私は何も言えない。何か言わなくちゃ。何か───
「………。やっぱいいや、ごめんねほんと。突然話しかけちゃって。なんでもないから」
「ぁ……」
3人は去っていく。
ダメだ。何をやっているんだ私は。
自分がこんなに人と話せないとは思わなかった。
やっぱり言葉なんて嫌いだ。
私にとっての会話は音でいい。
何も言わずとも、音符でコミュニケーションが取れたらいいのに。…なんて、呑気に考えていることでしか、この余拍を埋められなかった。
───
「──えー。仲良くなっといてよ。2組の超絶美少女って、3組でも噂になってるんだから」
「でも、なんか超コミュ障っぽくてさ。下手に話しかけると縮こまっちゃうんだよね」
「誰か中学時代の終さん知ってる人いないかなぁ…」
緋に話しかけた2組の3人は、隣のクラスの友達と話していた。
「───緋のことなら、私、知ってるわよ」
──4人の会話に入ってきたのは、漆黒の髪と紫の瞳の少女。
「え、無城さんマジ?」
「ええ。でも……教えはするけど、あの子と仲良くするのはやめておいた方がいいかもしれないわね」
「え…」
「…はっきり言ってしまえば、彼女は何の役にも立たない落ちこぼれなのよ。何をやってもてんでダメ。勉強も運動もできないし、協調性も無くて集団行動に向いてない。おろおろしてばっかりで使い物にならない。失敗からは何も学ばないし、誰かに頼らないと何も出来ないのに誰の役にも立たない。関わってると損するだけよ」
「……」
「あと、そんなんだからまあ当然虐められてたわね。同中出身の虐めっ子は、少ないけどこの学校にもいるから、自分の身のためにも緋に関わるのはやめておきなさい」
「……そっかぁ。そんな子なんだ。終さんって」
「…ありがとう無城さん。話してくれて」
「いい。礼を言われるような話じゃない」
「───あーあ。姲離ぃなかなかえぐいことやっちゃったね」
「…なにが?」
「ふっ…!なにが?と来た。凄いね。せっかく緋は高校で虐められっ子卒業できるのかな?って思ってたのに、あいつが使えないゴミカスってことバレちゃったじゃん」
「……別に、いいでしょそんなこと。過去は消えない。あんたが付けた傷痕は残ってるでしょ。体育の着替えで服脱げば虐められてた事なんてすぐバレる」
「うわぁ、やっぱ姲離には敵わないなぁ」
「………」
「……私も暇な時に緋の様子でも見てこよっかなぁ」
「そう言って、可哀想な目に合わせるつもりでしょ」
「あったりぃ。緋は可哀想な目に遭ってる時が一番可愛いんだよ」
───結局。人間関係のリセットなんて無理だった。私も、環境も、何も変わっていなかったのだから。
◇◇◇
緋たちは3階の教室棟を出て2階へ降り、渡り廊下を通って、目的地である第2体育館へと入る。
「お…」
バンド演奏の最中だった。制服のラインの色から見るに、2年と1年生だろう。文化祭プログラムのフリーステージのタイムテーブルを見てみると、軽音部のアクトだった。部員が幌歌と緋の2人のみだった軽音部は部員を失って廃部になったと思っていたが、後輩が部を存続させてくれていたとは。どこかで機会があれば一声かけておきたいところだ。
「なかなか盛り上がってるね」
「万人受けするヒット曲のコピーだし、よっぽどの事がない限り盛り上がるわよ」
「上手いとも言えないけど、聞くに耐えないって程でもないしね」
「だね。…さ、楽器置いて、時間までぶらついてこよう」
ステージ裏に背負ってきた楽器を置き、体育館へ出る。
「───やっほぉ緋ぉ…。久しぶりぃ…元気にしてたぁ?」
「…!!」
ここに来て遂に、死ぬ程顔を合わせたくない奴と対面してしまった。
「……真優……」
薄い朱色の髪、狂気に満ちた笑み。幾度となくこの終緋の身体に傷痕を残してきた存在、葛葉真優。
「あはっ…覚えててくれたんだぁ…ま、忘れらんないよねぇ…あんなことされたらねぇ…。あ、蒼も久しぶり。それに……碧もいるじゃん…どういう組み合わせ?」
「…別にいいでしょ。私もう虐めとかやめたんだから」
「…ふーん。つまんない女になっちまったね碧」
「どの口が言ってんだか」
「私がつまんないって?んなわけないじゃん。私は最高に楽しい人生を謳歌してるつもりだよ?」
「…つもり、ね」
「で?なんで緋はここに来たの?私に会いたくないんでしょ?…あぁ…ツンデレってやつ?」
真優は相変わらず狂ったような笑顔で緋の顔を見る。
「……なわけないでしょ」
「お?喋れるようになってる!うぁ、凄い進歩だねぇ」
「……蒼に傷を付けた。私は貴女を絶対に許さない」
「…あーあ……そんなの緋じゃない。緋は弱っちいから緋なんだよ」
「何か勘違いしているようね」
「ん?何?蒼」
「緋は貴女なんかより余っ程強いわよ」
「あ?どこが」
「大人数で寄って集って1人を虐げて悦に浸ってる貴女なんかより、どんな目に遭ったとしても、だれも傷つけず、誰かの痛みを飛ばすためにひとりで歌を歌ってきた緋の方が、余っ程……死ぬ程強いんだから」
「蒼ぃ。あんた綺麗事好きだよね。昔っからそう。強者と弱者を決めるのは結果なの。分かる?やられっぱなしで、いつもうじうじして使えないゴミが強いわけないでしょ」
「……だから虐めたの?私の大切な人を」
「だからっていうとちょっと違うかなぁ」
「じゃあなんで」
「ん?なに、気になる?私が緋を虐めた理由」
「そんなものに興味はないわ。ただ、理由を聞いておくことで確実に貴女を嫌う事ができるから聞くだけよ」
「…ま、いいよ。教えてあげる。理由は単純だよ。虐めやすそうだから虐めた」
「ぇ……」
「もちろん、ザコのクセになんか上から目線だったり、つまんなそうな態度とかがムカつくからってのもあるけど、1番の理由はそれ。虐めやすそうだったから。抵抗する力は無いし、仲間と呼べる存在は蒼しかいない。それに、ゾクゾクするくらい可愛いから。可哀想は可愛いってやつ」
「……」
───可哀想は可愛いってやつ。どこかで聞いたことのある言葉だと思った。
父と同じだ。自分の事しか考えてない。自分さえ良ければ、誰がどうなっても構わない。
「……そんな理由で…」
「人生1回きりでしょ。私もつまんない人生にはしたくない。だから私には人生に花を持たせてくれる要素が必要だったの。緋はそれに相応しい人材だったんだよね。…ごめんね緋。今まで使えないとか言って。あれ嘘。本当はすごい役に立ってたよ。私の人生を薔薇色に染めてくれてたのは緋だったんだ」
「……狂ってるわ…緋の人生を弄んで……!!」
「何が悪いの?」
「ぇ…」
「私は緋のおかげで凄く良い気持ちになれた。それって素晴らしいことじゃんね」
「………」
「いやほんと───」
───真優はニヤリと笑って蒼を見る。
「───蒼を転校させたのは正解中の正解だったわ 」
「……は…?」
「初耳でしょ。…緋を虐めるには蒼が邪魔だった。緋のこと大好きすぎる蒼がいたら私は緋を虐めてあげられない。だから、お父さんに頼んで、蒼のお父さん飛ばしてやったの。うちのお父さん、会社の偉い人だからさ」
「そんな…ことまで…」
「……私と緋を引き離したのが…貴女……!?」
「………あんた……そんな事のために……緋と蒼を引き裂いて……」
「そ。碧は一緒に緋虐めた仲だもんね。私、ナイスなことしたでしょ?」
「真優……ッ」
「……ふっ…ネタばらしも済んだところで……緋。あんたに良い顔はさせないよ。あんたは壊れてこそ輝く。楽しくバンドなんてさせない。辛い目に遭って、悲しい目に遭って、理不尽な目に遭って、壊れて崩れて這いつくばって私を見上げる!それが終緋!!世界で1番可哀想が可愛い女!!だから私は緋…あんたの大切な人を潰す!!蒼も、碧も、そこのおねーさんも、2年のちびっ子もね!!」
「───誰を、潰すって?」
「……!!」
真優は振り返る。背後には、昏いオーラを纏ったようにも見える程の形相の小柄な少女が佇んでいた。
漆黒の髪が揺れる。各所に黄金が映える黒い羽織を制服の上から羽織って、黄昏時のような瞳で眼光を飛ばす。
「黎!」
───昏木黎。<Chandelier>ギター担当の少女だった。
「言っておきますけど私は元ヤクザの組長娘です。護身術は幼い頃に叩き込まれていますし格闘術もまあそこそこできます。小さいからってナメてると痛い目見ますよ」
「……はっ、ふざけやがって……まずお前から潰してやんよ!!」
「黎───」
「浅はかです。死ぬ程」
「──!」
───真優が懐から出した包丁を瞬時に叩き落とす。そして手を掴んで体制を崩し胸ぐらを掴む。
「私には殺そうと思えばいくらでも貴女を殺せます。でも殺しません。そんなことを緋さんは望まない。敵は音楽で黙らせる、それが緋さんのやり方で、それで貴女を黙らせるために緋さんはここに来た。なので私は貴女を暴力で黙らせるようなことはしません。でも、それは抵抗しないということではない。私は緋さんほど優しくないだけなんです。分かりますか?」
「てめ……ぇッ!」
殴りかかろうとした真優の手を掴んでみせる。蹴りを足で受け止め、くるりと回って拘束する。
「ッ……」
「私は貴女を許しません。他人の人生を弄んで、自分だけ気持ちよくなっている貴女を絶対に許しません。ブッ殺してやりたいですよ。でも私は我慢できます。貴女みたいにガキじゃないので」
「……お前ら!こいつらぶっ潰せ!!」
「……!」
ひとりじゃない。真優の近くには取り巻きがいる。
「………」
───けれど、真優の取り巻きたちは動かない。
「…お前ら……?」
「……ごめん、そうまでして緋虐めたい?」
「ぇ……」
「もう付き合ってられないよ」
「真優ちゃん、虐めやすいから虐めてたんでしょ。緋はもう虐めやすくないんじゃない?」
「それもそうだけど違う。私は緋が可哀想な目に遭うのが見たくて虐めてた。お前らもそうじゃないの!?」
「私たちほとんど見てただけだし」
「いや…嘘つくなよ!お前らだって虐めてたでしょ!」
「最初はね。でももういいよ」
「他にやる事あるし」
「真優ちゃんさ。そんなんで社会出てやってけるの?」
「は…ぁ…?」
「……人に当たらないとまともに生活できないとかさ。正直終わってるよね」
「……掌返しやがって……。……もういい。お前らには頼らない。私ひとりでいい。緋の歪んだ顔を見ることだけが私の生きがいなの。私のために…緋がそばにいてくれないと困るんだよぉ…」
「何を言っても無駄です。大人しく諦めてください」
「知らないよそんな言葉ぁ……私の辞書に…諦めるなんて言葉はないんだよ!!」
「ッ…」
真優は黎を跳ね除け、一直線に緋の方へ走る。
「緋さ───!!」
「────」
───緋に掴みかかろうとする真優の前に、黒髪の少女が立ち塞がった。
「!!」
そして思いっきり真優の顔を叩いて尻もちをつかせる。
「……いっ…た…ぁ」
「……もうやめて。真優」
「…姲璃……」
無城姲璃。真優と並んで緋を虐めていたもう1人のカーストトップ。
「…緋は変わった。何も出来ない子なんかじゃない。真優も変わってよ」
「………ふざけんなよ…お前が始めたんだろ!!」
「ええ。だから私に責任がある。緋の人生を狂わせたケジメは私がつけなきゃいけない。貴女の凶行もここまでよ」
「……いいや…違う。お前が取るべき責任は最後まで緋を虐め倒すことだろ。いい?私はお前が虐めなくても自分の意思で緋を虐めてやっただろうよ。だって私……緋のこと、こんなに────
───大好きなんだから」
……To be continued




