第60話【本当の実力】
学校が終わり、黎は蒼の家を訪れた。
「いらっしゃい。上がって」
「はい。お邪魔します」
蒼に出迎えられ、居間へ。しかし、空気はいつものように明るくはない。なんなら、少し重たい。
もう明日にライブを控え、8月末にはBluelose主催のライブ『青フェス』への出演も決まっているが、<Chandelier>は、ひとつ重大な問題を抱えていた。今日は、そのことに関して少し話をするために蒼の家に来た。
「───全然売れてないの」
───チケットが、売れなくなっていた。
前までは他の出演バンドと合わせればマックス200人のフロアをいっぱいにすることなぞ容易かった。なんなら入り切らないくらいだった。それが、今はノルマギリギリのラインまで落ち込んでいた。
「前売と取り置きで17人。これに関しては特に言うことは無いけど、問題なのはWeb予約。<Chandelier>目当ての予約が今5人しかいない。ノルマには届いてるけど……。正直、少ない」
「バンド名が変わった影響ですか?」
「……それもあるかもしれないけど、Twitterとか動画サイトで散々新バンド名は呟いた。このバンドの知名度自体はほとんど据え置き」
「じゃあ何で……」
「………紫音だよ」
「………」
「私たち、SKYSHIPSの曇紫音がいるバンドとして見られてた側面があったんでしょ。…常連というかの子たちはSNSのDMとかで取り置きお願いしてくれるけど、そうじゃない。手間がかからないから楽ではあったけど、このバンド、前からWeb予約のリスナーが多かった。その殆どが、紫音を目当てに来てたってこと。……最悪すぎ」
緋は蒼にもたれ掛かる。
「……私…ようやく私の音楽が認められたのかと思ってた。…でも違った。私を認めてくれた人は確かにいたけど、それ以上に、私の歌より紫音のドラムを聴きに来てた人が多かった、って…。ほんっと、馬鹿みたい」
「…緋さん……」
「…紫音のツテでオープニングアクトやらせてもらって、ライブハウスやバンドとつながって、レコーディングもそう。集客まで紫音にやって貰ってた。……私のバンドなのに」
「……悔しいわよね」
「ま、待ってくださいよ。それでもファンでいてくれる人はいます!私を含め、緋さんの歌に惹かれた人がいるのは事実です。卑下するのは早いですよ」
「……そうだね。ありがと、黎」
「ええ。言ってしまえば、私たちは今ようやく、『曇紫音のいるバンド』から『<Chandelier>というバンド』になれた。これは逆にチャンスと捉えてもいいんじゃないかしら」
「うん。…少し話が逸れちゃったけど、ここからは真面目な作戦会議。気持ち切り替えて、バンドミーティングとして話すよ。黎」
「はい」
「私たちはScarletNight改め<Chandelier>として、この音楽が溢れる時代でプロを目指す。そう決めた。碧っていう最高のドラマーも仲間に入った。私たちのバンドは今始まったと言っても過言じゃない。ここを乗り切れるかに私たちの運命がかかってる。今まで以上にライブをやって、路上ライブもやって、アレンジも新曲も作る。聴いた人に、このバンド良いなって思ってもらうために、私は死ぬ気で頑張るよ」
「緋さん……」
「さっき蒼がちらっと言ってたけど、これからはSKYSHIPSの知名度が乗らない、正真正銘私たちの実力だけで戦うことになる。それで評価されれば、さ?最高にクールじゃん」
「ですね!」
「碧という新しいドラマーも加入して、バンドの質感はかなり変わるわ。きっと良い方向に向かうと思う」
「オシャレなドラムやる人だからね。アレンジのインスピレーションもじゃんじゃん湧いてくる。これから無理言うことが増えるかもしれないけど、黎は付いてきてくれる?」
「当たり前です。一生ついていきます。私は忠犬なので」
「自分で言うのね…」
「よし黎、お手」
「ワン!」
黎は緋の手に飛び付く。
「おぉ、よしよしよしよし」
えらいえらい、と緋は黎の頭を撫でる。
「……………」
「……緋。私は?」
「蒼も?よしよし」
「ん……緋すき」
「私もすき」
「…い……イチャつかないでくださいっ!バンドミーティングですよね!?」
「蒼から甘えてくることなんてほとんど無いんだからね?」
「それはそうかもしれませんが…!目の前でイチャつかれるこっちの身にもなって下さいよ」
「私の緋が私じゃない人をよしよししているのを見るこっちの身にもなって欲しいわね」
「こーら。噛みつかないの、忠犬たち」
「犬じゃないわよ…」
蒼は緋の胸に体を預ける。
「なんか今日はやけに蒼が甘えてくる……。蒼、具合悪かったりする?大丈夫?」
「……心配には及ばないわ。緋の胸が柔らかくて心地良くてつい……」
「もう……」
「はぁ……」
黎はため息をつく。
「……でもまあ、蒼さんも頑張ってますもんね」
「うん。凄く頑張ってる。…実のところ、このバンドの現状には、私よりも蒼の方が悔しがってたと思うし」
「え、そうなんですか?」
「ちょっと緋……」
「…クールに見えると思うけど、蒼は誰よりも温かい心を持ってて、真っ直ぐで、繊細だから」
「…そんな良い人じゃないわよ」
「どうだか。蒼は世界一優しい女の子だよ。私にはもったいないくらい」
「緋だけよ。私に釣り合うのは」
「またまた」
「……あの、帰っていいですか」
帰った。
◇◇◇
「───ありがとうございました<Chandelier>でしたァッ!!」
───<Chandelier>として出演する初めてのライブを終えた。
楽屋。<Chandelier>以外の人はおらず、静かな空間。相も変わらず緋は力尽き、蒼の肩にもたれかかって眠っている。
「……ほんと、ありがとね、蒼」
「私?」
蒼は碧の方を向く。
「…緋がこんな幸せそうにしてんのさ。あの頃からしたら、ほんと考えられない。あんたのおかげなんでしょ」
「…そうね。ここまで長かったわよ。再会した時は、手を握るだけで泣き出してた。優しさに慣れてないって言って。…でももういいのよ。この今がある、それだけでいいの」
「…蒼……」
「…私の方こそ、碧にはお礼を言わないといけないわ」
「はい?」
「ありがとう。このバンドでドラムをやってくれて。碧のおかげで、またちゃんとバンドとして上を目指せるようになった」
「…いいよそんなの。私、別にそんな大層なことはしてないし」
「大層なことよ。自分で言うのもなんだけど、バンドでプロを目指すって、普通じゃないわよ」
「まあ、それは言えてる。普通なら今頃は受験勉強とか就職活動とかにマジになってたのかぁ…。ま、やりたくないことよりやりたいこと優先かな、私は。破滅的かもだけど」
「別にいいじゃない。バンドマンならそんなこと気にしちゃダメよ」
「マンじゃなくてガールというかギャルというかさ」
「…確かにそうね。今までなんの疑問も持たなかったけど」
「私は結構気にするからね?一応これでもオシャレに命かけるギャルの端くれなんだから」
「そうなの?」
「そうなの。…ってか、そう。思い出したわ。緋も蒼も黎ちゃんも、もっとオシャレに気を使ったらどうかって思ってたの。3人ともビジュ良いんだから、その強みももっと活かしてった方がいいと思う」
「……まあ、ごもっともね」
「ですね」
「さらっとビジュ良いの自覚してんなし…。……んで、私の出番ってわけよ。メイクもコーデも、私がプロデュースしてやってもいいけど、どう?」
「上から目線で腹が立つわね。却下」
「ぅえぇ!?」
「冗談よ。…まずは一旦お願いしてみようかしら」
「やった!」
「でも、先に断っておくけど、あんまり露出があるのはNGよ」
「蒼は私をなんだと思ってんのさ。真面目にオシャレさせますぅ!」
「そう。悪かったわね」
「黎ちゃん、蒼冷たくない?」
「まあ……蒼さんの熱は緋さんに全振りなので」
「ならしゃーないかぁ…」
「それで納得しちゃうんですか」
「だって納得するしかないし」
「…それもそうですね」
「んま、任せてみなさいって。<Chandelier>のドラマー兼スタイリストとして、私はバンドの役に立たせてもらうからね」
「ええ。期待してるわよ」
「なんか、圧が……!」
……To be continued




