第6話【意味のある心】
道行く人の声を、聴かないようにしていたんだ。
「よくやるよね」
「ね、私なら恥ずかしくてできないわ」
「そのうち気付くでしょ」
「才能ないって」
「スタジアムライブが夢なんだってさ」
「マジ?wwwウケるwww」
「若いね~夢見てんだね」
「高望みしすぎでしょ」
「一生バンドごっこしとけ」
「痛すぎて見てらんないわ。あのまま誰にも聴かれない曲作って誰にも望まれてないライブして、そのうちデキ婚して一人辞めまた一人辞め…って感じでしょ」
心のどこかで、きっと、考えないように、目をそらし続けていた。
かっこいいから大丈夫、とか、諦めなければきっと、とか。
かっこよくないから、こうなっているんじゃないか。
自信があったんじゃない。勘違いをしてただけ。
───クソバンドだ。
何もかっこよくない。
もっと、音を放てばそれに伴って歓声が飛び交い、我こそはと群がってくるような、大スター。それが、目指したかったロックバンド像。
バカにしてきた人間全てを黙らせて唸らせる、そんな、かっこいいロックをやりたかった。
聴いてもらえる曲は大事だ。けれど、圧倒的な、人の心を掴んで離さない、『これだ』という曲が、作れてない。
バンドっぽくなった、って。聴いてくれる少しのファンがいて、楽しく演奏して、満足して、それをダラダラ続けている。
「……良い曲作って、出直そう」
私が言えるのは、それだけだった。
◇◇◇
「……」
帰りの電車の中で、緋は力を抜いて蒼にもたれかかる。
「……蒼」
「なに?」
「……私いない方がいい?」
ふと、弱音が零れてしまった。こんな顔を見せるのは、本当は好きじゃない。けれど、目指していたものが遠ざかっていく感覚が辛くて、悔しくて、つい、蒼に甘えてしまった。
「……なんでそんなこと聞くの?」
「……何の役にも立ってない。蒼にはお世話になってるのに何もできてない。紫音の期待にも応えられない。…まったくいい曲かけないし。このままじゃ、みんなの人生をクソバンドマンの道ずれにするだけだよ…」
「……そんな事ないわよ。緋は私に沢山のものをくれてるし、紫音にも期待外れだなんて思われてないわ」
「でも……私……」
「……私は、貴女ともう一度出会えて嬉しかった」
「……」
「私は、きっと親からは愛されているんだと思っているの。両親はこの街を離れなくちゃいけなくなったけど、友達を一から作るのは大変だろうから、って、この街に私を残してくれた。けど、元から友達なんて作れて無かったし、私はただただ申し訳なかった。2人が建てた家も、仕送りも、何もかももらってるのに、私は学校に行くのが面倒になって、自堕落な生活を送ってしまっていた。せめて負担をかけないようにと思ってアルバイトをはじめたけれど、全く仕事は覚えられなくていつも迷惑かけてばかり。酷い虐めにあっていた貴女と比べれば、私の悩みなんて贅沢なのかもしれないけれど、私は本当にこの世界にいてもいい存在なのか不安になっていた。…そんな時に、貴女と出会って、貴女は私にバンドをやろうって誘ってくれた。…貴女は、私に生きる意味を与えてくれたのよ」
「蒼……」
「貴女に会えたから……貴女が居てくれるから、私は今日も生きていける。紫音だって、きっと貴女に感謝していると思う。あてもなく彷徨って途方に暮れていたところで私たちに出会って、新しい人生を歩み出すことができたんだもの。…だから、紫音も私も、貴女のために、何かしてあげたいって思うの」
「……そうなの……?私、みんなとバンドやっててもいいの?」
「いいに決まってるわ」
「ほんと?」
「ええ。緋がそうやって悩むのは、きっと本当に音楽が好きだからよ。一生懸命頑張って、頑張り過ぎてるから。……だから、今日はもう休みなさい。少し休んで気持ちを落ち着かせれば、きっといい曲が書けるわよ。このまま終われないのは、みんな一緒。私も頑張るから。一緒に乗り越えましょ?」
「…うん。ありがとう、蒼…」
◇◇◇
朝。
スマホに1件の通知があった。
いつだったか、もう何週間も前に投稿した動画に、始めてのコメントが付いていた。
どんなコメントが書いてあるのか。怖いが、今はもう本当に、聴いてくれた誰かの感想に賭けるしかなかった。何か、この現状から抜け出すためのヒントが必要だった。
緋はコメント欄を開く。
───
ゆりあ・9時間前
暗い曲で悲壮感を演出する地下アイドルバンドは古い時代に何度も見かけてうんざりだし、今の時代まじで需要ないのでやめた方がいいですよ
───
「違う………私が歌いたいのは悲壮感なんかじゃない…!!」
的外れなアンチコメントだと判断し、頭に血が上って『そんな需要に応える気は無い。何も知らないくせに生意気なこと言うな』と打ち込んだところで、妙な違和感に手が止まった。返信を押せなかった。
「……そもそも、地下アイドルって何………何でそんな風に思われてるの……?」
違う。断じてそんなつもりでやっていない。
的外れなのは本当にコメントの方なのか。私たちの曲が、聴き手にそう捉えられても仕方がないものだった可能性は無いのか。
「……もう1回……よく聴こう……私たちの曲を……できるだけ客観的に!」
とりあえず、自分でも思い入れのあったはずの『City Night』を再生する。
紫音のドラム。蒼のベース。自分のギター。演奏は上手い。息も合っていて、バンドとしてのまとまりも感じる。自分で言うのも何だが、“歌”も下手ではないと思う。けれども───
───そこに、“中身がなかった”。
──私は1番大切なことを見逃していた。
根本的に間違っていた。今までは、曲がダメなのだ思い込んでいた。最初こそメンバーの息があっておらずチグハグな演奏だったが、何度も、何度も、3人の個性を潰し合わせず、それぞれの良さを出せるように考えに考え抜いて曲を作った。それを最高だと思ってたのは自分の傲りなのではないかと自分を疑うようにもなっていた。どこかで聞いたようなコードとリフを使いまわしてしまっているのがつまらない理由だと思っていたが、問題はそれ以外にもあった。
「歌詞だ………。……歌詞が、歌詞がつまらない………」
───私は酷い目に遭いました。でも誰も助けてくれないの。可哀想でしょ、私。
どの曲もそれで終わっている。そして、その後ろ向きな歌詞に合わせたのか、楽器の音もどこか悲壮感があるような気がしてきた。そのせいで、“乗れない”。人が聴いても面白くない。言ってしまえば、「どうか、聴いてください。お願いします…」なんて情けなく縋るような音楽。
あのお姉さんの言うように、「つまんな」い曲だった。
「こんな曲じゃ……聴きたいと思われなくて当然だ……」
聴きたいどころか、タダでも聴きたいとは思わない。そんな曲ばかり。
いつからだ。歌が、「私辛いんです」って、弱音にもならない、過去の辛かった出来事発表会になったのは。過去だけを歌って、だから何なんだ。それで一体何が伝わるっていうんだ。「ふーん、それは可哀想だったね」って同情でもしてもらいたいのか。
私は誰かに助けてもらいたくて音楽がやりたかったのか。断じてそうじゃない。
「でも、最近の曲は………」
そうだ。最近の曲は違う。“聴いてもらえるような曲”を目指して作った曲がある。
「ナツカゼ………」
最近作った『ナツカゼ』を再生してみる。
「………私……何やってたんだろ」
聴き心地は良いが、ありきたりなフレーズ。相も変わらず全く聴き入ることができない歌詞。誰かに聞いて欲しいという思いが先行して、知らない誰かの需要に応えようとしてどこかずれているような曲。
一言で言うなら、パッとしない。
夏の公園の雰囲気には合っているかもしれないが、それ以上に感じられるものがなく、味がしない。魅力が無い。何が言いたいのかが分からない。
やはり、この曲に限った話ではなく、全ての曲において、『このバンドしかない!』となるような、そんな、“心を掴む何か”が無い。
高いお金を払ってチケットを買って、ライブハウスに行こうとはまず思えない程度の曲だ。
「みっともないなぁ……」
絵面も悪い。観客を楽しませようとする気概も感じない。「クソバンド」の5文字の良く似合うバンドだった。
「もっといい曲…いや、もっと、『かっこいいロック』がやりたいんだよ、私は…」
私を助けてくれた音楽のように。憧れた音楽のように、そんなふうに誰かに想いを届けたかったはずだろう。
歌詞なんて良く分からなくても、サウンドで伝わる想い。全力で自分のすべてをさらけ出す開放的なギターサウンド。
音楽なら、人に『何か』を伝えられると、そう信じてギターを選んだはずだ。
このままでいいわけが無い。
こんな中途半端なクソバンドで終わりたくない。
プロのミュージシャンになるんだろ。金を払ってライブをするんじゃない。金を貰うライブがしたい。
───夢を胸に、自分に問いただす。
───“私”は、何故にギターを弾いて歌うのか。
「───そんなの……決まってる。音楽は私の生きる意味だ。私が私であるために私は音楽をやっている。世界に押しつぶされて奥へ奥へとしまい込んでしまった本当の自分をさらけ出すためにやっている。私の人生にも意味があると言うために、歌を歌うんだ。それを、誰かに聞いて欲しい…いや、《《聴かせたい》》から───!!!」
ノートに書き綴った今までの曲の歌詞を全て黒く塗り潰し、ストラトキャスターを手に取る。
「…もうお別れだよ。今の私には仲間がいる。蒼が。紫音が。動画を見てくれた人が。SNSのフォロワーが。路上ライブで足を止めてたった1曲でも聴いてくれた人がいる。やられっぱなしだった過去の私はもういない」
そうだろ、終緋。
「───」
────おもむろにピックを滑らせる。
ノートに言葉と音符を並べるのではなく、ギターに全てを託してみる。
ギターをアンプに繋ぐのではなく、自分の体をギターに繋ぐような感覚で。言うならば、私自身が楽器で、ギターがアンプであるかのような感覚。
──まるで堰き止めていたダムが決壊したかのように溢れる想いを、音に乗せて解き放つ。
ただ、言葉を放つより先に、ギターが脳と直結しているかのように。ストラトキャスターのサウンドだけがこの熱い想いを語っていた。
怒りにも似た悔しさがあった。
今まで、ずっと。たった数人のファンに満足して、本当にやりたかったことを忘れてしまっていた。
スタジアムでライブするんだろ。
───私は私だ。
それは、過去からでなく、未来へ誓うための言葉。
───誰の思い通りにもなってたまるか。見返してやるんだ。這い上がって、いつか高いところから見下ろしてやる。
そんな熱い想いを、まずサウンドに込めて、炸裂させた。
───これだ、という確信があった。
良い曲だとか聞き心地のいい曲だとか、そんなものはもうこの際どうでも良かった。
ただ、『心の底からカッコイイと思えるギターロック』こそ、今の終緋が、感情のままに出したい音だった。
「行ける……これなら……!!!」
紫音に電話しながら蒼の部屋へ向かう。
「蒼、紫音。新曲できたから今すぐ合わせよう」
「どうしたのいきなり……」
「いいから。今すぐにやりたいの!!」
蒼の手を引き、いつものスタジオへ直行する。
蒼も、合流した紫音も、突然の事でポカンとしていたが、2人とも緋の顔を見て何かを察した。
──今までの緋じゃない。
いつも、どこか暗い影を落としていたはずの緋の瞳は、覚悟が決まったような真っ直ぐな瞳に変わっていた。
「ごめんね、いきなり。来てくれてありがとう」
「いや、いい」
雰囲気が変わった緋の圧に気圧されそうになりながら、紫音はスタジオに入る。
「早速だけど、聴いて」
緋はケースからストラトキャスターを取り出し、渾身のイントロを蒼と紫音に聴かせる。
激しく、熱い、まるで爆竹のように弾ける旋律。
緋にとって『絶体絶命の窮地で覚醒した必殺技』のような存在であるこのイントロを蒼と紫音に聴かせると、2人とも少しポカンとしていた。
「…何拍なの?これ」
「変なリズムだな…息合わせるの相当ムズいぞ」
ヘンテコなものを聴かされたような反応。…だが。
「けど、今までとはだいぶ雰囲気違うわね」
「ああ。勢いがあって良いと思う」
「ん。それで、お願いがあるんだけど、今回は、もう私の頭の中では曲のイメージが出来上がってるの。だから、私の言うように演奏して欲しい。絶対にかっこよくなるから。信じて」
「ええ、分かったわ」
「いいぜ。お前の頭の中にあるイメージ通りに叩いてやるよ」
「ありがとう、2人とも。じゃあ、早速やるよ!!」
3人で楽器を構える。
──緋が細かく指示を出し、蒼と紫音はそれに応えた。
「───蒼、ここは私と合わせてさ…」
「分かったわ」
「───紫音、シンバルはここでこう…!」
「了解!」
出来上がっていく。色んなものによって奥へ奥へと追いやられていた自分が、音になって外へ出ていく。
初めての感覚だった。
自分が、心の底から出したいと思う音が、明確に分かる。
3人ともが感じていた。凄いものが出来上がっていく確かな手応えがあった。
鳥肌が立つ。
自分は鳥だったんじゃないかと錯覚してしまうほどに鳥肌がやばい。
強い弱いじゃない。情けなさを捨てたことで、音楽は一変した。「どうか聴いてください…」じゃない。「私の音を聴け!!」という攻めの姿勢を全面に押し出した。
誰もが「なんか凄いやつがいる」と思い足を止めてしまうような攻撃的なイントロ。耳に残るメロディ。サビの盛り上がり。そして、力強い歌声と、我の強い歌詞。
「……遂にできた……これだ……これが、私がやりたかったロックだ!!」
───こうして、ScarletNight“最初”の曲『Shake it all off』と、続いて、『Aggressive Attack』、『渇望』。その3曲のプロトタイプが完成した。
◇◇◇
バンド名もScarletとNightの間にあったスペースを消して『ScarletNight』に改め、渾身の3曲が出来上がったScarletNightは、その場の勢いに身を任せて路上ライブに乗り出した。まだ夏休みシーズン。もう日が暮れる時間だが、この時期は当たり前だが暑くなるため、これから涼しくなる夕方の方が昼間より集客は見込める。西日から肌を守るため日焼け止めを塗りたくった緋たちは、楽器に加えてクーラーボックスも抱え、あるバンドが撤収したタイミングを見計らってその場所に陣取る。
今の自分たちにある全てを出し切って、路上ライブを成功させる。
「今の私は、もう今までの私じゃない。『Shake it all off』のイントロで、絶対にみんなの足が止まる。絶対だよ。信じて」
「ええ」
「ああ」
「ん。じゃあ………行くぞ」
力強い眼差しで、紫音に視線を送る。
────力一杯に4回叩かれたシンバルに続き、荒々しく攻撃的なギターが凄まじい勢いで鳴り、その場の空気を一変させる。
「何だ!?」
「すげぇギターの音したぞ」
「何のバンド!?」
───人の足が、止まる。
「初めまして!!ScarletNightです!!!タダなのでよかったら最後まで聴いていって下さぁぁいッ!!!」
もう昔の暗い終緋じゃない。
音楽をやってるうちは、本当の自分だ。ギターを弾くのが、歌うのが、好きだから。音楽が好きだから。楽しくて楽しくて、それがうずうずしてもどかしくて、暴れたくなるから。
誰だって、自分を偽らなければこの世界では生きていけない。本当の自分を押さえ込んで、静かに生きていくのが窮屈だから──
───それを吐き出せる場所を作りたい。
「ッ────!!!!」
炸裂するギター。歪んだサウンドで、暴れ散らかす。まるで弦とピックの間で火花が散るような熱さがそこにあった。
かつてない数の人がScarletNightの前にいる。彼らにとってこの音楽が“知らないバンド”の“知らない曲”に過ぎないにも関わらず。
人の足が、止まる。
自分でも分かる。ScarletNightは、今までの“クソバンド”から、見違えるように変わっていた。
『Shake it all off』がアウトロへと進んでも、そこにいる観客の数は減っていないどころか増えていた。
「初めましてScarletNightです!今の曲は、私たちのオリジナルソング『Shake it all off』でした!まだまだこれから!!楽しんでいってください!!!」
──今までの路上ライブの反省から、思いついた作戦や身につけた技術がいくつかある。
そのうちのひとつは、客を逃さないため、常に音を出し続けるために編み出した、即興のセッションと曲と曲の繋ぎの演奏である。
『Shake it all off』のアウトロから、曲を終わらせることなく、シームレスにセッションに繋げていく。
「手拍子、皆さんよろしくお願いします!」
蒼がベースから手を離し、手を掲げて手拍子を促す。
───交流。音を奏でるだけ、それを聴くだけでは動画サイトや音楽アプリと同じだ。そこに演者がいて、お客さんがいる。ライブだからこその状況を活かすことが大切だと思っていた。積極的に手拍子を促したり声かけを行うことで、人の足を止めることやライブの盛り上がりにかなりの効果があった。
段々と乗ってきてくれている。徐々に一体感が出てきている。
「手拍子ありがとう!次は、みんなの中にも、きっと聞いたことがあるって人がいると思う!あのバンドの曲のカバーをやります!!」
───カバーの方向性も変えた。最近のヒット曲ではなく、有名バンドの曲の中で人気の曲を選んでカバーするようにした。
ドラム、ベース、ギターのテンポを、手拍子と共に徐々に上げていく。
「その前に……メンバー紹介しても良いですか!!」
───定期的にメンバー紹介も挟むようにした。メンバーにも魅力があって、曲だけでなく、“バンド”として、好きになって貰おうという魂胆だ。
あとは、寒いMCや服装の迷走もやめた。変なことをしなくても、少しのオシャレで全然決まる。
「ドラムス!!曇紫音!!」
緋と蒼が楽器から手を離し、みんなの手拍子に加わる。紫音のソロになる。
「ベース!!霜夜蒼!!」
今度は紫音が手拍子に加わり蒼のソロへ。
「ギター&ボーカル!!終緋!!!!」
お客さん達と紫音と蒼の、間隔が早くなっていく手拍子に負けず、それをさらに引っ張っていくような疾走感のあるギターソロから、ドラムソロにバトンタッチし、その隙に2フレットにカポタストを移動。そして邦ロック好きなら絶対に一度は聴いたことのある名曲のイントロにシームレスに繋げると、50人を優に超える観客たちから歓声が巻き起こった。
「───一緒に歌いましょう!『ワタリドリ』!!」
……To be continued




