第57話【改名】
「………」
さくなは緋から送られてきたラインのメッセージを思い出しながら、待ち合わせ場所へ向かう。
曇紫音が脱退。新しく故村碧が加入。バンド名変更の発表。
「まだ若いですもんね。…色々ありますよ」
まるで自分は若くないみたいな言い方。まだ10代の彼女たちと比べればもう十分大人だと自負しているが、単に年齢だけ上なだけだとも思う。
ミュージシャンを目指して足掻く彼女らと比べて、自分はただグダグダと生きているだけに過ぎない。
「…私ももっと頑張らないと」
自身の夢のため、そして、彼女たちの夢のために。撮影技術、編集技術の向上は絶対。
現在あるShake it all offとAggressive Attackの2本のMVのクオリティを確実に超えるMVを次は制作する。
センスはやればやるだけ磨かれる。彼女たちが常に新曲を作り続けるように、自分も映像を作り続けるしかない。積み重ねるしかないのだ。
◇◇◇
「…あ、待ってましたよ!」
地雷系ワンピースとツインテール、ひと目で分かる格好のさくなが待っていた。
「ごめん、待たせた?」
「いえ。ついさっき着いたところなので」
「そう」
「貴女が碧ちゃんですね。初めまして。さくなと呼んで下さい。タメ口で構いませんので」
「分かった。故村碧。よろしく」
「一応このバンドの映像担当やらせていただいています。今度のライブ映像の撮影も私が主になってやるので。どうか、よろしくお願いします」
「撮影禁止じゃないの?」
「ライブを純粋に楽しめなくなるので基本的にお客さんによる撮影は禁止ですが、演者やスタッフによる撮影はOKです。ショート動画でライブの切り抜き映像を上げるのが最近の主流ですね。ファンの目につく機会は増えますし、ライブハウス的にも足を運んでくれるお客さんが増えるのでwin-winです」
「へぇ。色々考えてんだね」
「まぁね。さくなには感謝してばっかりだよ」
「当然のことをしてるだけです。演奏には参加できませんが、私も一応メンバーのうちの一人なので」
「そうだね」
「……それじゃあ、今日はバイトとか作曲とか練習とかライブのセトリ決めとかで忙しくて撮れてなかった新しいアー写の撮影よ。頼むわね」
「分かりました。任せてください!」
◇◇◇
季節は6月。
SNSのScarletNightのアカウントでは、メンバー交代のツイートと改名予告のツイートに続き、ライブ出演の告知ツイートが投稿されていた。
『6月22日(土)、ライブハウス「RAIN OF BOW」にて、ライブ出演!この日でScarletNightは結成1周年を迎えます!新バンド名の発表もありますので是非よろしくお願いします!』
アカウントのフォロワーもいつの間にやら4桁1歩手前。動画サイトのチャンネル登録者数もだいたい同じような数字だ。
ちょくちょくと批判的なコメントもあるが、ミュージックビデオやライブ映像のコメント欄には、多くの温かいコメントが寄せられている。
十分好かれている。ただ、これで満足はできない。
もっと上へ。光る誰かの光を受けて、それを見上げて来たからこそ、目指すは誰かから見上げられる存在。誰かを照らす光になりたい。
輝く星になるために。夜になり切れない夕焼けの終わりの、“緋色の夜”のままじゃいられない。
緋はCPX1000を手に取り、思い浮かんだ旋律を並べていく。
アコギの方が作曲に向いていると何となく思う今日この頃。音色に制限があるからこそ想像力が掻き立てられる、という理由だ。
「………」
ピックを置いてペンを回す。
間奏でギターソロを入れがちだったが、碧の加入によってそれ以外にもやりたいことが多く思い浮かんだ。
碧のドラムは魅せられる。高く聳え立つクラッシュシンバルは見栄えからインパクトがあって良く目立つ。そして、特色としては、テクニックタイプと言うのだろうか。ドタドタと暴れる感じではなく、型にハマらず流れるように様々なフレーズを挟んでくれる。彼女の一番の魅せ場として、ドラムソロを何処かに入れたい。ライブでよくやる繋ぎの演奏はドラムソロになりがちだが、曲の中にも入れたい。
「作るんだ。…最高の1曲を……」
◇◇◇
スタジオに集まり、新曲を合わせる。
「いいわね」
「ドラムの難易度高いかもって思ってたけど、碧が完璧に叩いてくれて良かった」
「当たり前。それより、緋が私のやり方完全に理解して曲作ってくれたの死ぬほど感激。マジでこの曲良いよ。…歴代最高じゃない?」
「はい。私もずっと鳥肌でした。イントロからアウトロまで、4人全員の魅せ場があって、本当に最高の1曲ですよ!」
「ありがと。今度のライブで、“新バンド名”と一緒にお披露目しよう」
「はい!」
「くぅ~っ!楽しみ!」
「ほんと、楽しみね。私たちの新しい1歩。私たちの心にも、ファンのみんなの心にも残る、そんな、私たちの歴史に残るライブにしましょう」
「うん」
◇◇◇
時の流れるのは早いもので、アルバイトと路上ライブに時間は溶けていき、気が付けば6月22日を迎えていた。一瞬なようにも思えるが、「待ちに待った」という表現は使う。この日を心待ちにして、今日まで生きてきたのだから。
「…よろしく、相棒」
3本あるギターから、緋は純白のストラトキャスターを選んで背負う。
「…行くわよ、緋」
「うん。……最高のライブにする!」
途中で碧、黎と合流し、ライブハウスRAIN OF BOWへ。
「やーやー緋ちゃん!会いたかったよ~。…あら、また大きくなったんじゃない?」
ライブハウスに入ると、いつものフロントの夏姫が目を輝かせて緋の前に来る。
「身長なら変わってませんが…」
「何言ってんの。お胸に決まってんじゃん」
「えっ…」
「───ちょっと」
緋に詰め寄る夏姫の前に蒼が立ち塞がる。
「あらら……正妻の逆鱗に触れちまったようだね」
「緋にセクハラはNG。殺すわよ」
「おお…怖……美人が画台無しだよと言いたいところだけど蒼ちゃんは怒った顔も可愛いから困るねぇ」
「……いつもあんな感じなの?このライブハウス…」
「夏姫さんだけです」
碧の呟きに黎が返す。
「黎ちゃんは変わらないね。ちゃんと牛乳飲んでる?」
「ぶん殴りますよ」
「あはは、ごめんごめん。いやほら、なんか色々あったみたいだし、和ませようと必死なんだよ、私も」
「……。余計なお世話ですっ」
4人は冷ためにあしらいつつ、夏姫の気持ちには感謝して礼をしてあげる。
「──おう。久しいな」
そして奥の階段から現れた、黒髪ロングの店長、矢野雨美。
「ご無沙汰してます。店長さん」
「紫音が抜けたってのは…本当みたいだな」
「あぁ…まぁ、はい」
「まあ、切り替えて頑張れ。実感したと思うが、紫音はああいう性格だからな…。あいつと上手くやれるのは、結局はSKYSHIPSのメンバーしかいないと私は思ってる。…別にあの自分勝手な馬鹿を庇ってるわけじゃないが、そういう奴だ、って割り切ってくれないか。悲しい思いをしたとは思うが」
「いえ。大丈夫です。新しいドラムも入ったので」
「どうも。ドラムスの故村碧です。よろしくお願いします」
「ああ。よろしく。…今日はとことん見させてもらうぞ。新しく生まれ変わるお前らの音楽を」
「はい。期待してください」
「強気だな。嫌いじゃないぞ、そういうの」
「五七五だ…」
「…狙って言ったわけじゃないからな?さっさとリハ行ってこい」
「はい」
◇◇◇
「…よし、それじゃ、こっち」
ホールの後方。
狭い階段を登って音響・照明コントロール用のフロアを覗く。
「……ぁ…?」
長い白銀髪と、ダラっとしたモコモコの上着に身を包む、まるで雪女のように青白い肌の女性が横たわっている。
「あの…雪麗さん…?」
「…あぁ、スカナイちゃんね…」
雪麗はよろめきながら起き上がると、椅子に座る。
「…今日は長い枠だからね。頑張って」
「はい…あの、大丈夫ですか?」
「…あぁ、夜行性の私にはまだ明るい時間帯だからね……」
「ここ地下ですよね……」
「時間帯だって言っているでしょ……。私の目は夕方5時くらいにならないと冴えないのよ」
「開演30分前……緋、この人大丈夫なの?」
「腕は確かだよ。ちょっとダウナー…というか、夜行性が加速してるけど…」
「ごめんなさいね。…日に日に生活リズムが狂っていって、最後に陽の光を浴びたのはいつだったかも覚えてないの。…まぁ、私のことはいいから。セトリ貰える?」
「あ、はい」
緋は雪麗にセトリを渡す。
「…相変わらず忙しいわね。私はいいけど、お客さん休ませる気ある?」
「バラード調の曲があるのでそれで」
「成程、了解。それじゃセッティングと、演出の打ち合わせしましょうか」
「はい。よろしくお願いします!」
それぞれセッティングし、音響と曲毎の照明演出等を確認する。
「…OK。お疲れ様。あとは出番まで好きにしてて」
───オープン後、物販コーナーでファンの子たちと少し話す。
CDのみの販売だが、手に取ってくれる人は予想より多かった。
「めっちゃ好きです!一生応援します!」
「ありがとう」
ファンの男女比は6:4くらいで、最近は男性のファンが増えてきている印象。メンバー全員ビジュアルにも自信はあるが、CDを買ってくれるということは音楽性で受け入れられてきているということだろう。
「バンド名、今日変わるんですよね」
「うん。名前が変わっても、どうかよろしく」
「勿論です!緋さんが歌う限り、私は応援し続けます」
「ありがとう」
以前販売したスカレorスカナイTシャツを着てくれているファンも多かった。
「……音楽は聴いてくれる人がいてこそ、って。…やっぱり良いね。人と話すの少し緊張するけど、凄く温かい」
「みんな緋の歌に温めてもらったのよ」
「…うん。……みんなの期待に応えよう。期待なんて軽く超えるくらいの。今日は私たちの新たな1歩を踏み出す日。……いつも言ってるけど、最高のライブにしよう」
「ええ」
───ライブがスタートし、時間が進んでいく。
───そして、ScarletNightの出番がやってくる。
「お疲れ様です」
「ああ。スカナイも頑張って」
「はい」
前のアクトのバンドと挨拶を交わし、セッティングの転換へ。
そしてSE『Opening Act』が流れ、ステージへ上がる。
歓声の裏で、4人の楽器が自身の音を確かめる。
「みんな今日は来てくれてありがとう!ScarletNightです!今日は過去最長の1時間!初っ端からぶち上げていくぞ!『Shake it all off』!」
───SEの終了と共に碧が4回シンバルを叩き、4人全員で爆竹のようなイントロを炸裂させる。
緋は蒼と向かい合いながら、蒼と共にバンドの主体となって演奏を進めていく。
ギターとベースの低い音が細かくリズムを刻むAメロ。裏で花を添えるシンバルと、段々と色を付けてくる黎のメロディ。
勢いをつけ、一瞬、全ての音をプツン──と途切れさせてサビに突っ込んでいく。
高速で暴れるバッキングギターと、確実な土台となるベース。感情を揺さぶるリードギターのメロディ。一節一節の合間で存在感を放つドラム。
今の4人だからこそ演奏できる、進化したShake it all offは、イントロと同じフレーズの間奏を挟み2番のAメロへと移る。1番とは違い、緋はリズム良く右手をストロークさせ、曲は一段と盛り上がりを見せる。そして間奏へ。熱く掻き鳴らした後、緋は1歩下がり、黎が前へ出る。黎が渾身のギターソロを魅せ、Shake it all offはラスサビへ、そしてアウトロはイントロと同じフレーズを緋のソロで弾き、ほんの少し高まりすぎた気持ちを落ち着ける。
「───いくぞRAIN OF BOW~~ッ!!」
「──Oi!!」
蒼の叫びと共に真のアウトロへ。
緋と蒼を主軸にし、4人全員でこの曲を最後まで全力で演奏し切る。
湧き上がる高揚感。今この瞬間でもう既に、音楽で泥酔していると言ってもいい。
爆ぜ散るアウトロ。少し引き伸ばし、4人は目を合わせて〆る。
フロアいっぱいの拍手喝采がステージに届くのと同時に、繋ぎの演奏へと移る。
───リズミカルなドラムとギターから始める『Farewell to the shitty band』。アレンジを加えたフレーズをぶつけ、そしてそのアウトロから『This is self-talk!』のイントロへシームレスに繋げる。
息をするように歌を歌う。心臓を鼓動させるように楽器を鳴らす。自分自身をさらけ出して、意味の無い言葉を叫ぶ。ただ音を楽しむだけでいい。
尖りに尖った叫びから、急に温かいCメロを挟み、そして勢いをつけてドラムソロからラスサビへ。
「───!」
熱いアウトロを4人で奏で、〆る。
「…改めまして、ScarletNightです!今日は来てくださってありがとうございます!」
拍手が終わり、MCへ移行。緋が挨拶をすると、また拍手が鳴る。
「他のバンド目当てで来てくれた方も、聴いて下さってありがとうございます!只今の曲は、Shake it all off、Farewell to the shitty band、そしてThis is self-talk!でした。……それで、私たちは、ScarletNightという名前でバンド活動してきたんですけど、なんと今日で、1周年を迎えました!」
拍手と共に「おめでとう!」と聞こえてくる。
「ありがとうございます。…といっても、このメンバーになったのはほんと最近で。私と、ベースの蒼がバンドやろうって言って、ScarletNightって名前を付けてから1年が経ったってだけなんですけど……。…最初、路上ライブから始めて、誰にも聞いて貰えなくて、今思えば聴くに耐えないような曲ばっか作ってました。…それでもめげずにやり続けて、今、こうしてみんなに私たちの音楽を届けられてます。私たちが今ここに立っていられるのは、私たちの前でみんなが立ち止まって聴いてくれたから。ほんとにありがとうございます!」
碧がドラムで間を取ってくれる。
「…それで、ファンのみんなにはスカレ、スカナイって愛称でも呼んでもらったこのScarletNightですが……私たちが1歩先へ進むために、勝手ながら改名することに決めました。上を目指すために、私たち4人でこの決断をしました。私たちは今日、また一から、新しいスタートを切ります!!」
緋はマイクスタンドに両手を添えて叫ぶ。
「ScarletNight、最後までよろしくお願いします!」
歓声の止まないうちに4人は目を合わせ、碧の合図で『渇望』へ。そして、『Accomplice』へ繋げていく。
───そして。
「──ScarletNightとしてやる最後の曲です!」
ストラトキャスターを掻き鳴らしながら叫ぶ。
「本当にありがとうございました!ScarletNightでした!」
4人全員、ただ本能のままに音を出していく。
「──This one's called…『スターゲイザー』」
音が引く。一瞬の静寂を作って一気に爆発させる。
音源から大幅にアレンジを加え、エモーショナルに振り切ったメロディを勢いよく弾き進めていく。
ScarletNightのメンバーたちとの出会いの風景を歌うこの曲だが、1人は欠けてしまった。だからこそ溢れ出す様々な想いを乗せて歌う。
出会いと別れを繰り返して、私たちは傷つきながら大人になっていく。無力な私たちは、そういうものだと割り切っていくことしかできない。そんなふうに思いながら、それをアレンジに組み込んだ。
「───ッ!!」
力の限り歌い、未練を吐き捨てるようにマイクから顔を遠ざけ、ギターに全意識を注ぐ。
鳴り響くアウトロ。
徐々に小さくなっていく余韻、そしてバトンを受け取るは拍手の音。
照明が落とされ、緋はストラトキャスターを下ろすと、ステージから姿を消す。
蒼は静かにベースを鳴らす。
パラパラと。屋根を叩く雨のように、静かな楽器の音が不規則に鳴る。
ステージ裏。緋は今着ているシャツを脱ぐ。
「……緋ちゃん、それ……」
「ん?…ああ、これ?ごめんね、醜くて。虐められてたからさ」
緋の傷跡を見て絶句するさくなに笑って返し、さくなから新たなバンドのロゴがプリントされた黒いTシャツを受け取って着替える。
「…緋ちゃん」
「なに?さくな」
「…ライブ、最後まで頑張って下さい。私も私の役割を最後まで遂行します」
「うん。よろしく」
「…行って下さい!」
「ん!」
───黎が鳴らしたダウンストロークと共にステージへ姿を現す。
「初めまして!───」
────4人、アイコンタクトを取り、息を合わせて叫ぶ。
「「「「───<Chandelier>です!!!!」」」」
……To be continued
ここから先はScarletNightではなく、“<Chandelier>”!!!以後お見知りおきを。




