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<スカスカ>  作者: 連星霊
第5章【Scar】
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第55話【てのひら】

 今日もダメダメだった。

 高校生活は今までの人生で初めての苦痛だった。ちょっと背伸びして偏差値高い高校を選んだら、私はそこで落ちこぼれに成り下がった。

「……おかしいなぁ……私は優等生だったはずなのに…」

 ベッドの上で天井を見上げる。

 今まで散々バカにして虐めてきたアイツと、同じような目に遭いかけている。

「………学校……行きたくないなぁ……」

 故村こむらみどりは、中学からあまりにも劣化した高校生活に耐えられずに弱音を吐いた。

「…緋……あんたどんな気持ちで学校来てたんだよ…なぁ……」

 彼女ほどの目には遭ってないが、そのうちそうなるかもしれない。

「……」

 気持ちを紛らわせるために音楽でも聴こうと携帯を触る。

 中学時代に見つけたバンド『SKYSHIPS』のデビュー曲『フリーダムロッカー』を再生する。

「…やっぱSKYSHIPSは良いなぁ…ドラムが死ぬ程かっこいい」

 全てを置き去りにするような激しく熱いドラム。それが他の全ての音の土台として、まるで城塞のように君臨している。

「……」

 部屋の隅に置かれた電子ドラムセットを眺める。

「……勉強諦めて……本気でドラマー目指すのも悪くない…かな」


 ───惰性で学校へ行き、家ではドラムに全てを費やす。そんな高校生活を1年と2ヶ月続けたある日のこと。


「……ドラムス脱退……?は……?」


 SKYSHIPSの公式アカウントの投稿を見て目を疑った。メジャーデビューも決まっていた最中、なにより、憧れのドラマーの脱退。悪い夢でも見ているのかという気持ちだった。

 SKYSHIPSはつまらない人生に唯一の光をくれたバンドだった。あの4人が作り出すキラキラした世界が好きだった。その世界の始まりのようなドラムが一番の憧れだった。そんな曇紫音というドラマーに憧れて、ドラムを始めた。そんな私の生きる希望が、ドラムを辞めた。

 終わったと思った。とにかくショックだった。

 まともに学校に行けない。それほどまでに私はSKYSHIPSというバンドが好だった。

 曇紫音の行方を追いかけた。そんな中で目に入ったのが、ScarletNightだった。


「良かった……ドラム辞めてなかったんだ…!」

 仲の良かったSKYSHIPSを辞めてまで彼女が始めた新たなバンド。そう思っていた。ScarletNightのチャンネルで、Shake it all offのMVを再生した。


 ───どんなバンドなんだろうという期待を持った心を抉るように映像に映し出された、見覚えのある顔。


うそ………ひいろ……?」



 ひいろ。ありえない。あの何も出来ない、顔が良いだけの落ちこぼれが、私の憧れのドラマーと一緒にバンドを組んでいる?

 無性にムカついた。情緒がおかしくなりそうだった。最後まで聴かずに動画を閉じ、SNSへ飛ぶ。本当にSKYSHIPSの曇紫音なのか。そして本当にあの終緋なのか。調べてみると、それは本当のようで、路上ライブの告知ツイートを見ると私は衝動的に緋に噛みつきに行った。


 憧れなんかより、怒りや妬みのような醜い感情ばかりが先走って、緋に突っかかった。

 最近全然上手くいかない。成績も人付き合いもボロボロで、大好きなバンドの憧れのドラマーが脱退して、そのドラマーが、かつて虐めて見下していたゴミカスとバンドをやっている。頭がおかしくなりそうで、言いたいことも何も纏まっていないまま緋に接触した。


「───今の私はロックバンド『ScarletNight』のボーカル。…こっちが本当の私だから。……良かったら生歌なまうた聴いていってよ。わざわざ私に声かけに来るあたり、どうせ暇なんでしょ」


 負けたと思った。彼女に突っかかった自分の弱さを恥じた。

 そして彼女の歌を聴いた。

 その時にはもう、憧れなんてどうでも良くなっていた。

 ただ、緋の歌に、ScarletNightの音楽に、圧倒されていた。


 一生応援したい。私にとって緋は、心の底からそう思えるミュージシャンだった。




◇◇◇




 ライブまで1週間を切っていた。

 今回はたった15分の出演ではあるが、チケットはノルマ分以上捌かなければならない。

 ScarletNightの3人は複雑な気持ちのまま路上ライブの準備を進める。

 心の奥に確かな炎を灯すはずの黎のES-335の音色は何処か暗い。

「……」

「…やっぱり、出演辞退する?」

「それはだめです。…当初の目的とは違っても、私はライブやります」

「なら、切り替えないと。…そのための音楽よ」

「辛い気持ちに引っ張られて音色まで辛くなったらだめだよ。…前向くために音楽やってきたんだから」

「……はい」

「…よし。えらいえらい」

「子供扱いしてませんか?」

「してない。…ほら、前向こう。たとえ逃げだとしても、進んでるならそれは後退じゃなくて前進だよ」

「…そうですね…!」

「よし……Shake itから」

 3人で目を合わせる。

「ScarletNightです!今から路上ライブやります!良かったら聴いていってください!Shake it all off」

 シンバルの代わりに緋がリズムを取り、3人で合わせて演奏に入る。

 Shake it all offは元々3人用の曲だった。ドラムのパートはギター2人で折半して上手く誤魔化している。けれど、当たり前のことだが、ギターでドラムの音は出せない。

 ドラムがなくてもやれると言ったものの、やはりドラムがあった方が良いのは明白だった。

 Shake it all offをアウトロから〆る。

「ありがとうございました!オリジナル曲、Shake it all offでした!」

 20人くらいのお客さんに礼をする。パチパチと拍手が帰ってくるが、同年代の女の子から質問が飛んでくる。

「あの……ドラムの紫音しおんちゃんとは、何があったんですか……?」

「あ……」

「……ひいろちゃん…?」

「……」

 切り替えろ。切り替えろついひいろ。決めたはずだ。紫音は辞めたんだ。

「───」


「───掘り返さないであげて。好きなバンドのメンバーの脱退が辛いのは分かるけど、ひいろだって前を向いて頑張っているんだから」


 ───突如、女の声がして顔を上げる。


 碧色の髪の少女は、碧色の瞳で3人を見る。

「ご無沙汰してたね、ひいろ

「ぁ………」

緋には見覚えのある顔をしていた。中学まで一緒だった、故村こむらみどり。碧緑色の長い髪と、同じく碧緑色の綺麗な瞳、控えめで清潔感のあるメイクと、両耳にバチバチに開けたピアス。ジャケットの下はへそ出し&生脚。一言で表すなら、現代的清楚ギャル。少し前、路上ライブで突っかかってきたこともあった。

「…みどり……」

「誰?」

 誰だかよく覚えていない蒼は怪しげに彼女の顔を見る。

「この前路上ライブで突っかかってきた子じゃないですか?」

「人の顔と名前を覚えるのは苦手なのよ…」

「ああ…」

 黎は何も言えずただ納得するしかできなかった。

「…はぁ。あおいは覚えてないか…。転校前までは同じクラスだったんだけど…」

「覚えているわけないわね。緋以外は名前のないモブだったから」

「だよね、知ってた。…それとさ。この前はごめん。突っかかって」

「…別に。私の歌、聴いてくれたんでしょ。それだけで十分」

「……そっか。……じゃあ、いきなりで悪いけどさ。…ドラム叩かしてよ」

「は?」

 碧は背負った荷物を下ろすと、電子ドラムセットを組み立て始める。

「路上ライブ中でしょ。中断して駄弁る訳にもいかないんじゃない?話はその後で」

 ちょっと待てと言いたいが、路上ライブ中なのはその通りだ。オーディエンスを無視する訳には行かない。

「………分かるの?私の曲」

「…まぁね」

「…わかった」

ひいろ…いいの?」

「緋さん…」

「いい。やらせてみよう」

「言っとくけど、あたし自信あるから」

「本当?」

「本当。このバンドのやり方は、あたしに合ってるはずだから」

「…期待外れだったら締め出します」

「外れないから」

 碧はニヤリと笑う。

「………」

 蒼は信用出来なさそうに碧を見る。

「…じゃあ、渇望」

「OK」

「蒼と黎は準備いい?」

「ええ」

「いつでも」

「…じゃいくよ」

 ───碧の合図で演奏を開始する。

「…!」

 紫音とまるで違う。

 緋と蒼の2人が作るリズムをキープし、後から重なって全体がズレないようにアシストしてくれる。完璧な補助を見せつつ、ここぞと言うところでテクニカルなフレーズを繰り出して楽曲を盛り上げてくれる。

 やりやすい。そしてなによりオシャレなドラム捌きだと思う。

 まさか、こんな音楽をやる人だとは思わなかった。

 目を合わせる。

 碧は「どうよ」と、してやったという風に口角を上げる。

「……いいじゃん」

「…でしょ」

 渇望を〆、30人ほどの拍手を浴びる。

「…あと何曲やんの?」

 碧は繋ぎのドラムソロを始めながら緋に聞く。

「…ちゃんとはなししたいし、あと2曲やったら終わろう」

「そこはあと1曲じゃないの?」

「味気ないじゃん」

「…それもそうか」

 『Accomplice』、『愛されていい』を演奏し、いつもより短いが、路上ライブを終了する。


「……緋」

「ん?」

 碧は立ち上がり、緋の前まで行くと頭を下げる。

「…今までごめん」

「…別に、恨んでないけど」

「…謝らないとダメだから。たくさん酷いことした。自分が無事なら、緋なんかどうなっても知らないって。許してもらおうとかはおもってないから。ただ、謝らせて。お願い」

「…そ」

 緋は乾いた返事をする。

「……それと、あたし……緋の歌を聴いて、心を抉られた」

「……」

「…あたしさ。ちょっと背伸びして偏差値高い高校行ってさ。そしたらダメダメだったんだ。中学時代は成績良くて、緋のこともバカにしてたのに、私は一気に落ちこぼれになった。…ドラムに打ち込んでも結局私は憧れの人ようなドラマーにはなれなかった。私は自分で何かができる人間じゃないって思い知った。…でも、緋の歌は優しかったんだ。緋を虐めてた分際で、緋の歌に元気を貰ってしまった。…情けなくて情けなくて、私、どうしたらいいか分かんなくなった。分かんなくなったのに、なんかやんなきゃって…。それに従って今に至る」

「…そっか」

 今、緋と碧の上下関係は完全に緋が上になっていた。緋は『しょうがないなぁ…』と言わんばかりの表情でため息をつく。

 碧が今日絡んできた理由は分かっている。きっと───。

「───みどりと言ったかしら」

 話が進むと思いきや、蒼が口を挟む。

「……うん」

 あまり友好的ではないオーラを放ちながら、蒼は碧に告げる。

「…緋を虐めたのなら、私は貴女を絶対に許せないわよ」

「……そうだね。蒼」

「蒼。私は碧のこと恨んでなんかないから」

「でも…」

「…碧は周りに合わせて虐めるフリをしてただけだった」

「……なんでそんなこと…」

 碧はなぜ庇ってくれるのかと不思議に思いながら緋に聞く。

「碧の蹴りは大して痛くなかった。傷付けてやろうって意思が感じられない、へなちょこ攻撃だった」

「…緋……私……」

──何もかも負けていた。私は自分可愛さに周りに合わせて、少なからず暴力を振るったというのに、それに耐えて、さらに痛がるフリまでしてくれていたというのか。

「………はぁ…やっぱあんた強いわ…」

「強くなんかないよ。蒼がいないと何もできない」

「…あの時は蒼いなかったじゃん」

「だからただ耐えるしかなかった。ううん、耐えられてなかったな。高1で1回自殺未遂したし」

「……そんなに追い込んじゃったんだ」

「…高校は碧には関係ないし、碧は別に気にしなくていいから」

「…ごめん。本当に」

「いいって。碧も十分自分で自分のこと責めたんでしょ」

「…恨まれることさえできないって、辛いなって思った」

「ならそれが罰ってことで」

「私は許さないけど」

「蒼…」

「それでいいよ。蒼が緋のこと大切にしてるのは分かってたから。……私さ。今になって改めて思い返すと、2人の関係、好きだったんだよね。2人は相思相愛でさ。見てるとこっちもあったかい気分になった。2人にはずっと一緒にいて欲しいと思ってた」

「よく分かってるじゃない。…いいわ、許す」

「え、めちゃ簡単に手のひら返すじゃん……」

 とりあえず緋と蒼の幸せな関係さえ邪魔しなければ過去のことなどどうでもいいらしい。

「……まあ、脱線もあったけど、虐めたことの謝罪と、私の想いというか言い訳を話させてもらった。……それで、私から最後の我儘を言わせて欲しい。聞いてもらった通り、私は自分勝手で傲慢でちっさな人間だけど、私は緋の歌に心抉られた。緋の力になりたい。今までの償いだとか、そんな気持ちを抜きして、私は、緋のためにドラムを叩きたい。お願いします。私を仲間に入れてください」

 碧は頭を下げる。

「……どうするの?」

「私は緋さんの判断に任せます」

 蒼と黎は私の判断を待っている。

「碧は私のために人生使える?」

「使う。…もう私には音楽で生きるしか道がない」

「音楽やるなら私以外のところでもいいんじゃないの?私じゃないといけない理由は?」

「…今まで、いろんなバンド聴いてきた、その上で言う。緋の音楽は私の音楽だった。…それに、さっき合わせてみて確信した。私のやり方と緋のやり方は相性が良い。抜群に。他のどのバンドよりも緋の音楽は私に合ってる。だから緋と音楽がやりたい。緋の力になりたい。一緒に夢を追いかけたい。…あとは、恩返しと罪滅ぼしと償い。ずっと酷いことしてきた。緋が恨んでないとか関係なしに、これは私がやりたいから。私は今までの分、緋に優しくして、それで…仲良くしたい。もっと違ってたら、私も友達になれたと思ってたから……。緋と、蒼と一緒にいたい。もちろん、黎ちゃんとも。友達に、なりたいから…!!」

 碧は頭を下げる。

「………みどり

「……」

「…これから、ぬまで。よろしく」

「……!うん!よろしく!」




……To be continued

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