第53話【最低な女】
ただ、心配だった。
どの面下げて、心配なんてしてるんだとも思う。辞めた分際で、見捨てた分際で、自分のエゴだけで動いてきた分際で。私に、彼女たちを心配する権利があるのだろうか。
ある時、SKYSHIPSのサポートドラムの子に言われたことを思い出す。私の『私のせいなんだよな』という呟きに対して、彼女は『そうですよ』と言い放った。
「……私のせいなんだ……」
心が締め付けられる。心臓が踏み潰されるような、そんな、辛くて、苦しい気持ち。
「結衣……春……楓花……。私、どうしたらいい……?辞めたくせに……今更……お前らのこと……大切に思っちまうんだ……!」
紫音の自責に追い打ちをかけるように、日は沈んで、安アパートの一室は真っ暗闇に変わる。
「助けてくれ……なんて…私が言う資格ねぇけど…もうわかんねぇよ……」
───通知。
「……は…!?」
通知じゃない。電話。バイブレーションを放つ携帯の画面には、知らない電話番号。
世論調査か詐欺か何かだろうと思い、出ないでいると、もう一度同じ番号からかかってきた。
「……なんだよ……私は今気分が悪いんだよ」
応答をタップし、携帯を耳に近づける。
「もしもし」
「──もしもし。お久しぶりです。覚えていますか?私のこと」
───聞いたことのある声だ。
「……SKYSHIPSの、サポートドラムか」
「覚えていてくれましたか。ネットニュースは見てますか?」
「……見てるよ」
「そうですか。まあ、どっちでもいいですが。…今から少しだけ、ちゃんと会って話せませんか?」
「……誰がお前なんかと」
「私となんて言ってませんが」
「…じゃあ誰だよ」
「それは来てみてのお楽しみってやつです」
「………男じゃねぇだろうな」
「……ふっ、あはははは、面白い冗談ですね。そういうのに興味がおありですか?」
「ねぇよ。死ね」
「冗談ですよ。貴女の大切な人とだけ伝えておきます。場所は、この前会った公園で」
「………」
通話が切れる。
「……大切な人………?」
何が何だか分からない。SKYSHIPSのメンバーの誰かということなのか。
「……スカナイのメンバーを人質にして……?」
無いとはいいきれない。彼女がそんな事までする人だとは思えないが。
「……まあいい。もうどうにでもなれ」
◇◇◇
もう暗くなった公園。街灯の明かりを頼りに歩いていく。
あの日、年末のある日に、アイツと話したベンチに、1人の少女が座っていた。
「……!」
目に入るのは、桜色の長い髪。もこもこふわふわの上着の下はすらりとした生脚が目を引く。萌え袖から微かに見える細い指先を吐息で温めて、万点の星空のさらに奥に見える大星団のように煌めくピンク色の瞳でこちらを見て、気付く。
「……紫音……?」
「………春……」
飯野春。SKYSHIPSのベース。同じバンドでリズム隊を張った少女だった。
「……紫音……っ…!」
春は私に気付くやいなや、こっちに向かって走り出した。
「春───」
──まるで突進。体力も無く走るのも上手くない少女の全速力の体当たりのような抱擁を受けて、私は地面に押し倒された。
「いっ……た……」
「紫音……!紫音っ…!!」
「………春……」
困る。色んな想いが込み上げてきて嫌な気持ちになる。私は自分の好き勝手にやって、バンドを抜けた身だ。そのうえ、今は他のバンドでドラムをやっている。勝手に捨てて、裏切り続けて、大切だった仲間のことなんて忘れて一人で幸せになろうとして、今の曇紫音はある。私に春を抱く資格なんてない。抱かれる資格もない。なのに彼女は涙を流して私に縋っている。
「………」
温かいを通り越して、暑い。
柔らかい彼女の身体が熱を伝えてくる。
「紫音……会いたかった……」
「……春、私は……」
「………もう少しだけ、このままでいさせて……」
「……ああ…」
───どれだけの時間が経ったかも分からない。
春の言葉を受け止めたまま、私はその通り、春に抱きつかれたまま寝っ転がっていた。通行人が見たらあまりにもシュールすぎるだろ、とたまに思いながらも、私は私で罪悪感に襲われながら春の体温を感じていた。
「……なあ、春」
痺れを切らして声をかけてみるが、返事は無い。
「春?」
「………」
微かに息の音がする。
「……寝て…んの…?」
春の背中を優しく叩いてみるが、何も反応してくれない。どうやら本当に寝てしまったみたいだ。
「……しゃーないな。私はお前の布団じゃねぇっての」
こうなったらもう抱かざるを得なかった。自分にこんなことをする資格なんてないと思いながら、春の体を抱き上げて、ベンチの前まで移動する。
「………ここで寝かせるのもな……」
こんな硬いところで、よく眠れないだろう。
蒼が緋によく膝枕をしていたのを思い出す。
「……いや……いや、私のガラじゃねぇ」
どうしていいのかも分からない。お姫様を抱いたまま、どんどん時間が過ぎていく。
しばらくすると、彼女が体を震わせてぎゅっと上着の胸の辺りを掴んだ。
「……ん…」
「!…春!目が覚めたか?」
「……紫…音……?」
うっすら目を開ける。長いまつ毛の隙間に綺麗なピンク色の瞳がキラリと光る。
しばらくぶりに顔を見たからだろうか。今まで以上に、春が美人に見えた。
「起きたなら下ろすぞ」
「…ダメ……起きない」
「………起きてんだろ…」
本当は強引に下ろしてやることもできる。けれど、 好き勝手し過ぎたことへの罪悪感から、彼女を勝手に手放すなんてことをしたくなかった。けれどそれと同時に、彼女を抱く資格なんて無いのに、彼女を抱いたまま、彼女の温かさを感じている自分を責める自分がいる。
アホな神様にしてはよくできた嫌がらせだ。これが私に対しての罰か。
「…なぁ……ほんとに……。頼むよ……」
「じゃあ、私からのお願いも聞いて」
「分かった。分かったから一旦下りてくれ。腕も心も疲れてきた」
「ん。分かった」
春を優しく下ろす。
彼女の温もりがまだ胸に残っている。
「…ありがとう、紫音。少し、楽になった」
「……そうか」
「…ね。座ろ?」
春に言われ、春と共にベンチに座る。
「…で……なんで私を呼んだんだ?」
「……紫音に会いたかったから。…これが1番大切な理由」
「…春、私は……」
「分かってる。気まずいよね。…かくいう私も、どんな顔して紫音に会えば傷つけないかなって…考えてたんだけど、紫音の顔みたら、もう我慢できなくなって。……そしたら、なんか安心して眠っちゃって。……ほんと、ごめん」
「謝らなくていい。私の方こそ、ほんとに……なんでもしてもらってたのに、みんなのこと傷付けて……」
「…うん。みんな、少し傷付いた」
「だよな……」
「でも、さ。私たちみんな、紫音がそういう人だってことは知ってたはずなんだよ」
「………」
「……自分のことばっかりになってたのは、私達も同じ。仕事に一生懸命になりすぎて、仲間の、人の気持ちを、何も考えられなくなってた。結衣も楓花も、病んじゃった」
「……春はどうなんだ」
「私?…まあ、私も、少しはね」
「そうか……」
「あ、紫音のせいじゃないよ。……社会に押し潰されて、最初に病んじゃったのが紫音なだけ。それで、みんな気付いたの。みんな病んでたってことに。中身のないスカスカな音楽を生きてたことに、ようやく。…だから少し休むことにした。また楽しく音楽やれるようになるまで」
「……」
「誰も紫音のこと恨んでないよ。…皆、紫音のこと大好きだから」
「春……」
「………それで、さ。紫音」
「ん…?」
「わがままだって、私も分かってる。けど、それを分かった上で、お願いする」
「…なんだ?」
「───SKYSHIPSに戻ってきて」
「………いや…私……」
「私たちには、紫音が必要なの」
「………私に…その資格は…」
「資格がいるなんてそんなの知らない。私は紫音とバンドやりたい。結衣も、楓花も、みんなそう思ってる」
「……」
「お願い。紫音。誰も紫音を恨んでなんかないから。またみんなでSKYSHIPSをやりたいの。紫音が自由に叩ける場所に、またみんなでしていくから。マジのマジで勢いしかないSKYSHIPSを取り戻せるのは紫音だけなの。私たち、ずっと一緒に夢を追いかけてきた仲間でしょ……?」
「仲間……」
「結衣も、楓花も、悩んで、病んで、ボロボロになるまで頑張ったの。大人の力に押し潰されて、ずっと辛い思いをしても頑張ったんだよ……だから、救ってよ……」
「………春。お前は何か勘違いをしてる。私はそんな大それた人間じゃねぇ。…誰かを傷つけることしかできない最低な女だ」
「SKYSHIPSは傷つかないよ。紫音が一緒にいてくれるなら。ずっとそうやってきたじゃん」
「……ずっと……」
ずっと。そう。私の我儘も、人の心も考えない辛辣な言葉も、全部こいつらは笑って受け止めてくれた。数え切れない程のものを、与えられてきた。部活も、音楽も、ドラムも、バンドも、青春も。死ぬほどつまらないスカスカな女だった曇紫音に、生きる力を与えてくれた。
「…… あと、楓花からの伝言」
「…楓花から?」
「うん。……『ScarletNightはさ。どれだけ本気なの?』って」
「………本…気……」
「…紫音が本気でドラムやれてんのかなってことか、もしくは、作曲とか活動方針とか。色々、よく考えてみてってことだと思う。…あと、ライン、ブロック解除してよね。あと、ちゃんとご飯食べてる?あと…」
「『あと、』が多い。ありすぎだろ」
「ごめんね。紫音と話せるのが嬉しくて……。じゃあ、これを最後の『あと、』にする。……私の個人的な、言いたいこと。……無視してもいいから。……いや、やっぱりダメ。無視はしないで。絶対」
付け加えるように言ったが、春は紫音の胸に顔を預けて、本当に小さい声で囁いた。
「───貴女の事が好きです。ライクじゃない、ラブの方。もしずっと一緒にいてくれるなら、凄く嬉しい」
「……ぁぇ…?」
聞き間違いか。本当にそう聞こえたのかどうかも確認できないまま、春は顔を遠ざけてしまう。
「それじゃ、紫音。今日はありがとう。話せてよかった。……返事、待ってます」
「……お、おう……」
春を見送って、1人になった。
「……·春…」
春の体温がまだ胸に残っている。彼女の囁きが、告白が、熱い血液を高速でこの体に循環させている。
彼女からのスキンシップが、凄く心地良かったという事実だけが、今、胸を締め付ける。
春と会って話せたのは、正直楽しかったし嬉しかった。そして何より、あれだけ酷い抜け方をしたのにも関わらず嫌われてないことが分かって、物凄くほっとしたのと同時に、物凄く申し訳ない気持ちでもいっぱいだった。けれど、こんな私を慕って、好いてくれる人の気持ちを蔑ろにはしたくない。今なら分かる。私がやるべきことは、自分が満足するためじゃなく、本当に誰かのためを思って行動すること。SKYSHIPSを抜けたことを気にして、それで傷付けた自覚があるなら、その傷を責任持って癒してあげるのが私のやるべき事じゃないのか。春が泣いて縋ってまで、私を必要としてくれた。私にとっても春は大切な存在で、SKYSHIPSも大切な居場所だった。大切な存在が助けを求めて伸ばした手を払えるほど私は落ちぶれちゃいないつもりだ。
そして、楓花からの伝言というあの言葉はチクチクと心を突き刺す。
「……『ScarletNightはどれだけ本気なの?』か………」
人気になるために、売れるために、大きなステージに立つために。どれだけのことを考えているのか、と。そういうことか。
SKYSHIPSは初めこそ好きにやっていたが、どんどんプロを目指すために変わっていった。結衣は死に物狂いで、どんな曲がウケやすいかを徹底的に調べ上げ、完璧な調整の末に人気曲を連発していった。ライブも山ほど出演した。それが、緋はどうだ、と。
まるでトリックに引っかかったかのように、緋を見る目が変わって行く。
「やめろ…………やめろやめろやめろやめろ!!緋も緋で頑張ってんだよ……!」
それは誰に対して放った言葉なのか。気づくのに、時間は要らなかった。
◇◇◇
丁度バイトから帰ったところで、緋の携帯に閃光フェス1stステージ、『音源審査』の結果が送られてきた。
「……蒼!」
「…ええ」
蒼に携帯を見せ、一緒にメールを開く。
「結果は─────」
────落選。
「………」
緋は唇をかみ締めながら、部屋の扉を閉めた。
「緋……」
「ごめん、蒼。しばらく開けないで」
「………」
ドアの前に蹲り、膝を抱える。
音源審査に送ったのは、全12曲を収録した渾身の1stアルバム『Trying to fly on a windy day』。それが、1stステージで落とされた。
「………ッ……」
悔しい。そんな言葉では言い表せないくらいの感情。
最高のアルバムが出来たはずだった。自信を持って、自分の曲はいい曲だと言えるような気がしていた。
ScarletNightの強みがライブ感であるというのは自分でも分かる。それが音源では味わえないもので、伝わらないというのも理解しているし、それが懸念していた問題のひとつだ。けれど、それとはまた話が違う。
レコーディングも頑張ってやった。限られた時間の中ではあったが、最高のものを作るという気持ちで収録した。不安もあったが、その辺のアマチュアなんかには絶対に負けないという風に思う程に、最近は自信がついていた。それが叩き折られたみたいな気分だ。
何が評価の基準なのか、正確には分からないが少なくとも、実力が基準になっていることは分かる。作曲。作詞。演奏。それで評価された結果、落とされている。私は、その辺のアマチュアになんか負けないと。そう心の中で思いながら、私の音楽こそ最高だと思いながら、そうやって見下していた他のアーティストに負けたのだ。
───ほら、現実見ろよ。終緋。
音楽でしか生きられないって?…冗談だろ。音楽ですら生きられないんだよ。何も出来ないゴミカスなんだから。
「っ………ぁぁ……ぁ……っ……!!」
でも。
「でも……っ…それでも……ッ……それ以外はできないから……!」
ストラトキャスターに手を伸ばす。
この想いを音に乗せてみる。
今回がダメだから諦める?冗談じゃない。もっと頑張ってやればいいだけだろ。
「私は終緋……世界一のロックスターになる女……!!」
◇◇◇
日は変わって、夕方。路上ライブのためにScarletNightは集まった。
「………落ちた。音源審査」
緋がそう呟く。
「…そうですか……。……みんなで頑張って作ったアルバムだったのに……」
「…頑張っているのはどのアーティストも同じよ。…私たちにできることは、そのどのアーティストよりも頑張っていくことだけ」
「…そう……ですね……」
悲しそうに下を向く黎。緋は黎に近寄り、頭を撫でる。
「…子供扱いしないでください」
「…私も頑張るから。これまで以上に」
「…はい」
「…。…紫音も────」
───蒼は緋と黎から目を離し、紫音の方を向く。
きっと紫音も落ち込むだろう。それを励ましてあげようと思っていた。けれど。
「───紫音………?」
───紫音の表情は、予想していたものとは違っていた。
「……何で………笑っているの……?」
「────え………?」
───蒼に言われて初めて気付いた。
「私……笑って……た?」
そう、半笑いで答える。
「………どういうこと?」
「へ…へへへ……これは……あれだよ。ほら。辛い時こそ笑顔…っていうかさ………」
「………嘘言わないでくれるかしら。それは本心の笑いよね」
「……いや……ほんとに……なんかおかしくって……」
「何がおかしいの?」
「…私が……おかしいんだろうな………何でかわかんないけど………私………落ちたって聞いて………『だろうな』って思ってんだよ……」
「………バカにしてるの…?」
「いや……そういう訳じゃ……」
「ッ……言いなさいよ!!何で笑うの!?私たち本気で取り組んだはずよね!?」
「蒼……」
「頑張ってる緋を!黎を!私を!貴女は笑ったのよ!?紫音!!一体どういうことなのよ!!」
「蒼!落ち着いてよ!」
緋が蒼に抱きついて止める。
「………紫音も、悔しい想いでどうしようも無くなって、笑うしか無かったんだよね……?」
緋が恐る恐る聞いてくるが、私は首を縦に振れなかった。
「紫音───」
「───いや………だって《《お前らの》》音楽ってさ……」
────私は本当に何を言おうとしているんだ。
「───所詮趣味の領域じゃん」
「…………ぇ………?」
◇◇◇
「───所詮趣味の領域じゃん」
「………ぇ………?」
───本当に。何を言っているんだ、私は。
絶句してしまう緋。私の紫色の瞳に、彼女の姿は酷く醜く映ってしまっている。
大切なはずなのに。
SKYSHIPSを勢いで辞めて途方に暮れていた迷子の私を拾ってくれた恩人のはずなのに。
私は、緋のことを嘲笑して見下していた。
「紫音………貴女ねぇッ……!」
すごい形相で蒼が胸ぐらを掴みに来る。
「冗談にしてもそれは良くないわよ!!何で!?なんでそんな事言うの!?私たち真剣にバンド活動やってきたじゃない!!何でそんな言葉が出てくるのよ!!」
蒼にキレられるのは当然だ。けれど、私はどうやら理性がぶっ壊れてしまっていたらしい。
「評価される曲ってのはな……結局、『誰かの評価を気にして作った曲』がそうなるんだよ。自分がやりたい音楽とか……自分のための音楽とか……そんなんじゃ自分以外の誰の需要にも応えられない。……そういう事なんだよ」
「………本気で……言ってるの……!?」
「私はいつだって本気だ」
「………」
「ScarletNightがやってきたことはな。ただのバンドごっこなんだよ。自分のために音楽やってるうちは全部遊びだ。趣味に過ぎないんだよ」
「ッ…そんなことは無い!自分のための音楽、それが評価されたロックバンドだって多くいるわ!!」
「違うな。お前らはそれにすら及んでない」
「どういう事よ…!」
「分かんねぇのか?そんなんだからScarletNightは───
───『アレキ』や『エルレ』の『パクリ』って言われてんだよ」
「ッ…!~~~~ッ!!」
蒼は目に涙を浮かべながら紫音を押し倒そうとするが、力不足でそうまではできない。やるせない一撃が失敗に終わった蒼は立ち尽くす。
「……紫音さんは……どういう気持ちでバンドやってたんですか……?」
黎も、なんとも言えない表情で聞いてくる。
「緋さんの夢を共有して、一緒になって叶えようって意気込みでバンドやってたんじゃないんですか……?」
「………」
「……答えて下さいよ!!ZOZOマリンでワンマンライブしたいんじゃなかったんですか!?」
「行ければ、いいよな。って」
こんな、他人事みたいに。
「…………」
黎は下を向いて震えてしまう。
「…………紫音」
「なんだ、緋」
「思ってること全部言いなよ。言葉にしてさ」
「………お前らとの音楽は《《楽しかった》》よ。心の底から叫ぶようなロックをやるのは楽しかった。けど、それで頂点取れるとは思ってない。音楽で成功する、それがどういう事なのかは至ってシンプルだ。『どれだけ多くの人に聴かれるか』。自分のためじゃない。どうすれば皆に聴いてもらえるか、好きになってもらえるかを徹底的に考え抜いて生まれる『売れるための音楽』をやらない限り、バンドで、音楽で天下を取るなんてことは出来ねぇんだよ。………だから、“本気でやる”って言ったところで、私にはScarletNightの結果なんて目に見えてた。楽しもうって時点で、な。好きでいてくれる人にしか刺さらない曲じゃ、大勢からの支持は得られない。たとえお前がどんなにいい曲を作ろうが、それが世間一般から評価されるようなことは無いんだよ」
「………」
緋は負の感情が溢れそうになっている瞳に紫音を映した。
「………最低…」
……To be continued