第48話【ストラトキャスター】
彷徨いながら、迷いながら、私は今日も曲を書き、詩を書き、歌う。
見様見真似を繰り返して覚えたやり方でも、これが私のやり方だから。意味の無い叫びでも、吐き出せればそれでいい。
「───」
4月、春真っ盛り。桜吹雪の舞う中、新曲『桜錯乱』を歌い上げ、ScarletNightは今日の路上ライブを〆る。
「ありがとうございました!ScarletNightでした!」
多くの人から拍手を貰う。ありがたい限りで、来週にRAIN OF BOWで予定しているライブのチケットの前売りも完売。
少しずつだが確実にファンは増えている。
動画サイトの登録者数は先日800人を超え、Shake it all offのMVの再生回数も5000回を突破した。
まだ閃光フェスの音源審査の結果は来ていないが、きっと大丈夫だ。その自信が今ならある。
「緋、今日はいつもに増して機嫌良いな」
「え?そう?」
CPX1000をケースにしまいながら、紫音の呟きに返す。
「ああ。Shake itができてすぐの時みたいな、自信満々で、キラキラしてる緋って感じ」
「ああ、まあ、そうかも。やっぱり、頑張りの結果が数字に表れてくれると嬉しいっていうか」
「そうだな。分かるよ」
「それと、そろそろストラトも返ってくる頃だし」
「そうか。もう4週間近く経ってるもんな」
「うん。……あ、楽器店から連絡来てる!」
携帯の画面を付けると、ストラトキャスターを預けた楽器店からの着信が来ていた。
「お、遂に相棒復活か」
「かけ直す!」
急いで電話する緋を、3人は温かく見守る。
「はしゃいでんなぁ」
「緋さん、結構子供っぽいところありますよね」
「可愛いからいいじゃない」
「同意」
「私もです」
3人に見守られながら、緋は電話を終える。
「ストラト仕上がったって!」
「ふふっ、良かったわね、緋。今から取りに行くの?」
「うん。今から行きますって言っちゃったから今から行く」
「分かったわ」
「今ここから直行かよ。アンプもあるしすでに大荷物なんだけどいいのか?」
「頑張る」
「気合いで乗り切るつもりかよ…」
「まあいいじゃない。なんとかするわよ」
「なんとかしましょう!」
「イエスマンが2人……しゃーねぇなぁ」
◇◇◇
「お。お嬢ちゃん来たね。バンドメンバーもお揃いで」
「どうも…」
紫音は店員の女性にお辞儀をする。
「座って待ってて。今持ってくるから」
「はい」
4人でソファに座り少し待つと、店員の女性がカウンターの奥から持ってきた緋のギターケースをカウンターに置く。
「はい、お嬢ちゃんの相棒。開けてみて」
「ありがとうございます」
カウンターに置かれたギターケースのファスナーを開ける。
「───!!」
───純白。一切の汚れも濁りも知らない、純白の輝きを放つ相棒の姿があった。
「……ストラトキャスター…本当に私の……?」
「凄い……こんなに綺麗に……」
「新品みてぇ…」
「あんなにボロボロだったストラトが…!」
「4人とも驚きすぎでしょ。新品みたくみえるのは当たり前」
「だけど…本当に綺麗に仕上げて頂いて……ありがとうございます!」
「いいって。……ScarletNight。応援してるから」
「あ、ありがとうございます。調べたんですか?」
「まーね。…ほら。荷物いっぱいかも知れないけど、頑張って持って帰りな。大切な相棒」
「はい。…本当にありがとうございました!」
「いいんだよ。私情も挟んだけど仕事だし。…これからも、大切に使ってくれよな。緋ちゃん」
「はい!大切にします!」
緋は礼をすると、ケースを両手で抱え、店を出る。
「………」
店員の女性はScarletNightを見送ると、カウンターの椅子に腰を下ろす。
「……。良いオーナーを持ったな。…その人なら、馬鹿な私みたいに、君をダメにしたりなんかしない。……連れて行ってやれよ、頂点まで」
───ギターがやりたい。そう、なんとなく思った小学2年生の私は、親戚がやっていた楽器店で白いギターに一目惚れした。
Fender USA Stratocaster。汚れも濁りも知らない、何色にも染まらない純白のボディは、私の目を釘付けにしていた。
値段はよく覚えていないが、多分30万強くらいの、物凄く良いギターだった。
物の価値も扱い方も何も知らない愚かな子供だった私は、大切にすることを条件に、譲って貰った。
その結果が、あのボロボロな姿だった。年季の入ったヴィンテージ物に憧れて遊び半分で傷をつけまくり、しばらくすると新品に目移りしてストラトは放置。管理もまともにできずネックは反ってしまい、金属部品は錆びていき、気がつけば、まともに使える状態ではなくなっていた。
大きくなってから、家の倉庫で雑に放置されていたそのストラトを見つけると、今更大切にできるとも思えず、自分を責め立てながら、縁のない楽器店へ売りに行った。
そしてしばらくが経って、親戚の楽器店でアルバイトをしていた私の元に、いたいけな少女の手によってストラトが持ってこられた時には、流石に天罰が下ったのだと思った。
面白半分で興味を持ち、無責任にその手に取り、遊び半分で傷を付け、自分勝手に捨てた私へ向かって、小学生の少女が口を開く。
「弾けるようにしてください」
ペグ、ブリッジを交換し、ネックの反りを治した。
かつて1本のギターをダメにした私が、楽器店のいち店員として、かつて自分が壊して捨てたギターのレストアを手がけていた。最低限演奏ができるようになっただけで、緋色の髪の少女はとても嬉しそうに笑っていた。それからしばらくが経つと、その次はアンプに繋いで使えるように。スイッチ、ピックアップ、ジャック、ポットを交換していった。少女を見る度、私は私が嫌になるのと同時に、勇気を貰った。こんな私が楽器のレストアを引き受けて良いのかと思いながらも、責任もって、私が果たすべきことを果たそうと思った。
「このレストアも一応形式では商売だけどさ。これはそもそも私が壊したギターだ。自分で壊して捨てたギターを、人の金で治すなんて、私のメンタルが死ぬ。修理費は全部私から出す。お嬢ちゃんから取ったぶんは、そこに上乗せしてアップグレードさせてもらうよ。…内緒でこんなことやったら怒られるかもしれないけど、まあ許しておくれよ」
ボディは傷一つ無い純白の塗装を取り戻した。
本来であればこれで請け負った仕事は終わりで、後は組み立てるのみだが、今まで彼女から取ってきたお金のぶんの仕事もしてやらないと私の気は済まない。
反りを直した思い出もあるネックを新品に交換する。
これで、ボディ以外は全てのパーツが変わった。
「………もう私にできることは何も無い。後はお嬢ちゃん次第だ。ただ出したいと思う音を奏で続ければいい。その能力があるんだから」
◇◇◇
4週間ぶりに手元に戻ってきた相棒を撫でるように弾く。
心做しか、弾き心地も良くなっている気がする。いや、気がするのではなく、実際そうだ。指板とフレットの質感も違う。恐らくボディのリフィニッシュ以外にもサービスでメンテナンスをしてくれている。
「やっぱり最高過ぎ……!」
CPX1000も良かったが、やはり長年使い続け、慣れ親しんだ相棒の方がしっくりくる。
ヘッドホンから聴こえてくる、温かさも優しさも強さも激しさも冷たさも攻撃性も、ありとあらゆる感情を表現できる音色。
「…ずっと弾いていられる…!」
傷一つ無い純白のボディに傷がつかないよう注意しながらも、三本指で持ったピックの先端はピックガードに容赦無く線キズを掘っていく。
旋律が思い浮かぶより先に体が先に動いて、全力を込めて右手を上下させる。
「………今のフレーズ良い…!」
簡単な5つのコードをかき鳴らすだけのシンプルなものだが、気持ちよすぎる一瞬が生まれる。
「……これをイントロに持ってこよう。それで……」
手は止まらない。
良い曲ができる。という、そんな“感覚”。
「…あなたに出会ったところから私が始まったと言っても過言じゃない。音を手に入れて、誰かと繋がることができたから。…本当に感謝してる。ありがとう。これからもよろしく」
そんな独り言を相棒に聞かせながら、作曲に没頭した。
◇◇◇
春の風に吹かれながら、純白の少女は目的地であるスタジオを目指す。
「──真冬!」
「…舞」
長い黒髪が美しい少女が前から歩いてくる。
「通り道じゃないよね。現地集合って言ったのに」
「できるだけ真冬を1人にしない。WhiteLogicのルールの1つよ」
2人は並んで目的地を目指して歩く。
「…私はそんなルール決めてないけど」
「私たちで決めたんだから」
「勝手なことを……」
「WhiteLogicは真冬がいないと成り立たないから。WhiteLogicのセンターでメインボーカルの真冬は替えがきかない唯一無二の存在なのよ」
「舞だって唯一無二の存在だよ」
「まあ、それはそうかもしれないけど、でも、“音楽”という意味では、私は居なくてもいい存在だから」
「アイドルにダンスは必要でしょ」
「そうなんだけどね…」
「……ボーカルだけでもう成り立ってるからダンスは要らないなんて誰かが言うなら私は絶対に許さない」
「……真冬…」
「…舞がダンスをやると言ってくれなかったら、私は夢を諦めて1人で歌手を目指すしかなかったし、WhiteLogicは生まれなかったよ」
「…そうね。ごめんなさい。…閃光フェスの1stステージが音源審査だったから、少し負い目を感じていたの。最初から分かりきっていた事なのだけど」
「何もできないっていうのは悔しいものだからね。でも音源審査を通過すれば。2ndステージからはダンスの出番もあるから。思う存分踊ればいい」
「ええ。そうね」
「でも、まずは来週のライブだよ。…“ScarletNight”との共演だし、精一杯やろう」
「ええ」
……To be continued




