第43話【親子】
───緋。
「今日はありがとうございました!」
路上ライブが終わり、人が離れていく。
人がまばらになるにつれて、遠くで傍観している私の視界が晴れていく。
ファンであろう人たちへのサービスが終わると、ScarletNightの4人は片付けに取り掛かろうとする。
「────ぁ…」
「────!!」
───娘と目が合った。
「ぁ…」
お母さん?なんでこんな所に。酷く怯えたような顔で、何故か安心したような不思議な表情を見せている。いや、それは自分も同じか。全く別のふたつの感情が入り交じって、変な顔になるときはよくある。
「……お母さん…?」
「緋……。……ッ…」
近付こうとして、お互いに足がすくむ。
近くに行ってもいいのか分からない。
これで拒絶されてしまったら、と思うと動き出せない。
「緋……?」
異変に気付いた蒼たちが寄り添ってくれるが、今私の目に映るのは母親の姿だけだった。
なんて言えばいい。どんな言葉を選べばいい。
どうすれば、私はお母さんに愛して貰える?どうすればお母さんの傷を────。
「緋!!」
「──!!」
───長い髪を靡かせて、お母さんが走ってくる。
「お母さ──」
───初めてじゃない。とても、とても、とてつもなく懐かしい記憶を思い出したような気がする。
お母さんに、ぎゅっと抱き締められた。
「……ぇ……」
「無事でよかった…!」
「……お母…さん…!」
これは、頑張った私への、神様からのささやかなご褒美なのだろうか。
世界は敵じゃない。そんなことが、ようやく分かった。
◇◇◇
「───“緋”。それが貴女の名前」
赤子らしく泣きじゃくって疲れきって眠った我が子を抱きしめる。
「……緋は私の娘だから。あの人の子である前に、貴女は私の娘だから。…貴女だって生まれたくて生まれてきたわけじゃないかもしれないけど、私は貴女のお母さんだから。……負けない。私は強いから。強いはずだから───」
────強いはずだから……。
「ま、せいぜい死なねぇように頑張って育ててくれや」
「ッ─!!」
夫からの暴力に耐えながら、必死に緋を育てる日々を過ごしていった。
けれど──。
「───茜は頑張るねぇ」
「あなたの手は借りない。緋は私の娘だから」
「何か勘違いしてるようだな茜」
「勘違い?」
「緋はお前だけの子じゃなくて、“俺とお前の子”なんだよ」
───愛すべき自分の娘か、憎むべき最悪の男の娘か。
緋への見方が分からなくなっていく。
「………私………」
緋は、愛すべき娘なのだろうか………。
◇◇◇
物心ついた時は、お母さんはまだ優しかったような気がする。毎日ご飯は一緒に食べていたし、お風呂にも一緒に入っていたし、寝る時も一緒だった。
「お母さんに似て、緋の髪はサラサラだね」
「ん」
ただ、私は人見知りで臆病な性格で、なかなか人と仲良くできなかった。
「保育所で友達はできた?」
「………」
「そのうちできるから。焦らなくてもいいよ」
「……ん」
お母さんは優しかった。凄く優しくて、他の子のお母さんよりも若くて可愛くて綺麗で、自慢のお母さんだった。
だけど、いつからだろうか。
少しずつ、少しずつ、お母さんは冷たくなっていった。
原因はなんとなく分かっていた。
お父さんがお母さんに酷いことをするからだ。
そんなお父さんを見てきたからか、私はとてもドライな子に育った。元気に、楽しそうに遊ぶ同級生の子たちを見ても、どこか遠くから見ている気分になっていた。冷めた目で見ていた。面白くない。人と笑い合う事ができない。何かを楽しいと思う感情が、人と何かを話したいという言葉が、欠落しているんだと、そう思っていた。でも違った。傍に誰かがいてくれる。私が欲していたのは、誰かと何かをしたいという行動ではなく、隣に誰かがいてくれるという居心地のいい空間だった。だから、特に何もせず、隣に座ってくれた蒼に、心を開くことができたのかもしれない。
時間が経つにつれ、お母さんは私にどんどん冷たくなり、遂には暴力を振るうようになっていった。最初はとても怖くて、辛かったが、ちょうど私がギターを始めたあたりで気付いた。お母さんは別に私のことを嫌っている訳では無いのだと。クラスのみんなのように、私が私だから虐めるわけじゃない。お母さんはただ、酷いことをしてくるお父さんが嫌いで、辛いから、お父さんの娘である私を痛めつけるだけなのだと。私自身のことは、ちゃんと大切な娘だと思ってくれている。これが私の現実逃避のための思い込みではないことを祈っていたが、恐らくは思い込みではなく事実だろう。「貴女さえ生まれて来なければ」なんて酷いことも言われたけど、ただ、「貴女を娘だなんて思ってない」なんて事は一度も言われていなかった。ご飯もちゃんと作ってくれたし、親としての最低限以上のことを、ちゃんとやってくれたと思う。
……とまあそんな形で、終緋というロックンロールスターは生まれ育ったわけで。
……To be continued




