第41話【閃光】
目が覚めるといつものように、温かく優しい蒼の腕に包まれている。寝起きの体は力が入らないが、体温をもっと感じたくて、ギュッと抱き締める。暖かい炬燵布団の柔らかい質感もとても心地が良い。
「…起きたの?緋」
胸に顔を埋めた私の頭を優しく撫でる蒼。
「………ぅ…ん…」
「お昼寝にしては随分ぐっすりだったわね」
「……あったかくて…」
「猫かよ」
「…にゃぁ…」
「ウッ…!」
「う…!」
「よしよし…」
「………私…結構寝てた…?」
「1時間近く寝てたわ」
「え、ごめん……起こしてくれても良かったのに…」
「気持ち良さそうに眠ってたから…」
「起こすに起こせなかったよな」
「寝顔が幸せそうで…」
「……ありがとう。よく眠れた」
蒼の胸から微笑む。
「…いいって。私たちもゆっくりしてたし。…それに、面白いもんも見つけたしな」
「ですね」
「面白いもの?」
「これよ、緋」
「ん?」
蒼の携帯の画面を見る。フェスのホームページだ。
「…ロックフェス?」
「10代アーティスト限定のロックフェス『フラッシュシャインフェスティバル』。通称『閃光フェス』だ」
「へぇ…」
蒼から携帯を受け取り、蒼と炬燵にくるまったままホームページをスクロールしていく。
「…これはコンテストでも、オーディションでもない。…“今”を叫ぶための場所、か。…いいね」
「今も活躍してる有名アーティストの中にも、このフェスに出てた奴らは結構いる。つまり、それだけ名をあげるチャンスってことだし、それだけのアーティストが参加するってことだ 」
「応募は3月いっぱいまでか。まだ間に合うね」
「応募と1stステージは、書類とデモ音源の提出よ。それを通過できれば2ndステージに進めるわ」
「…2ndステージはスタジオ審査か。審査員の前で生演奏と、質疑応答……。質疑応答かぁ……。伝えたいことは音に乗せればいいっていうのが私のスタンスなんだけど…」
「まあ、聞かれたら答えてくしかないだろ。私もいるし、なんとかする」
「3rdステージはライブ審査…。え、10分しかないの?」
「少ないわよね…」
「やれて2曲ですね」
「曲選びは重要だな」
「それで、この3rdのライブの投票結果でライバルたちを蹴落として上位に食い込めれば、ファイナルステージに進めるってわけだな」
「今年のファイナルの会場は日比谷野外音楽堂。キャパは3000人以上の野外会場で、大荒れでもない限りは雨天決行だ」
「それでこそ野外ライブ」
「そんで、そこで優勝すれば賞金100万円だ」
「100万円…」
「4人で分けても一人25万ね」
「……正直、賞金にも名声にも興味は無い。…とは言いきれないけど、とにかく私はただ、たくさんの人に私たちの音楽を聴いてほしい。そして、日比谷野外音楽堂でライブがしたい」
「ええ。野外ステージでのライブ。私たちの目指すステージへの第1歩よね」
「…それに、私たちの音楽がどれだけ通用するのか。それも確かめたい。出よう、閃光フェス」
「だよな」
「出ましょう!」
「そうと決まればさっそく作戦会議ね。締切まで1ヶ月くらいしかないわ。まずデモ音源審査へ向けて、音源を作らないと」
「ミニアルバムじゃダメなんですか?」
「最初の方の曲しかないし、あの6曲も演奏を重ねる毎に進化してきたわ。あのミニアルバムは、今の私たちの全力とは言えないと思うの」
「確かにそうですね…」
「まあ、確かにな」
「……」
──緋は少し考えてしまう。
音源。確かに、時間がたった今、あの時の全力が今の実力より劣っているというのは分からなくもない。だが、音源というのは残り続けるものだ。それを承知で作ったはずなのだ。
「緋?」
「…私…よく分からなくて」
「なにが?」
「…収録の時、何か違和感があった。…それはきっと、いつもはその時その時の感情を、その瞬間に込めて音を出してるけど、音源って、その場その時で終わるものじゃないから。後になっても褪せないものを、って少なくとも私はそう思って作ってた。でも、そうやって本気を出し尽くしても、少ししたらそれは過去のものになって……今の私たちの全力に届かないものになってくなら、昔の曲に価値は無いってことになる。本気で、全力を以て収録に臨んだのは本当のことで……否定したくはない」
「…ごめんなさい、少し言い方が悪かったかもしれないわね」
「“アルバム”だからな。その時その時を記録してくものなんだよ」
「…あ、紫音さんの例えは分かりやすいかもしれません」
「その時その時を記録してくもの…か…」
「だから、いいんだよ。それは残り続けるものなんだ。それを後から聴き直して、これが私たちの生きてきた証なんだって言えればいい」
「……そうだよね。ごめん、変に考えこんじゃって」
「気にするな」
「……まあ、だから……ミニアルバムじゃなくて、新しく録った音源を送りたい」
「…分かった。それでいこう」
「緋さん…」
「……そろそろ1stアルバムの収録やろうと思ってたところだし。丁度いいじゃん」
「…ありがとう、緋」
「ん」
緋はもう少し蒼に甘えると、炬燵から出る。
「…続き、やろうか」
「ええ」
◇◇◇
「……」
風呂場の鏡を見る度に、自分の体を醜いと思う。シャワーを浴びる細い体に刻まれた傷跡は消えないまま。伸び続けた赤色の髪は足元まで届いている。自信のあったはずの顔も、今は酷くやつれている。
夫にはまるで奴隷のように扱われ、娘には見限られてしまった。
娘の顔を最後に見てから、もう1年近く経つ。
「………緋…」
親に愛されないことの辛さを知っていたはずなのに。
私は現実に負けた。そんな母と比べ、娘は全てから逃げ出して自分のための人生を送る決断をした。
「みっともないなぁ……私……」
……To be continued




