第38話【Farewell to the shitty band】
薄暗いホールは、7割程度が人で埋まっていた。
ステージが照らされると同時に歓声が湧き上がる。
鳴り響く音楽。彼らの40分はあっという間に過ぎ去る。
「ありがとう!また会おうぜ!!」
男性4人のバンドが手を振ってステージを後にする。
「お疲れ様でした」
「ああ。お前らも頑張れよ」
「はい」
次のバンドにバトンを渡す。
「…っしゃ帰るかぁ」
「ああ」
「今日も最高だったな」
「他のバンドとかマジで冷めちまうわ」
───その様子を横目に、緋は前に進む。
「…緋」
「見る目がないな。…って、私たちも思っておこう。ロックバンドは尖ってなんぼ。誰しも、自分が最高だって思う音楽をやってる訳だからさ」
「ああ。態度はデカければデカいほどいい」
「ですね」
「蒼」
「なに?」
「…蒼のベース、世界一だから」
「…ありがとう」
「紫音のドラムも世界一。黎のギターも世界一。私の歌も世界一だから。その意気込みで、最高の音楽を届ける。私たちはいつだって、全力でやるだけ。自分でダメかもなんて思いながら人に届けたくない。自信の無い自分の姿は晒さない。激しく、荒々しく、カッコよくにプラスして、オシャレなロック。魅せていこう」
「…ええ」
「ああ」
「はい!」
「それじゃ、行こうか」
───Opening ActのSEに合わせて入場。前のバンドより歓声は少なめだが、それでも半分近いお客さんが声を上げて拍手をしてくれている。
4人でステージに立ち、SEに合わせて楽器を鳴らし、そこでSEから生演奏に切り替える。
前回のライブとはまた違う。音数を少し減らし、1発1発の迫力を上げるようなアレンジを加えている。
「前のライブと時と違う…」
「ちょっとオシャレになった?」
「こっちも好きかも」
約2分。4人、思い思いの音を奏でるセッション『Opening Act』から、続けて次の曲のイントロに繋げていく。湧き上がる歓声。テンションは途切れさせない。さらに上げていく。
紫音の力強いドラムに、蒼のスラップが乗せられる。そして、黎のストロークが入ると同時に、緋はマイクに叫び出す。
「初めましてScarletNightです!今日は皆さんの記憶に、心に、私たちの音を刻み込みます!行くぞ下北!!『Aggressive Attack』!!」
紫音、蒼、黎の中に緋も入り、ギターを掻き鳴らす。4人で作る、攻撃的で、刺々しく、感情的で、それでも、スタイリッシュさを感じるメロディを、ドラムの疾走感に乗せて飛ばしていく。
進化の形は、ライブの度に、演奏する度に変わっていく。ルーツにある音楽は変わらない。変えることは出来ない。けれど、進化のさせ方は自由だ。自分次第だ。その時その時のScarletNightが、本当に出したい音で、どんどん進化させていく。
パクりが何だ。下手くそが何だ。売れないって言葉が何だ。こちとら、悪口なんてとうに通り越して、本当に一歩間違えたら命に関わるような酷い虐待も受けてきたんだよ。その度に私は音楽に救われてきたんだよ。
態度がデカいのがムカつく?どの口が言ってんだ。
私は言いたい。叫びたい。どんなに強い言葉も、どんなに強い暴力も。
───音楽で全部ぶっ飛ばしてやる。って。ロックっていうのはそういうもんだろ。
保守なんて要らない。ただ、攻撃的に攻めるだけ。
歌い散らかしたAggressive Attackから、繋ぎのセッションに入り、Shake it all offへと繋げていく。
「あ~この曲、ミュージックビデオなんかおすすめに流れてきてて聴いたわ。なんかのパクりってちょい話題になってたよな」
「私も。まあ確かにって思ったけど」
「イントロからコードに歌詞まで似てるもんね」
「でもさ。パクりってやっぱり言い過ぎだと思うんだよな」
「まあ、それは分かる。聴いてたらさ。やっぱり感じるよ。あ、この人たちは、本当に音楽好きなんだな、って。こういう音楽がやりたいんだな、ってさ」
「まあね。ちゃんと聴きもしないで、ただ言いたい放題な奴こそ音楽業界を衰退させる害虫なんだよね」
「そもそも、音楽って、ジャンルも幅広いし、人それぞれの好みは絶対出てくるんだよ」
「だよな。俺はさ。好きな音楽の基準っていうか、そういうのがあってさ。それに近いかどうかで判断してるんだよな。…だから嬉しいんだよ。自分が好きな音楽に近い方向性のバンド見つけたらさ」
「ああ、確かに私もそのタイプかも」
「だからさ、俺は好きになるかもしれん。ScarletNight」
借り物の言葉だっていい。私が言えばそれは私の言葉なんだ。
そうやって紡いでいく。そして少しずつ私は私の言葉にしていく。
他に言い方なんて知らない。これから見つかるかも分からない。ただ、今の私はただこう叫びたい。それだけだ。本当に言いたいことを叫びたくて、自分の記憶から探して、探して、この言葉を選んだんだから。私は「私は私だ」って言えることが、何にも変えがたく心地良いだけなんだ。
Shake it all offのアウトロから、繋ぎのセッションに繋げていく。
「改めましてScarletNightです!メンバー紹介行きます!ドラムス、曇紫音!」
「ギター、昏木黎!」
「ベース&コーラス、霜夜蒼!」
「そしてギター&ボーカル、我らがScarletNightのリーダー、終緋!」
「「「「この4人でScarletNightだ覚えとけ!!!!」」」」
4人で叫び、目の前の楽器をぶっぱなして次の曲へと移っていく。激しく鳴り響く4人の音。
「──『悪意無き悪へ』」
もう音楽理論なんて知らない。そんな勢いで心の中に溜まりに溜まった怒りを吐き出す。
忌み嫌われてきた。この世界に嫌われてきた。
好きなだけ言えばいい。それがあなたの叫びなら。
でも、私は誰もかもに忌み嫌われている訳じゃない。隣に蒼がいてくれる。ScarletNightがある。音楽がある。味方はいる。今に見てろ。見る目のないヤツめ。
悪意無き悪へはアウトロへ。全力の音を吐き出し、アウトロを少し引き伸ばして〆、拍手喝采を浴びる。
「…こんばんは。改めまして、私たち、ScarletNightです。入場曲『Opening Act』、それから『Aggressive Attack』、『Shake it all off』。そして、『悪意無き悪へ』でした。…私は、言いたいことは大体音楽に込めるので、MCとか苦手なんですけど、たまにはやらないと苦手克服できないかと思ったので、少しだけ話します。……私の音楽には、ルーツが2つあります。ひとつは、音楽が好きになったきっかけのバンド。もうひとつは、音楽をやろうと思ったきっかけのバンドです。…後者は、名前も知らない謎のバンドでした。そして前者は、皆さんも絶対に知っているバンドです。…私にとっては、そのバンドこそが、人生の教科書のようなものでした。こんな風に生きたい。こんな風にカッコよくなりたい。こんな風に、って、私の理想でした。だから、私もギターを始めようってなった時、まずはそのバンドの曲から練習したんです。そうやってギターを覚えて、曲の作り方も、そのバンドから学びました。そうやって来たんです。……でも、そろそろ。学んだことを活かして、私は私の音を確立していきたい。まだ、飛べないかもしれないけど……でも、もう十分追い風は吹いてると信じたい。私は、この風に乗って、飛ぼうとしてみる。育った巣から飛び立ちたい。自分の翼で。……新曲、聴いて下さい。───『Trying to fly with a tailwind』」
───発展させていく。ここから。
まだ、聴く人が聴けばパクりとも言われるかもしれない。でも、私は、飛んでいこうと必死に羽ばたいているんだ。
誰がなんと言おうと、これは私たちだけの音なんだ。
他の誰にも奏でられない。他の誰にも作り出せない。誰かの模倣なんかじゃない。誰かの劣化でも上位互換でもない。
私は私だ。ScarletNightの音楽をやるだけなんだ。
疾走感。激しさ。激情を表現するためにそうなっていた今までとは違いテンポはゆっくりめに、しかしバチバチとロックを全面に押し出す。ギターは歪ませながらも何処か和を感じるような音を刻んでいく。全員でリズムを取りながら、観客も乗せていく。
───新曲『Trying to fly with a tailwind』から、続けてさらに新曲『Farewell to the shitty band』に移る。
「…めっちゃカッケェ…」
「めっちゃ良いじゃんScarletNight」
体が動く。
声が出る。
音に乗せられる。
あっという間に過ぎる時間。気付けばもうライブの持ち時間40分の半分以上が過ぎ去っていた。
「まだまだ行けんだろ!!」
黎の叫びに歓声で返す。
「とりあえずみんな手ェ挙げろ!!」
乗せられる。声が、つられて出ていく。
「もっと声出せ!行けるか下北ァ!!」
「───!!!」
『Farewell to the shitty band』から『No Limiter』へと繋げる。ライブの度にアレンジを加え続け、どんどん自分らしさをプラスしていく既存曲。
「暴れろ!!!」
乗りやすいように。最高にカッコよく。最高にブチ上がるロックを目指し、曲は味を変えていく。
「…良いぜ、最高!!!」
紫音も思わず走り気味になる。だが、少し前のめりくらいなビートで丁度いい。この場のテンションに乗せられて、全員の熱が高まっていく。
アレンジを加えまくった『No Limiter』の演奏が終わり、繋ぎの演奏へ。4人で、今出したい音を放つ。体を揺らして、ScarletNightの世界にどんどん引きずり込んで行く。そして、『愛されていい』のイントロへ繋げる。この曲も、初披露した時とはまた違う曲に変わっている。更にエモーショナルに、それでいてロックに、オシャレに。芯にある優しさはブレないまま、曲の完成度を格段に上げている。『愛されていい』を演奏し終え、ほんの少しだけMCの時間をとる。
「…新曲2曲『Trying to fly with a tailwind』と『Farewell to the shitty band』。そして、『No Limiter』、『愛されていい』でした。…ライブやってると、時間があっという間に過ぎますよね。こうやって、音楽に酔ってる間は、辛い現実とか、他のことも何もかも忘れられて、とにかく楽しいって思えます。それを、もしかしたら逃げだとか、現実を見ろって行ってくる人がいるかもしれない。でも、悪いことじゃないと思う。そもそもそういう圧力が嫌だから、みんな音楽をやるし、音楽を聴く。だからライブハウスに逃げ込んでくるんでしょ。なにか言われてもいい。私には音楽があるから。って、音で殴り返せばいい。……次がラストになります。聴いて下さい。『Lighting City』。…最後まで楽しんでいってください!!」
───緋のアルペジオがエモーショナルな世界を演出し、ストロークに切り替えて一気に盛り上げる。
「下北ぁッ!!」
3人が加わり、4人でさらにテンションを上げていく。
リズムに乗って、手を挙げて声を出す。ライブだからこその一体感。身体が叫び出すように、駆け出すように、もうどうしようも無いくらいに、音楽に酔って全てを忘れる。
今奏でられる最高の音楽を届けたい。4人にあるのはそれだけだ。
熱く、熱く気持ちを伝える手段は、音楽だけだ。遠慮なく感情を表現出来る場所がここにあるんだ。「ライブ最高だ」って、そう思って貰いたいんだ。
大切なのは疾走感や強さなんかじゃない。“音源じゃない”。その一言に尽きる。
今この場で表現したい。その時その時の感情のままに音楽がやりたい。
緋と蒼の繰り出すロックは、まさしくライブ感を重視している。音源通りの演奏なんて要らない。アレンジにアレンジを重ねて、その時その時の感情次第でどんな音楽にも化けられる。即興のセッション。繋ぎの演奏、アドリブ。欠かさずに行うアイコンタクトでの意志の共有。今までのバンド活動で培ってきた技術の全ては、“チームワーク”として、このバンドの最大の魅力になっている。ScarletNightの4人の絆が、このライブ感を演出している。
特に凄いのが蒼だ。ベースでバンドの土台を支えつつ、彼女のコーラスは完璧に緋のボーカルに寄り添っていく。緋が先頭に立って、このバンドの在り方を、進む道を決めていく。アレンジの先陣を切るのは緋だ。緋のボーカルも、その時その時でリズムやイントネーションをずらしたりして時には歌詞も少し変えてくる。けれど、そんな緋を完璧にサポートしてしまうのが蒼なのだ。そしてそれは逆もまた然り。蒼のやりたいアレンジにも、緋が完璧に乗っかっていく。そんな緋と蒼の、その時その時の、言ってしまえばその場のノリと勢いに任せたアドリブだらけの演奏の中に見える確かなチームワーク。
その2人だけの世界に、おこがましいが紫音も入れてもらったわけで。そして、黎も同じ。
そうして音楽を作っていく。
完成なんてしない。このバンドの音楽は、全ての曲が常に進化し続ける。
この『Lighting City』も、緋のソロ時代の曲である『シティナイト』という曲を大幅にリアレンジしたものだ。
彼女が作ってきた過去の曲も、進化してバンドの曲に変わっていった。
ゴールなんてない。そうやって、進み続ける。
何度も振り出しに戻ることがあるかもしれないけど、その時はまた、スタートラインから走り出せばいい。
そうやって、自問自答を繰り返して、自分を探していく。
───『Lighting City』はアウトロへと差し掛かる。
最後の最後まで、全力で音楽を奏でる。少し走り気味だったおかげで余った時間ギリギリまで、アウトロから引き伸ばすようにそれぞれ音を出す。
「みなさんのおかげで!今日は本当に最高のライブになりました!!」
ギターを頭上まで掲げて掻き鳴らす。
「ありがとう!!愛してるぜ下北沢!!」
持ち上げたギターを手元に戻し、4人全員でアイコンタクトを取る。
「ありがとうございました!ScarletNightでした!!またお会いしましょう!!!」
引き伸ばして引き伸ばして、引き伸ばしたアウトロを、4人全員で息を揃えて〆る。それに合わせてステージの証明が落ちるのと同時に歓声を浴びる。
「次のバンドもよろしく!ScarletNightでした!みなさん本当にありがとうございました!」
◇◇◇
「っ…いやぁ最高だった!マジで!」
ScarletNightの4人は、まだ抜け切らない熱に乗せられて昂りまくったテンションで楽屋に戻ってきた。気持ちは昂ったままだが、疲労も当然あって、椅子が目に入ると直ぐに座りにいく。
「ええ。本当に最高だったわ。今までで一番のライブよ」
「新曲も凄く良かったですよね!みんな歌ってくれてましたし、最高でした!」
「ね。黎の煽りも凄く良かったよ」
「あ、ありがとうございます!思いっきり叫ぶのも良いですね」
「…うん。本当に、良かった。…私たちの、全力の…音…楽……できて……」
「あ、緋…!」
力を出し尽くした緋は、隣の蒼の肩にもたれかかる。
「……ライブで一番はしゃいでんのはやっぱ緋なんだよな」
「ええ。ステージ結構歩くし、飛んだり跳ねたり忙しい。ライブになると本当に楽しそうなのよね。小さい子供みたいにはしゃいでる。…きっと、小さい頃から、全力で暴れる機会が無かったから、今になってようやく子供になれたのかもしれないわね……」
「そういや、小さい頃の緋ってどんな感じだったんだ?」
「あ、私も聞きたいです」
「…そうね。緋は寝ちゃったし、少しだけ話しましょうか」
「やった」
「だけど、大した話はできないわよ」
「構いません」
「そう」
蒼は一呼吸置いて話し出す。
「…昔の緋は、凄く大人しくて。保育園では私と一緒に、ずっと部屋の隅のところにいたわ。緋は、元気にはしゃぐ同級生たちのことも見る価値もない、みたいに興味なさげで。たまに誰かから話しかけられても、全部振り払っていくような、内気で臆病な子だった。…私だけは違ったんだけど」
「自慢すんな」
「まあ、私は別に緋に積極的に近付いていったわけじゃないわ。ただ、私も人見知りだったから、誰とも仲良くできなかっただけ。たまたま、同じように1人の緋がいたから、隣で他人を傍観してただけ。関わることも無く、ただ2人で並んで大人しく人間観察をしているうちに、暇潰しみたいに適当な話をするようになって、気がついたら唯一無二の友達になっていたの」
「あの、昔の緋さんの話じゃなくてそれただの蒼さんと緋さんの馴れ初めの話じゃないですか」
「まあまあ。これからよ。…緋と仲良くなった私は、まあ必然的に緋のことをよく知っていくことになるわ。彼女の残酷な事情を特に」
「…残酷……」
「心を開いてくれた緋は、私にこんなお願いをしたわ。お父さんもお母さんも私のことを嫌いだから、家に帰りたくない。蒼のそばにいさせて。って」
「嫌い…」
「緋が他人に心を開かなかった理由。それは、両親に愛して貰えず、興味も持って貰えなかったから。親との関わり方すら知らない。そんな子だったの」
「……」
「悪循環よね。周りからは、そんな緋は気持ち悪がられていた。何でも冷めた目で見てる。興味なさげな、そんな態度が、きっと、周りの人間にとっては、気に入らないものだったんでしょうね。……まあ、この話はさておき。緋は、一般的な子供みたいに遊べなかったのよね。…私も頑張って誘ったりしたんだけど、私も所詮インドアだったから」
「…そうか」
「……まあ、だから、私は嬉しいのよ。幼少の頃から傷つけられ続けてた緋が、私たちに心を開いてくれて、心置き無く過ごせてることが」
「…そうですね。私も、楽しそうな緋さんを見てると嬉しい気持ちになります」
「…ああ。そうだな」
「まあ、だから、っていうわけじゃないけど……2人も、緋と、仲良くしてあげて欲しい」
「親かお前は…」
「でも仲良くしたら蒼さん嫉妬するじゃないですか」
「え?そうかしら…」
「そうだろ。蒼は独占欲かなり強めだぞ」
「…まあ、それはともかくよ」
「逃げんなー」
「これからも、4人でScarletNightを続けていきましょうねってことよ」
「まあ、それはそうだな」
「続けますよ。一生お供しますから」
……To be continued