第37話【雛鳥】
黎は部屋で1人、携帯の画面を眺めていた。
動画配信サイトに投稿したShake it all offのミュージックビデオを、1人で何回再生したかも分からない。
再生数の2500回目をこの手で刻む。
ふと、コメント欄に目が行く。50件近くコメントが寄せられている。
コメント欄をタップし、開く。
肯定的な意見は多いが、黎の瞳は、ある一言を捉えて離さなかった。
「……ぁ…」
────『パクり乙』
「……パク…り…」
下にスクロールしていく。
『自分たちで曲作るのめんどいですか?』
『リスペクトしてるのは感じるけどオリジナル超えられるとは思えない』
『オリジナル性ゼロ』
『パクりだらけのクソバンド』
『中途半端なパクりはコピーよりダサい』
『文化祭でやれ』
『下手くそ。この一言に尽きる』
『英語の発音終わってて何言ってんのか分からん』
『態度デカすぎてクソキモい』
『そもそもガールズバンドなんてどうせすぐ解散するんだからごちゃごちゃ言う前に他に良いバンド探したらどう?』
「……勝手なことばっかり……何様のつもりなわけ……!?」
携帯の画面を消してクッションの上に投げ捨てると、ギターに手を伸ばして掻き乱すように弾く。
「私は好きなの!……緋さんの曲が…!!ごちゃごちゃうるさいんだよ!死ねや!!」
◇◇◇
1月中旬。天気は晴れ。
「お疲れ様でした」
「お疲れ~」
蒼は緋と共にアルバイト先の飲食店から出る。
「…それにしても、緋と一緒にバイトできるなんて…」
「これでバイトの日でも一緒にいられるでしょ」
「…ええ。でも、貴女には休んでいて欲しかったのも本音なのよ」
「大丈夫。私も役に立ちたいから」
「…十分すぎるくらい役に立ってるのに」
「これから先は資金がもっと必要になるから。みんなに頼ってばかりじゃいられない。もっと言えば、3つ掛け持ちくらいするつもりでいかないと」
「……それはそうだけど」
「蒼は私が一緒にバイトするの嫌だった?」
「嫌なわけないわ。ただ、貴女を労りたかっただけ」
「ほんと大丈夫だから。そんなヤワじゃない」
「ならいいけど……。無理はしないで。お願いだから」
「しない。私も一緒にやる分蒼の負担が減るし、蒼がそばにいてくれれば私は何だってできるから」
「…そうね。力を合わせて、支え合って頑張りましょう、緋」
「うん」
バイト。学校。路上ライブ。新曲制作。既存曲のライブアレンジの考察。ライブハウス探しと日程調整。ミュージックビデオの撮影。新グッズ開発。ScarletNightはバンド活動の土台を築いていく。
生活が少しずつ変化していく。けれど、変わらないものは確かにある。それは、ScarletNightが緋と蒼と紫音と黎の4人で、この4人だからこそ奏でられる音楽をやり続けていくこと。
RAIN OF BOWと同じく200人弱くらいの規模のライブハウスを見繕ったScarletNightは、出演のオーディションのため、ライブハウスに集まった。
「悪いな。生演奏で審査することに統一してるから」
「いえ。大丈夫です」
オーナーはイケおじ風の男性。少し怖そうだと思ったが、声を聞くと意外と優しそうな人だった。
いつもの流れで音を合わせる。
「手慣れてんな。…よし、いつでも始めてくれ」
「はい」
4人でアイコンタクトを取り、頷く。
「それでは、Aggressive Attackと、Lighting City。聴いてください」
───ドラムの作るリズムに乗せ、ベースの低音を響かせていく。
やることはいつも通りだ。いつも通り、音楽にのめり込むように、音を放つ。
Aggressive Attackに続き、Lighting Cityを演奏。
「……。うん。自信に満ち溢れてて良い」
「ありがとうございます」
「全体的に走り気味だが、それも味だな。ガールズらしさの無さは好印象だ。ただ……」
「ただ……?」
「……所々で感じるんだよな。別にパクってるって訳じゃないと思うんだけどよ。…どんな音楽に……どんなバンドに影響受けたのか、正直分かりやすい」
「………!」
「……あー、別に悪いことじゃないからな。無から音楽をやろうとするやつなんていないし、生まれた瞬間から音楽が好きな奴なんていない。誰だって、自分の核になる音楽に出会って、その音楽を心に、魂に宿していくもんさ。…だが、その後、自分が音楽をやろうとするなら、誰かから受け継いだその音楽を、自分の音楽に進化させなきゃならない。お前らは、まだその途中だな」
「…途中……」
「徐々に自分の色がついて、変わっていく、その途中にいると思ってる。……だがまあ、演奏も上手いしライブは盛り上がると思うから、オーディションは合格。出演OKだ。ScarletNight」
「あ…はい。ありがとうございます」
◇◇◇
ライブへ向け、路上ライブへ駆り出す。
いつも通り、オリジナル曲とカバー曲合わせて10曲前後を演奏し、路上ライブを終わる。
チケットの売り上げは順調。ノルマ分は問題なく捌ける。けれど、それ以上の伸びは渋い。
「寒いね…」
「1月なんだからそりゃあな」
「……」
蒼は淡々と機材の片付けをする。
「…蒼…?」
「……私たちの音楽……まだ…私たちの音楽に成っていないの…?」
「あぁ……ライブハウスのオーナーに言われたことか」
「……」
緋は少し目線を落とす。
「……曲は殆ど緋が作ってる。私は……これが緋の音楽だと、私たちScarletNightの音楽だと思ってる。でも……これでもまだ足りないっていうの…?」
「……紫音と黎はどう思う?私の曲」
「……私は……確かに、言われてみれば似てると思うけど、同じな訳じゃない。私たちの色は絶対にある」
「私もそうです。ちゃんとScarletNightの色が付いてきていると思います」
「……私は……分からない」
「緋……」
「私は……私が出したい音を出して、思ってることを音に乗せて歌うだけ。……そこに、パクりとかは無いと思ってた。……でも、確かに私は、好きなバンドがいて、そういう風になりたいって想いもあった。…それが悪いことなのかは置いといて、でも私は……無意識のうちにパクってるっていうか……私の中の教科書みたいなバンドに、育てられてきたから……それが自分だから、そうなるしかなかったのかもって……」
「……緋。例えばさ…」
紫音が天を仰いで語る。
「…育ての親に似たとして、それはパクりって言うのか?誰しも、誰かに影響を受けて育ってくもんだ。音楽も一緒なんだよ。オーナーも言ってたろ。私たちの音楽は、進化の途中だって。最初は親に教えられた知識しかないのは当然だ。そこから巣立って、自分で生きていけば、自分で手に入れたものが積み重なっていく。自分で音楽をやっていけば、そのうちどんどん自分の色がついていくから」
「……紫音のフォローはありがたいけど……私…」
「…緋さん、もしかしてShake itのコメント欄のこと気にしてますか?」
「コメ欄?」
「……うん……」
「…あんま気にするなよ。人間ってのはそういうもんだ」
「………そういうもの……か…」
「ああ。そういうもんだから」
「……分かった」
緋は、持っていたアンプをまた地面に置く。
「緋……?」
「紫音。ドラム」
「…お、おう……」
「せっかく片付けたのに。やるの?緋」
「うん。……今から曲作る」
「今から?」
「……うん。今から」
「……まあ、いいぜ。時間はあるし。…これでファーストアルバムは完成か?」
「…んー、これはセカンドに回そうかな。ファーストのエンディングに相応しいかなって曲はひとつあるから」
「え、そうなのか?」
「…蒼の誕生日に作った曲があってね。ライブ向きじゃないバラードだからやってないだけ」
「は?蒼の誕生日?」
「12月29日」
「なんで教えてくれなかったんだよぉ…」
「別に教えるものでもないでしょ」
「まあ…それもそうだけどさ…。でも、私たちもう仲間だろ?やっぱり誕生日くらい祝いたいじゃねぇか」
「…私は…別に祝われたいとは思わないけど…蒼だから祝っただけ」
「あ、緋の誕生日は6月22日よ。ScarletNight結成の日と同じ日だから」
「ちょっと蒼…」
「いいじゃない。せっかくだし、今年は皆で祝わせて。2人は?」
「私は12月12日です…」
「お前も言ってくれれば祝えたタイミングじゃねぇか……」
「すみません、私も別に教えるようなものじゃないと思ってたので…」
「…まあいいや。私も言ってなかったし」
「いつなの?」
「9月22日」
「人のこと言えない」
「ごめんて」
「…ほら、雑談はこのくらいにして、やるんでしょ?」
「うん。…紫音、ちょっとドラム借りるね」
「おう…」
───慣れない手つきで、ドラムを叩いていく。疾走感のあった今までの曲と比べ、激しさは控えめだ。
「…今回はちょっと雰囲気変えて、こんな感じでお願い」
「結構控えめだな」
「でも……強くお願い。私、紫音の強いドラム好きだから」
「ふっ、分かったよ」
「雰囲気変えるって、どんな風に変えるつもりなの?」
「ロックなのは変わらないから。…11月のライブやった時からかな。最っ高にライブ向きな曲が作りたいと思ってた。Crap&jump!!はそうだけど、それとも違う。もっと、もっと、皆で声出せる曲。…黎とのギターの掛け合いで思ったんだけど、蒼のコーラスとも、似たようなことしたいなって思って、それも組み込みたい。やりたいアイデアは沢山溜まってる。だから、私のやりたいこと、とにかく詰め込んだセカンドアルバムを作りたい」
「分かったわ」
「どこまでも付き合いますよ、緋さん」
「今までよりもちょっとローテンポだけど、私はこういうのでも全然行けるぜ。むしろ、こうやって強い1発1発を目立たせるのもやってみたかったところだ」
「ありがとう。寒いけど、今日はここで1曲作ろう」
「天気は良いし、演奏してれば熱くなるって」
「ええ。私も頑張るわ」
「私もです」
「じゃ、これも路上ライブの一環。公開作曲やってこう」
「おう」
……To be continued