第36話【過去/未来を目指して】
暗闇に閉ざされた部屋の中、布団の中で携帯の画面を光らせる。
「……ッ…」
SKYSHIPSのベース担当『飯野春』は、ネットニュースのタイトルを見て唇を噛む。
───紅白初出場の『SKYSHIPS』、視聴者から心配の声。「顔色悪い」「歌も心做しか弱々しい」
「……どうすれば……どうすれば良かったのよ……」
中学1年生から続いてきたSKYSHIPS。楽曲は伸び、音楽番組にも多数出演し、アーティストとして確実に地位を上げてきた中での、紫音の脱退。この先も永遠に続くと思っていた、人生そのものと言っていい居場所に、亀裂が入った。
紫音はメンバーの中でも飛び抜けて技術が高く、音楽に対する姿勢も前向きどころか前のめりなくらいで、真剣だった。だが、こだわりが強く、音楽ジャンルへの好き嫌いも激しかった。ロックの中でも特に、激しく力強いドラムサウンドが目立つパンクロックやメタルに近いハードコアを愛し、万人受けするようなキャピキャピしたポップを何よりも嫌っていた。
そんな紫音とは対照的で、結衣には音楽に対するこだわりなんてものは無かった。最初は紫音のドラムに合わせて曲を作っていた。だが、バンド活動に力を入れていくにつれて、どんな曲が人々にウケやすいのかを研究するようになっていった。良くも悪くも現実主義でサラリーマン的思考回路を持つ結衣は、音楽においても、ビジネスとしての側面を重視していた。
狭く堅苦しい世間に歯向かい、本当の自分を認めて欲しい紫音。世間に合わせ、その中で上手く立ち回って地位を確立したい結衣。2人は音楽性という以前の問題で、“この世界での理想の生き方”という面において、絶望的に相性が悪かった。
いずれ、こうなる気はしていた。
ポップをやりたがらない紫音に、結衣は気分転換だと嘘をついた。ガールズロックバンドは売れないと分かった結衣は、明確にポップへと舵を切った。
───これからは、バンドじゃなくてユニットと呼んでもらうから。
あの時の結衣の言葉は、今でも脳裏に焼き付いている。そして、その時の紫音の不機嫌そうな顔も。
紫音は頑なにSKYSHIPSを「バンド」と言い続けたが、結衣が折れることはなかった。
結衣の作る曲のギターの音からは歪みが消えた。キーボードを多用するようになった。ドラムの主張を抑えたような曲を作るようになった。
つまらなそうにドラムをやる紫音は、見ていて辛かった。でもいつか、きっと彼女がまた楽しく音楽をやれるはずだと、期待していた。
彼女が「やめる」と言い出した時、引き留めようとしたけれど、力は及ばなかった。
言葉なんかよりも音楽のほうが、彼女にとって大切な意味を持っていた。
ずっと4人で続けていくと思っていたのに。
ずっと、紫音と私でリズム隊をしていくと思っていたのに。
ずっと一緒にいたかった。なんなら『私も一緒に辞めてやる』なんて言っても良かったのかもしれないと今になって思ったりもした。けれど、結衣も楓花も大切な仲間だ。これ以上バラバラになってしまえば、それこそ本末転倒だと思って、踏みとどまった。けれど、紫音に、そばにいて欲しかった。
紫音が大切だった。きっとそれはみんなも同じで、いなくなってから思い知った。
誰が壊したのだろう。
みんなが自分のことを考えて、押し付けて、走って、すれ違ったまま。気付いた時にはもう戻れない。帰り道は見つからなかった。
脱退した紫音が今は別のバンドでドラムをやっていると知った時はかなりキツかった。いや、本当に死にたくなるほど辛かった。
曇紫音、才禍結衣、飯野春、佐倉楓花の4人でやってきたSKYSHIPSというガールズバンドが復活することなんて、もう二度と無いのだと、思い知らされた気分だった。
ヒット曲連発。アニメ主題歌。ライブツアー。紅白出場。それだけやって、富と名声を手に入れて、地位を上げていくにつれて、どんどん惨めな気持ちになっていくのは何故だろう。
何も分からないまま。分からないまま。
この先のビジョンも見えないままだった。
◇◇◇
「──さあ、時刻は午後7時を回りました。皆さんこんばんは。ロックバンド『LEVORGER』のベースボーカル、藤宮遼です。この番組では、我々LEVORGERの活動報告や、リスナーからの質問や相談に回答していきます。…なんてね。ラジオ風にやって行きます。第1回ということで。まだ慣れない部分はあると思いますが、どうかよろしくお願いいたします」
新年。LEVORGERはあらたな試みとして、動画配信サイトでラジオ風のライブ配信を始めていた。
「そして、今回はゲストが来てくれています」
「どうもー!LEVORGERギターコーラス担当の、畔風音です!よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いします。…ということで今回は、風音が来てくれましたよと」
「第1回だからね。藤宮だけで上手くやれるかどうか不安じゃない?」
「そんな失敬な」
「えへへ~。まあ、私もそんなに話すの得意って訳じゃないけど。でも1人でラジオって結構虚無になりがちだから、話し相手になれるというか、相方はいた方がいいよね」
「まあ確かに。ということで、オープニングにはこの曲を。LEVORGERで、『首都高深夜2時』」
──クリーンなギターが鳴り、ゆったりとしたメロディが流れていく。明かりの少なくなった首都高速の情景が浮かぶようなフレーズ。もう少しだけステアリングを握る時間が欲しくなる、そんな深夜の一瞬を歌う1曲が流れる。
「──お送りしたのは、LEVORGERで、『首都高深夜2時』でした」
「いや~最高」
「ね。俺もめっちゃ好き。ライブでこの曲やるとね。帰りに、ちょっと環状線1周回ってから帰ろうかなとか思っちまうんだよ」
「分かる~」
「時間溶けるんだよな」
「ね~。時間とガソリンと高速料金と」
「って感じで、我々は車好きドライブ好きに刺さる音楽をやりつつ、若者に少しでも車の魅力やドライブの楽しさを伝えたいって感じでやってるんで、どうかよろしくお願いします」
「社会問題みたいなものだもんね。若者の車離れは」
「車に限らずな気はするけどな。この世界は若者に厳しいんだよ」
「んで、私たちはロックバンドやってるってわけよ。せめてもの反抗って感じでね」
「まあ、その中身は趣味の共有に行き着いたわけだけどな。限度さえ守りゃ、好きに生きたっていいんだ」
「と、我々LEVORGERの活動はそんな感じだよ。ほいで、次行きますか。活動報告?告知!」
「あいよ。んじゃ、話題変わりまして、ここからは我々LEVORGERの今後の活動や予定について触れていきましょう」
「わくわく!」
「まず1つ目は……。これから行こう。去年もお伝えした通り、3rdアルバム鋭意制作中です。3月発売予定なので、是非購入して下さい」
「今回も、旅に出たくなるような素敵な曲がたくさん収録されてますよ!」
「そして、3rdアルバム発売に合わせて、6thワンマンライブも4月に予定しております」
「現在1次選考受付中です!」
「昼公演と夜公演あるので、お好みで選んでください。もちろん、両方に来て頂いても大丈夫です」
「昼も夜も、最高のライブにするので。是非お台場でお会いしましょう!」
「ああ、そうだ。会場はZeppダイバーシティです」
「ZeppですよZepp。1年ぶりくらいになるのかな?久しぶりの大きい会場で、私今からもうドキドキだよ」
「去年は小さめの箱でやるのにハマってたからな。若手の育成も兼ねて」
「そうそう。でもその甲斐あって、今後上がってくるであろうロックバンドの雛たちを色々発掘できたんだよね」
「ああ。…それじゃ、ここいらで1曲流すか」
「お、良いね」
「それでは、聴いてください。ScarletNightで、『Aggressive Attack』」
───奥から響くベースのイントロから、荒々しく鳴り響く歪んだギターへと続く。疾走感の中で繰り出される、我の強いフレーズの数々。
「お送りしたのは、ScarletNightで、『Aggressive Attack』でした」
「いや~良いね。こういうのを待ってた!って感じ」
「いい意味でガールズらしさの無いガールズバンドなんだよな。いちベースボーカルとしても、こんだけ弾きながらコーラスまでやんのかと思って。なかなか凄いなぁと。何上から目線で言ってんだって感じだけどな」
「荒々しいところあるけど、最高にクールなのが良いよね~」
「オススメだな、これは」
「だね。今後の活躍が楽しみなバンドなので、皆さんも良かったらチェックしてみてくださいね」
◇◇◇
冬休みが明け、学生は学校に通い始めた。
緋、蒼、紫音、さくなの4人で、ScarletNightは今後の活動について作戦会議を開いていた。
「さくな。Aggressive AttackのMVを近いうちに作りたいんだけど、いいかな?」
「任せてください。そう来ると思って、細かく構図を考えてました」
「おお」
「前回はシンプルに殆どを演奏シーンで作りましたが、今回は皆さんを魅せるような工夫も取り入れてみるつもりです。…それで、雨の日を狙って撮影しようと思います」
「雨?」
「楽曲が濡れるといけないのは分かっていますので、そこはご心配なく」
「雨か…」
「少しダークな世界観が引き立つと思うんです。どうですか?」
「いいと思うわ」
「うん。色々やってみようよ」
「だな。私も文句ないよ」
「ありがとうございます!」
「あとはこっちの話だけど、あともう何曲か新曲を作って、1stアルバムを出したい」
「遂にだな」
「うん。あとは、月1ペースでライブ出演。さくなには申し訳ないけど、RAIN OF BOW以外の箱でもやる」
「実質的な箱ツアーみたいな感じですか」
「そうなるかな」
「Blueloseは今年かなり攻めに行くみたいだからな。私たちも負けてらんねぇ。私たちは少なくともあいつらと肩を並べられるくらいにはならねぇと」
「うん。とにかく、全力で頑張っていこう。それしか言えない」
「ええ。でも、急ぎすぎる必要はないわ。遠回りする度に見えてくるものもあるから」
「…そうだな」
「路上ライブを積み重ねてきたように、これからも一つ一つ積み重ねていくだけ。その一つ一つを、本気でやっていく」
「…だな」
……To be continued




